第28話 ランの恋路

 シレイが林サミコを襲った翌日の夕方,彼は,こっそりと金城ミルカの部屋に戻った。彼は3メートルの高さにある2階のベランダまで,ひとっ飛びで飛び越えて,鍵のかかっていないドアから入った。


 昨晩からシレイは部屋に戻っていないので,金城ミルカは,昨晩は心配でほとんど寝ていなかった。その反動のためか,この日は,体調不良を理由に,午後から学校を休んで,自分の部屋で仮眠を取っていた。


 部屋のドアが開く音で,金城ミルカは仮眠から目覚めた。彼女はシレイが部屋に入って来るのを見たが,同時に彼から血の匂いを感じた。シレイが一晩帰ってこないで翌日戻ってくるときは,決まって血の匂いを漂わせいた。


 金城ミルカ「シレイ,またあなたから血の匂いがするわよ。また,動物を殺したの?」

 シレイ「・・・,うん」


 シレイは,適当に「うん」と返事した。しかし,それは嘘だ。


  彼は魔獣族だ。この月本国にあっては,定期的に魔力を補充する必要がある。魔獣族の組織から,偽りの『死人』として,森林に破棄されてから,魔力の供給を受ける機会を失った。


  魔法石を入手できないシレイにとって,魔力を得る方法は,人間の血か肝臓を取り込めばいい。だが,シレイが狙うのはそれらではなく,若い女性の子宮と卵巣だ。その部分は,精気が最も凝集している組織であり,血や肝臓よりも効率よく魔力を得ることができる。


 しかし,魔獣族としては,若い女性を不用意に殺害するのを禁止している。というのも,子宮と卵巣の組織は,魔獣族の子孫を産ますためのものであって,決して,魔力を取り込むための食料ではないからだ。


 すでに魔獣族の組織から弾き出されたシレイにとっては,そんな決まりなど気にする必要はない。もっとも効率のよい方法で魔力を得ればいい。


  昨晩,シレイは近くのラブホテルにチェックインした後,部屋のドアの下から差し込まれている『マッサージ嬢紹介』の紙片を拾った。そこに記載された携帯番号に電話してマッサージ嬢を呼んだ。彼が呼んだのは,年齢が17歳の若い女性だ。やはり,年齢の若い女性の子宮と卵巣がもっとも精気が濃く,魔力を効率よく吸収できるからだ。その若い女性は,まさか自分が殺されるとも知らず,ノコノコとそのラベホテルに行ってしまったわけだ。


 シレイは,金城ミルカの注意を血の臭気から夏江先生のお守りに移すことにした。


 彼は,昨日,林サミコから奪ったお守り袋を取り出して金城ミルカに渡した。


 シレイ「その夏江先生のお守り,ちょっとの刺激で発火することがわかった」

 

 シレイは,夏江先生が林サミコに渡したお守りの中身をすでに明らかにしていた。その中には,強化系の魔法陣が植え付けられた呪符が入っていいた。魔獣族の教育を受けたシレイにとっては,魔法陣に対してある程度の理解を持っていた。


 しかも,その魔法陣が魔力ではなく霊力で動作することもつきとめた。つまり,夏江先生は霊力使いであり,かつ,魔法陣の知識も有するということだ。


 シレイは,夏江先生が魔獣族のスパイだと推定した。魔獣族から逃げているシレイにとっては,夏江先生はシレイの敵だ。彼は,近々,夏江先生を襲って,彼女の子宮と卵巣を食らってやろうと心に決めた。


 シレイが金城ミルカに渡したお守りは,実は,お守り袋だけが夏江先生が用意したものであり,中身の呪符はシレイが独自に用意した。それは,名刺サイズの紙片に,シレイの得意な火炎魔法陣を植え付けたものだ。


