第56話 総裁の逮捕

 翌朝,夏江はベッドから起きた。一晩過ごして,混乱した頭が少し整理されたようだ。居間に来ると,果たして,霊子たち3名が,徹夜でおしゃべりをしていた。

 

 霊子たちは『おはようございます』と挨拶をしただけで,またおしゃべりに戻った。霊子の武勇談がほぼ終わったので,今は,魔法習得の効率的な方法について議論の真っ最中だった。共に,共通の話題だ。


 夏江は,ちょっと聞く耳を持ったものの,まったく意味不明だ。夏江にとって,魔法は,霊核に依頼するだけでよく,苦労して習得するものではない。


 実は,昨晩,夏江は冷静になってから,霊核から霊子の能力を教えられた。なんと,霊子は,ほぼ完璧に『メリルの指輪』の記憶を保持していることを知らされた。そして,時間が経過するほどに,記憶が読み解かれて,その能力が開放されることもわかった。ただし,まだ,今のところ,霊核から十分な霊力が与えられていない。今後,十分な霊力を確保すれば,とんでもない化け物になることは間違いない。いろいろ考えた結果,今朝,何をすべきかを決めた。そして,それを,今,夏江はそれを実行に移す。


 夏江「霊子,今後,わたしの命令には絶対服従することを,今,宣誓契約しなさい」

 

 霊子は,霊核から夏江に従えと言われていたので,その通り宣誓契約した。霊子は,宣誓契約の欠点を熟知している。こんな単純な宣誓契約など意味がないことも。


 夏江「霊子,ランザとシャーラに,標的魔法陣を植え付けなさい」

 霊子「はい,ご主人様」


 霊子は,夏江を『ご主人様』と呼んだ。霊子は,ランザとシャーラの胸に,標的魔法陣を植え付けた。


 シャーラ「ちょっと,この魔法,なんなの?勝手に魔法植え付けないでよ」

 夏江「霊子,シャーラに初級電撃攻撃をしてあげなさい」

 霊子「ご主人様,了解です」


 霊子は,軽く手を上げて,シャーラに植え付けられた標的魔法陣から出ている見えない糸に沿って,弱い電撃を発射した。


 ビビビーーー!!


 シャーラ「キャーー!!」


 シャーラは,実質的な被害はないものの,全身に電撃が走って尻餅をついてしまった。


 夏江「シャーラ,いったん,その魔法陣が植え付けられたら,そこへの魔法攻撃を回避することは不可能よ。今後,わたしに逆らうと,あなたへの殺害命令を霊子に出すわ。次回は,そんな弱い電撃ではないわよ」

 シャーラ「そんな,,,でも,これって,宣誓契約違反じゃないの?」

 夏江「いいえ,違反ではないわ。わたしは,命令を出しているだけよ。あなたに危害を与えてはいないわ。

 ランザ,シャーラ,あなたたちは,100万円を稼ぐまでは,わたしの命令に従うと宣誓契約しなさい。もっとも,あなたがたの信条に違反する場合に限り,その命令を拒否できるようにするわ。良心的でしょう? 100万円受けとったら,ソープランド殺人事件に関する情報をあなたがたに教えるわ。もちろん,わたしも宣誓契約をしてもいいわよ。それと,霊子の存在は内密にしてちょうだい。彼女はわたしの切り札になる存在だから」

 

 ランザとシャーラは,お互い顔を見合った。結局,夏江の提案に同意することにした。彼女らにとって,受け入れられない命令なら拒否することができるからだ。それに霊子のことを上司に正確に報告しなくても,それとなく匂わす程度ならいくらでもできる。


 ーーー

 この日は,華丸総裁邸に行く日だ。夏江は,霊子たちに朝食を準備した。朝食が終わったところで,夏江は,霊子にタクシーを呼ばせた。


 夏江「霊子,タクシーを呼んでちょうだい」

 霊子「タクシー? え? それって,食べれるのですか?」


 霊子は,真顔で夏江に聞いた。霊子は月本国の常識がなかった。夏江はがっくり来て,ランザにタクシーを呼ばせた。


 ランザは,シャーラに聞いた。

 ランザ「タクシーって,総務部に依頼するんでしたっけ?」

 シャーラ「そうよ。でも,総務部に依頼しても,ここには来ないと思うの」

 ランザ「じゃあ,どうすればいいの?」

 シャーラ「わかんないわ」


 夏江は再びがっくりきた。已むなく,自分でタクシー会社に電話して来てもらうことにした。30分ほどかかるとのことだった。ちょっと時間があるので,テレビを付けた。


 すると,ニュースでは,近くで起きた殺人事件が大々的に報道されていた。


 『昨晩,XX市柳草公園の茂みで,男性の頭部が発見されました。警察は殺人事件として男性の身元を調査中です。また,胴体部分を探索中ですがいまだ発見されておりません。あっ,たった今,男性の身元が確認された模様です。付近に住むHM男,48歳であることが判明しました。彼は,昨晩,自宅に戻って来ませんでした。家族が本人に連絡が取れないとのことで,今朝,警察に捜索願いを出したことで身元が判明した模様です』


