第135話 闘士登録


 「おっ、話はついたか。てか、あの姉さんはどうした?」


 教会から出るやいなや、外で待っていたドレヴァスからそう声を掛けられる。


 「しばらくこちらに居た職員の方に西大陸語を教えてもらうことにしました。ちなみに、洗礼の受付も無事済ませました。四日後だそうです」


 「そうか。一応護衛だが一番強そうなあの姉さんなしで大丈夫か?」


 「あなたやイーラもいますし、そもそもここはそれほど治安も悪くなさそうなのでね。ひとまず夕方まで教えてもらう約束をしていますので、それまで闘技場に行こうかと思います」


 「そうか。ならついでに案内してやる」


 「な、なんだか緊張します……!」


 そう答えるドレヴァスを余所に、イーラは若干固い動きでダンの後ろに続く。


 それを軽くからかいながら先に進むと、他の民家などの建物から抜きん出て、巨大な建造物が見えた。


 想像通り外観はコロッセオのような形状をしており、白亜の大理石が積み上げられた、美しい外観をしている。


 確かに賑わっているようで、周辺の広場は人でごった返し、人気の闘士の絵や彫像などを売る出店には、長蛇の列が出来上がっていた。


 「うわぁ……凄いですね。こんなに人気があるとは思いませんでした」


 「今日は安息日だからな。七日の内二日は皆仕事を休んで、闘技場か劇場に足を運ぶのがここらの連中の日課だ」


 ドレヴァスがそう言いながら闘技場の方に近付くと、集まっていた住人の一人が、その顔を見て驚愕する。


 「jgmjmqgawmgpawt!」


 「jgatjntwjatgmxmjgaj!」


 「mjtmgmwjdtpgm!?」


 そう口々に西大陸語でまくし立てながら、ドレヴァスの周りに人集りが出来る。


 やはり人気の闘士であるが故か、人間たちですら異種族であるドレヴァスに一定の敬意を持って扱われているようである。


 それらの人混みを鬱陶しそうに、掻き分けながら、ドレヴァスは闘技場に向かって進んでいく。


 「gmjatmwdmjg!」


 ドレヴァスが迷惑そうに一言言うと、集まっていた人間たちも渋々引き下がる。


 「なんて言ったんですか?」


 ダンがそう尋ねると、ドレヴァスがちっ、と鬱陶しそうに言う。


 「『試合するのか? いつだ?』ってしつこく聞かれたからよ。『今日は用心棒の仕事だ』っつって追い散らしただけだ。……失敗したな。安息日に無闇に近付くんじゃなかった。面倒に巻き込んですまねえ」


 「ドレヴァスさん、凄い人気ですね! やっぱり強い闘士の方は種族関係なく皆の憧れなんですね!」


 鬱陶しがるドレヴァスを余所に、イーラは目をキラキラとさせながら言う。


 「そんな良いもんじゃねえ。こいつらは日常の刺激に飢えてるだけだ。俺の戦いはえげつないものが多いからな、血が見てえんだろうよ」


 ドレヴァスはぺっ、とその場に吐き捨てるように言う。


 「……だが、人気者になりてえならお嬢ちゃんが出れば一発で大人気だろうよ。何せ数少ない女闘士で器量もよし。これで実力も確かなら、お嬢ちゃんの姿があそこに飾られることだって夢じゃねえ」


 そう言ってドレヴァスが指差した先には、これまでの歴代闘士たちの似姿なのだろう。


 大理石が削られた彫像が並んでいた。


 その中には、ドレヴァスによく似た長身の大男がファイティングポーズを取っているのもある。


 「闘技場で殿堂入りすりゃあそこに彫像が飾られる。……ま、そうなる前に死ぬ奴のほうが多いがな」


 「ドレヴァス! 久しいな我が最愛の友よ!!」


 そう何気ない会話をしていると、人混みの向こうから、トーガを着た胡散臭い初老の男が、獣人ライカン語で話しながら両手を広げて近付いてくる所であった。


 「……ちっ、一番会いたくない奴まで来ちまった」


 「どうした!! 久しく顔を見せていなかったじゃないかグランドチャンピオン! お前がいない闘技場はまるで酒精の抜けたぶどう酒のように侘しいものだったぞ!! だがやはり、お前はここに帰ってきた! 闘技場の血に塗れた栄光が忘れられんのだろう!? 安心しろ、お前の相棒である私が、また最高の試合を組んでやる!!」


 そう言って、見るからに胡散臭い痩せぎすの男が、大声で話しながらドレヴァスと抱擁を交わす。


 ちなみに男は人間であり、ダンが見た中でも数少ない獣人語を話せる人間であった。


 ドレヴァスはそれを鬱陶しそうに押し退ける。


 「……デロス、俺はもう試合に出るつもりはねえ。弱すぎるやつばかり相手にするのもウンザリなんだ。もう余計な血も流したくねえ」


 「おお、我が友よ! お前が強すぎるからいけないのだよ! お前ほどの闘士の相手となると、揃えるのも一苦労なんだ! だが観客は今もなお血に飢えている! またお前の獣の如き荒々しい戦いざまを見たいと言っているのだよ!」


