第53話 追加料金

 夏江は,タクシーを飛ばして華丸総裁邸に行った。タクシー代は,数万円もかかってしまった。でも,その価値は十分にある。だって,今日は,夏江の前回の訪問から1週間が経過した日だ。総裁が生きていれば400万円もらえる日だ。


 総裁邸に着くと,総裁秘書が出迎えた。


 総裁秘書「夏江先生,おめでとうございます。総裁は生きておられます」

 夏江「フフフ。よかった。これで400万円ゲットね」


 夏江は総裁の書斎に通された。


 総裁は,ソファに座って夏江を待っていた。


 総裁「夏江先生,どうやら,1週間生きながらえたようだ。約束の金額を支払いましょう」

 夏江「はい,ありがとうございます」


 総裁秘書は,携帯で夏江の銀行口座に400万円振り込んだ。


 夏江「はい,確かに受けとりました。では,1ヶ月後に,,,」


 夏江がそう言おうとした時,夏江は,総裁から変な雰囲気を感じた。そこですぐにオーラを診る眼に変えて,総裁のオーラを診た。


 すると,総裁の寿命オーラが濃い紺色によって覆われていて,今にも完全に覆われ尽くしてしまいそうな勢いだった。


 この濃い紺色のオーラは,解雇された女中のとも異なる。もちろん解雇された運転手のとも違う。では,いったいどこから?


 夏江「総裁,大変申し上げにくいのですが,総裁は,あと数日の命です」

 

 この言葉に,総裁は激怒した。


 総裁「なに?? また,同じ台詞を言って金をせしめる気か?!!」

 夏江「結果的にはそうなります。今回,総裁を呪っているのは,新しい呪いと思われます。1週間前のとは異なります。当然,追加料金になります。追加で1000万円になります。いかがされますか?」

 総裁「その言葉を信じたいが,それを証明することができれば,お前の言う通りにしよう」

 夏江「そうですね,,,わかりました。では,ここに屋敷の住人を全員連れてきてください」

 

 総裁は,総裁秘書に夏江の言う通りにするように指示した。間もなく,屋敷の住人が全員集合した。


 料理人2名,新しく採用した女中と運転手1名ずつの合計4名だ。


 夏江は,女中に近づいて言った。その女中は,まだ20歳になったかならないかという年頃だった。


 夏江「今から,いくつか質問します。声を出さないで頭の中でイメージしてください。いいですね?」

 女中「わかりました。やってみます」

 夏江「はい,では,今から始めます。しゃべってはだめですよ」

 

 女中は,頭を縦に振った。


 夏江は,自分の名刺を取り出して,女中に渡した。


 夏江「わたし,『爆乳除霊師・夏江』って言います』

 女中「えっ? ばくにゅう?? ワッハハハーー」

 

 この言葉に,女中は,思わず腹を押さえて笑ってしまった。ちょっとした変化で笑ってしまう年頃の女性だった。


 ひとしきり,笑った後だが,この場は笑うような場面ではない。なんとか笑いを堪えた。


 夏江「しゃべらなければいいので,笑うのは自由ですよ。どうぞ,この名刺を受けとってください」

 

 女中は,なんとか笑いを抑えて,夏江から名刺を受けとった。しかし,夏江は名刺から手を離さずに,女中の手を触った。そして,間髪を入れず,夏江は彼女に質問した。


 夏江「あなたのお名前は?年齢は?誰の紹介でここに来たのですか?お母様のお名前は?お父様のお名前は? 今,恋人はいますか? 初体験はいつですか? その彼の名前は? 今,彼の仕事は何ですか?彼と結婚したいですか?」


 夏江は矢継ぎ早に質問した。その質問と同時に,女中は,すぐにそのイメージを頭に浮かべた。そのイメージは,そのまま夏江の頭の中に投影された。


 夏江は,触れている彼女の手を離して,自分の席についた。


 夏江「総裁,本来,自分の能力を証明するようなことはしたくないのですが,今回は特別サービスです。今,女中の方にいろいろと質問しました。プライベートのこともありますので,彼女にその答えを示したいと思います」


