第122話 人間
『おっ、お父様! いらっしゃい!』
ダンが
ほんの一週間程度の別れでしかなかったが、
そして、それらをどうにか宥めて振り切ったところで、
「これは……?」
イーラは、目の前に置かれた黒いアタッシュケースを見てそう尋ねる。
『じゃじゃーん! これはね、イーラちゃん専用装備だよっ! お父様からの命令で、身体に合わせて私が特別に造ったものなんだ!』
「わ、私専用……?」
目の前に置かれた大きなアタッシュケースを見て、イーラはダンの顔色を伺う。
「向こうに個室があるから、さっそく着てくるといい。いつまでもその革の装備じゃとても実戦には連れていけないからな。着方はアナが教えてくれるだろう」
「わ、分かりました!」
そう言って、イーラはアタッシュケースを持って、個室の扉に向かう。
そしてダンは、アナのホログラムに向かって言った。
「変な装備付けてないだろうな?」
『失礼な! ちゃんとやったってば! それでなくともお姉様にしっかり進捗は監視されてたんだから、変なこと出来ないよ! ……まあちょっとは遊び心も入れたけどさ』
「おい」
ダンはジロリとアナを睨む。
『だ、大丈夫大丈夫! その装備はお姉様にも許可取ったやつだからさ。きっといざという時に役に立つから!』
「まったく、まあそれならいいが……」
そう呆れている間に、イーラが着替えを済ませて個室から出てくる。
アナはAIであるが故にこの施設内なら二人同時に別々の場所で会話することも可能である。
着方を教えてもらって、ちゃんと装着できたのだろう。
イーラは全身がピッチリと覆われた、パワードスーツに身を包んでいた。
「な、なんだか動きづらいです」
そう言って、イーラは内股にぎこち無く動きながら、ダンの方に向かってくる。
「慣れればそれが一番動きやすく感じるはずだ。それに、そのスーツには人工筋肉が付いている。これまでの何倍もの力が出せるようになるぞ」
『それだけじゃないよ! 首のとこのポッチを押せばステルス機能もあるからね! イーラちゃんは生身だから一発でも攻撃受けると終わりだから、その分速さと隠密性を重視したよ。いわばNINJAスーツ、ってやつだね!』
「に、にんじゃ?」
「まあ、とりあえず逃げ隠れするのに最適な装備と思えばいい。壁役や囮役は頑丈な私とノアがやる。お前は背後から相手の急所を突くのが仕事だ」
そのあと、ダンは両手のひらを突き出してこう言った。
「打ってみろ」
「え?」
「試しに打ってみろと言っているんだ。今までとはまるで違う出力が出るはずだ。きちんと真っ直ぐ打てよ。でないと手首を痛めるぞ」
『一応発泡装甲で拳はガードしてるから大丈夫だと思うよ! ま、イーラちゃんは生身だから、ちょっと気を付けたほうがいいかもね』
「わ、分かりました」
イーラはそう言うと、拳を構えてダンに向かう。
――そして、一歩踏み込んでその大きな手のひらを拳で打ち抜いた。
バチィィィンッ!!
とても少女の細腕から出たとは思えない、耳をつんざく破裂音が響き渡る。
イーラは拳を突き出したままポカンとして、その拳先と、ダンの手のひらからシュウ、と白い煙が上がっていた。
「も、申し訳ありません! まさかこんな威力が出るなんて……あ、あの、痛かったですか?」
「問題ない。私も同様のスーツで体を保護してるからな。……しかし、生身の人間にこれを放ったら大変なことになるぞ。普通なら手のひらの骨が砕けてもおかしくない。くれぐれも力の制御を覚えることだ」
「わ、分かりました……!」
イーラは自分の拳から出た威力に戦慄しながらも、どこか嬉しそうに顔を綻ばせる。
これで足手まといにならないと思ったのだろう。しかし、まだ力に振り回されているようでは実戦には連れていけなかった。
「ひとまず、このあたりを少し走って感覚を掴んでこい。砂漠地帯だから、多少こけても怪我はせんだろう。間違っても跳ぶなよ? 今のお前は跳んだら10メートルは行くからな。着地に失敗したら大事になる」
「はい!」
イーラは、早くスーツの性能を試したいのか目を輝かせながら返事をする。
そして、勢いよく外へと飛び出して行った。
『うーん、青春だねえ』
その背を見送りながら、アナがしみじみと言う。
その後イーラは、日没までパワードスーツの身体能力に翻弄されながら、何度もすっ転んでは砂丘の中に顔から突っ込んでいく。
その光景を住人たちに目撃され、しばらくイーラの醜態は
* * *
『よっす、どうも……』
「なんだそれは」
コントロールルームに入るなり、エアは死んだ魚のような目でそう挨拶する。
『き、気にしないで。お姉様の体、出来てるよ……。ぐへへ、ご要望どおり、旦那好みのいいオンナに仕上がってまっせぇ』
「ええっ!?」
「……人聞きの悪いことを言うな。私はそんな要望は出していない」
驚愕の表情で見てくるイーラを他所に、ダンは呆れたようにそう返す。
『え、へへ、冗談だってば。じゃあ、これ……よろしく』
エアは口にふへ、と卑屈な笑みを浮かべながら、指をパチン、と鳴らす。
すると――数多く立ち並ぶ培養器の配置が入れ替わり、ダンたちの真横に、透き通るような白い肌の少女の裸体が姿を表した。
その少女の見た目はまさにノアそのものであり、水で満たされた容器の中で目をつむり、銀色の髪をなびかせながら静かに佇んでいた。
「い、いけませんこれは! 殿方が見ていいものではありません!」
イーラがそれを遮るようにダンの視界を塞ぎ、慌てて裸身を隠す。
