第19話 時間魔法のつけ

 差矢部幽鬼,14歳。中学を中退してプー太郎している若者だ。富士山麓のある村で,青龍が村長の協力で立ち上げた暗殺業の実行部隊のひとりだ。


 実行部隊と言っても,頭を強打されて,強制幽体離脱をさせられ,ゴーレム体の霊体格納魔法陣に無理やり入れられて,そのゴーレムを動かすという仕事だ。


 ゴーレム体に入ったあと,凍結魔法をかけられて,魔体の消費をストップさせられて,目的地まで輸送される。その後,凍結魔法を解除して,ゴーレム体を起動するという感じだ。


 この仕事で,一番辛いのが,頭を強打されることだ。バカな頭がますますバカになってしまうこと請け合いだ。でも,一度,幽体離脱を経験すると,2回目からは,比較的軽い強打で済む。


 3回目の仕事の時,幽鬼は林サミコに会った。彼女を性奴隷にできるという条件で,このアジトを教えた。でも,林サミコは,自分の母乳に触ると,あの部分が破壊されるからという理由で,性奴隷を拒否した。その代わり,代理として森タミコを指定した。


 幽鬼は,森タミコが,魔体だと聞かされている。そこで,前もって,青龍に魔鉱石を一定量分けてくれるように依頼した。しかし,青龍はそれを拒否した。素人が勝手に魔鉱石を触ってしまうと,下手すれば,魔力を吸い過ぎて,肉体を発火させてしまう。

 

 幽鬼は,仕方なく,パソコンを開いて,暗殺業の依頼がないかをチェックした。この仕事も一番下っ端の幽鬼の仕事だ。


 ガラガラ!


 村長の玄関が開いた。


 「お邪魔しまーす。幽鬼はいますかー?」


 それは,女性の声だった。林サミコと,まったく同じ声だった。


 村長の奥の部屋でパソコンをチェックしていた幽鬼が,玄関に来た。


 幽鬼「あれ?林サミコさん,また来たの?」

 森タミコ「あなたが幽鬼?」

 幽鬼「あれ,もしかして,あなた,森タミコさん?」

 森タミコ「そうよ。わざわざタクシー飛ばしてここまで来たのよ。5万円もタクシー代に使ってしまっわ。それより,魔力,供給してちょうだい。もう,魔体が持たないわ」

 幽鬼「それが,魔鉱石を提供してくれないんです」

 森タミコ「はあ?」


 森タミコは,幽鬼を能なし!トンチンカンと,さんざん罵ってから,その青龍という最高責任者に会わせろと命じた。いったい,どっちが奴隷だか,分からない。


 青龍は,村長の屋敷のある場所から,徒歩,10分ほど歩いた離れにいる。そこで,過去の記憶を思い出しては,ゴーレム体の魔法陣の設計図を構築していた。何分,青龍は,魔法陣の専門家ではないので,基本的なことしかわからない。なんとか,もう少し,性能のいいゴーレム体にしたいのだが,もともと知識がないので,どうすることもできない。試行錯誤して,少しずつ改良していくしかない。


 青龍の世話をしているのは,村長の娘で,バツイチ,子ひとりの晴子だ。子供も7歳くらいになっているので,さほど手間はかからない。だから,青龍の食事の世話から,性的な欲求まですべて晴子が対応している。


 晴子「ご主人様,幽鬼がまた来ました。若い女性を連れてきています」

 青龍「しょうがないな。まあいい,ここに通しなさい」

 晴子「了解しました」


 幽鬼と森タミコが,青龍のいる書斎に来た。


 幽鬼「青龍様,あの,,,魔力を供給してほしいと訴えている本人を連れてきました。森タミコっていいます。彼女のお願いを聞いてやってください」


 青龍は,森タミコを見た。


 青龍「なに?あなたは,本当にゴーレム体なのか?」

 森タミコ「そうよ。それがどうしたの?」

 青龍「ちょっと,その肌,触らせてほしい」

 森タミコ「いいけど,早く魔力供給してちょうだい。この魔体維持するの,もう限界に近いのよ」

 青龍「おお,そうだったな。じゃあ,1週間分程稼働可能な魔鉱石を渡そう」

 

