12.年上幼馴染と女友達の遭遇


「という事で、こちらが中学の頃から世話になっている秋山楓だ」

「どうも」

「秋山。こちらが俺が小学生の頃に世話になった森村彩音さんだ」

「は、はじめまして」


 ダイニングテーブルを挟んで頭を下げる二人。

 俺は二人に茶を出すと、彩姉の隣に腰掛けた。

 そして漂う沈黙。何だかお見合いみたいだ、と至極どうでもいい事を感じてしまった。

 彩姉はチラチラと俺と秋山の間で視線を彷徨わせて、居心地が悪さを誤魔化すように湯呑みを口に運ぶが、「あつっ!」と口を押えてしまった。


「自分が猫舌である事を忘れないでくれ」


 彩姉の手から湯呑みを取り上げて、昨日したのと同じようにふーふーしてやる。


「ほら」


 湯呑みを受け取った彩姉は、今すぐ暴れ出しそうな鬼の形相になるが、秋山の方を見ると急に大人しくなって茶を啜った。一体どうしたというのか。


「……え。姉弟じゃないよね?」

「無論だ」

「ふーふーするのに?」

「? 子供の頃、母親にやってもらった事はないか?」

「そりゃしてもらったかもしれないけどそれ小さい時の話でしょ!?」

「彩姉は猫舌なんだ。勘弁してやってほしい」

「あたしはあんたを問い詰めてるのであって、森村さんを責めるつもりはこれっぽっちも無い!」

「俺は責められているのか……?」

「せ、責めるというかなんというか……! 普通、あたし達くらいの歳なら家族でもそういうの恥ずかしくてしないから!」

「む。確かにそうかもしれんな。すまない、彩姉。今度から少し冷ました茶にする」

「おきづかいなくー」


 彩姉が肩を小さくして茶を啜り続ける。決して俺の方を見ようとはしなかった。

 ひとまずファーストコンタクトに問題は無いようだ。秋山を家に上げる時、彩姉には「世話になっている同級生を紹介したい」と伝えていて、とりあえずは納得してもらった。

 さて、これからどう切り出すかと考えていると、秋山が咳払いをした。


「えっと。森村さん」

「は、はい」


 呼ばれた彩姉の肩に緊張が走る

 すると、秋山はふっと口辺を緩めて言った。


「高浪って、子供の頃からこんな感じだったんですか?」

「こんな……感じって?」

「枯れたおじいちゃんみたいな、っていうか。考えが妙に硬いっていうか」

「あー……んーそういう訳じゃなかったわ。もっと子供らしい子供だった。歳相応って言うかな。私も何度もイタズラされたもの」

「え。具体的にどんな? あれですか、エロガキ的な?」

「そういうのじゃなかったわ。魚釣りに行く時に餌の虫を全部疑似餌にされていたり、雪でかまくらを作った時に閉じ込められたり。でも、一度だけ競泳水着を隠された事があったかなぁ」

「へぇ、競泳水着をねぇ……」

「若気の至りだ」


 なお、その競泳水着の行方は記憶に無い。俺は何故そんな事を……。


「今も若いでしょうがあたし達十六歳よ!?」

「はは。でも、あの頃からちょっと大人びてたのは間違いないわ。学校でも浮いていて、友達もいなかったし」

「ああ、それなら今もそうですよ。高浪は高校生になって一カ月も経ったのに、未だに友達一人もいません」

「はぁ? ちょっと律、それホント? 休み何してんのよ」

「さっき言っただろう。日がな一日、ゲームをやるかネットを眺めて過ごすかだ」

「それは忙殺される社会人の過ごし方! 学生なら休みの日は友達と遊びに行くとか勉強するとか、今しかできない事をしなさい!」

「休日は、有意義に過ごそうと思った瞬間に休日では無くなる。生産性のせの字も無い、心の底から時間を無駄にしている行為にこそ、俺は安らぎを感じるのだ」

「始終こんな感じで屁理屈捏ねて一人でいたがるんですよ。中学からこれだから、まぁ浮くわ浮くわ。ちょっとした変人扱いでした」


 秋山が肩を竦めて苦笑した。別段、孤高を気取っていた訳ではない。

 ただ、良く知らない他人に自分の時間を使われてしまうのが嫌だっただけだ。


「それでも秋山さんは唯一の友達でいてくれたのね……ホントにありがと。ほら、律もお礼」

「え。あ。まぁ。はい。秋山、友達でいてくれてありがとう」

「べ、別にお礼を言われたくて友達になった訳じゃ、ないし? そんなの、気にする必要、無いわよ、うん」

「……今更だが、どうして君は俺と友達になってくれたんだ?」

「あ。私も気になる。なんでなんで?」

「そ、それはその……い、今は高浪の話をしましょうよ。森村さん、高浪の中学時代とか気になりません?」

「気になる! 超気になる! すっごく気になる!」


 そうして二人はかしましく会話を始める。

 話題の種にされるのは困るものの、これは俺が望んだ状況だ。不満は胸の奥にしまっておこう。

 俺がお茶のお代わりを二回した後も、二人の会話と笑いが止まる事は無かった。


「律に秋山さんがいてくれて本当に良かった。ありがとう、秋山さん」

「感謝されるような事は何も。それと、私の事は楓でいいです。私も森村さんの事、彩音さんって呼んでもいいですか?」

「秋山さ──楓ちゃんが、それでいいならね」


 そう言って、彩姉が笑った。

 昨日、俺に見せてくれた笑顔よりも、もっと明るくて自然で──昔の屈託の無い微笑みに近かった。


「もちろん。じゃあ彩音さん。私の話を聞いてくれますか? ホント、聞いてくれるだけでいいので」

「? ええ。私でよろしければ」

「wen小説の『年下スウェット』、アレの続きを早く読みたいんですよね~」

「え……?」

「年下の幼馴染の男の子の『リオ』君が可愛いのなんの! 主人公のOLさん──『愛衣』さんじゃなくても、あんな風に無条件に慕ってくれる子がいたら、そりゃデレデレしちゃいますよね♪」

「え、え、え?」

「俺に『年下スウェット』を教えてくれたのは秋山だ。彼女がいなければ、俺はweb小説を読み漁ろうなどとは思わなかっただろう」


 彩姉はポカンとしたまま、俺と秋山の間で視線を巡らせて。そうして何度か瞬きをした後。


「…………」


 無言のまま、ここではないどこかに見つめるような遠い目になって、茶を啜った。

 俺は秋山の耳に口を寄せると、小声で語り掛ける。


(どうだ、言った通りだろ?)

(そ、そう、みたい、ね。うん、挙動不審)


 そう答えた秋山の眼も挙動不審だった。俺の方は決して見ない。ひたすら四方八方に視線を彷徨わせている。心なしか、頬も上気しているように見えた。


(どうした?)

(……『年下スウェット』にも、こういうシチュエーションなかった?)

(こういう? どういう?)

(うぅ……き、気づかないならいい)


 俺と秋山がそんなやりとりをしていると、彩姉がすっと居住まいを正した。これはもしや──?


「律も楓ちゃんも誤解してるようだから改めて否定しておくわね? 『年下スウェット』は知ってるけど、作者じゃないわ」


 そうきっぱりと断言した。

 よし。ならば作戦通りに進めよう。

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