第125話 ニンフルサグの試練②
――それから六時間ほど。
相手は一度たりとも攻撃はしてこず、ただシンと静まり返った室内に、ダンたちが時折身を捩り、周囲を警戒する音だけが響いていた。
ここまで長い間姿を見せないとなると、普通なら相手は撤退したのではないかと疑い始める頃である。
しかしダンは、それこそが相手の狙いであると理解していた。
スナイパーは相手が現れるまで数十時間、場合によっては数日同じ姿勢のまま待ち続けることがある。
それと同じで、どこか見えない位置から、こちらの警戒が解けるのを待っているのだ。
(私やノアは何日でも耐えられるが……イーラは大丈夫か?)
ダンはふと危惧する。
ほぼ機械化されたダンやノアと違って、イーラは生身の人間である。
彼女にはパワードスーツの身体機能補助があるが、このまま何時間も緊張状態が続けば、神経のほうが先にやられる可能性がある。
生身の人間である以上仕方のないことだ。
さりとて、焦れてこちらから先に動くと、無駄に弾薬を浪費し、更に相手に先手を許す可能性がある。
相手の姿が捕捉できない時点で、ダンは不利なジリ貧の戦いをせざるを得なかった。
しかし、そんな焦りを感じていたその時――
「そこです!」
突如として、イーラが大きな声を挙げながら壁面の一部に向かってニードルガンを放つ。
彼女はダンたちに比べてあまり腕力がないので、反動の少ない武器を貸し与えていた。
――そして、イーラが無数の針を撃ち出した先に、その空間だけがぐにゃりと不自然に歪む。
「……!? でかしたぞ!」
ダンもそれが光学迷彩の"ブレ"であると即座に察し、イーラに続いてその空間に銃を向ける。
ダンとノアが気付く前に、イーラがいち早く敵の位置を察知したのだろう。
やがて全員から集中砲火を浴びると同時に、歪んだ空間の向こうから、四つ脚の姿をした、ケンタウロス型の兵器――パピルサグが姿を表した。
「シィィィィィ……ッ!!」
相手はのっぺりとした顔を忌々しげに歪めながら、歯から息を吐き出す。
その顔は白い板状の金属装甲に覆われ、亀裂のような細く赤目と、鋭い牙に覆われた口周りだけを露出して不気味な様相を呈していた。
四つ脚の馬のような体ではあるが、その尻尾からは黒いサソリの尾のようなものが生えており、ゆらゆらと標的を定めて先端を揺らしている。
腕には弩砲のような大弓を携えて、小型ミサイルのような矢を番えて構えた。
「イィィィィィィ……ッ!」
パピルサグは、最も近くにいて攻撃の火蓋を切ったイーラに向かって、ギリギリと矢を引く。
『くるぞ!』
「躱せますッ!」
イーラは姿を消したままそう返事をしたあと、相手の射線から逃れるように真横に走る。
しかしパピルサグは一度攻撃を受けたイーラを完全に補足しているのか、矢の先を向けて彼女に向けて解き放つ。
「ふッ!」
イーラはその動きを読んでいたのだろう。
矢が放たれた瞬間にさっと方向転換して上手く狙いを逸らす。
しかし、当然パピルサグからは二の矢三の矢が放たれて、肉眼で見えないはずのイーラに向かっていく。
『お前の相手はこっちだ!』
ダンはそれに対して、リニアガンを構える。
アナに修理してもらったばかりであり、それに加えてバッテリー部位に改造を加えて貰ったことで、一度撃ったあとのチャージ時間が5分から2分まで大幅に短縮されている。
その分威力と射程は下がったが、接近戦ならその方が使い勝手が上がった。
ピシュン!
そう風切る音と同時にリニアガンの弾頭がパピルサグ目掛けて飛んでいく。
パピルサグは前足を掲げて躱そうとするも、弾頭が付近を通った衝撃波だけで前足がへし折れて飛んでいくのが見えた。
「シィィィィィィイッ!!」
苛立たしげに歯を鳴らしながら、パピルサグは今度は付近にめちゃくちゃに矢を打ちまくりながらダンたちを牽制する。
「きゃあ!」
直撃はしなくとも、相手の矢は突き刺さったあと一定時間で炸裂する。
その破片に巻き込まれたのか、イーラは悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
『……!? まずい!』
ダンが慌てて駆け寄ると同時に、パピルサグはサソリのような尾の先から周囲に毒霧を散布する。
融解性のナノマシンらしく、周辺の金属の壁すらほんの数秒で分解して、猛烈な勢いで腐り落としていく。
『冗談じゃないぞッ! ノア!』
ダンは慌てて気絶するイーラを担ぎ上げたあと、ノアに救援を要請する。
こんなものをひと吸いでもしたら、装甲で保護されているダンやノアでもどうなるか分からない。
相手からしても捨て身の切り札だったらしく、パピルサグ自身も表面が溶けて、徐々にダメージを受けているように見えた。
「――了解しました」
ノアはそれに対して淡々とした声で応えたあと、パピルサグに銃口を向けた。
六十秒に二千発という圧倒的な制圧力を誇るミニガン、"バレット・ストーム"の先端が回転すると同時に、激しく火を吹く。
強力なナノマシンの霧に阻まれて弾丸の威力は半減するも、それでも圧倒的な物量の前にパピルサグの身体はどんどん削られていく。
「キィぃぃぃぃぃーーッ!!」
最期は、金切り声のような悲鳴を上げながら、パピルサグは自身が噴出した毒霧によって崩れ落ちる。
後には液状化された金属と、それ以外のカーボン繊維などのパーツが不気味に散乱し、パピルサグはもはや音を立てることすらなく永久に沈黙した。
―――――
しばし風邪などで体調などを崩しておりまして更新遅れておりました
申し訳ありません
本日より再開します〜
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