 青龍は,小さな魔鉱石を取り出して,森タミコに渡した。彼女は,それを受けとって,やっと,自分の体に魔力を供給することができた。その後,青龍は,森タミコの肌を触った。その感触,まさに,本物の皮膚以上のもち肌,プリンプリンの皮膚だ。


 青龍「なんとも,ゴーレムの体で,ここまで精巧に皮膚を構築できるのか?! 奇跡に近い!」

 

 青龍は,感慨深かった。


 青龍「森タミコさんと言ったかな? あなたを構成している数々の魔法陣を,見せてくれるかな?」

 森タミコ「はあ? そんなのタダで見せれるわけないでしょ」

 青龍「それもそうだ。じゃあ,何が望みだ?大抵のことは,実現してあげよう」

 森タミコ「そうね,,,わたしに,無尽蔵の魔力を供給すること,それに,わたしの母体である林サミコに,ギャフンと言わせること。でも,林サミコを殺してはダメよ。彼女,それでも,わたしに少しは自由を与えてくれたからね」


 青龍「林サミコ? 魔獣族の当主邸にいるという林サミコか?」

 森タミコ「そうよ。その林サミコよ」

 青龍「彼女なら,明日,その当主邸に行く用事がある。その時に,林サミコにも会う予定だ」

 森タミコ「え? 明日,会いに行くの? それは好都合だわ。なんとか,ギャフンといわせてちょうだい」

 青龍「そんな曖昧な指示ではだめだ。もっと,彼女のこと,教えなさい」


 森タミコは,林サミコのすべての情報を,詳細に教えていった。自分が構築された経緯も教えた。


 青龍「なんと,,,彼女は,頭の中でゴーレム体を構築できるのか,,,とんでもない人物だな。神の領域に近い。それに,時間遅延魔法,,,それを半径3メートルの範囲で構築できる? それって,超やばい魔法だぞ。とても危険すぎて,だれもそんな魔法,例えできるにしても,展開しない」

 森タミコ「え?どういうこと?わたしだってできるわよ。おまけに超遅延魔法だってできるわ」

 青龍「それを使うと,どこかで,しっぺ返しを受ける必要がある」

 森タミコ「え?わたしも,そのしっぺ返しを受けるの?」

 青龍「森タミコさんには影響なない。霊体の肉体が受ける。では,明日,林サミコさんに会ったら,これまでの,帳尻を精算してもらいましょう。それは,彼女のためにもなる」

 森タミコ「どういうこと?」

 青龍「林サミコさんは,時間流に乗って,過去の世界に行ってもらいます」

 森タミコ「えーーー?!」

 幽鬼「なんと,そんなことができるのですか?」

 青龍「もともと,林サミコさんの能力です。無理やり,現在の世界に自分を置いている状況です。遅かれ早かれ,過去にひきづり込まれます。そのタガをちょっと外してあげるだけです」

 森タミコ「過去に行くのはいいとして,戻って来れるのですか?」

 青龍「さあ,そこまでは知りません。わたしは,知識があるだけで,経験することもできませんから」

 森タミコ「・・・,なるほど,,,つまり,この世界で,『林サミコ』は,わたしだけになるってことね?」

 青龍「そうなります。明日,一緒に行きますか? 林サミコは,確か,警視庁長官の最高顧問という職についていたと思いますよ。それを引き継げばいいのではありませんか?」

 森タミコ「フフフ,,,そうね。それって,悪くないわね」


 幽鬼「まっ,待ってくだい。森タミコさんは,わたしの性奴隷になってくれるって,林サミコさんが言っていました。そんな勝手に決めないでください。森タミコさんは,わたしの性奴隷なんです! それは,もう,決定事項なんです!」