 プッチ(テレビを切る音)


 これ以上聞いて居ると,夏江の頭がさらに痛くなるだけだ。月本国の常識を知らない霊子に文句を言っても始まらない。こうなった以上,胴体は返すべきだ。でも,どうやって返すか?おいおい考えるとしよう。


 タクシーが来たので,夏江は全員を連れて総裁邸に移動した。


 ー 総裁邸の書斎 ー

 夏江たち4名は書斎に通された。総裁はまだ生きていた。夏江がオーラの眼に変えて,総裁のオーラを観察しようとした時,霊子が総裁を指刺して,ニコニコしがなら言った。


 霊子「あれ?この人,呪われているわ。1週間もしないうちに死にそうよ」


 その言葉は本当だった。夏江も総裁のオーラを観察して,同様の判断をした。夏江は総裁に言った。


 夏江「総裁,すいません。この子はまだ礼儀を覚えていませんので,許してください。でも,彼女の言ったことはほんとうです。総裁は,なんとか,外食することで1週間生きながらえて来ましたが,そろそろ限界のようです。徐々に呪いが総裁の体を蝕んできているようです」

 総裁「夏江,お前は除霊師だろう?根本的に解決できんのか」

 夏江「前にもいいましたが,呪いをかけた人物は大物です。とても,わたしなんかの小物が対抗できるはずも,,,,」


 夏江は,そう言いつつも,ふと,霊子,ランザ,そしてシャーラを見た。彼らは,夏江のアパートで放置するのもまずいので,一緒に連れて来ただけなのだが,もしかして,彼女らの力なら,呪いの相手にも打ち勝つことができるのではないかとふと思った。


 夏江「総裁,ちょっとお待ちください」


 夏江は,まず霊核と相談した。霊子の能力については,霊核がだいたい把握している。霊子の力を借りれば,相手を特定でき,さらに,ここに転移させることも可能らしい。


 夏江は,ランザとシャーラを呼びつけて,彼女らの魔法のレベルに聞いてみた。すると,魔獣族でもトップレベルの実力であり,相手がひとりだけなら,ランザとシャーラ2人がかりでの攻撃を回避することはまず無理だろうとのことだ。


 夏江は,霊子に耳打ちしてある依頼をした。かつ,霊核に霊力の一部を霊子に分け与えるように指示した。ランザとシャーラには,夏江が奪った収納指輪を与えて,その中にある魔法石を使うように指示した。そうすることで,彼女らは,自分たちの魔法石を使う必要がなくなる。


 夏江は,だいだいのアレンジができたので,総裁に言った。


 夏江「総裁,まずは,この1週間,生きながらえましたので,約束の400万円,支払ってください」

 

 総裁は,渋い顔をしたが,約束なので総裁秘書に命じて払わせた。


 夏江「はい,確かに入金を確認しました。さて,総裁は根本的な解決を望みのようです」

 夏江「もしかしたら,ここにいる3人の力を借りれば,根本解決ができるかもしれません。ですが,そのためには,膨大な支出をしなければなりません。彼女らへの手数料200万円とは別に,特別な鉱石を使用します。その鉱石の代金,3000万円が必要になります。さらに,死亡リスクも負いますので,危険手当として400万を加えますと,合計4000万円必要になります。即金で支払ってくれれば,すぐに対処します。いかがされますか?」


 夏江のあまりにも法外な要求に,総裁は立ち上がって文句を言った。


 総裁「何をばかなことを言っているんだ!だいだい,お前の連れてきた連中が,そんな能力があると,どうやって信じればいいんだ」

 夏江「総裁,今は,そんなことを言っているような状況ではありません。総裁も気がついているのでしょう?呪いが徐々に総裁の体を蝕んでいます。体がおかしくなりつつあることに。4000万円支払ってくれれば,根本解決を保障します。もし,解決できなければ,返金させていただきます。嫌なら,ほかの除霊師にお願いしてください。でも,以前にもいいましたが,他の除霊師では,絶対に解決できないことを保障します」