 金城ミルカ「このお守り,ほんとうに発火するの?」

 シレイ「外部から強い圧が加えられると発火します。臨時理事長秘書であるラン様の眼の前で実演すればいいと思います」

 金城ミルカ「わかったわ。あなたのこと信じるわ」


 金城ミルカは,シレイの素性までは知らないものの,彼の催眠術が優秀なのは知っている。その彼が言うからにはそうなのだろうと信じた。



 翌日


 ー 理事長室 ー


 臨時理事長秘書のランは,自分が移り気だとは思っていない。でも,傍から見れば,移り気の権化だ。ちょっと前までは,華丸財閥の総裁秘書,つまり,この学校の臨時理事長に恋心を寄せていた。ところが,今では,臨時理事長のことなど,もう頭の隅にも存在しない。


 ランは,最近貢いでいるホストクラブのナミオにひっきりなしにライン連絡していた。


 『ナミオ,愛しているよ♥』

 『今度は,50万円のシャンペーンを購入してあげるよ♥』

 『あそこを優しく舐めてね〜♥』


 ランは,愛のささやきのラインのやり取りを,金城ミルカの訪問によって中断された。金城ミルカは,シレイから渡されたお守りをもっていた。


 ラン「金城さん!何の用ですか!部屋に入るときは,ノックくらいしなさいよ!」

 金城ミルカ「あの,,,ノックしましたけど,,,」

 ラン「まあいいわ。それで?何の用なの?」


 ランは,金城ミルカに依頼したことをすっかりと忘れていた。今は,100%,ホストクラブのナミオのことで頭がいっぱいだ。ナミオは硬派で武道百般だ。到底ホストクラブには不向きだ。ナミオにしても,ホストクラブなどで仕事したくなかったが,用心棒の仕事でミスを犯してしまい,罰として,しばらくの間,ホストクラブで働くことになった。彼の最初の客がランだった。二人は,武道の話題で意気投合してしまい,ランは,ナミオに首ったけになってしまった。彼のためなら,すべてを捨ててもいい!!


 金城ミルカ「ラン様,依頼されていました火災の原因がわかりました。やはり,夏江先生のお守りが原因でした」


 この言葉に,ランはやっと彼女に依頼した内容を思い出した。


 ラン「そういえば,そうだったかな?」


 金城ミルカは,ランが約束を全然覚えていなかったことにがっくりきた。


 金城ミルカ「ラン様,火災の原因が夏江先生のお守りだと証明できたら,追試を受ける権利がいただけると約束していただきました。覚えていますか?」

 ラン「ふん!覚えているわよ。それで?ほんとうにお守りが原因だったの?」

 金城ミルカ「はい,今から実演していいですか?」

 ラン「実演?」


 金城ミルカは,まずビデオカメラの設置をして,録画ボタンを押した。次に,瀬戸物製の皿を机に置いて,そこにシレイから入手したお守りを置いた。


 金城ミルカ「では,今から実演します」


 金城ミルカは,自分のしている腕時計をお守りに接触させて,さらに圧をかけた。


 ボアーーァ!!(お守りが燃える音)


 布製で出来ているお守りから激しく炎が噴出して,危うく金城ミルカの手首部分を大きく火傷させるほどだった。


 ランも,その激しい炎にびっくりして,思わず,椅子から転げ落ちてしまった。


 しばらくして,気を取り直したランは,何度か咳払いをして,金城ミルカに言った。


 ラン「とりあえず,この件はここまででいいわ。それと,金城さんの赤点の件だけど,追試を受ける権利を与えましょう。最近,気分がいいからね」


 ランにとっては,そのお守りがほんとうに夏江先生から入手したものかどかなんてどうでもいい。臨時理事長に,それなりの言い訳ができればいい。


 ランは,金城ミルカを下がらせて,録画したデータをメールで臨時理事長に送付した。メールの文面は,簡単な内容だった。


 『出火したお守りは,わが校の夏江先生が林サミコに送ったものです。このお守りは,わずかな刺激で出火することがわかりました。動画を添付します』


 ひと仕事を終えたランは,早速,ホストクラブのナミオにラブラブのラインを送ることに専念した。

 

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