 「なんと言われようともう出るつもりはねえ。今日はここにいる坊っちゃん方の用心棒の仕事で来ただけだ」


 そうドレヴァスが紹介すると、デロスと呼ばれた胡散臭い男が、ダンたちの方に視線を向ける。


 「これはどうも……縁あってドレヴァスさんのことを護衛として雇っております。私のことはデュランとお呼びください」


 「これはご丁寧に! いや申し訳ありません! 昔なじみの顔に合って年甲斐もなく興奮してしまいまして! よければ是非、雇用主の方からも一言言って頂けませんか!? ドレヴァスの試合はお子様には少々刺激が強いかも知れませんが、男たるもの血飛沫舞う激しい闘いというのも覚えていて損はありますまい!」


 そう言って、デロスはダンの小さな手を握ってブンブンと上下に振る。


 「俺は出る気はないが……お前が気に入りそうな闘士には心当たりがあるぞ」


 「ほう! グランドチャンピオン推薦闘士ということか!? それは面白いな! 一体どんな奴なんだ!?」


 男がそう尋ねると、ドレヴァスはニヤリと口元を歪めて言った。


 「そこにいるお嬢ちゃんだ。試合に出るつもりだそうだから世話してやれよ」


 「えっ」


 ドレヴァスがそう言うと、デロスはキョトンとしているイーラの方に視線を向ける。


 そして、はあ、と深くため息を付いた。


 「……おいおい、ドレヴァス。お前は喧嘩は滅法強いが、冗談のセンスは無いようだな? この華奢なお嬢さんが闘士? 笑わせるね! ドレスを着て舞踏会でくるくる回っている方がお似合いだ、間違いない!」


 「…………!」


 馬鹿にするような言葉に腹を立てたのか、イーラはむっ、とする。


 ダンは、そんな彼女の後ろからそっと耳打ちした。


 「……ステップ、ワンツーからの上中段蹴り、空中技のコンビネーションを見せてあげなさい」


 「はい!」


 返事をすると同時に、イーラは軽やかにステップしながら、ダン仕込のキックボクシングを披露する。


 ボッ! ボッ!


 パンチをくり出す度に、空気を割くような音が鳴り、周囲の人々からも「おお……!」とどよめくような声が聞こえてくる。


 次に片足立ちの姿勢のまま蹴りを披露すると、ヒュン、と風を切る音が聞こえてくる。


 実際にはパンチも蹴りも速すぎるので、ダンの目からは手先足先が消えたようにすら見える。


 最後に華麗にサマーソルトキックを披露すると、周囲からどよめきが上がる。


 「ちょっと失礼」


 イーラが連撃を見せている横で、ダンは屋台に置かれている土産物の屋台の飾り兜を掴む。


 ――そしてあろうことか、それをイーラに向かって放り投げた。


 「イーラ、右だ!」


 「!?」


 そして次の瞬間――イーラは「はい!」と返事をしながら、それを右ストレートで打ち貫く。


 途端、バキャ、と飾りものとは言え鉄でできた兜がぐにゃりとへしゃげ、速さや鮮やかさのみならず、その威力までもが半端ではないことと示す。


 「あ、あの、お騒がせしました」


 そう言ってイーラが、軽く周りに一礼するも、辺りはシンと静まり返る。


 「す、すす、凄いじゃないか! 可憐な見た目から繰り出される、全く可愛げのない威力のパンチと、鮮やかな連撃の数々! 逸材ではないか、我が友よ!」


 「だろ? ……まあ俺も半信半疑で、ここまでとは思っちゃ居なかったがな」


 ドレヴァスの独り言を余所に、デロスはイーラの手を掴んで言う。


 「君、名前は!?」


 「えっ、イ、イーラです……」


 「ん〜ん! いい名前だ! 君の二つ名は……黒い閃光、いや、稲妻か? とにかく是非闘士として登録しようじゃないか! 私が最高に輝ける舞台を君に用意しよう!」


 「えっ、あ、あのっ!」


 そう困惑した声を上げながら、イーラはデロスに引きずられていく。


 ダンはその光景を眺めながら、ドレヴァスに尋ねる。


 「ところで、あの方は一体何なんです?」


 「奴はここら一帯を取り仕切ってる興行師だ。闘士同士の試合は大抵奴を通して開催されることになってる。一癖も二癖もある野郎だが顔は広いし金の払いもいい。奴に任せときゃ、そこそこ希望に沿った試合を組んでくれるだろうよ」


 なるほど、ボクシングのプロモーターのようなものかとダンは納得する。


 そして、ドレヴァスはさらにこう尋ねる。


 「一つ聞きたいんだが……あの嬢ちゃんよりも、腕相撲の姉さんのほうが強いってマジなのか?」


 「マジですよ。イーラが十人がかりでもノアには全然敵わないと思います。彼女は桁違いなので」


 「そうか……最近の女は可愛い顔しておっかねえんだな」


 ドレヴァスはそうしみじみと呟く。


 その後ダンは、屋台の店主に兜の弁償代を払い、引きずられるイーラとデロスの後を追って、闘技場内に向かっていった。

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