第127話 創造主の筆


 「……ここがコントロールルームか。これまでとは随分と趣が違うな」


 ダンは、大樹の幹の真ん中に位置する、木のうろの中にあるコントロールルームに足を踏み入れる。


 これまでの如何にも人工建築物らしいものとは違って、この高き屋根の館エサギラのコントロールルームは周りが木に覆われ、ファンタジーの祭壇のような雰囲気を持っていた。


 ――そして、その部屋の隅には、木の蔦に覆われた、人間の女性が着れるほどの大きさのスペースーツが置かれていた。


 恐らくはこれが、ニンフルサグのスーツだろう。


 鉄ともアルミとも付かない不思議な材質で造られており、ヘルメットの部位には美しい花のレリーフが飾られていた。


 しかし、それより目を引くのは、その隣で立て掛けられている、巨大な銃火器のような鉄塊であった。


 これに関しては、ダンは事前に流れ込んできた情報により、既にどんなものか理解している。


 これは"クリエイター・ツール"であった。


 ニンフルサグから、植物を創り出すアセンション・レイの力を授かったが、それが使えるのはこの高き屋根の館エサギラの付近のみである。


 それ以外の場所では、このクリエイター・ツールを使わなければ立体の投射ができない。


 いわばプロジェクターの役割を持つのがこの装置だった。


 ――そして、このクリエイター・ツールにはもう一つの力が隠されていることをダンは知っていた。


 それは"ニンフルサグの波動"。"アセンション・フォース"と名付けたそれは、事象にエネルギーを与えることが出来るという代物だった。


 ニンフルサグの意識エネルギーを射出するその兵器は、ネガティブとポジティブの両方の方向性を選択して対象に与えることが出来る。


 ネガティブエネルギーを受けた物質は不安定化し、人や世界にとってマイナス方面の出来事を引き起こす一方で、ポジティブエネルギーを照射した場合は事象は安定化し、主にプラス方向に出来事が進むようになるという。


 このアセンション・フォースは人に向けても撃つことが可能であり、ネガティブエネルギーは人の精神の不安定化や暴力性を増す効果があり、ポジティブエネルギーは人の精神の安定化や高揚感を与える効果を持つという。


 (物質や物体の運動ではなく、事象や因果の正負や概念そのものに介入している? ……まるで天上の神が地上の出来事を自由に書き換えているようだな。いかん、説明を聞いても原理がさっぱり分からんぞ。ニンフルサグの装備は既存の科学理論とは次元が違い過ぎる……)


 ダンは頭を抱えながらも、その絶大な力を持つ装備を担ぎ上げる。


 「……一旦外に出るぞ」


 「えっ?」


 ダンの言葉に、イーラは意外そうな声を上げる。


 「この装備であの火山活動を制御出来るはずだ。仕組みはさっぱり分からんがな」


 そう苦々しい顔で言ったあと、ダンは大樹のうろ・・から外へと飛び出す。


 ジェットを吹かしながら眼下を見下ろすと、相変わらずグラグラと定期的に地面が揺れており、火山の火口からは常に煙が吹き出て、周囲に不快な匂いを撒き散らしていた。


 「事象を安定化か……。言葉が抽象的すぎていまいちよく分からんが、効果通りなら――」


 ダンはそう一人呟きながら、クリエイター・ツールの先端を火山に向ける。


 先端はまさに大口径の戦車砲のように無骨な見た目をしており、とても人に向けても大丈夫な代物のようには見えなかった。


 ダンは引き金の近くにある小型モニターで、クリエイター・ツールのモードを"ポジティブ"に設定する。


 そして、火山に向けて引き金を引いた、その時――


 ブゥゥゥゥン……


 という空気が震えるような音と同時に、紫色に光る、二十メートルほどに真横に広がる、光の波のようなものが、真っ直ぐ火山に向かって行く。


 そしてそれらが命中した、次の瞬間――グラグラと揺れていた地面が徐々に静まり、やがて火山の噴火も落ち着き始める。


 先端から吹き出ていた噴煙の量も少なくなり、周囲の空気も浄化され始めた頃、わずか5分足らずで完全に火山の活動は休止してしまった。


 ――その瞬間、眼下の樹精ドリュアスたちからわっ、と歓声が上がる。


 「すごい! 揺れなくなった!」


 「いしゅべんべん、えらい!」


 「もう黒い煙出なくなる? 臭いのもなくなる?」


 「……ああ、流石はあの御方の御業だ。いや、今はそれを使いこなす、イシュベールの力を称えるべきか」


 そう言ってダナイーも、"芽"の子供たちの世話をしながら、ダンの姿を満足気に見上げる。


 ――しかしそれを余所に、ダンは自身の手の中にあるクリエイター・ツールの力を実感して、その凄まじさに震えていた。


 (まさか……本当に? 今回使用したのはポジティブエネルギーだったが、もし仮に、ネガティブエネルギーを照射していたら一体どうなっていた? ……その気になれば、人工地震を起こして大陸の形をまるごと作り変えることだって出来るんじゃないか? こんな小さなデバイス一つで……)


 ダンは自らの手中にあるクリエイター・ツールの底知れぬ力に戦慄しながら、兵器として活用される未来に想像を巡らせる。


 これを開発したニンフルサグは一体どういうつもりだったのだろうか。今となっては窺い知ることは出来ないが、もしこれが邪な思惑の連中の手に渡っていたらと思うと、ダンはゾッとするような気分であった。


 そんな危惧を余所に、樹精ドリュアスたちは火山の脅威がなくなったことを無邪気に喜び、大樹の周りを嬉しそうに駆け回っていた。


 

―――

あけましておめでとうございます〜

本年もよろしくお願いいたします🙏

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