 夏江は,手帳を取り出して,そこに質問の答えを書いて,その部分を切り取って,その紙片を女中に渡した。そして,読み取った女中の名前を使って問いかけた。


 夏江「明子さん,わたしが質問した答えは,すべて合っていますか?」


 女中は,その紙片に書かれた内容を見て,びっくりした。


 女中「えーーー?? うそーーー! わたししか知らないこと,なんで知っているんですか?? はい,すべて合っています。正解です。でも,,,有り得ないです,こんなこと!!」

 

 総裁「明子さん,ほんとに,夏江先生の書いた内容は,合っているのか?」

 女中「はい。ほんとうに合っています。神に誓って間違いありません!」

 総裁「夏江先生とは,以前,どこかで会っていませんか?」

 女中「今,会ったのが初めてです」

 総裁「でも,にわかには信じられん」

 

 夏江「わたしの能力は,そう何度もできるようなものではありません。膨大に体力を消耗してしまいます。証明はここまでです。総裁,ご納得いただけましたか?」

 

 総裁と総裁秘書はお互い顔を見合わせた。そして,総裁秘書は軽く頭を縦に振った。その後,2人で小声でヒソヒソ話をした。その後,総裁が口を開いた。


 総裁「では,もう一度だけ信じよう。追加料金の件,了解した。ただし,前回と同じように,支払は,1週間後,1ヶ月後,さらに3ヶ月後の3回に分ける。いいかな?」

 夏江「そうですね。了解しました。それで結構です。では,他の方々にも名刺を差し上げます」


 夏江は,新しい運転手に名刺を渡した。その際,運転手の手を夏江が触ったのは当然だ。彼から投影されるイメージは,特に変わったことはなかった。


 次ぎに,ベテラン料理人だ。彼からのイメージも特に変わったことはなかった。彼の頭の中は,可愛い孫のことで一杯だ。


 最後に若者の料理人だ。彼も,数日前に女中と一緒に採用された料理人だ。


 夏江は,最初から彼の手の周囲に,総裁の寿命オーラに纏わり付いたのと同じ濃い紺色のモヤモヤとしたもので覆われていた。


 だから,今回の除霊は簡単でできるだろうと,甘く考えて,総裁に追加料金をふかっけた次第だ。


 夏江は,自分の名刺を差し出して彼に渡した。そして,彼がそれを受けとる時,彼の濃い紺色のモヤモヤとしたもので覆われている手に触った。


 ピヒューーン!(夏江の頭の中に,彼からのメージが投影される音)


 ー 夏江の頭の中に投影されたイメージ ー

  総裁邸での料理人として採用された日,彼は,黒服と黒のサングラスで覆われた男に,言い寄られた。

 黒服「あなたに,お話があります。いえ,時間は取らせません。これは,時間を作ってもらうことへの謝礼です」

 

 黒服は彼に1万円を渡した。彼は,それを受けとって「ちょっとだけならいいです」と言って,近くの喫茶店に入った。


 彼は,半透明のベールで覆われた女性のところに連れて来られた。


 ベールの女「お忙しいところすいません。わたし,マリーといいます。占い師をしています。その占いで,あなたが,ちょっと不幸に見舞われると出てしまいました。でも,安心してください。それを今から解除して,幸せになる占いをします。お代はいりません。ちょうど,わたし,見習い期間なので,自分の実績を積む必要があります。それで,わたしの実績つくりに付き合っていただきたいのです。よろしいですか? 時間は10分ほどで済みます」