 森タミコ「はぁ? あなた,わたしに何をしてくれる? 魔力をくれるの? あたらしい魔法でも教えてくれるの?」

 幽鬼「あの,,,約束なんです。林サミコとの約束なんです」


 今,こうして,やっと,森タミコを確保できそうなのに,全然,言うことも聞いてくれない。それによりも,彼女を説得できない自分がイヤになった。


  幽鬼は,涙が出て来た。


 自分には,何もできないという不甲斐なさ,意気地なさ,頭の悪さ,コンプレックス,そんな自分がイヤになる。


 青龍は,幽鬼の気持ちがよく分かった。かつて,自分もそうだった。それを克服するのに,何十年もかかってしまった。


 青龍「タミコ,少しでいいから幽鬼のお願いを聞いてやったらどうだ? 自分の小間使いにしてもいいし,おもちゃ代わりにしてもいい。そばに置いとけば、何かと便利だと思うが?」


 森タミコ「そうね,青龍が林サミコを過去に引きずり込むなら,わたしが林サミコになって,彼を小間使いするのも悪くないわね。幽鬼,それでいい?」

 幽鬼「小間使いになるのはいいのですが,夜,一緒に寝るのが条件です。そのためなら,森タミコさんのために,何でもします!」

 森タミコ「ふん,一緒に寝るだけよ,わかった? わたし,銀次の奴隷なんだから,変なことしてはダメよ」


 幽鬼は,一緒に寝さえすれば,そのうち,いいこともできると考えて,それに同意した。


 青龍は,魔体を1年分維持できるほどの魔鉱石を森タミコに渡した。その引き換えに,自分の構成している3次元複合魔法陣を出現させた。


 その魔法陣は,ゴーレム基本魔体の上下に15体ものサブ魔法陣が展開する,超難解な魔法陣だった。


 青龍は,その複雑すぎる魔法陣を見て,それを真似るのは諦めた。仮に数年時間を費やしたところで,基礎知識の乏しい青龍に,解読することは困難だと理解した。


 青龍「タミコ,もういい。これ以上,見たところで,まったく理解できない。小学生が微積分を勉強するようなものだ」

 森タミコ「・・・」

 青龍「タミコ,約束は守る。林サミコがこの世界から消滅する吉報を待ちなさい」

 森タミコ「はい,青龍様,待っています♥」



 ーーー

 森タミコは,幽鬼に連れられて,彼の家に移動した。幽鬼の家は,村長の家から数kmほど離れている。歩いていくので,1時間ほどかかってしまう。


 その道すがら,彼は,彼女が持っている魔鉱石を持ってあげた。


 彼の家に着いて,彼は,森タミコを地下室に案内した。


 幽鬼「この部屋は,地下室です。ここがトイレ,風呂はあそこ,カップ麺などは,あそこ。冷蔵庫も,簡単な台所もあるから,生活には困らないと思う。この魔鉱石は,ボクが預かっておくね。この地下室の暗証番号,ボクしか知らないからね」


 彼は,森タミコを地下室に閉じこめて,堅牢なドアを閉めた。


 森タミコ「え? どうしてドアを閉めるの?」

 幽鬼「だって,この村からどこかに行くんでしょう?それって,ダメだよ。ボク,この家から離れられないんだ。この地下室で生活してよ。お願い。ちゃんと,魔鉱石は,その魔体が維持できる量は,与えてあげるから」

 森タミコ「ちょっと,冗談でしょう? わたし,魔法使えるのよ。こんなドア,すぐに壊せるわ」

 

 バチィーー!


 その音は,ドアが壊れる音ではない。森タミコの足と接している床面から発せられる音だった。森タミコの体から,魔力が床面に吸われる音だ。


 幽鬼が,即座にスイッチを入れたためだ。


 森タミコは,立つ力もなくなって,その場に倒れた。それを見て,幽鬼はスイッチを切った。


 幽鬼「サミコさん,わかったかな? この地下室は,最初,青龍が,魔体を解体するために設置した部屋だったんですよ。魔体を試作して,失敗した場合の処分部屋だったんです。万一,魔体が制御不能になって暴れられては困りますからね。