 総裁「数日,いや,1,2日待ってくれ。他の除霊師にも診てもらう」

 夏江「残念ですが,今,ここを去れば,わたしはもう2度とここには来ません。総裁が数日で死ぬと分かっているからです。あの世で悔やんでください」


 夏江は,ゆっくりと立って霊子たちを連れて出ようとした。


 総裁「待て!」


 夏江は立ち止まった。その場所は総裁の机のすぐそばだ。ふと,総裁の机に携帯が置いてあった。夏江は,何気なくその携帯に触って見た。すると,いくつかの映像が頭の中に飛び込んで来た。


 ーーーー

 【シーン1】

 総裁が携帯で電話する映像だった。


 総裁「何?洋裁専門学校の決算が赤字だと?それも,15億円だと?」

 電話の相手「はい。何分,伝染病の影響で,学校に来ることもできず,オンライン授業に変えているのですが,その設備投資が膨大になってしまいました」

 総裁「・・・」


 【シーン2】

 総裁「融資はもうできないのか?」

 電話の相手「はい,こちらとしても,返済の見込みのない相手には,これ以上,融資をすることが困難な状況です。すでに,80億円も融資しています。ここまで融資させていただいたのも,これまでの関係があったからです。お含み置きください」

 総裁「わかった。もういい」

 ブチッ!(電話の切れる音)

 

 【シーン3】

 総裁「ほんとうに,妻をリスクなく殺せるんだな?」

 電話の相手「はい,確実に病死に似せて殺せるとのことです。なんせ,超がつくほどの優秀な霊能力者です。間違いありません。謝礼は2億円です。わたしの仲介料は2000万円になります。合わせて2億2千万円になります」 

 総裁「2億2千万か,,,わかった。振り込みは足がつくので,現金を引き出して手渡す」

 電話の相手「了解です。では,2日後の午後3時,例の喫茶店でお待ちしております」


 【シーン4】

 総裁「いったん70億円を一度に返済する」

 電話の相手「え?ほんとうですか?」

 総裁「ああ,幸か不幸か,遺産が手に入った」

 電話の相手「了解しました。では,改めて新規の融資の話をさせてください」

 総裁「よろしく頼む。近々,新しくスポーツジムを計画中だ。相談に乗ってくれ」

 電話の相手「もちろんです。では,明日でも伺います」


 ーーーー

 

 夏江は,携帯から手を放した。眼から涙が出てきた。あまりに亡くなった妻が可哀想だ。それに,総裁への復讐を途中で中断されて,解雇された運転手や,女中のラナ子とスミ子のことも哀れんだ。夏江が彼らへの首を切るようにアドバイスしたのだが,彼らへの復讐を肩代わりしてもいいと思った。


 夏江「総裁,ちょっと,庭を散歩してきます。その間,わたしに4000万円を支払うかどうか,ゆっくり考えてください」


 夏江は,霊子たちを連れて庭を散歩した。周囲には,いくつかの監視カメラがあった。夏江は,ランザにこれらの監視カメラを破壊するように命じた。ランザは,なんら躊躇することなく,周囲にあるすべての監視カメラを初級爆裂魔法で破壊した。その後,夏江は,収納指輪から首なし遺体を一目につかないところに放置して写真を撮った。ついでに,さきほど,夏江の頭の中に映し出された,総裁が電話しているシーンを,携帯に念写していった。それらの情報を,多留真にラインで送った。


 そして,一言,次の文章を付け加えた。『今日中に華丸総裁を死体遺棄と亡き妻の殺人教唆犯で逮捕してちょうだい。もしできたら,数日間,多留真の性奴隷になってあげる♥』と。


 散歩から帰ってきた夏江に,総裁は,めちゃくちゃ苦々しい顔をして言った。


 総裁「わかった。4000万円支払う。しかし,もし,完全解決しなかったら,即刻返済してもらうからな」

 夏江「フフフ。賢明な判断です」

 

