第2話 七つ星財閥

 ー 七つ星財閥,総裁の事務所 ー


 七つ星財閥の総裁は呪詛にかかっている。左手がまったく動かない。仕事にさほど支障がないので,暇暇に霊能力者,除霊師,霊媒師(イタコ)などなど,片っ端から招待しては,自分の左腕にかけられた呪詛の解除を依頼してきた。


 しかし,いまだ解除に成功していない。もちろん,恐怖の千雪たちにも依頼はしたことがある。ちょうど折り悪く千雪は魔界に行っているときで,対応できなかった経緯がある。


 総裁・ガレルダは総秘書に確認した。


 ガレルダ「今度の霊能力者は何人目かな?」

 総秘書「ちょうど100人目になります。新人で,自称『巨乳除霊師・夏江』と名乗っています」


 ガレルダは,思わずクスクスと笑った。


 ガレルダ「自分で巨乳と名乗るとは,よほど自分のおっぱいに自信があるのだな?」

 総秘書「はい,プロフィールでは,なんとQカップ!乳房の重さは両方で12kgにも達するそうです。それに,相当の美人らしいです」

 ガレルダ「どうせ,また詐欺除霊師だろうけど,今回は,その巨乳を鑑賞するという楽しみがあるな。謝礼は,巨乳に免じて30万円程度でいいだろう」

 総秘書「了解しました。他の詐欺師よりも3倍も高額ですね」

 ガレルダ「ああ,Qカップともなると,一見の価値があるからな。フフフ」

 

 ガレルダや総秘書にとって,もう左腕にかけられた呪詛は,恐怖の千雪以外,解除できないものだと諦めている。もし,ほんとうに除霊ができるのなら,億の単位の謝礼を支払ってもいい。

 

 総秘書「例の『巨乳除霊師・夏江』が,第8応接室に来たどうです」

 ガレルダ「そうか? では,その巨乳でも拝みに行こうか」


 総裁と総秘書も第8応接室に向かった。



 ー 第8応接室 ー


 第8応接室では,深々としたソファで夏江は,ゆったりとして,出されたコーヒーを飲んでいた。


 そこに,総裁のガレルダと総秘書が姿を現した。夏江は,慌てて席を立ってお辞儀した。このような場合での社交礼儀だ。


 総秘書「あっ,いやいや,そうかしこまらないでください。席にお座りください。われわれもすぐに座りますから」

 夏江「あっ,はい,ありがとうございます」


 そう言われたものの,夏江は総秘書や総裁が座ってから着席した。夏江は,このような社交礼儀はマスターしていた。なんせ,警察学校で首席で卒業した秀才だ。簡単な社交礼儀をマスターするなど簡単なことだ。


 夏江は,弱々しい動作で着席した。眼にはまだ涙の後が残っていた。彼女は,ハンカチを出して,汗を拭くまねをして,こっそりと眼の周囲も拭いた。


 総秘書が夏江に総裁の紹介をした後,本題を切り出した。

 

 総秘書「総裁は,左腕が動かない状況になって,もう半年にもなります。霊能力者と呼ばれる方には,片っ端からお呼びして総裁の左腕を診てもらいました。でも,その原因が呪詛だということは分かっているのですが,呪詛の解除はいまだに成功していません。夏江さんに,その呪詛の解除をお願いしたいのです」


 夏江は,ときどき巨乳をちょっと揺らした。それは,映像のことを考えて,なるべくおっぱいを揺らすべきだと思ったからだ。おっぱいを揺らすたびに,総裁と総秘書の眼はおっぱいを追った。


 夏江「わかりました。あの,,,すいませんけど,その左腕をよく診たいので,上半身を肌けていただけませんか?」

 総裁「承知した」


 総裁はまだ30代前半だ。麦国の中学,高校を飛び級で進み,大学も20歳という若さで卒業してしまった。その後,七つ星財閥で実践を経験しながら帝王学を学び,2年前から総裁を引き受けるまでになった。いまだ未婚だ。幾多の女性と浮名を流したものの,結婚には至っていない。


 夏江は,総裁に上半身を肌けるように依頼するまでもなく,オーラの観察で何が原因かを掴むことができる。でも,何事もポーズが重要だ。『診る』という行為を明確にすることで,自分が詐欺師ではないと訴えることができるはずだ。なんせ,この業界は詐欺師だらけだ。いかに,自分が本物かを示すことは重要だ。


 夏江は,上半身が肌けた総裁をみた。夏江は,その超ハンサムな顔と,鍛えぬかれた体をみて,思わず,ポッと顔が赤くなった。


 これまでの夏江にはあり得ない現象だった。たかが男の上半身の裸など,性欲を催すはずもない。


 でも,総裁の体をみて,夏江はその体に,その超ハンサムな顔に,一目惚れしたかのように顔が赤くなった。


 夏江は,思わず,総裁の体から視線を外して,下を向いてしまった。


 夏江の服装は,胸の膨らみを隠すためマタニティドレスを着ている。そのため,端から見ると夏江は妊娠している女性だと思われた。総裁も総秘書も,夏江はすでに結婚していて,妊娠しているものだと勝手に思った。男性の裸をみて,顔を赤らめるなど,彼らにとってもちょっと意外だった。


