第15話 夏江先生

 この日,夏江は初めて,夏江先生として登校した。


 職員室に着くと,さっそく教頭から教職員全員に夏江先生の紹介があった。


 教頭「えーー,皆さん,産休で休んでいる保健士の丸美先生の代わりとして,こちらにいる方を紹介します。えーー,名前は夏江さんと言います。大東都大学,大学院を優秀な成績で卒業されてから,警察官となりました。しかし,何か,通常の医学では直せない病に興味を強く持たれたそうで,その方面をさらに勉強したくて,警察を止めたそうです。今回は,縁あって,半年間という短い期間ですが,わが校の臨時の保健士として働いてもらうことになりました。

 あっ,そうそう,彼女は,マタニティドレスを着ていますが,決して妊娠はしていません。どうやら,胸に病気が発症してしまい,大きくなってしまったそうです。体つきについての質問は,セクハラ行為にもなりますので,皆さん,十分に注意してください。

 では,夏江さん,皆さんにご挨拶をお願いします」


 教頭の言葉を受けて夏江が挨拶を始めた。


 夏江「ただいま教頭から紹介のありました夏江と申します。半年間という短い期間ですが,この学校の保健士として,精一杯務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」


 夏江は,簡単な挨拶にとどめた。こんな場では,細かなことを言う必要はない。その後,臨時に設置された机と椅子の場所を指定されて,そこに座った。その後,教頭から学年担任の山吹先生を紹介されて,彼から具体的な業務内容の説明を受けた。


 山吹「では,夏江先生の業務内容について説明します」


 夏江は,夏江先生と呼ばれて,ちょっと歯がゆかった。


 山吹「産休中の丸見先生は,1年D組のクラス担任を引き受けていました。それで,夏江先生にはそのクラスの担任を引き継いでいただきます」

 夏江「わかりました」

 

 夏江は,特に違和感もなく同意した。


 山吹「朝と夕方のホームルームの時間に,クラスに顔を出すのは当然ですが,必要に応じて生徒たちの家庭訪問もお願いします。早速ですが,今から1年D組にいって,挨拶をしていただきます」

 夏江「はい,よろしくお願いします」


 山吹先生は1年D組への移動中に,夏江が担当する業務内容の説明を続けた。


 山吹「夏江先生には,高1の全4クラスの保健体育の授業も受け持っていただきます。それぞれのクラスで週に一コマの時間をそれに当てています。体を動かすのもよし,座学をするのもよしです。ただし,月末には,ほかの科目と同様にテストを実施してください。その成績は,直接,受験とは関係ないですが,内申書を重視する大学にとっては影響が大きいかもしれません」

 夏江「高2と高3の生徒は対応しなくていいのですか?」

 山吹「高2からは保健体育の授業はありません。高1の生徒にとって保健体育の授業は,気分転換的な授業になってくれればいいのです」

 

 夏江は,保健体育の位置づけを理解した。


 保健体育の授業は,すべて午後の時間割に割り振られていること,それに,数日後,夏江の担当するクラスで,産休中の丸見先生が用意した保健体育のテストを実施してもらうことなどの説明を受けた。

 

 山吹「それと,次いでと言ってはなんですが,部活の顧問もしていただきたいと思います。丸美先生が担当していた柔道部です。何,放課後,ちょっと顔を出す程度でいいと思います」

 夏江「はい,その程度なら問題ありません」


 山吹先生は,ちょっと,溜息をついて,夏江の爆乳に目をチラチラさせながら言った。


 山吹「まあ,こんなことを言ってはなんなのですが,産休中の丸見先生は,なんていうか,生徒に甘い先生でしてね。いい意味では,生徒の面倒見がいい先生でした。悪い意味で,生徒にバカにされていたような面もあったようです。

 それで,わたしとしては,臨時の保健士さんは,女性ではなく,男性がいいと教頭に進言したんですが,,,あっ,いや,何,夏江先生が女性だからどうのこうのと言うつもりはまったくありません。ですが,とにかく,あまり生徒に深く関わり合うのは止めたほうがいいと思います。では,何かわからないことがありましたら,何でも聞いてください」


 山吹先生はなにやら意味深なアドバイスをした。



 ー 1年D組 ー


 1年D組で,山吹先生は夏江を紹介した。夏江は,マタニティドレスのままだが,それでもシックなイメージを醸し出すため,胸元がほとんど開いていない黒色の服装をした。しかし,その片方で10kg,両方で20kgにもなる爆乳を隠すことはできなかった。


 夏江が,このクラスに姿を現した途端,男子生徒から驚嘆の声が上がった。


 「なに?あの胸?」

 「いやーー,すっげえ胸!」

 「もしかして,AV女優?」


 男子生徒たちは,さすがにあからさまに『おっぱい』という表現は使わず,『胸』という言葉にした。こんなところにも,男女共学の利点が現れた。


 女生徒は,逆にあからさまに嫌な顔をした。


 「なにあの胸!男たちを挑発しているんじゃない?」

 「ちょっと,職業を間違っているんじゃない?学校をキャバクラと間違っているんじゃない?」

 「そうよ。ソープランドにでも行ったら」


 女生徒の声は,女生徒同士だけのヒソヒソ話だったが,その声は,夏江にははっきりと聞くことができた。


 夏江は,霊力の触手で女子どもを殴りたくなったが,思いとどまった。今の夏江は,か弱く男子生徒に輪姦される巨乳女教師のイメージを醸し出さなければならない。女生徒のことなど無視することにした。


