第8話 夏江の宣誓契約

 夏江はタクシーを降りて,東都郊外にある倉庫に来た。そこは人形に触ることで頭に浮かんだ場所だ。倉庫街の一角にある場所で,人通りはまったくない。


 夏江『この倉庫のどこかにマキが居るはずだわ』

 

 夏江はそう確信して,倉庫の大きなドアを開けようとした。しかし,ドアには錠前がかかっていた。


 夏江は,こんなときは,霊力の出番だと思った。


 夏江『錠前を破壊して』

 霊核『物音が大きくなりすぎるのでお勧めできません』

 夏江『・・・』


 夏江はまさか,霊核が反抗するとは思ってもみなかった。


 已むなくドアから入ることを諦めて,倉庫の周囲をぐるりと回った。倉庫の裏側には,すでに錆び付いた鉄格子で覆われたドアがあった。 窓の高さは,2メートルほどだ。


 夏江『足場を作ってちょうだい』


 すると,階段上の足場が構築された。そこを昇った夏江は,錆び付いた鉄格子をどうるか迷った。


 夏江が迷っている間のなく,霊力の刃が繰り出されて,その鉄格子を壊した。


 ガンガン!(鉄格子が壊される音)


 結局,大きな音が出てしまった。夏江は,『霊核』のアドバイスなど当てにならないと思った。


 ガチャン!(ガラスが割れる音)


 夏江は,ガラスを割って窓のロックを外して,窓を開けてそこから侵入した。今さら,ガラスの割れる音がしたところでどうでもいいという,やけっぱちな気持ちになった。


 夏江の行為は完全に不法侵入だ。でも,今はそんなこと気にする時ではない。


 1階部分は倉庫になっているが,ほとんど何も置いてなかった。そこには,若い女性が4人ほど倒れていた。その周囲に若い男が3名とボス格の女性がいた。マキだ。


 彼らは,窓から侵入してくる夏江をニヤニヤしながら眺めていた。


 夏江も,窓を開けたときに,すでに彼らに見つかったことを悟った。しかし,彼らが夏江を攻撃する意思のないことはすぐにわかった。彼らのオーラは凶悪なオーラに変わっていないのがわかった。


 夏江は,正々堂々と窓から侵入して,彼らのほうに近づて声をかけた。


 夏江「窓から侵入してしまってごめんなさい。ドアに錠前がかかっていて,壞せなかったものですから」

 マキ「別にいいわよ。どうせ他人の倉庫なんだし。それで?要件は何?」

 夏江「わたし,マキという呪詛師に会いに来ました。あなたがマキさんですか?」

 マキ「フフフ。よくここがわかったわね?」


 夏江は,リュックサックから木箱を取り出して,その中にある人形を見せた。


 夏江「この人形が教えてくれました。ここに来ればマキさんに会えるって」

 マキ「ふーん。その人形を持っているということは,七つ星財閥の総裁にでも呪詛の解除を頼まれたの?」

 夏江「そうです。それでここに来ました」

 マキ「呪詛を解除したいなら,その人形を焼却でもすればすむ話でしょう?」

 夏江「人形を焼却しても,エミコさんの霊魂はそのまま総裁の腕に纏わり付くのでしょう?」

 マキ「フフフ,あなた,ちょっと誤解があるようね。エミコの霊魂はその人形の中に閉じこめられているのよ。総裁の腕に纏わり付いているのは,彼女の怨念よ。あなた,その怨念を霊魂と勘違いしたのよ。フフフ。無理もないわ。その人形には怨念を何倍にも強化できるようにしているからね。霊魂と見誤るのも頷けるわ」


 夏江は疑問に思っていることを聞いた。


 夏江「人形を焼却したら,エミコさんの霊魂はどうなるの?」

 マキ「そうね,,,呪詛返しによって,自分の怨念によって地獄にでも連れて行かれるのかな?」


 そんなことまではマキでもわからなかった。マキは言葉を続けた。


 マキ「でもね,わたし,ミサルから3億円せしめたのよ。フフフ,持ち逃げしようと思ったけど,でも,この商売,信用も大事だしね。だから,約束通りエミコに肉体を与えてあげるわ。総裁の腕の呪詛なんか,今となっては,もうどうでもいいことよ」