 その後,総裁秘書が4000万円を夏江の口座に振り込んだ。


 夏江「入金確認しました。では,根本解決を行います。総裁と総裁秘書はこの場でお待ちください。わたしたちは庭で,儀式の準備をします。準備が出来次第お呼びします」

 総裁「わかった。すぐに準備しなさい」


 夏江は軽く頷いて,霊子たちを連れて庭に移動した。


 夏江「この辺でいいわ。霊子,どう?相手を発見できた?」

 霊子「はい,総裁の周囲に纏った紺色のモヤを追っていって,人物を特定できました。標的魔法陣も植え付けました。いつでも転送可能です」

 夏江「了解。では,ランザ,今から,呪詛師をこの場所に転送させるわ。そしたらすぐに重力魔法で行動を封じてちょうだい」

 ランザ「了解です。すぐに準備します」


 ランザは,指定した場所に重力魔法陣を構築していった。


 夏江「シャーラ,呪詛師が転送されたら,すぐに魔法攻撃できる準備をしてちょうだい」

 シャーラ「氷結の矢攻撃でいいしょうか?」

 夏江「それでいいわ。できれば,相手を殺さないようにね。無理なら殺してもかまわないわ」

 シャーラ「了解です。いつでも速射できる体勢で待機します」

 夏江「Ok,では,霊子,転送してちょうだい」


 ホワァーーン!

 

 指定された場所に,ひとりの呪詛師が転移された。それと同時に,10倍の重力魔法が発動した。


 ぎゃあーーーー!!(転送された呪詛師が叫ぶ声)


 転送された呪詛師は女性だった。その女性を見て,夏江はびっくりした。


 夏江「え? マキさん? 」


 そうなのだ。転送されたのは,魔獣族にして,第2開発部門第2部長のマキだった。


 マキ「夏江?え?何? この超重力魔法? さっさと解除しなさい」

 夏江「はい,マキさん。ランザ,重力魔法を解除してください。シャーラ,攻撃魔法はしないように。彼女はわたしの上司です」

 ランザ「わかりました」

 シャーラ「了解」


 ランザは重力魔法を解除した。


 マキ「夏江,これって,どういうこと?説明しなさい」

 

 夏江は,横たわったマキを抱き起こしながら,事の経緯を簡単に説明した。


 マキ「でも,まさか,呪詛の『呪いオーラ』を逆手にとって,わたしに辿り着くとは恐れ入ったわ。霊子って,よっぽどの能力者なのね」

 夏江「ええ,わたしも,霊子がそこまで能力があるとは思ってもみませんでした」

 マキ「あの重力魔法をかけた魔法士は誰?いったい,どこから連れてきたの?彼女,一流の魔法士よ」

 夏江「はい。彼女らは,魔獣族の暗殺部隊の女性アサシンです」

 マキ「え?あの暗殺部隊?!! 道理で魔法が一流のはずだわ」

 

 マキは,彼女らに自分のことを説明した。


 マキ「わたし,魔獣族の第2開発部のマキよ。第2部長をしているわ」

 ランザ「ええーー?部長さんですか? すいませんでしたーー!」

 シャーラ「部長だったんですね。知らずにすいませんでしたーー!!」


 ランザとシャーラは,頭をペコペコ下げた。


 マキ「別にいいわよ。知らないでしたことですから。幸い,あなたがたに殺されないでよかったわ」

 ランザ「すいません,すいません」

 シャーラ「すいません,すいません」


 彼女の謝りが終わったところで,夏江が肝心の要件をマキに依頼した。


 夏江「マキさん,総裁にかけた呪いを解除する方法を教えてくださいませんか?」

 マキ「こちらも,高額のお金をもらって呪詛をかけているのよ。途中で止めるわけにはいかないわ」

 夏江「その点なら大丈夫です。総裁の罪は警察で裁くように手配しました。死体遺棄の罪と,妻殺しの殺人教唆です。無期懲役か死刑の判決が出ると思います」

 マキ「でも,殺人教唆なんて,証拠なんかないんでしょう? だから,わたしが依頼されて呪詛魔法をしかけたのよ」


 夏江は,自分の携帯の映像を見せた。それは,総裁が電話で殺人を依頼している映像だった。


 マキ「え? 何?これ?夏江,この映像,どうしたの?」

 夏江「へへへ。ちょっと,秘密です。でも,これは十分に証拠になるはずです。この映像をマキさんに渡します。その交換条件で,総裁の呪いの解除方法を教えてください」

 

