第129話 変装


 高き屋根の館エサギラを後にしたあと、ダンは西大陸の中央部、人間たちの国の中枢にある、聖教会の上空を飛行していた。


 雲に隠れて飛行しながら、遥か真下を見下ろしていると、広がる街並みの中心に、巨大な教会のような建築物が鎮座していた。


 尖塔が天まで続くかのように高く伸びて、屋根の下に巨大なベルが飾り付けられている。


 全身を真っ白な漆喰で塗り固められて、まさしく大聖堂といったような風格であった。


 『あれが聖教会の中枢であると推測されます。最大高さ125メートル。敷地面積は約4キロメートル平米となります』


 「凄い……こんな建物を、人間が作れるなんて……」


 ツアーガイドのように大きさを解説するノアを余所に、イーラはその大きさに圧倒されて、食い入るようにモニターを見つめている。


 「人民救済のための寺院にしては随分と豪華すぎる気もするがな。街の方は栄えてはいるが貧富の差は凄そうだぞ。教会に隣接した都市から一枚壁を隔てたら、あからさまに街並みの質が落ちている」


 ダンがそう言ってモニターの視点をスライドさせると、そこには整理された教会周辺と違って、木とボロ布が組み合わさった、あばら家のような家がいくつも並んだ、汚れた貧民街のようなものが出来上がっていた。


 ズームして様子を確認すると、そこに住むのはやはり獣人種や人間以外の特徴を持った種族たちであり、路上に人が座り込み、暴力や盗みなどが横行する、明らかに荒んだ街並みが広がっていた。


 「これは……酷いですね」


 「こういった者たちからの搾取の上で成り立ったああいう豪勢な建物な訳だ。まさしく欺瞞の象徴だな。建築物として美しいのは認めるが」


 ダンはそう言ったあと、その場に席を立つ。


 「どちらへ?」


 「地上へ降り立つ準備だ。今のまま行くわけにはいかないからな。ノア、どこか適当な、船が目立たないところに着陸しておいてくれ」


 『了解しました』


 その言葉と同時に、船が徐々に降下し始める。


 ダンはそれを余所に、肉体が冷凍保存されている部屋へと向かった。


 

 * * *



 「こ、ここ、これは、そのお姿は……!? どうされたんですか、一体!?」


 イーラは、目の前に佇む、少し目つきの鋭い短パンを履いた少年に、大興奮でそう尋ねる。


 それを余所に、ダンはグーパーと手を開いたり閉じたりして、身体の具合を確かめながら首をひねる。


 「久々に生身の体を持ったが……何か変な感じだな。とんでもなく非力だ。しかも手足が短い。こんな有り様では銃も握れまい」


 「違和感に関しては、船長キャプテンの幼少期の姿だからかと思われます。生身の操作に関してはほぼラグが無く操作できるように調整した、とエアが言っていましたので、あとは慣れ次第で違和感はなくなるかと」


 既に出立の準備を整えたノアが、隣に立って言う。


 何故かその服装はメイド服でビッチリと決められている。


 「あ、あの……この少年は、ダン様、でよろしいのですよね?」


 イーラは、何故か頬を赤らめてときめいたような表情で尋ねる。


 ダンの幼少期の顔付きは、ずば抜けた美少年という訳では無いが、目鼻立ちはそれなりに整っており、筆で書いたような太い眉が意思の強さを表していた。


 今は職業軍人として立ち居振る舞いと鋭い眼光も相まってか、とても年相応には見えなかった。


 「当たり前だ。少し聖教会で調査することがあってな。そのために大人の体では都合が悪いんだ。……それと、この姿の私の時は"デュラン"と呼べ。あまり本名を知られたくはない。東大陸の金持ち商家の息子が、遥々西の聖教会まで洗礼を受けに来た、という設定でやることになっている」


 「洗礼、というと……?」


 「どうやらそれを受けると、"魔法"なるものが使えるようになるらしい。受けられるのは人間の若い子供限定らしいから、わざわざこの身体を用意してそれを体験しに来たのさ」


 そう言ってダンは、自身の身体を纏う、子供サイズのタキシードの蝶ネクタイを正す。


 ちなみにこれは、ダンの持つ軍服を元にサイズを合わせて改造したものである。


 帝国の裕福な子供が着ている服というものがよく分からなかったので、とりあえず金持ちそうに見える服を身に着けておいたのだ。


 ノアのメイド服に関しては、わざわざ用意するまでもなく、何故かアンドロイドの標準兵装として常備されていた。


 アタッシュケース型のグレネードランチャーと日傘風マシンガン付きである。


 何のためにそんなものを、というのは野暮だろう。


 (あの男のおかしな趣味がまさか本当に役立つことになるとはな……)


 ダンは呆れつつも、えらく裁縫の凝ったメイド服に身を包むノアを見てため息を付く。


 「お前にも私の護衛として着いてきてもらう。この姿の私は戦闘力がまるでない。この身体がやられても死ぬことはないが、もう一度用意するのは面倒だからな」


 「わ、分かりました。なんだか色々と聞きたいことがありますが……。そ、それでは私も"坊ちゃま"、とかお呼びした方がいいんでしょうか……?」


 「ぼ、坊ちゃまだと……!?」


 その怖気立つ呼び方をされて、ダンは思わず顔を引きつらせる。


 「別に普通にデュラン様、でいいだろ! 何故わざわざそんな気色悪い敬称をつけねばならん」


 「いえ、一理あるかと。本機の分析からしても、戦闘力がなくとも船長キャプテンの歩き方や目の動き、口調や態度などは、明らかに訓練された軍人のそれです。例え姿形を変えたとしても、目端の利く人間なら違和感を抱くことは十分にありえます」


 「だからといって、それと呼び名を変えることに何の関連がある!」


 「まずは形から入り、なり切ることを提案いたします。万が一交戦になった際、船長キャプテン……いえ、坊ちゃまが我らの指揮官であることは万が一にも敵方に悟られてはなりません。坊ちゃまの身の安全の為にも、今は非力で無知な護衛対象として振る舞って頂く必要があります」


 既に坊ちゃま呼びで固定し始めているノアに、ダンは思わず頭を抱える。


 しかも、なまじ中途半端に筋が通っているので抗弁も出来ない。


 ダンとしては別に坊ちゃまという、呼び方自体がダメだと言っているのではない。


 いくら今の見た目は子供だといえ、中身はいい大人である。


 そんな男が、若い美少女を侍らせて、自身を坊ちゃまなどと呼ばせて悦に入っているのが、なんとも気色悪く感じさせられたのだ。


 だが、既に二人は乗り気のようであった。


 「い、いいですね! なら私も、お二人と同じような衣装を下さい! 私もバッチリ、デュラン坊ちゃまの護衛を果たしてみせますから」


 「了解しました。貴女には本機の特殊兵装の一つであるシークレットサービスのスーツと消音銃を貸し出します。あとで護衛としての心得を説明しますので、格納庫に来てください」


 「いや、イーラのスーツには光学迷彩があるんだから、わざわざ変装する必要はないだろ。影から護衛してくれれば十分なんだが……」


 そう正論を言うも完全にスルーされて、二人は和気あいあいと格納庫の方に向かっていく。


 あとに残されたダンは、鏡に映るパリッとタキシードを着こなした、まるで少年探偵団のような姿の自分を見て、深くため息をついた。

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