 

 その言葉を聞いて夏江は安心した。


 夏江「じゃあ,総裁の腕にかけられた呪詛を解除してくれますか?可能ならエミコさんの霊魂が呪詛返しにあわない方法で」

 マキ「その依頼に乗ってもいいけど,タダではダメよ」


 夏江は,どうやら相手のペースに巻き込まれたと思った。でも,どうすることもできない。


 夏江「いくらなら引き受けてくれますか?」

 マキ「最低でも1億円かな?」

 夏江「・・・」


 夏江は,まったく話しにならないと思った。


 夏江「あの,,,そんなお金はありません。他の条件はないのですか?」

 

 その依頼に,なんとマキは最高の笑みで答えた。


 マキ「あるわよ。あたなの体で支払ってちょうだい」


 夏江は,予想されたとはいえ,いくら男どもに犯されても,一億円の価値まではないと思った。


 夏江「わたしの体,いくら巨乳でも,一億円で買うような客はいないと思いますけど?」

 マキ「バカね。だれが娼婦の真似ごとをしなさいって言ったのよ」


 マキは,近くにある丸椅子を夏江の傍に置いて,夏江に座るように促した。夏江に落ち着いて話しを聞いてもらうためだ。


 マキ「そこに倒れている女性たちに膣強度を測ってみたの。そしたら,強度が足りなくて不合格だったわ」


 夏江には,まったく話が見えなかった。


 夏江「あの,,,何の話をしているのでしょう?」

 マキ「そうね,,,順番を追って話をしましょうか」


 マキは,缶コーヒーを一口飲んだ。

 

 マキ「わたし,人間ではないの。わかる?」

 

 その質問に,夏江は軽く頷いた。マキのオーラは,人間のそれとは少し違っていた。これまで見た魔獣族のそれに近かった。


 夏江「わたし,人のオーラを認識できます。あなたはどうやら魔獣族の人たちに近いオーラをしていると思います」

 マキ「フフフ。さすがね。この場所を突き止めたのも,その能力に寄るものなのね?」

 夏江「・・・」


 マキは夏江の能力を褒めた。夏江は,オーラではなくサイコメトリーによるものだが,そんなことを言う必要はない。


 マキ「エミコに肉体を与えるのは,実は簡単なことなのよ。少女たちを妊娠させて,その胎児に無理やりエミコの霊魂を植え付ければいいのよ。でも,妊娠させるのは魔獣族の男よ。彼らの精子を使えば,妊娠期間は3ヶ月に短縮できるわ。さらに加速魔法を使えば,2週間にまで短縮可能なの」

 

 この言葉を聞いて,さすがに夏江は驚いた。たった2週間で赤ちゃんができる?


 マキは説明を続けた。


 マキ「でもね,魔獣族の男どもは,女性の趣味がうるさくてね。女性の条件は,処女,もしくは超爆乳って決まっているの」


 ここまでの説明を聞いて,だいたい夏江も話しが見えてきた。


 マキ「そこの彼女たち,処女なのはいいんだけど,膣の強度が悪くて,魔獣族のあれを受け入れできないわ。無理やり妊娠させても,十中八九死産になってしまうでしょうね。そこで,あなたなのよ」

 

 マキは,ちょっと間を置いてから言った。


 マキ「あなたが,この倉庫に近づいて来るのは,仲間からの連絡でわかったわ。しかも,隠蔽映像魔法陣を3個も発動させている巨乳女性だってね」

 

 この話を聞いて,夏江はもう何も隠し事はできないと思った。


 マキ「それで,すぐに孔喜AV企画の監督に連絡したのよ。そしたら,夏江っていう巨乳女に隠蔽映像魔法陣を3個も植え付けたって言うじゃない。しかも,あなた,『メリルの指輪』から能力を得て,霊力や魔力も使えるんですってね。素敵よ。フフフ」

