第132話 交渉


 結局、宿屋では二人部屋が一部屋だけ空いていたので、そこに泊まらせてもらうことにした。


 うら若き乙女といい年の大人が同じ部屋で寝るなどどうなのか、と思うところではあったが、悲しいが今のダンは男性として意識されるような存在ではない。


 よってごく普通に同じ部屋に泊まることにした。


 ――そして、その三人部屋にある一人の人物を招き入れていた。


 「で? この俺を雇いたいってのは、金を持て余したお坊ちゃんの道楽ってことでいいのか?」


 テーブルを挟んでダンの対面に腰掛けながら、ドレヴァスは呆れたように言う。


 「そういうことになります。あなたは僕がこの街を滞在している間に、護衛兼道案内もしてもらいます。報酬は一週間で金貨三十枚でどうでしょう?」


 ダンは良家の子供の口振りを意識しながら、そう交渉を持ちかけた。


 「分からねえな……坊っちゃん、あんた洗礼受けに来たって話だろう? そんな奴はここにはいっぱいいる。わざわざ追加で用心棒を雇い入れるほどの大層な用事でもねえはずだ」


 「ここにいるノアもイーラも、護衛としては大変優秀なんですが、いかんせん見た目がこれ・・なので、良からぬ連中に狙われるなんてしょっちゅうなんですよ。だから、あなたみたいなひと目で分かる強面で、しかも腕が立つ人材がいれば、そう言った余計な揉め事を避けられると判断しました」


 「……まあ、それはそうだろうな」


 ドレヴァスは、絶世の美少女とも言えるノアや、奴隷として人気のある耳長エルフ族であるイーラ、そして見るからにいいとこのお坊ちゃんであるダン、もといデュランを見て納得する。


 確かに、こんな連中がノコノコそこらを歩いていたら、悪党が寄ってこないはずがないだろう。


 路地裏にでも入ったら、すぐさま袋を被せられてどこかへと連れ拐われてしまうはずだとドレヴァスは思った。


 「ご理解頂けましたか? それと、これは僕の都合なんですが、父から商会の跡取りとして、信頼できる最小の護衛で他国に赴き、そこで見聞を広めてこいと言われましてね。あなたは地元の方ですから、この辺りの土地勘や常識にも詳しいはずです。その辺りの案内も含めて、あなたのような裏のことも知り尽くしていそうな人材を探していたんです」


 「はっ!」


 ダンのもっともらしい後付設定に、ドレヴァスは鼻で笑うような声を上げる。


 (なんなんだ、このガキ……? 言ってることにおかしな点は見当たらねえが、どうにも胡散臭え。そもそもこれが、まだ下の毛も生えてねえようなガキの態度か? 明らかに裏社会の面子である俺に、まるでビビった様子もねえ)


 ドレヴァスは、目の前でニコニコと微笑む少年の器を測りかねながら、内心で不審を抱く。


 (俺が同じくらいの歳の頃、こんな風に堂々とできたか? これも上流階級の教育の成果ってか? 気に食わねえな……少しばかし脅かしてやるか)


 「おい、ガキッ! 舐めてんじゃねえぞ。この俺が金貨三十枚ポッチで雇われるくらいなら、全員袋詰にして、てめえの言う良からぬ輩とやらに売り捌いたほうが遥かに儲かるだろうよ!」


 そう大声を出して、ドレヴァスはテーブルを荒々しく叩きながらダンに詰め寄る。


 「特にてめえみたいな育ちの良い男のガキも、一部の変態には需要があるんだ。とんでもねえ目にあいたくなければ、ガキの分際で裏社会に首突っ込もうだなんて馬鹿な考えはやめておくんだな」


 「ふふふ、ご忠告ありがとうございます。ところで、名乗るのが遅れましたが、僕の名はデュランと申します。先ほど腕相撲で皆の相手をしていたのがノア、そしてこちらの耳長エルフの女性がイーラと申します」


 ダンは余裕でドレヴァスの怒気を受け流しながら、ついでに自分たちの名乗りを上げる。


 「それと……その心配はありませんよ。ゴロツキが何百人集まろうと、ノアの相手にもなりませんから。むしろ人拐いに同情するほどです。ノアの腕力の程は既にご存知かと思いますが、ただの力馬鹿じゃありませんよ。彼女は戦闘の達人でもあります。素手や武器、強力な飛び道具まで全て完璧に極めています」


 「坊っちゃんが随分とこの女に入れ込んでるのは分かった。だが、自分が人質に取られて、味方と分離されたらどうだ? この女がどれだけ強かろうとどうしようも出来まい?」


 ドレヴァスは挑発的にそう問い掛ける。


 「そういう時はですね……イーラ、姿を消してみろ」


 「了解です!」


 イーラはそう答えると、首筋にあるスイッチを押し込んで、光学迷彩を起動する。


 ――すると、みるみる内に、その場の空気に溶け出すように消えていく。


 「これは……!?」


 「いざという時は彼女を潜伏させて、背後から不意打ちでもしたらどうにでも出来ます。それにイーラはこう見えて、戦闘力もかなりのものです。あなたともいい勝負出来ると思いますよ。最小の人数ですが、そこらの騎士団にも負けない戦力はあります」