 マキは,溜息をついた。


 マキ「呪詛で殺せなかった以上,2億円の成功報酬がパアだわ。でも,この証拠で1億円くらいはせしめることができるかもね。残りの1億円を夏江が補填しなさい」

 夏江「・・・」


 夏江は,唖然として,一瞬,何も言えなかった。


 夏江「マキさん,わたし,総裁から4000万円しかもらっていません。なんとかこの金額で我慢してくれますか?」

 マキ「何,バカなこと言っているのよ! でも,ちょっと可哀想だから,5000万円で妥協してあげる」

 夏江「・・・」


 夏江は,しぶしぶ同意した。夏江は,除霊師としての仕事で稼いだすべての金額と少しの貯金を合わせて5000万円をマキの口座に振り込んだ。夏江が除霊師として稼いだすべてのお金が,この一瞬で吹き飛んでしまった。


 夏江は,金欠で涙が出そうだ。


 マキは,夏江に呪詛の解除魔法陣の図案を渡して,解除方法の手順を説明した。


 マキ「夏江,そんなに悲しい顔しなくていいわよ。この呪詛は,呪詛伝播魔法陣と,病死呪詛魔法陣を組み合わせたものよ。それらの魔法と解除方法を夏江にタダで教えるのよ。5000万円でも安いと思うわ」

 夏江「・・・」

 

 夏江はマキに詳しく教えられて,それらの呪詛魔法の解除方法を即席でなんとか覚えた。


 夏江「マキさん,なんとか,これで解除できると思います」

 マキ「フフフ。よかったわね。じゃあ,わたしは,ここにいないほうがいいわね。じゃあね」

 

 マキは,庭から外壁に向かって歩いていって,そこから,2メートルもある外壁をいとも簡単に飛び越えていった。


 夏江「え? なんで飛び越えれるの?」

 ランザ「たぶん,魔法を使ったんだと思うけど,どんな魔法か全然わからない」

 シャーラ「マキさんっていう人,もしかして,細かな魔法をいつくも同時に制御できる魔法士かもしれない。重力軽減魔法,微細風魔法,さらに筋力強化魔法,それらを細かく制御することで,ごく自然な動きで2メートルもジャンプできるようにしていると思う。制御魔法の天才かも」

 

 マキはすごい魔法使いなのだと,夏江は上司であるマキを今更ながら見直した。


 その後,総裁を庭に呼んで,総裁にかけられた呪詛魔法をなんとか解除することに成功した。


 総裁の顔色が,みるみると良くなっていった。


 総裁「おおお,体が軽くなってきた。絶望感もすっかり無くなった。晴れ晴れとした気分だ。夏江,でかした」

 夏江「なんとか成功できたみたいだわ。これも,以前販売させてもらった『大吉』のお守りが少しは有効に働いているおかけだと思うの。総裁,よかったですね,呪いが完全に解除されて」


 夏江は,せっかくのいい機会なので,一発で呪いの解除に成功したのを,100万円で売った『大吉』のお守りのせいしにした。


 総裁「よし,夏江,どうだ?食事でもしていかないか?」

 夏江「嬉しいのですけど,わたしたち4人分ですよ?」

 総裁「大丈夫だ。30分もまっていれば準備できる」

 夏江「はい,では喜んでご馳走になります」


 夏江は,多留真に会いたくなかった。というのも,多留真たちは魔獣族を血眼になって探している。多留真は魔装していて,同じく魔装しているα隊や機動隊も同行しているはずだ。なにせ,最悪,魔獣族との交戦もあり得るからだ。でも,食事する時間くらいはあると思った。


 30分が経過した頃,食事の準備が整ったので,夏江たちは和室に通されて,食事を楽しもうとした。その時だった。

 

 ピーポー,ピーポー,ピーホー!


 パトカーのサイレンが鳴った。しかも,1台や2台ではない。夏江は,多留真たちが来たと思った。

 

 ランザとシャーラは獣魔族だ。彼女らの存在は隠す必要がある。夏江はすぐに彼女らに命じた。


 夏江「ランザ,すぐに料理を指輪に収納してちょうだい。シャーラは,自分の靴とランザの靴を持って来て。霊子も自分のとわたしの靴を持ってきて。大至急よ!」

 

 ランザ,シャーラ,そして霊子はテキパキと動いた。


 夏江「ランザ,シャーラ,わたしの部屋に転移魔法で移動できる?」

 ランザ「夏江さんから預かった指輪に魔法石がありますので,それを使います。ここからですと,S級攻撃魔法3発分に相当する魔力を消費すると思います」

 夏江「ちょっともったいないけどやむを得ないわ。転移,お願いするわ」

 ランザ「わかりました。皆さん,わたしに捕まってください」


 かくして,夏江たちはランザの転移魔法で夏江のアパートの部屋に戻った。


 ーーー

 地元警察官や地元刑事を乗せたパトカーが10台,機動隊部隊が100名,さらに魔装を施したα隊の2号と3号,同じく魔装を施した多留真が,総裁邸に出動した。


 パトカーのサイレンの音に,書斎にいる総裁が反応した。


 総裁「何事だ?」

 総裁秘書「警察のようですが,何でしょう? よくわかりません」


 ピンポーン!


