第34話 バスの事故

 バーーン!(燃料タンクが爆発する音)

 

 バスは2転3転したあと,車体が180度回転した状態で止まった。天井部分が足元にある状態だ。その後,ややしばらくしてから,車体の側面にある燃料タンクが爆発してしまった。その炎は,車内にまで入って来る勢いだ。


 だが,その炎は,何か透明の結界のようなもので遮られた。それは,偽物の岡村が構築したものだった。彼はシートベルトをしていたので無傷だ。


 車内の部員は,皆,柔道部の猛者だ。受け身が上手だ。こんな事故でも,ほとんどのものは,意識を保っていて,怪我もたいしたことはなかった。彼らは炎が車内に迫って来るのをすぐに理解した。


 部長「すぐに車内から出ろ!」


 部長がとっさに叫んだ。火が廻っていない窓をこじ開けて,そこから部員が順次車外に逃げ出していった。


 夏江は冷静だった。バスがガードレールをはみ出したとわかった時,すぐに林サミコを抱いて,自分の周囲に霊力の層による防御結果を張った。そのため,彼女らはまったくの無傷だった。


 今の夏江は,自分がこうしたいと思えば,自動的に霊力が発動するようになっている。自分が直接霊力を扱っていると錯覚している状況だ。


 だが,なんで炎が車内に入ってこないのか不思議だった。部員が窓から車外に逃げいている時に,夏江は,オーラを見る眼に変えて周囲を観察した。すると,車内に魔力による防御結果が張られているのがわかった。


 夏江『え?魔法の結界?』


 夏江は,思わず心の中で叫んだ。そして,それが悠然として座席に座っているある部員が構築していることがわかった。彼女は彼のオーラを診た。すると,なんと彼は人間ではなく,魔獣族ではないか?!!


 夏江は,もしかしたら彼は人間社会に混じって,スパイ活動をしているのかもしれないと思った。夏江と同じように,,,


 ならば,夏江の仲間?? 夏江は,いずれ彼と話す機会もあると思って,今は,この窮地を脱することに専念した。


 火が車内に廻ってこないことが判明したので,もう慌てる必要はない。夏江は,林にサミコに服を着させて男子部員が逃げてから脱出させた。そして,例の魔獣族の部員にも脱出するように命じた。


 彼が逃げると,結界が消えてしまう。それは,車内に火が廻ることを意味する。


 偽物岡村「夏江先生が先に逃げてください。わたしは一番最後でいいです」


 夏江は彼の言葉に従った。夏江は,ちょっと狭いまどからなんとか出ようとした。しかし,片方で17kg,両方で34kgにもなる超爆乳を持つ夏江の体が,そんな狭い窓から出られるはずもない。


 夏江は,この窓から出ることを諦めた。夏江は,魔獣族の部員と,運転席で呆然としているドライバーに言った。


 夏江「あなたたち,急いで窓から逃げてください。わたしのことは気にしないでください。他にいい方法がありますから」

 

 偽物岡村としても,もうこれ以上,結界を張りたくなかった。これ以上魔力を消費したくない。彼にとって,魔力の節約は大事だ。そこで,已むなく夏江の言う通りにすることにした。


 そこで,偽物岡村は先にドライバーに脱出するように命じてから,結界を解除して窓から逃げた。


 ボォーーーー!


 抑えに抑えられた炎が,一気に車内に押し寄せて来た。


 夏江は,すでに下着とマタニティドレスを来ていたので,服に着火するのがいやだった。


 ええい,ままよ!!


 夏江は,自分の周囲にさらに透明の強固な防御結界を張って,さらに,透明の傘状の構造物を自分の頭部に構築した。傘状の先端部は鋭利な槍状にした。


 ここまで大がかりに霊力を使うのは始めた。果たして,『霊核』が夏江の思い通りに霊力を構築できるのかが心配だった。でも,それは夏江の杞憂だった。


 バスの天井部分を走って,勢いよく頭部からフロントガラスに突っ込んだ。


 バリー-ーン!!


 夏江は,フロントガラスを突き破って,なんなく,車外から出ることができた。


 この様子を見ていた部員たちは,自分の眼を疑った。


 「え?夏江先生?フロントガラスって,そんなに簡単に割れるんだっけ?」

 「実際に見ただろう? 映画でも,フロントガラスが勢いよく割れているから,別に不思議ではない」

 「うん,でも,夏江先生は,思い切ったことをしたね」

 「そりゃそうさ。あの巨乳では,窓から出ることはできないからね」

 「ふふふ,仮に出たところで,あの馬鹿でかいお尻でつっかかるさ」


 などなど,比較的気楽な雰囲気だった。幸いにも,全員無事で,誰も大けがをしなかったのが要因だ。これなら,誰も入院することなく,合宿を続けることは可能だ。


 夏江の脱出劇で,一番驚いたのは偽物岡村だ。あんな芸当は,普通の人間ができるはずもない。もし,魔獣族なら,爆裂魔法を使って,フロントガラスを破壊してから脱出するはずだ。そこで,彼が得た結論は,夏江は『霊力使い』だというものだ。偽物岡村も霊力を観る訓練を受けたことがある。だが,彼は霊力を観る目に変更していなかったので,夏江の霊力をまだ観ていない。


 魔獣族らは,意識的に見るべき可視光線の波長を変えることが可能だ。特に偽物岡村のような鳥魔獣族は,可視光線の見るべき範囲を広範囲に変更することが可能だ。


 彼は,この事故を誘発させた張本人だ。呪符で大型のゴキブリを3匹生み出して,ドライバーを襲わせた。軽い事故を想定していて,その事故に乗じて,林サミコを救出して,その際に彼女の時計に強力な記憶阻害の呪詛を構築するのが狙いだ。


 まさか,バスが2転3転してしまって,燃料タンクから爆破して出火するとか,思ってもみなかかった。今回の事故で防御結界を張るという,温存すべき魔力を消費してしまった。しかし,この事故で,夏江が『霊力使い』の可能性が浮上した。


 霊力使いに対する知識は,今の魔獣族にとっては,必須で勉強する項目だ。霊力を見えるようにすること,さらに,霊力使いの特徴などを詳しく教わる。なんにせよ,新魔界で魔獣族を壊滅に近い状態にした連中だ。敵を徹底的に知ることが基本中の基本だ。


 偽物岡村は,気持ちを切り替えて別の方法を考えることにした。


 その後,警察が来て事故調査が行われた。大けがを負ったものはいなかったので,救急車を呼ぶ必要はなかった。バス会社の計らいで,臨時に代替バスを提供してもらったので,予定よりも3時間遅れで,全員そのバスに乗って,合宿所のある熱海温泉に向かった。


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