 その言葉に、ドレヴァスはくっく、と喉を鳴らす。


 「バケモンみてえな腕力の女に、姿が消える謎の耳長エルフか。とんだ大口だが……あながち嘘でもないんだろうな。それで? 今度は俺を加えてどうしようってんだ? 教会に喧嘩でも売るつもりか?」


 「いえいえ、単にあなたには護衛や、その他手続きを手伝って貰いたいだけです。見聞を広める為に色んな所の案内を頼むこともあります。最初にも言った通り、僕たちはどれだけ力があろうと所詮は女子供です。そこかしこで軽んじられて余計な手間を取らされる可能性があります。そこで、名が通っている上に、強面のあなたが後ろで睨みを効かせてくれれば、色んなことが滑らかに進むようになるでしょう」


 「ふん……お前、本当に見た目通りのガキか? まるで世慣れした大人のようなことを言いやがる。まだ何か隠してることもあるんだろう?」


 ドレヴァスは胡散臭そうに言う。


 「ありますね。ですが、それはあなたの仕事には関わりのないことですよ。付き合いが長くなってお互い信用出来れば教えることもあるでしょう。……ひとまず、どうでしょう? この依頼、受ける気はありますか? 報酬については相談に応じますが」


 ダンの言葉に、ドレヴァスはしばらく考えたあと、ニヤリと口元を歪めた。


 「いいだろう。金には困っちゃいねえが、お前らには多少興味が湧いた。一週間くらいなら付き合ってやるよ」


 「ありがとうございます! では、今日のところは帰っていただいて、明日の朝からさっそくお願いいたします。あと、前金で金貨十五枚を先にお支払いしておきましょう」


 「いいのか? このまま前金だけ持ち逃げしちまうかも知れねえぞ?」


 「あなたはそんなケチな人間ではないでしょう? お金にはそれほど困っていないと見えます。逃げたら逃げたで、まあその程度の人材は僕も要りませんので、その端金は手切れ金と諦めます」


 その挑発的な言葉に、ドレヴァスはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


 「抜かしやがる……! だが、いいだろう。じゃあ、明日の朝ここに来ればいいんだな?」


 「ええ。よろしくお願いします、ドレヴァスさん」


 ダンがそう言うと、ドレヴァスは前金だけ受け取って、片手を上げながらその場から立ち去っていく。


 それを見送ったあと、ダンはふとこう呟く。


 「さて……奴は来るかな?」


 「いいんですか? 仲間に入れて……結構怖そうな人でしたけど……」


 イーラが心配しながら言う。


 「ああいった手合いは、ちゃんと力を見せてこちらが上だと認識させれば、ちゃんと言うことを聞くようになる。それに、見た目ほど悪人でもなさそうだ。袋に詰めて拐っちまうぞ、と脅すように見せかけて、こちらに忠告していた節もある。ある程度信頼できる男だ」


 ダンはそう答えたあと、部屋の中を見回してはあ、とため息を付く。


 「まあ奴のことは明日来てから考えればいい。……それよりもこの部屋だ。二人部屋なのに何故ベッドが一つしかないんだ?」


 「恐らく恋人かそれに準ずる男女で泊まることを想定した造りになっているかと思われます。本機は椅子の上でも問題なくスリープモードに入れますので、デュラン坊っちゃまとイーラの二人でベッドを使用すれば問題ありません」


 「そんな! それは悪いですよ。ノアさんだけ仲間外れには出来ません。一緒に寝ましょう!」


 ノアの提案に、イーラが難色を示す。


 「いや……それを言うなら君たち二人でベッドを使うといい。私は椅子の上でも睡眠が取れるよう訓練されているから問題はない。流石に年頃の少女と同衾するつもりはないしな」


 「それはありえません!」


 「了承しかねます」


 ダンの提案に、二人が同時に声を揃えて却下する。


 「坊ちゃまはまだ子供なんですから、無理するのはいけません! ちゃんとベッドで寝ないと身長が伸びませんよ!」


 「体力のない幼少期に不自然な姿勢での睡眠は、身体に変調をきたすリスクが増大します。正常な判断力を保つためにも、デュラン坊ちゃまがベッドで睡眠を取るのが最優先です」


 「うぐぐ……」


 そう二人同時に論破されて、ダンは何も言い返せずに黙り込む。


 やがてイーラが、こんなことを言い出した。


 「もう、どっちが一緒に寝てても坊ちゃまはあれこれ気にしそうですから、いっその事三人一緒に寝ませんか? 幸いベッドは大きめですし、三人とも小柄ですから詰めれば寝られますよ。両側を挟んでしまえば坊ちゃまも逃げられないでしょうし」


 「……確かに、そうするのが最も生産的であると本機も認めます」


 「おい、ちょっと待て! 二人とも、私の中身が誰だか忘れてるんじゃないだろうな!? いい年の大人の男だぞ!」


 女性陣だけでさっさと意見がまとまり、ダンの抗議はまるっと無視されて無理やりベッドに連れ込まれる。


 非力な子供の体で強化されている二人の腕力に敵うはずもなく、ダンは少女二人に挟まれて窮屈な思いをしながら、その日はどうにか眠りにつくことが出来たのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る