 彼は,お金がかからないのから,まあいいか,という安直な気持ちで,マリーの依頼を受けることにした。そして,その場で,両手をテーブルに置いて,両目を閉じらされた。


 10分後,眼は眼を開いた。そこには,もう誰もいなかった。しかも,コーヒー代さえも支払が済んでいなかった。彼が受けとった1万円はポケットに入れたのだが,その1万円もなかった。幸い,携帯や財布は奪われていなかった。その点は良心的だ。彼は,タダでコーヒー代をせしめるしょうもない詐欺に遭ったと理解した。


ーーー


 このシーンを見て,夏江は,半透明のベールに覆われた女性が,どこかで会ったような感じがした。もう少し顔がはっきりすればわかるのだが,それ以上はっきりとした映像にできなかった。


 夏江は,その料理人に言った。


 夏江「あの,ちょっとだけ手相を見ていいですか?すぐに終わりますから」

 料理人「はぁ,すぐに終わるならいいですけど」


 夏江は,彼の手の平と甲を注意深く診た。よく凝視して見ると,微かではあるが,魔法陣が組み込まれているようだった。今回の呪いは,民間呪詛なんかではない。『霊』とは関係のない魔法体系に基づいた呪詛だ。簡単に解決できるようなものではない。


 そこで,夏江は,子宮に巣くう霊核に念話で聞いて見た。

 

 夏江『霊核様,彼の手に魔法陣があるようなんですけど,それって,何か分かりますか?』

 霊核『そんなの分かるわけないでしょう? 百科事典じゃあるまいし!』

 夏江『では,あの魔法陣を奪い取ることはできますか?』

 霊核『そんなの簡単よ。霊力を流して,魔法陣の部分をごっそりと移し替えるだけ。でも,その魔法陣は,どこに移せばいいの?』

 夏江『そうね,,,わたしの右側の乳首部分に移し換えてください』

 霊核『何度も言うが,わたしが動くことは,それだけ,夏江に貸しを造っていることになるわ。いずれ,すべて還してもらうわよ?』

 夏江『フフフ。はい,霊核様,その覚悟はできています』


 霊核は,霊力を流して,彼の手から魔法陣をごっそりと奪って,それを夏江の右側の乳首部分に移し換えた。ともかくも,根本治療はできないが,料理人の魔法陣を夏江に移し換えることで,なんとか総裁を生きながらえることはできそうだと思った。


 乳首に映した魔法陣は,さらにハムスターかなんかのペット動物に移し換えて処分すればいいだけだ。


 仮に,1週間以内に総裁が死んだところで,夏江の懐が痛むわけではない。まあ,真剣になって,とんでもない魔法を操る呪詛者を敵に廻したくもない。どうせ,獣魔族かそこらの魔法使いが呪詛を仕組んだのだろうと思った。


 夏江は,手相を見るのを止めた。


 夏江「なかなかいい手相をしていますね。これからも頑張ってください」

 料理人「はい,がんばります」

 

 集められた4名の彼らは書斎から去った。


 夏江は,ゆっくりと落ち着いて,ソファに座った。


 総裁「それで? わたしは,この1週間,何をすればいいのかな?」

 

 夏江は,出されたコーヒーを飲みながら,ちょっと考えた。そして,答えた。


 夏江「そうですね,,,総裁だけは,厨房に関係のあるものはいっさい触ってはいけません。食事,食器,従業員も含めてです。厨房に近づくこともダメです。よって,毎日から外食をしてください。かつ,毎回,違った場所でお願いします」

 総裁「何?それはいつまで続くんだ?」

 夏江「1週間後に謝礼を受け取りに来ます。その時,また判断します」

 総裁「何か,除霊の儀式とかしないのか? 誰が犯人だとか分からないのか?」

 夏江「わたしは,除霊の儀式とかはしません。それに,今回に限ってですが,犯人捜しはしません。もし,そんなことすれば,下手すれば,わたしだって殺されてしまうかもしれません。わたしは死にたくありません。わたしができるのはここまでです。

