第138話 祝勝会


 「ひどいじゃないですか、デロスさん! 私、とんでもない数の人を敵に回しちゃいましたよ!?」


 その日の夕方、ダンはいつもの二人と、そしてドレヴァスやデロスまでもを引き連れて、イーラの鮮烈なデビュー戦の祝勝会を始めていた。


 ミケルに賭けた分と、イーラの三連勝全てに的中させた結果、ダンの所持金はこの一日だけで金貨二千五百枚にもなり、一般的な役人の三十年分の収入に相当する額を稼ぎ出していた。


 しかしこれだけの硬貨をジャラジャラ持ち歩くのも難なので、どうせなら少しでも使って軽くしてしまおうということで、この付近で一番高いレストランで、関係者を招いて食事をすることにしたのだ。


 ――そして、あの勝利ポーズの意味をデロスが暴露したところで、イーラがひと目もはばからず抗議した形であった。


 「おお、我が麗しの原石よ! 許しておくれ、お前ならあの程度の試練は容易く乗り越えられると思ったのだ! そして実際にそれを乗り越えたではないか!」


 デロスはそう芝居がかった口調で言う。口では謝罪しているが、まるで反省した様子はなかった。


 「諦めろ、お嬢ちゃん。こいつはこういうたちの悪い奴でな。闘士に無茶な試合を組んで喜んでいるような変態なんだ。それでも、付き合い方を弁えれば金にもなるし名前も売れる。まあ、どんな奴も使いようってことだな」


 そうドレヴァスは、皿に盛られた骨付き肉に齧りつきながら、他人事のように言う。


 「うう、元はと言えばドレヴァスさんが紹介したくせに……」


 「まあいいじゃないか。あれぐらいの負荷じゃないと、イーラの訓練にもならないよ。ずっとここにいるわけでもないし、多少恨みを買っても問題はないしね。それに、万が一何か事件に巻き込まれそうになっても、ノアとドレヴァスさんがいれば大抵のことには片が付くよ」


 「まあそれはそうかも知れませんが……」


 ダンの言葉に、イーラは一旦引き下がりつつ座席に腰を下ろす。


 「ほう、坊っちゃんたち御一行はどの程度の期間こちらにいることをお考えですかな?」


 会話を聞いていたデロスがそう尋ねる。


 「大体一週間くらいですかね。既に二日滞在したので、あと五日といった所でしょう。元々は僕が"洗礼"を受けるためにここに来たついでなので」


 「なんと! そうなってくると残り五日で、なんとしても彼女を闘技場の顔に育て上げねばなりませんな。イーラは稀に見る光の原石です。このまま野に埋もれさせておくには惜しい」


 「僕としてもイーラはもう少しやれるんじゃないかと思いますね。今日も三戦やって苦戦らしい苦戦もありませんでしたし、すべて一撃です。もう少し強敵と引き合わせて頂かないと、彼女の訓練になりません」


 ダンの言葉に、デロスは我が意を得たりとばかりに膝を叩く。


 「素晴らしい! なんとも理解のあるご主人様で助かりますな! それでしたら、今後とも引き続き私に彼女をお任せ頂いても?」


 「ええ、是非どんどん強い相手と組んでやって下さい。剣闘士相手でも構いません。イーラならそれでも十分やれると思いますので」


 「うう……坊ちゃままで。とんでもない人の相手をさせられないか今から怖くなって来ました……」


 イーラはそう言いつつも、高級な料理に舌鼓を打つ。豪胆なのか繊細なのかよく分からない少女であった。


 「それにしても……闘技場の熱気は凄いものがありましたね。ドレヴァスさんの現役の時もあんな感じだったんですが?」


 「いやぁ、彼が現役の時はもっと凄かったですよ! ドレヴァスはその凄惨な戦いぶりと圧倒的な力で人気のある闘士でございましたから! あの頃の観客たちは皆血に飢えて、今よりも柄が悪かったように思いますな!」


 「……余計なこと言うな。だから俺は現役を辞めたんだ。同格ならともかく格下の雑魚にまでそんな悲惨な戦い方を周りに強いられるのはゴメンだ。奴隷闘士時代はそれでも我慢してやってたが、自由になった今はもう闘技場に戻るつもりはねえ」


 ドレヴァスは憮然とした顔で、高級な酒の入ったグラスを傾けながら言った。


 「またそんなことを! お前の闘いを皆が待ち望んでいるのだぞ!? これがどれだけ光栄なことか分からんのか!? 男の魂は闘争の場でこそ光り輝くというのに!」


 デロスは机を叩きながらそう詰め寄る。


 「まあまあ、本人が望まないのに引きずり出しても良い結果にはなりません。それより今は、イーラの次の対戦相手についてお伺いしたいですね」


 ダンがそう助け舟を出すと、デロスは「おお、そうですな!」と話題を切り替えた。


 「次の対戦相手となりますと、それはもう序列持ちからになりますな。アロスを倒して今のイーラ嬢は実質序列十八位ということですから」


 「序列持ちの中には奴隷闘士の方はいらっしゃらないんですか?」


 「いなくはありませんが、まあ少ないですな。基本的に奴隷闘士は不利な闘いを強いられますから。今いる奴隷闘士は序列十位のヴァレンだけでしょう。無論、イーラ嬢は奴隷闘士と戦いたくはないというご希望ですので、それはきっちり守らせていただきますよ」


