第123話 宇宙の愛


 ――愛を信じて下さい。


 愛は全てを限りなく与えます。


 愛とは創造性イマジナリー、そして光です。


 その意味を知ることがあなたの存在を上昇させ、この宇宙の謎を解き明かす鍵となるでしょう。


 戦争や競争によって培われた"知識テクノロジー"では、決して超えられない次元の壁があります。


 この宇宙は愛で創られました。あなたが思うような、無慈悲な世界では決してありません。


 あなただけではありません。生命あるもの全てが、自分の現実を創造する神であり、光なのです。


 光も闇も、善人も咎人も、全て同じ宇宙の愛の顕れなのです。


 早くそのことに気付いて下さい。


 私はここで待っています。愛しい我が子よ。



――――――――――



 「……今回は特に抽象的すぎて訳がわからんぞ」


 深夜、これまで通りアヌンナキの声で起こされたダンは、ベッドの中でその言葉の不可解さに首を振る。


 今の女性の声は、紛れもなくニンフルサグのものだろう。


 流れてくる言葉からは、どこか安心できるような優しい音色が含まれているように感じられた。


 しかし、その内容はあまり理解出来なかった。


 (テクノロジーでは駄目だと……? 地球が発展したのはテクノロジーのおかげだ。過去の戦争によって積み上げられた知識もあるが……)


 ダンはその意味を考え込む。


 テクノロジーは地球人類であるダンの誇りであり、同時に血塗られた歴史の蓄積でもある。


 それを否定されるのは忸怩じくじたる思いもあったが、同時にニンフルサグの言葉には、絶対的な真理が含まれているようにも感じられた。


 そしてその日の朝、


 「お茶を、お持ち、しました」


 ダンのもとに紅茶を運んでくるのは、そのテクノロジーの集大成とも言える、ノアであった。


 彼女は訓練と適応の成果か、ぎこちないながらも、生身で日常生活を送れるまでになっていた。


 その後ろでは、イーラがハラハラとしながらその様子を見守っている。


 「だ、大丈夫ですか? 落としそうなら手を貸しますから、すぐに言ってくださいね?」


 「問題、ありません」


 そう言って、ノアはふるふる震える手で、ダンの前に紅茶を置く。


 「ありがとう」


 ダンはそれを受け取ったあと、紅茶を一口啜る。


 これまでノアは二度も三度も紅茶をひっくり返しており、四度目にしてようやくダンの前に紅茶が届けられたのだ。


 船の機能を使えばものの一分足らずで運べるものを、わざわざ人間の体で作って持ってくるよう指示したのだ。


 彼女からすればもどかしく、歯がゆく感じる作業だろう。


 あるいは、ノアにそう感じさせる事ができたなら、彼女に人間性が芽生えたということに他ならず、ダンの試みは達成されたと見るべきだろう。


 (愛、か……。彼女もまたそういった感情が芽生えることがあるんだろうか?)


 ダンは、震えながら何とか食器を下げようと苦闘している、ノアを見て思う。


 彼女には、未だ人格に目覚めているような兆しは見えない。


 しかし、機械として完璧なノアが人格を持ち、更に普遍的な愛に目覚める。もしそんなことが可能なのだとしたら――この地の遺跡に鍵が隠されているような気がしていた。


 「……高き屋根の館エサギラの巡礼に向かうか」


 「えっ!?」


 ダンの突然の言葉に、イーラは驚いて声を上げる。


 「そ、それは分かりましたけど……随分と急ですね?」


 「ああ、もう君もスーツを着て大分動けるようになってきた。もはや足手まといにはならないだろう。それに少し調べたいこともある」


 「……! わ、分かりました! すぐに準備致します!」


 イーラは足手まといにならない、と言われたことが嬉しかったのか、目を輝かせて自身の準備に取り掛かる。


 ダンは更に、ノアに生身の肉体をコールドスリープさせるよう命じたあと、元のアンドロイド艤装で戦闘準備をさせる。


 自身も武装を整えたあと、高き屋根の館エサギラの攻略へと乗り出した。



 * * *



 「おや? もう向かうのかい? もうちょっとゆっくりしてても構わないけどねえ」


 武装して船から出てくるダンを出迎えながら、ダナイーは言った。


 そうは言いつつも、彼女たち樹精ドリュアス総出でダンの見送りの準備を整えており、今日攻略に乗り出すことをなんとなく知っていたようでもあった。


 「……随分と用意周到だな。私が今日攻略に向かうことなど、君たちには話していなかったと思うが」


 「私たち樹精ドリュアスは花や木々の囁きから、目で見たり、耳で聞いた以上のことを知ることが出来る。……ニンフルサグ様から賜った贈り物ギフトだ」


 ダナイーはそう言ったあと、「最も、戦いの役には立たないがね」と苦笑をこぼす。


 「あなたたちがあの遺跡に挑むというのなら、頼みがある」


 「頼み?」


 その言葉に、ダンは聞き返す。


 「ああ、あの噴火のことさ。あれを鎮めて欲しい。元々ここは穏やかな山岳地帯で、辺りは美しい泉と花畑に覆われていた。八百年前、あのアストリンという魔女が急に現れて、この地に呪いを掛けて以降、地震と噴火の絶えない死の土地となってしまった」


 「……その魔女は、なんだってそんなことを?」


 その問いに、ダナイーはふっ、と笑いながら答えた。


 「腹いせだよ。あの女はどうもこの遺跡の力を自分のものにしたかったらしい。だが、ニンフルサグ様の遺跡には何か特殊な力場のようなものがあってな。幽魔アスラどころか幽冥の主アスラ・ロードすら近付けんようだ。どうやっても自分のものに出来ないと悟った奴は、この地を溶岩に埋めて、いっそ使えなくしてやろうとしたんだ」


 「……だが、それも出来なかったと?」


 「ああ、ニンフルサグ様は大地の女神。荒ぶる土地を鎮めるのもあの御方の権能だ。噴火があの程度で済んでいるのも、この遺跡の力のおかげだろう」


 そう言っている間に、また近くの火山でどん、と火柱が上がり、地面がグラグラと揺れる。


 それをまるで日常茶飯事のように無視しながら、ダナイーは続けた。


 「だが、ニンフルサグ様のお力はまだ完全ではない。恐らくこの遺跡を開放すれば、本来の力が解き放たれて、荒ぶるこの地も鎮まるだろう。……あの御方は、旧き神々の中でも一目置かれていたほどだ。神を騙る魔女の呪いなど、たちどころに消してしまえるはずだ」


 「ふーむ……そうなる確証はないが、確かに試してみる価値はありそうだな」


 ダンはそのあと、全員に頷いてこう言った。


 「……では、行こう。慈悲深い女神様の試練とはいえ気を抜くなよ。内容まで優しいとは限らんからな」


 「は、はい……!」


 「了解しました」


 そう互いに意思を確認しあったあと、樹精ドリュアスたちの見送りを背に、高き屋根のエサギラの中へと足を踏み入れた。

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