 その後,村長の敷地の離れに,青龍さんが移ったので,今は,この地下室は使っていないんです。つまり,この部屋は,わたしの管理下にあるんです」


 幽鬼は,地下室のドアを開けて,中に入って,森タミコのそばに来た。


 幽鬼「タミコさん,わたしの言うことを聞いてください」


 幽鬼は,イヤらしい眼をして,森タミコの服を脱がしていった。


 森タミコは,こんなことされて,幽鬼のいうことなど聞きたくもない。


 森タミコ「幽鬼,あの,明日まで待っててちょうだい。気持ちの整理をつけるから。今,変なことしたら,絶対いうこと聞かないわよ」


 その言葉を聞いて,1日くらいならいいだろうと思った。


 幽鬼「わかった。じゃあ,明日まで待ちましょう。しっかり気持ちの整理をつけてください」

 森タミコ「幽鬼,あなた,いい子ね。フフフ」


 

 ーーー

 ー キサラギ財閥,如月邸 ー


 翌日,


 青龍は,如月邸を訪問した。彼は,応接室に通された。そのこには,すでに,当主,幸千子,林サミコは当然として,当主である魔獣族長老の片腕であり,長老の4番目の息子でもあるサルジブもいた。


 彼は,普段は,この屋敷に住んでいない。長老秘書として,あるマンションの一室に住んでいて,そこで魔獣族の組織運営を担っている。

 

 青龍と魔獣族長老側との打ち合わせは,順調に進んだ。魔獣族長老側は,もっと精巧なゴーレム体の魔法陣の設計図を提供する。

 一方,青龍の暗殺者組合側は,業務内容を拡充していき,暗殺という業務から,あらゆるニーズに応えるゴーレム体の提供ビジネスにシフトしていくという内容だ。


 さらに,青龍から,これだけではなく,『ドラゴン』を復活させて,そのドラゴンを,簡易魔装服で武装した一般市民が討伐していくという『ドラゴンバスター・テーマパーク』の設立を提案した。


 青龍からは,『霊体』の準備を担当し,一部のドラゴン体の提供を行い,魔獣族からは,人化できない魔獣の魔法因子の提供,さらに,魔獣用のゴーレム体の提供などをすることになった。


 簡易魔装服については,政府の下請けで魔装服を製造している工場に,内々,製造依頼を打診する運びとなった。性能のかなり低い魔装服になるので,政府側も,その製造にOKを出す可能性が高い。しかも,利益の配当もあるので,ノーの可能性は低い。


 その他,どこの場所でおこなうか,出資を募る方法,利益配分など,別途,詳細を検討することとした。


 ・・・

 一通り,打ち合わせが終わった後,青龍は,林サミコに声をかけた。


 青龍「林サミコさん,あなた,最近,少し,時間軸がずれていると思いませんか?」

 林サミコ「え? あっ,その,,,ときどき,ちょっと,後ろの方に強く引っ張られる感覚があります。でも,きちんと,現在の時間軸を保っていますし,充分に時間制御できていると思います」

 青龍「わたしは,時間魔法が使えませんから,よく知らないのですが,以前,わたしの周囲にいた時間魔法の使い手は,いずれ,皆,神隠しに遭いました。その後,彼らは,もう二度と,現れませんでした」

 林サミコ「え?それって,いずれ,別の時間帯に引きずり込まれるってことですか?」

 青龍「わたしは,そう思っています。たまたま森タミコさんとお会いすることがありました。彼女もかなり時間魔法を使ってきたと言っていました。そうなると,霊体の本体である林サミコさんは,どこかで,その帳尻を合わせる必要があります」


 林サミコ「ちょっと待っててください。師匠に聞いてみます」


 林サミコ『師匠,今の話って,本当ですか?』

 師匠『わたしも,時間魔法は,教えてもらっていないので,よくわからない。でも,理論的には,青龍さんの言うことは正しいと思う』

 林サミコ『では,青龍さんの言うことを信じていいですね?』

 師匠『信じる信じないは別にして,もっと話を聞こう』

 林サミコ『了解です』


 林サミコ「青龍さん,どうやら,本当のことを言っているようです。帳尻を合わせるって,どうすればいいのですか?」

 青龍「何,簡単なことです。帳尻魔法陣を起動するだけでいい。その帳尻を,林サミコさんが被るだけのことです。起動していいですか?」

 