『す、凄いでしょ……一から作ったんだよ、これ。特に目と髪の色とか、銀色は元々人間の色素にないし、創るのに苦労した……』
「確かに良く出来ているが……服はないのか?」
『そ、そんなものないよ。ここ培養施設だし……』
その言葉に、ダンは困惑したように唸る。
「ううむ……仕方ないな。私が船から船内着を取ってくるか。イーラ、すまんが彼女を見ててやってくれ」
「あ、は、はい!」
ダンがそう言ってその場を後にすると、イーラはふと培養器の中で眠り続ける少女を見て、深くため息を付く。
「……ところで、なんでノアさんがこんな状態に?」
『あれ……知らなかった? お姉様の、これまでとは違う生のボディ……。これできっとお父様とくんずほぐれつ……』
「ええええっ!?」
ニタニタ笑いながらのエアの言葉に、イーラは悲鳴のような声を上げる。
「で、でも……ノアさんには元々身体があったじゃないですか?」
『あれはほとんど合金とシリコンで出来たボディ。見た目は柔らかそうだけど中身はカチカチ。でもこれは違う……脳みそが機械化されている以外は人間と同じ。もちろんそういうことも出来ちゃう……』
「そ、そういうことって……」
イーラが耳まで真っ赤にして聞き返した、その時――
「何を二人でヒソヒソやってるんだ?」
「ひぃ!」
突如として後ろから声をかけられ、イーラはビクンと肩が跳ね上がる。
それにダンは怪訝な顔をしながら言った。
「ノアに服を持ってきた。私がやるわけにはいかんからな。君が着せてやってくれるか?」
「は、はい!」
そう言ってイーラに服を手渡したあと、ダンは一旦その場を離れる。
そして、培養器の中の水が排水され、ガラスの容器が開くと、中から眠り続けるノアの身体が曝け出される。
「うう、ノアさん綺麗すぎるよ……。もし張り合うことになったら、こんな人に勝てるわけが……」
イーラはノアに服を着せながら、同性でありながらその肢体に見惚れてしまう。
『いや……イーラちゃんもわりといい線行ってる。ただちょっと胸の辺りが足りない。大きくする?』
「えっ、そ、そんなことが出来るんですか……!?」
『髪の毛一本あれば培養できる……。ちょっと遺伝子情報を書き換えてもいい。注射一本で終わるから、安心安全』
「何を話してるんだ? 着替えは終わったのか?」
またコソコソ密談をする二人にダンが声を掛けると、イーラはビクっと体を硬直させながら振り返る。
「だ、大丈夫です。終わりました」
イーラの言葉に頷き返したあと、ダンは続けて言った。
「よし、ノア。遠隔でこの体を動かすことは出来るか?」
『可能です。ただちに実行します』
ノアからそう返信が返ってくると同時に、目の前で眠っている少女の瞼が、ピクリと微かに動く。
「う、動きました……!」
「いや、まだだな。身体の操作をまだ完全には掌握してないようだ」
ダンがそう答えるや否や――突如として、バチン、と機械的に目を大きく見開く。
そして、培養器のフチを掴みながら、ノアは、ぐぐぐ、と徐々に身を起こし始める。
しかし途中でガクン、と力が抜けて、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「あっ!?」
「大丈夫か?」
「も、申し訳、あ、ありま、せん。生身の、肉体は、不確定要素が、多く、未だ、制御の、あ、安定化が困難、です」
ノアは何とかして喋ろうとはするものの、会話も難しい状態なのか、何度も言葉に詰まりながらそう答える。
「こ、このボディは、ほ、本機の、あ、アンドロイド、体の、十分の一、以下、の、性能しか、出せず、また、制御、も、極めて、不安定、です。機能面、を、こ、考慮、して、このボディ、は、使用を、停止、し、元の、アンドロイド体、だけ、を、使用する、ことを、てて、提言しま、す」
「……いや、そのまま動けるようになるまで頑張って欲しい。君の適応能力の高さならそう遠くないうちに使えるようになるだろう。不便をかけるかも知れないがよろしく頼む」
「……………………了解、しし、しました」
ノアはそう返事をしたあと、再び身体の制御のトレーニングを始める。
その様子を見ながら、イーラはダンに小声で尋ねる。
「あ、あの、ダン様……一体何をなさるつもりなんですか? あの感じなら、確かに元のノアさんのほうが強いんじゃ……」
その問いに、ダンは首を振って答える。
「私は別に強さや機能を求めている訳じゃないよ。私は彼女を人間に出来ないか、試しているんだ」
「に、人間に?」
ダンの言葉に、イーラは不思議そうに首を傾げる。
「ああ、AI――即ち人に従う人形として産まれたノアが、本当に自由意志を持つ人間になれるかどうかをね。……彼女はあのままでは隙がなさすぎる。到底人間的な
「そ、そんな……それで、一体どうするつもりなんですか?」
「別に、どうもしないさ。私は彼女とこれまで通り旅を続ける。ノアは私にとって最も信頼できる相棒だからね。そんな彼女が人間らしくなったら、私はもっと嬉しくなる。ただそれだけのことさ」
「そう、ですか……」
どことなく複雑な表情をしながら、イーラはその言葉を受け入れる。
その隣では、エアにやる気のない応援をされながら、必死に身体を起き上がらせようと悪戦苦闘する、普段らしからぬノアの姿があった。
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