 総秘書「あの,夏江さん?どうしたのですか? 顔が赤いようですけど?」

 夏江「ちょ,,,ちょっと,なんか恥ずかしくなってしまって,,,」


 この言葉に,総裁が割り入った。


 総裁「あなたのその服,マタニティドレスでしょう?もう結婚されて妊娠してるのでしょう?男性の裸など,珍しくもないでしょう?」

 夏江「あの,,,あまりに総裁がハンサムで素敵な体をしているものですから,,,それに,この服装は,おっぱいの大きさを隠すためです。結婚も妊娠もしていません」


 この話を聞いて,総裁はクスクスと笑った。


 総裁「赤くなって下を向くのはいいけど,わたしの左腕をしっかりと診てもらいたいものだね」


 総裁はしごくまともなことを言った。夏江は顔を赤らめたまま,診たことを述べた。


 夏江「では,申し上げます。総裁の左腕には,ある女性の念が纏わりついています。総裁には,なにか心当たりはないでしょうか?」


 ここまではっきりと明言したのは夏江が始めてだ。これまで招待を受けた霊能力者たちは,黒い煙が見えるとか,目に見えない鎖が纏わりついているとか,適当なことを言って,大層な呪符を高額で販売するという商法を行った。


 総裁側としても,そんな嘘は見抜くことができるので,騙されることはなかった。中には本物もいた。でも,本物が出現すると,左腕に纏わりついた霊は,どこかに隠れてしまい,除霊させてもらえなかった。


 その事実は,総裁や総書記もわかっている。偽物でもダメ,本物でもダメという厳しい状況だった。


 夏江の場合,霊魂からすれば,なんら脅威にはあたらない。夏江から神々しいオーラなどまったく感じられないからだ。夏江は正統派除霊師ではなかった。


 夏江の能力など取るに足らないと軽視されたのが,今回は幸いした。左腕に纏わりついている霊魂は,夏江になんら警戒せずに,自分の霊の姿をありのままに晒した。


 夏江は,自分のリュックサックからノートと鉛筆を取り出した。そこに,総裁の左腕に纏わりついた女性の似顔絵を書いた。

 

 霊魂の似顔絵を書けば,とりあえずは最低限の除霊師としての第一歩は合格だ。除霊ができなくても,そこそこの謝礼はもらえるだろうと夏江は期待した。


 夏江は,描いた女性の似顔絵を総裁に渡した。


 夏江「そこに描いた女性が左腕に纏わりついています。その女性がどのような経緯で死亡したかがわかれば,自ずと除霊する方法もわかるかと,,,」


 夏江は,ちょっと自信なさそうな声で,下を向いたまま言った。


 総裁と総秘書は,その似顔絵を見た。


 総秘書「この女性って,2年ほど前,前総裁から無理やり別れさせられたミエコさんじゃないですか?」

 総裁「ああ,間違いないだろう。彼女は,ちょうど半年前に不意の病で死亡したと聞かされたことがある」

 総秘書「総裁の腕が動かなくなった時期と一致しますね」

 総裁「そうだな。それで? 夏江さん? どうやって除霊するのかな?」


 そう言われても,今の夏江に除霊する能力はない。


 夏江「わたしの除霊術は,その原因を相手に示すことです。原因を明確にすれば,どのような行動をとればいいのか,総裁ならわかるはずです」

 

 夏江は,除霊方法を相手に丸投げした。


 総裁「なるほど,,,でも,あなたの書いた似顔絵が偽物という可能性もある。除霊をしてもらって,左腕が自由に動くまでは,夏江さんを完全に信じることはできない」


 夏江は,ちょっと考えてから言った。


 夏江「では,わたしのほうで,そのミエコさんと思われる霊の素性を詳しく調べたいと思います。総裁に纏わりついた原因がわかるかもしれません。すいませんが,そちらが持っているエミコさんの情報を提供していただけますか?」

 総秘書「彼女は,子会社の社員でしたから,履歴書くらいはまだ保管してあると思います。すぐに探させましょう」


 総秘書は電話で部下の第2秘書に指示した。しばらくして,第2秘書が来て,一通の封筒を総秘書に渡した。そこには,エミコの履歴書のコピーが入っていた。総秘書はそれを夏江に渡した。


 総秘書「これがエミコさんの履歴書です。そこに緊急連絡先の住所と氏名が記載されています。そこに行けば,エミコさんのご両親に会えると思います」

 夏江「早速の手配,ありがとうございます。では,今日の夜にでも,訪問することにします。生前のミエコさんのことがもっとよくわかるかもしれません」


 その後,いくつか雑談をした後,夏江は総秘書から一時金として30万円を受け取った。


 総秘書「これは一時金です。もし,ほんとうに除霊に成功すれば,別途,成功報酬をはずみます。除霊の方法にもよりますが,少なくとも200万円は準備させていただきます」


 夏江は,ちょっと成功報酬の金額に眼がくらんだ。所詮,夏江も金に目がくらむ凡人だった。


 夏江「ありがとうございます。では,除霊のヒントが得られれば,すぐに連絡させていただきます」


 夏江は,重たい胸を揺らしながら,一礼してこの場を去った。

 

 夏江が去った後,総裁のガレルダは総秘書につぶやいた。


 総裁「あの巨乳除霊師,うまく解除してくれると思うかね?」

 総秘書「どうやら本物の除霊師ではありませんね。本物なら,さっさと霊魂が逃げていたはずです」

 総裁「フフフ,中途半端に霊魂が見えるという『見える子』なのかもしれん。でも,それが返って,いい結果を生むかもしれん」

 総秘書「はい,そう願っています」


 そんな会話をしながら,彼らも会議室から出ていった。


 ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る