 青龍は,その言葉を発したと同時に,すでに帳尻魔法陣を発動した。


 その魔法陣,なんてことはない。対象者の『正』と『負』を寄せ集めて,そのバランスを強制的に補正させるものだ。


 青龍は,過去,一度,この魔法陣を使ったことがある。極悪人が改心して,善行を行ったが,果たして,帳尻が合っているのかどうか,不明な時に使用した。その時は,善行がまだ足りなかったため,魔法陣が,彼に,強制的に善行をあと5回させたという経緯がある。


 時間魔法使いに対して,使用したことはない。青龍は,どうせ,過去にちょっと行く程度のことだろうと思った。

 

 ゴゴゴーー!


 林サミコの周囲に時間流の渦が巻き始めた。


 ーー

 ちょうど,その時,富士山麓にある,幽鬼の家では,相変わらず,森タミコが地下室に閉じこめられていた。彼女は,幽鬼の慰み者になるつもりはない。この身は銀次に捧げている。一晩,考えても幽鬼の誘いを断るいい口実がない。それに,魔体の維持も限界に来ている。


 森タミコ「いっそ,魔体を消滅させて,霊体も消去してしまおうか?」

 

 森タミコは,そんなことを考えた。どうせ,何度か自殺しようとした身だ。幽鬼に抱かれるくらいなら,消滅を選ぶ。


 森タミコの魔体には,魔体を消去する魔法陣が組み込まれている。この魔体は,非常に貴重なため,その情報を秘密にするためだ。


 森タミコは,魔体消去魔法陣を発動させた。その発動には魔力は必要ない。その魔法陣自体に魔体を消滅させるに足る魔力が込められている。


 森タミコの魔体が消えつつある時,彼女の周囲の時間流が渦巻いた。


 森タミコ「え?何?この時間流? どうして?」


 森タミコは,時間流に巻き込まれて,その場から消えた。


 ーー

 林サミコの周囲に時間流の渦が巻き始めた時,もう一人,大きく影響を受けた少女がいた。


 水香だ。彼女の存在,それ,すなわち,この時間軸に存在してはならない存在だ。


 水香は,今,助産婦のアパートで掃除をしていた。助産婦は,仕事に出かけておらず,銀次はこれからアルバイトで出かける準備をしていた。ルリカは,1歳の赤子の体になって寝ていた。


 水香は,かいがいしく,銀次の服装をほころびを直している時,水香の周囲に時間流が渦巻いた。その時間流は,水香だけでなく銀次も巻き込んだ。水香はとっさに銀次に抱きついてしまった。


 時間流は,関係のない銀次をその渦から引きずりだそうちして,渦から足の部分が出て,さらにお腹の部分も出てきた。


 水香『この渦,ぜったい,おかしい。もし,銀次を離したら,わたし,ひとりで,とんでもない世界に放り込まれるわ。絶対に銀次を離してはいけない!』


 水香は,霊力の触手をくり出して,がっちりと,銀次の首に巻き付いて離さない行動に出た。


 その渦から銀次の胴体が出たが,どうしても,それ以上は出ることができなかった。


 ギギギーー!


 銀次の胴体と首がとうとうちぎれてしまい,首のない胴体が時間軸の渦から放り出された。銀次の頭部をしっかりと抱いた水香はその場から消えた。


 ヒューーン!


 おかしな音が聞こえたので,ルリカは目覚めた。 


 リルカ「え? 水香? どこに行ったの? おかしいな? ふん,どうせ,買い物にでも行ったのだろう」


 リルカは,水香を見失っても,また標的魔法陣で連れ戻せばいいと思っているので,まったく心配もせずに,またベッドに戻って寝た。銀次の胴体は,ちょうどルリカから死角になった場所にあったため気がつかなかった。


 ーー

 青龍が発動した帳尻魔法陣は,時間流の渦の中で,空中に大きな球を形成した。


 そこに,魔体が分解中の森タミコが出現した。さらに,何かをしっかりと抱いている水香も出現した。

 

