第42話 魔法対決
シレイと林サミコは,タクシーで温泉旅館を去った。夜の10時頃だった。それにもかかわらず,雲ひとつない天気のためか,月明かりで夜でもそこそこ明るかった。
シレイと林サミコの乗ったタクシーを追うもう一台のタクシーがあった。
そのタクシーの客は男性ひとりだ。彼は,獣魔族の組織から派遣されたもうひとりの刺客だ。
その刺客は頻繁に羅針盤を見ている。そこには,ひとつの光が輝いていた。前方のタクシーに乗っている若者が,常時,なんらかの魔法を発動している証拠だ。刺客はそれが変身魔法か,もしくは時間の加速・遅延魔法なのだろうと予測した。それ以外に,常時発動させる魔法陣など,思いつかないからだ。
彼は,剣術ではSS級の100倍以上というTU級,つまり,超がつくほどの天才剣士だ。魔法でもSS級の10倍以上というUS級を収めている。そんな彼にとって,こんなつまらない暗殺の仕事などしたくもない。ましてや,神聖な剣技をつまらない暗殺技に転用などしたくもない。でも,この仕事が終われば,晴れて新魔大陸に行くことが許されている。
その刺客は窓を開けて,前方のタクシーに爆裂魔法を発動させようと思った。でも,彼の上司からは,魔法を節約しなさいときつく言われている。
この月本国では,新魔界と違って魔法石は大変貴重な存在だ。決して,無駄にすることは厳禁だ。今回の暗殺の任務では,SS級魔法1発分が与えられている。つまり,S級魔法換算10発分,または上級魔法換算100発分の魔力が与えられている。だが,魔力を節約して任務をまっとうするとそれだけ評価が上がる。魔力を節約する方法として,拳銃1丁が与えられている。
その刺客はサイレンサー付きの拳銃を窓から繰り出して,前方のタクシーのタイヤを狙った。
パシューー!
その弾丸はシレイたちの乗っているタイヤをぶち抜いた。
キュキュキューーー!(タクシーが蛇行する音)
ダーン!(ガードレールを突き破って,崖から落ちる音)
前を走っているタクシーが崖から落ちたのを見て,刺客が乗っているタクシー運転手は,慌ててブレーキを踏んだ。 タクシーが止まったので,その刺客は,タクシー料金も払わずに,そのタクシーから飛び出して,ガードレールを突き破ったところに来て崖の下を見た。
タクシーの運転手は,「お客さん?!」と叫んだが,それに答えるほど暇な状況ではない。
その崖は,さほど角度が急ではなく,20メートルほど下ったところで,樹木にぶつかって止まっていた。
刺客は羅針盤を見た。いまだに光がひとつ輝いている。それは,今も魔法陣が発動しているという証拠であり,生きている証拠でもある。
この距離では,拳銃の命中精度が落ちるので,急ぎ,落ちたタクシーにの元に行くことにした。しかし,足元が悪いので,遅々として進まない。
タイヤが撃ち抜かれたタクシーの中では,ガードレールを突き破ると同時に,シレイがいち早く林サミコを抱いて,衝撃に備えたので,幸いにも二人とも軽症で済んだ。
タクシーが樹木に衝突して止まったとき,タクシーの運転手は,エアーバックが飛び出す衝撃で気絶してしまった。
ややしばらくして,シレイは,自分も林サミコも,大した怪我をしていないことにホッとした。彼は,車に火がつくかどうかを心配したが,その可能性が低いことにホッとした。しかし,それよりも,ひとりの男が手に拳銃を持って崖を下ってくるのを目撃した。夜とはいえ,月明かりで十分に目視できた。
シレイは,彼が魔獣族から派遣された刺客だと思った。シレイは,林サミコに小声で言った。
シレイ「サミコ!走れるか?」
林サミコ「はい,ほとんど怪我はしていません。大丈夫です!」
シレイ「よし!では走ってくれ。刺客が追ってくる!」
林サミコの人生で,レイプされることはあっても,刺客に追われることなどありえない。
林サミコ「わたし,ほんとうに殺されるのでしょうか?」
シレイ「わからん。犯されるのは間違いないと思うが,その後,殺される可能性もある。ここは一緒に逃げるほうがいい」
林サミコ「はい,そうします」
シレイは林サミコを連れて,道なき道をかき分けて,さらに林の奥へと進んだ。草木の丈が長いので,数メートルも離れてしまえば,視界から消えてしまう。しかし,刺客は確実にシレイの逃げる方向に向かっていった。彼には羅針盤がある。
シレイは,しばらく逃げては,そこで立ち止まって,刺客を巻いたかどうかを,音で確認した。その都度,シレイの方に向かってくる足音や草木を避ける音が聞こえた。
シレイ「くそ! なんで俺たちの方向が分かるんだ?」
シレイは,自分が無意識に時間遅延魔法を使っていることを失念していた。
獣魔族は,本来,寿命が20年ほどしかない。そこで,獣魔族の組織では,成績優秀者には,褒美のひとつとして,時間遅延魔法を発動させるための魔力が与えられる。シレイは2歳の時,成績優秀者として,1年分の時間遅延魔法を発動できる分量の魔力を与えられていた。5倍ほど自己の時間を遅延させることができる。つまり,シレイの寿命は5年伸びて,25歳まで生きられる。
シレイは,このままでは追いつかれてしまうと思った。刺客が狙っているのは,林サミコではなくシレイなのは間違いない。しかし,美人でGカップの巨乳の林サミコをそのまま放置するはずもない。このまま二人で逃走すると追いつかれるのは時間の問題だ。
シレイは,逃げ足の遅い林サミコをどこか,茂みの中に隠して,自分だけ,別の方向に逃げる決断をした。どちらかが助かる可能性が高いからだ。もし,林サミコを見つけた場合,犯されることはあっても,殺されるとは限らない。
シレイは林サミコを近くの茂みの裏に隠した。
シレイ「サミコ,そこでしばらく隠れていなさい。必ず,刺客を巻いて,お前を助ける!」
林サミコは,その言葉の信憑性は低いと思ったが,素直に「はい,待っています」と返事した。
シレイは,逃げる角度を90度変えて急いで逃げた。羅針盤を頼りに追っている刺客は急に90度角度が変わったので,ちょっとおかしいと思った。たぶん,その場所で,やつらは二手に別れたに違いない。でも,刺客が追えるのは魔法陣を発動している方だ。
刺客は躊躇わず,羅針盤に従って追っていった。すると,視界が開けた場所に来た。そこで,はっきりと逃げる若者を認識した。
魔獣族の人間は夜目が効く。おまけに月明かりでそこそこ明るい。獣魔族にとっては,日中となんら変わりない。
パシュー!パシュー!パシュー!