 夏江「・・・」


 マキがなぜ素敵と言っているのか,まだ夏江には話しが見えなかった。


 マキ「われわれ魔獣族はね,新魔大陸の戦いで,霊力使いに苦戦を強いられて,壊滅の一歩手前までいったのよ。そこで,霊力対策を徹底的に研究してきたの。透明の霊力を見えるように訓練を受けるのは当然のことなんだけど,それだけでなく,霊力使いの特性も徹底調査してきたの。フフフ」


 マキは,含み笑いをしてから言った。


 マキ「霊力使いはね。あの部分も特別に発達しているんですって。陰部強度を測るまでもなく,獣魔族のアレを受け入れることなんて,屁でも無いらしいわ」

 

 夏江は,やっと話が見えた。つまり,自分に魔獣族の子供を産めということだ。


 夏江「わたし,魔獣族の子供なんて産みたくありません!」

 

 予想通りの夏江の反応に,マキはまったく動じなかった。


 マキ「あら?エミコさんの霊魂がその子供に宿すことができるのよ。エミコさんに肉体を与えることができるし,しかも,呪詛返しの影響だって受けなくていいのよ。七つ星の総裁の呪詛だって,完全に解除されるのよ。すべていいことずくめよ。しかも,一億円とは言わず,無料で呪詛を解除してあげる。どう? いいでしょう?」


 マキがこの言葉を言うと同時に,彼女の仲間が5メートルほどの距離をとって,夏江の周囲を包囲した。彼らは,すでに魔法のバリアを張っていて,かつ短筒機関銃を夏江に向けていた。


 夏江が『霊核』の能力を完全に把握していない以上,彼らの火力と真っ向から抵抗するのはリスクが大きい。

 

 夏江「どうしてもイヤだと言ったら?」

 マキ「この場で死んでもらうわ。いや,それよりも,麻酔弾であなたを眠らせて,あなたの霊魂を肉体から剥がして廃人にしてから,妊娠してもらうほうがいいかもね。ふふふ」

 

 夏江は,改めて自分の非力さを知った。圧倒的な敵に対して,自分はまったく無力だ。霊能力のレベルをもっとアップさせれば,こんな状況でをも回避できるのだろうか? 虚道宗の第1師範のように超強力な催淫ガスを広範囲に放出させたようなことが夏江にもできれば,このような状況を回避できるのだろうか?


 そんなことを考えても,今のこの状況を回避できない。ならば,,,せめて,付加条件を加えるくらいなら,,,


 夏江「わかりました。魔獣族の子供を産みましょう。でも,わたしにも2つほど条件があります」

 マキ「フフフ。ものわかりがいいわね。それで? その2つの条件って何?」

 夏江「一つ目は,わたしを妊娠させる魔獣族の人は童貞であること。二つ目は,マキさんが知っている呪詛の知識をわたしに教えてください」

 

 マキは,ちょっと考えてから返事した。


 マキ「童貞の獣魔族についてはOKよ。それと呪詛だけど,わたしの呪詛は,魔力によるものよ。この国で行われている信憑性の低い民間呪詛とは異なるものよ。いくらあなたが魔法を扱えると言っても,経験の浅いあなたでは習得は無理だと思うわ」

 夏江「構いません。魔法による呪詛の理論だけでも教えてもらえればいいです」

 マキ「そうね。理論だけでいいのなら構わないわ。2つの条件,受け入れましょう。では,今から宣誓契約してもらうわ」


 夏江は,初めて宣誓契約というものを経験した。赤ちゃんが生まれるまでは,獣魔族に対して敵対的行動をしないこと,その見返りとして,呪詛の理論を教えてもらうという趣旨の契約だ。これに違反すると,霊体レベルで消滅してしまうという恐怖の魂に刻まれる契約だ。


 呪詛の理論を教えてもらう,,,夏江はマキの弟子になってしまった。つまり,夏江は魔獣族の仲間入りと同じことになってしまった。


ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る