 コブラの赤ちゃんをした師匠の周囲にも,小さな時間流が渦巻いた。


 師匠『え? なんだ? これは?』


 コブラの赤ちゃんもその空中に出現した球の中に取り込まれてしまった。


 林サミコは,その時間流の渦巻きの中で出現した球体の中にいる人物たちを見た。


 森タミコ,水香,師匠,共に,『時間』の恩恵を受けた者たちだ。そして,とうとう,林サミコも,その球の中に取り込まれた。


 洗濯機の中に放り込まれた衣類のように,クルクルと回転していった。


 この術を発動した青龍も,まさか,こんなことになるとは,まったく予想もしてなかった。


 青龍「え? えーー? どうしてーー??」


 ややしばらくして,コブラの赤ちゃんがその球からはじき飛ばされた。その後,林サミコがはじき飛ばされた。その次は,森タミコだ。


 森タミコは,その後,魔体を消滅していき,とうとうその場から消えてしまった。


 時間流の渦の中にある球は,何かをしっかりと抱いた水香だけになった。その球は,水香を取り込んで,フッと消えてしまった。



 ・・・

 しばらくして,当主が口を開いた。


 当主「青龍さん,これは,どういうことかな?」

 青龍「・・・」


 コブラの赤ちゃんである師匠が意識を取り戻して,床に倒れている林サミコの首元に渦巻き,自分の位置を固定した。林サミコの頭頂には,保護色の赤ちゃんカメレオン,ザビルがいる。でも,ずーっと寝ているので,我関せずだ。


 ややしばらくして,林サミコが気づいた。


 森タミコ「あれ? わたし,どうしてしまったの? 確か,魔体消滅の魔法陣を,,,」


 ここまで言って,自分の体が魔体でないことに気がついた。自分が,森タミコであり,この肉体は,林サミコのものだ。


 森タミコは,林サミコの体を乗っ取ったことに気がついた。では,林サミコの霊体は?


 森タミコは,林サミコの霊体を探した。でも,探すまでもなく,林サミコの霊体はすぐ隣にあった。


 森タミコの霊体の抜け殻は,林サミコの霊体の体表を覆ってしまい,林サミコを強制的に眠らせてしまったようだ。


 その後,どうなるのかは,森タミコもわからない。でも,林サミコの記憶経験,そのすべてを,森タミコは完全に掌握することができた。あたかも,林サミコのようだ。


 もともと,同一人物なのだから,当たり前なのだが,,,


 森タミコは,林サミコとして過ごすことにした。


 森タミコは,自分の席に戻って,青龍に聞いた。

 

 森タミコ「青龍さん,ちょっと,話が違うじゃない。林サミコを過去に追いやるってことだったでしょう? なんで,林サミコがここにいるのよ! でも,まあ,結果,オーライだけど」


 この言葉を聞いて,青龍は,目の前の林サミコが森タミコであることを知った。


 当主「青龍さん,今のサミコ君の話,どういう意味かな?詳しく説明してほしいのだが」

 

 師匠『サミコ君,君は,林サミコでないのか?』

 森タミコ『わたし,林サミコよ。でも,森タミコの記憶と混ざってしまったの。合体したのよ。両方の記憶があるの!』

 師匠『・・・』


 森タミコは,面倒くさそうに返事した。そのように説明するのが一番わかりやすい。森タミコが林サミコを乗っ取ったなんて言ったら,どんな眼に合わされるかわかったものではない。


 師匠は,当主に念話した。


 師匠『当主,どうやら,林サミコと森タミコの霊体は,合体したようです。ここにいる林サミコは,両方の記憶を持っています。でも,性格的には,森タミコに近いように感じます』

 当主『そうか,だいたいの状況は理解した』


 青龍は,隠してもダメだと思って,経緯を説明した。

 

 青龍「以前にも言いましたように,時間魔法は,後で帳尻を要求することは知っていました。どうせ帳尻を合わせるなら,なるべく早いほうがいいと思ったのです。その帳尻を合わせるのは,本体の霊体を持っている林サミコのはずでした。