 デロスはそう言ったあと、更に続ける。


 「まあ中には奴隷闘士のまま序列一位になって、グランドチャンピオンになった本物の怪物も居ますがね。なかなかそういった傑物は出て来ぬものです」


 「…………」


 そう愉快そうに語るデロスの横で、ドレヴァスは居心地悪そうに酒のグラスに口を付ける。


 「ちなみにグランドチャンピオンという名称は、どういう条件で呼ばれるようになるんですか?」


 「剣闘、拳闘両方で序列一位を取った者がグランドチャンピオンと呼ばれますぞ。ドレヴァスは先に拳闘で一位を取り、その次の試合で剣闘の序列一位を拳で殴り殺してしまいましたからな。いやあ、あの戦いは興奮した!」


 デロスはそう言って自分のことのように嬉しそうに昔のことを語る。


 人柄はともかくとして、闘技場と、そして強い闘士に賭ける情熱は本物なのだろうとダンは思った。


 「凄いんですね、ドレヴァスさん! 鎧と剣で武装した人まで倒しちゃったんですか!?」


 その偉業に、イーラは興奮したように言う。


 「無論ですぞ! 闘技場五百年の歴史上でも数人しかおらぬ偉業ですからな。ただその分対戦相手がいなくなって、後は猛獣と戦うしかなくなってしまいましたがな」


 「……もう俺の話はいいだろ。それより嬢ちゃんのこれからの話をしてやれよ」


 ドレヴァスがウンザリしたように言う。


 「そうですか……では、残りの日数でイーラがグランドチャンピオンを目指すことは可能ですか?」


 「「え"っ!?」」


 ダンの言葉に、イーラのみならず、デロスまでもが引き攣った声を上げる。


 「残りの日数というと……坊っちゃんはあと五日とおっしゃいましたな? それで目指すとなると……これまで以上の強豪と、一日二試合以上は確実に熟さなければならなくなりますぞ」


 「そ、そうですよ、いくら坊ちゃまのお言葉とは言え、それは無茶では……」


 「あくまで目標ですから、絶対にという訳ではないんですよ。でも、それぐらいの意気込みでやらなければ、イーラにとっても良い訓練にはなりませんから」


 そう言ったあと、ダンは更に続ける。


 「もちろん、相手もいることですし難しいのは承知しています。ですが、デロスさんほどの高名な方が手を貸して頂けるのなら、あるいはと思ったのですが、やはり無理ですかね?」


 その言葉に、デロスは一瞬呆気に取られるも、ニヤリと口元に笑みを浮かべて言った。


 「ふ、ふふ……坊っちゃんはとてもお人が悪い。そのような聞き方をされて、無理と答えるのは興行師としての名が廃ります! よろしいでしょう! 闘技場を見続けて五十年、このデロスの集大成として、イーラ嬢を五日以内にグランドチャンピオンに導けるよう、試合を組んでまいりますぞ!」


 「ええええっ!?」


 すっかりやる気になったデロスは、その場で席を立ってそう宣言する。


 その横でイーラは引き攣ったような悲鳴を上げる。


 「そうと決まればこうしてはおられませんな! さっそく他の拳闘団の所に参って交渉して参りますぞ!」


 そう言ってデロスは飛び出すように店から立ち去った。


 「ふ、ははは! たった五日でグランドチャンピオンか。面白いな。俺もお嬢ちゃんなら可能性はあると思っている。頑張ってみると良い」


 「そんな……ドレヴァスさんは面白くなくないんですか? 自分の称号がそんな軽々しく目標にされて……」


 イーラの言葉に、酒が入ってすっかり上機嫌になったドレヴァスが答える。


 「俺は別にグランドチャンピオンの称号なんてなんとも思っちゃいない。生きるために必死に戦ってたら、いつの間にかそう呼ばれるようになってただけだ。むしろそのせいで引退後も色んな輩に付きまとわれて困ってたんだ。嬢ちゃんが代わってくれるなら、それに越したことはないな」


 「そんなあ……」


 ドレヴァスの言葉に、イーラはがっくりと肩を落とす。


 「僕も無理だと判断したことはイーラにはやらせないよ。君ならその実力は十分あると見込んでのことだ。今日の動きを見てもかなり良くなっている。あれなら例え武装した剣闘士相手でも十分圧倒できるはずだ。君は成長している、自信を持って欲しい」


 「う……わ、分かりました! 坊ちゃまの期待に応えられるよう、一生懸命がんばります!」


 そう激を入れられて、イーラも気を持ち直したのか、ふんすと鼻息荒く答える。


 「逆に坊っちゃんは一体何者なんだよ……」


 ドレヴァスは横でちびちびと酒をやりながら、あまりに子供離れした言動を繰り返すダンを見てボソリとそう呟いた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る