 外門のチャイムが鳴った。総裁秘書が外門まで移動して,門を開けた。そこには,多留真たちが待ち構えていた。


 多留真「警察だ。華丸十五郎はいるか?」

 総裁秘書「はい,奥の書斎におりますが?」


 多留真は捜査令状を総裁秘書に示した。


 多留真「捜査令状だ。屋敷と庭を捜査させてもらう」


 多留真は,背後にいる地元警察官に命じた。


 多留真「庭に遺体が転がっているはずだ。至急,調べなさい」


 ドドドド--ー!(門から警察官が一斉に侵入してくる音)


 総裁秘書「いったい,,,これは??」


 総裁秘書は何がなんだかわからなかった。


 地元警察官40名体勢で,敷地内をくまなく探した。すると,大きな声がした。


 「遺体発見!遺体発見! 写真班,すぐに来てください!」

 

 パシャ!パシャ!パシャ!(写真班が遺体を撮影する音)


 多留真は,遺体が庭で発見されたのを確認した。


 多留真「どうやら通報は間違いなかったようだな」


 多留真は総裁秘書に向かって言った。


 多留真「では,華丸十五郎のいる書斎まで案内していただけますか?」

 

 この状況で断ることなどできない。総裁秘書は総裁のいる書斎まで案内した。


 書斎に入った多留真は,総裁に対して慇懃丁寧に罪状を述べた。


 多留真「華丸十五郎ですね?」

 総裁「そうだが?」

 多留真「この屋敷の庭で,首のない遺体が発見されました。ついては,遺体遺棄の疑いで緊急逮捕します」

 総裁「何だと?そんな馬鹿な!」


 そこにひとりの警察官がやってきて,多留真に耳打ちした。そして,多留真は軽く首を縦に振った。


 多留真「華丸十五郎,どうやら庭にある監視カメラがすべて壊されていますね。遺体を隠すのに都合が悪いから壊したのですね?」

 総裁「え?そんなの知らん」

 多留真「まあ,いいでしょう。おいおい真実は判明するでしょう。というのも,われわれには嘘を100%見抜く女性警察官がいますから」


 多留真は一呼吸おいて,言葉を続けた。


 多留真「華丸十五郎,あなたには,もう一件,逮捕すべき罪状があります。奥さんである華丸明美への殺人教唆の罪です!」

 総裁「え?! 殺人教唆? まさか,,,どうして」


 総裁は,『まさか,どうして,そんなことがバレるんだ?』と言葉を続けたかった。


 多留真「この件では,れっきとした証拠があります。いまさらあがいても無駄です」


 多留真は,背後にいる地元警察官らに命じて総裁を逮捕させた。彼らは総裁の手首に手錠を掛けて連行した。


 ピーポーピーポー!


 総裁を乗せたパトカーが総裁邸から出ていった。一連の逮捕劇が終了した。


 ーーー

 多留真は,この総裁邸にまだ夏江がいると思って,総裁秘書に聞いた。


 多留真「秘書さん,確か夏江が今日,ここにお邪魔すると伺っていたのですが,彼女はもう帰ったのですか?」

 総裁秘書「いえ,和室で昼食を召し上がっているかと思います。こちらです」


 総裁秘書は,夏江のいる和室に案内した。


 総裁秘書「夏江さん?刑事の方がお呼びです」

 

 総裁秘書は,そう言って和室の障子を開けた。すると,そこには,夏江はおろか,他の3人もいなかった。しかも,懐石料理を詰めた重箱もなくなっていた。


 総裁秘書「あれ? 夏江さんたちがいなくなっています。おかしいですね」


 総裁秘書は,玄関に行って,夏江たちの靴があるかどうか確認した。すると,彼女らの靴もなくなっていた。


 総裁秘書「刑事さん,どうやら,夏江さんたちは,もういないようです。彼女たちの靴もありません。いったい,いつ帰ったのでしょう?」

 多留真「そうですか,,,わかりました」


 多留真は,ちょっとがっかりしたが,気を取り直して,捜査の継続をすることにした。


 どのみち,今日の夜には,夏江のアパートに行く予定だ。


 ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る