 つまり,林サミコが過去へ引きずり込まれるはずでした。


 でも,なぜか水香が出現して,身代わりになってしまったようです。わたしが,この帳尻魔法陣で知っているのは,ここまです。それ以上のことはわかりません」


 当主「・・・,つまり,水香は,サミコ君の業を背負って,過去に行ったということかな?」

 青龍「はい,,,林サミコだけでなく,森タミコ,さらに,そこのコブラが受けた恩恵,そのすべての恩恵の帳尻を合わすため,水香は,過去に旅立ったということだと思います」


 幸千子は,外見上の林サミコに聞いた。


 幸千子「サミコ,あなた,いったい,サミコなの? タミコなの?」

 森タミコ「わたし,両方の記憶があります。今,融合中です。もともと,ひとりが2人になって,また,ひとりになったのです。異なった記憶を消化するのに,少々時間がかかります。自分が,サミコなのかタミコなのかわかりません。でも,新生の林サミコであることは間違いないです。うん。そうです」


 幸千子は,今の話方から,彼女が林サミコではないことを知った。でも,林サミコとして,受け入れるしかないと思った。


 当主「水香には悪いが,サミコ君がこの時間軸に残ったのは幸いだ。この話は,ここまでにしよう」

 

 ・・・

 林サミコの体を乗っ取った森タミコは,林サミコの記憶をどんどんと読み込んでいった。その,もっとも強烈な記憶,それは,メリルによって,魔体の銀次を奪われたことだ。


 森タミコは,涙が溢れてきた。そして,,,


 ワーーン,ワーーン!


 森タミコ「銀次さんが,,,銀次さんが,メリルに奪われたーー! わーーん,わーーん!」


 当主や幸千子は,なんで今さら,数日前のことを言うのか,ちょっと疑問に思った。


 青龍「林サミコさんは,いったい,何のことを言っているのですか?」

 

 林サミコの表彰式に参加するために,警視庁本部に訪問していた幸千子が,当時のことを詳しく説明してあげた。


 青龍「なるほど,そんなことがあったのですか。銀次の死体に植え付けた標的魔法陣から繋がっている赤い糸が切れてしまったので,それに反応して,メリルが,その切れた場所に現れたのでしょう。

 それにしても,強引に銀次を奪うのは,メリルもちょっとやりすぎですね。ちょっと,お灸をすえてあげたいですね」

 当主「メリルは,もともと新魔界の住人でしょう? ならば,新魔界に帰ってもらいましょう。サルジブ,確か,新魔界に行く次元転移装置は,本部事務所にあったはずだな?」

 サルジブ「はい,厳重に管理しております。必要なら,長老の許可で持ち出し可能です。もっとも,転移先は,われわれ王都の地下施設になります」

 当主「わかった。さて,いったい,誰がメリルを説得出来るかだな?」

 

 青龍「それでしたら,警視庁本部のまな美が適任でしょう。まな美は,メリルの仲間でしたし,今でも,仲間のような感じだと思いますよ。もっとも,まな美を説得するのが難しいかもしれませんけど」


 少しは,気持ちが落ち着いてきた森タミコは,小さい泣き声になりながらも,彼らの話を聞いた。


 森タミコ「メリルが,この世界を去ると,銀次さんは,わたしのものになるのですね?」

 青龍「水香が,過去旅立って,メリルも新魔界に行ってしまうと,銀次はひとりになる。後は,サミコさんの努力次第だと思うが?」

 森タミコ「では,まな美の説得,わたしに任せてください。当主,その次元転移という装置,入手出来次第,わたしに預からせてください。まな美に渡したいと思います」


 当主は,サルジブの顔を見た。


 サルジブ「手続きが少々ございますが,2,3日,待っていただければ,サミコさんの手元にお渡しします」


 森タミコは,涙顔からニコニコ顔に変化した。


 森タミコ「フフフ,これで,銀次さんは,わたしのもの!」

 

 森タミコの言葉は,貪欲さが如実に顕れていた。


 銀次の頭部が水香と一緒に過去に旅立ったことなど,誰もわからなかった。


 ーーー

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