 生徒たちが,様々な驚嘆な言葉を発しているのを,山吹先生がそのざわつきを止めた。


 山吹「静粛にしなさい!これでは,夏江先生が挨拶もできないじゃないか!!」

 

 この言葉に,しばらくして静かになった。


 山吹「では,夏江先生を紹介します。夏江先生は,大東都大学と大学院を優秀な成績で卒業し,,,」


 ここまで説明すると,生徒たちから,また驚嘆の声が上がった。


 「えーー? 超トップレベルの,あの大東都大学?? すっごーーい!」

 「超頭いいーー!!」

 

 大東都大学は偏差値80以上という,超・超エリート大学だ。


 男子生徒は肯定的な言葉が多かったが,女生徒からは,その声の中にまじって,小さな声が混じった。


 「ふん!なにが大東都大学よ!大東都大学の男どもに公衆便所として扱われたんじゃないの?」

 「そうよそうよ!どうせ,また丸見先生と同じく,男子生徒の慰み者になる運命よ」

 「まったくそうだわ。丸見先生,結婚もしていないのに産休だなんて,どうせ,男連中の誰かの子供を妊娠して,堕ろすに堕ろせなかったんじゃないの?」


 女生徒からは,夏江の罵倒だけでなく,産休中の丸見先生の非難まで出る始末だ。


 これら女生徒の声は,夏江は聞き取れているのだが,山吹先生にはまったく聞こえていないふうで,夏江の紹介を続けた。


 山吹「その後,警察官として勤務されましたが,,,」


 ここまで説明すると,また,携帯ネットを探っていた男子生徒が,その携帯を示して奇声をあげた。


 「見てみて,このネット! 夏江先生って,連続殺人犯モモカを追い詰めた警察官だって,書いてある!!」

 「いやいや,それよりも,大東都大学の卒業式での総代として,夏江先生が写っているよ」

 「えーー? それって,大東都大学を一番の成績で卒業したってこと?!」


 などなど,『夏江,大東都大学,警察官』というキーワードで検察すれば,夏江のいろんな情報が山ほど出てきて,生徒たちは,その情報に一喜一憂した。


 山吹先生は,まったく収拾がつかなくなったので,ともかくも,夏江に挨拶をしてもらうことにした。夏江は,気弱で男子生徒に輪姦される運命にある巨乳女教師を演じなければならない。


 夏江「あの,,,わたし,夏江といいます。あの,,,ネットにある情報は,それが真実だとは限りません。たしかに,連続殺人犯を殺害した現場にはいました。でも,わたしは,ただ,見ているだけでした。とても,追い詰めるなんてしていません。それと,大学の総代の件ですが,たまたま,わたしの所属した学部が当番になってしまい,他の学生はバイトやらデートに忙しくて,一番暇なわたしが出るはめになってしまいました。得てして,真実とはそんなものです。これから,毎日のように顔を会わせることになると思います。よろしくお願いしますね」


 夏江は,最後の「ょろしくお願いしますね」という部分を,ちょっとお色気気味に言った。


 この言葉に男子生徒は,超興奮してしまった。


 「はーーーい!!お願いされちゃいまーーす」

 「僕もおねがいしまーーす!!」

 「わたしもーー!!」


 などなどの言葉が飛び交った。


 女生徒からは,,,,

 

 「ふん!!色気出しちゃって!!」

 「ボイコットしてやるわ!」

 「一度,教室で泣かせてやるわ!」


 などの悪態をつく女性が出る始末だ。



 夏江の挨拶が終わった後,山吹先生は夏江を連れて保健室に向かった。


 山吹「では,これから,保健室に案内します」

 夏江「ありがとうございます」


 しばらくして,彼らは保健室のある建物に着いた。

 

 保健室は,生徒の更衣室を兼ねた建物の一室に設置されていた。その裏手は,なだらかな坂になっている小山があり,日中は付近の住民たちの散歩コースになっている。


 山吹「この建物は,更衣室,シャワー室,そして,一番奥が保健室になっています。更衣室やシャワー室は,もちろん,男女別々になっていて,男子生徒の場合,建物の左端のドアから,女生徒の場合,右端のドアから出入りします」


 そんな説明を受けながら,夏江は,これからしばらくは自分の住処となる保健室を見た。


 すると,夏江はオーラを見ようとしていないのに,あまりに色濃い残留オーラのためか,そこからどす黒い色とピンク色の混じったものを感じてしまった。夏江はいやな予感がした。どうやら,この高校はいろいろと問題含みだと感じた。


 山吹先生は保健室のドアの鍵を夏江に渡した。


 山吹「これは保健室の鍵です。後はよろしく。あっ,それと,午後から授業が一コマありますからよろしく」

 夏江「・・・,はい」


 山吹先生は,もっと夏江と一緒にいたかったが,その思いを断ち切って,職員室にもどった。


 夏江は,もらったカギを使って保健室のドアを開けて,超雰囲気の悪い保健室の中に入っていった。


 いくら雰囲気が悪くても,今は夏江の城だ。キャリア付きのパソコン用椅子に座って,やっと一息入れた。夏江は,あらゆる霊的感性をシャットアウトした。種々の煩わしさを気にせずに落ち着けるためだ。


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