 不安なら,他の除霊師を雇ってもいいでしょう。でも,はっきり言って無駄でしょう。わたし以外,対応できる除霊師はいないと思います。あっ,あの『恐怖の千雪』は別です。それ以外,まず無理でしょう」

 総裁「何か,料理人が犯人と関係があるのか?」

 夏江「いえ,料理人は無実とみていいでしょう。ちょっと騙されただけのようです。あっ,そうそう,わたし,お守り,持っています」


 夏江は,3種類のお守りを出した。


 夏江「これは小吉,これは中吉,そして,これは大吉のお守りです。わたしとしても,どれだけ有効か不明ですが,もし,お望みでしたら,分けて差し上げます」

 総裁「では,大吉のお守りをいただこうか?」

 夏江「大吉ですと,100万円になります」

 総裁「何?お金を取るのか?」

 夏江「もちろんです。これは,総裁の除霊業務とは全く別ですから。ちなみに,中吉なら30万円,小吉で10万円になります。別に,要らないなら買わなくていいですよ」

 総裁「・・・,ええい,わかった。大吉のお守りをいただこう」


 総裁は,こんなお守りなど信じるような人物ではない。でも,夏江の能力を知ってからは,わらにもすがる思いだった。


 夏江は,ニコニコとして,大吉のお守りを総裁に渡した。

 

 夏江「お買い上げありがとうございます♥ お代は,今日中に振り込んでくださいね♥ では,帰られていただきます。タクシーを呼んでくれますか?」

 総裁秘書「リムジンカーで送りますが?」

 夏江「いえ,タクシーでお願いします。不要な神経を使いたくないので」

 

 総裁秘書は夏江を玄関まで見送った。その際,総裁秘書は,夏江に言った。


 総裁秘書「夏江先生,あなたの拝金主義には目に余るものがある。すまないが,1週間以内に臨時教師の職を辞めてもらいたい。これは,理事長としての命令だ」


 夏江は,十分に予想されたことなので,別に驚かなかった。


 夏江「分かりました。そうさせていただきます。ですが,マキ人材派遣会社との関係は良好に維持してくださいますか?」

 総裁秘書「わかった。あなたの代わりも,マキ人材派遣会社から採用するようにランには伝えておく」

 夏江「ありがとうございます」


 夏江は,タクシーで帰った。彼女は,詐欺師の竜姫に,謝礼のお金,400万円の4割である160万円を携帯で振り込んだ。その際,彼女に,『私,除霊師に専念するので,他のカモが見つかったらよろしく』とメールしておいた。夏江は,自分がだんだんとワルに染まっていくのがわかった。


 書斎には,総裁と総裁秘書の2人だけだ。


 総裁「夏江の対応はどう思う?」

 総裁秘書「夏江先生は,確かに霊能力がある女性だと思います。女中の明子を診る時に,夏江先生は彼女の手を触りました。それに,料理人についても,犯人ではなく騙されただけと言っていました。もしかしたら,相手の体に触って相手の思念を読み取る『サトリ』という霊能力者ではないでしょうか?非常に希有な異能力者だと思います。それに,夏江先生が,今回に関しては,彼女以外,誰も解決できないと明言しました。何か,犯人に繋がる証拠を掴んだのだと思います。でも,その犯人は夏江先生の手に負えないとわかったのでしょう」

 総裁「なるほど,,,わたしも,大変な大物に命を狙われたのだな。いっそ,拳銃や刃物で殺せばいいのに」

 総裁秘書「その場合,警察が動きます。呪詛で死亡するなら,警察は手が出ません」

 総裁「そうか,,,これ以上考えても答えは出てこないから,今は,夏江の言葉を信じることにしょう。悪いが,外食のプランを考えてくれ」

 総裁秘書「了解です」


 総裁秘書は,夏江に100万円を振り込んだ。夏江の臨時教師の退職金と考えればいいと思った。


 そして,総裁は,この日から外食する運命となった。


 ーーー

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