刺客は,その場で止まって,サイレンサーの照準を合わせて,数発発射した。
そのうちの一発がシレイの左足太ももを撃ち抜いた。
シレイ「うっ!やられた!」
シレイはその場で倒れた。それに気を良くした刺客は,倒れた若者に向かって,残りの弾を連続で発射した。
パシュー!パシュー!パシュー!ーーーーー
この時,刺客はこの若者が魔法が使えるということをうっかり失念していた。
シレイが太ももを撃たれて倒れたが,すぐに弾が飛んで来る方向に防御結界を構築した。
ダンダンダンーー!!(銃弾が防御結界で弾かれる音)
刺客「くそ!やつが魔法使えること,すっかり忘れていた」
刺客は,拳銃を内ポケット一時的にしまって,ベルトに備え付けた小物入れから予備の弾丸を取り出した。
それを見たシレイは,弾丸を拳銃に装填する暇を与えてはまずいと思った。彼は急いで2枚の呪符を取り出して,それを刺客に向けて放った。
それらの呪符は獣呪符だ。すぐに猟犬の姿に変えて刺客を襲った。
刺客は,この若者にそんな高等な魔法が使えるとは思ってもみなかった。刺客は慌てて,たった今持った予備の弾丸を地に捨てて,両の手のひらから,爆裂魔法魔法陣を構築して爆裂弾を猟犬に向けて放った。
キャユーーン!キャユーーン!(爆裂魔法が猟犬にヒットして,猟犬の叫ぶ音)
刺客は,爆裂魔法が間に合ってホッと一息した。
シレイは,その間,密かにもう一枚の呪符を取り出して,刺客に見えない場所でそれを発動させた。それも獣呪符なのだが,猟犬ではなく毒蛇に変身した。それは,人知れず迂回して刺客に近づいていった。
刺客「まさか,お前がこんな高等な魔法を使えるとは思ってもみなかったぞ」
刺客は,そう言いながら,どうやってこの若者を殺そうかと考えた。得意な剣術を使えば,あんな弱い防御結界など,一太刀で両断することが可能だ。でも,剣技を暗殺家業に使いたくない。でも,ふたたび猟犬が襲ってくると,魔法で防がなければならない。魔力を徒に消費してしまう。
刺客は格下への魔法攻撃では,必勝の攻撃パターンを選ぶことにした。S級爆裂魔法の3連弾攻撃だ。初弾で防御結界を破壊し,2弾目で相手を殺す。3段目は予備のためだ。
刺客はすぐにS級爆裂魔法陣を構築した。S級ともなると魔力を注ぎ込むのに少々時間を要する。幸い,シレイは足を怪我しているので,動けない状況だ。
シレイは,刺客が強力な魔法陣を構築していることを知って,それを阻止すべく,ふたたび3枚の獣呪符を放った。3頭の猟犬が姿を表して,あっという間に刺客を襲った。
刺客がS級爆裂魔法陣を構築している最中は,その行為を邪魔されないために,同時に防御結界も構築する。問題は,その防御結界が3頭の猟犬の攻撃を阻止できるかどうかだ。
ダン!ダン!ダン!(猟犬と刺客の結界が衝突する音)
3頭の猟犬は,刺客が構築した結界の足元を集中して攻撃した。3頭目の攻撃で,結界の一部に小さな穴があいた。その穴からさきほど隠密里に放った毒蛇が侵入した。
刺客は,3頭の猟犬を退けることができたことに安心したので,引き続き全精力をS級爆裂魔法陣の構築に集中した。毒蛇の存在には気がついていなかった。
刺客「よし!完成だ!」
ブォーーン!(1発目のS級爆裂弾が発射したた音)
その物音と共に,1発目のS級爆裂弾が発射された。魔法陣で発射される爆裂弾とは,金属で覆われた弾のことではない。爆発すべきコアのようなものが発射されて,それが何かに衝突すると高熱を発して爆発する。
ドォーーーン!(爆裂弾と結界が衝突した音)
1発目のS級爆裂弾は,シレイが構築した防御結界を完膚なきまでに粉々にした。
2発目のS級爆裂弾を発射しようとした時,刺客は足首に何かに咬まれた痛みを覚えて,その爆裂弾の軌道をずらしてしまった。
ドォーーーン!(軌道の逸れた爆裂弾が,勘違な場所で破裂した音)
刺客は,足首を咬んでいる毒蛇を引き離しにかかった。だが,その力もすぐになくなって,意識を失って倒れた。その後,彼はゆっくりと心臓の鼓動を弱めていって意識を失った。
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