第118話 西大陸へ

 ――それからしばらく経ったあと、海岸線はすっかり見違え、小さいながらも港町といえる規模にまで体裁が整いつつあった。


 街中には果物や海精アプカルルたちから仕入れた魚介の串焼きの屋台が並んでおり、働き手として招集された森の住人たちは、稼いだ金を払って食事を購入していた。


 拙くはあれど、そこには確かに小さな市場が形を成しつつあった。


 食事は海鮮の串焼き二本セットで半月銀貨一枚。


 感覚的に日本円にして五〜六百円ほどだろうか。


 味付けは塩だけだが、豊かな海から取れた大粒な貝やイカなどの新鮮な魚介類がふんだんに盛り付けられ、一本食べるだけでも相当な満足感が得られる。


 働き手たちは、銀貨一枚で購入したデーツ酒を片手に、串焼きを頬張ってその日一日の労を癒やすのが日課となっていた。


 「肉が食えねえから物足りねえと思ってたが、なかなかどうして海で採れたモンも悪くねえ」


 「ああ。この塩辛さが酒に合う!」


 「だが、もうちょっとズシンと腹にたまるものが欲しいな。果実も美味いがあれだけじゃ物足りねえ」


 働き手として砂漠の地を訪れた獣人ライカンたちは、串焼き片手にそう愚痴をこぼす。


 「おや? 君たちまだ食べ足りないのか? ちょうどいい。今試作品が出来上がったところだ。食べに来るといい」


 「しゅ、首領様っ!?」


 後ろからいきなりダンに声を掛けられて、男たちは慌てて立ち上がる。


 その男たちは東の獣人ライカンの郷から来た者たちであり、長であるジャガラールに似て山賊のように柄が悪い。


 しかしゾバイダたちを軽々打ちのめしたダンの前では恐縮して、直立不動でピン、と爪先立ちをしていた。


 ダンはそれに「いいからいいから」と苦笑交じりに答えたあと、彼らを市場の端のほうに誘う。


 するとそこには――木枠で作られた簡易な鉄板焼きの屋台と、その中でコテを振るうイーラたち黒妖ダークエルフ族の女性陣の姿があった。


 そこからはジュウジュウと焼ける音とともに、香ばしい匂いが漂ってきており、それを嗅いだ男たちの腹がぐう、と鳴った。


 「あの……これは?」


 「お好み焼き、というものだよ。この地の原料で"お好みソース"が作れないか試していてね。今回はその試作が出来たから、試食してもらおうと思って料理にしてみたんだ」


 「はあ、おこのみそーす、ですかい?」


 聞き慣れない名に首を傾げる男たちを他所に、ダンは屋台の女性陣に声を掛ける。


 「すまないが、私の分も含めて彼らに一人前ずつ振る舞ってやってくれないか? 代金は私が払う」


 ダンはそう言って四人分の銀貨二枚を屋台に置く。


 「はい!」


 「い、いいんですかい?」


 「ああ。その代わり、食べたときの正直な感想を聞かせてくれ。後の参考にさせてもらう」


 その会話の合間に、木皿の上にお好み焼きが盛り付けられ手渡される。


 箸などはなく、ピザのように三角に六枚切りしたものを手で食べる形となっていた。


 「よし、では食べよう」


 「へい!」


 ダンの言葉と同時に、男たちも食べ始める。


 そして、それを口にした瞬間――


 「……うおお! 美味え!」


 「この甘酸っぱくて辛いタレがいいな!」


 「腹持ちも良さそうだし悪くねえ!」


 男たちはお好み焼きを口にしながら、そう口々に感想を述べる。


 ダンも一口食べてみた感じでは、それほど悪くなかった。


 中身は干しデーツと干しマンゴー、トマトと玉ねぎ、そして塩茹でして干した牡蠣と、その煮汁を塩と一緒にドロドロに煮詰めたものだ。


 干した昆布なども入れており、その味はまさに旨味の暴力と言えた。


 地球でも日本でお好み焼きに使われていたソースには、意外なことに醤油などは使われていない。


 代わりに入れられていたのが干しデーツとオイスターソースだ。


 この辺りの海には地下水が湧き出る場所があり、海精アプカルル曰くその噴出口に大量の牡蠣が生息しているらしい。


 それを使えば、本物同然とは言わないまでも、近いソースは作れるようになるのだ。


 「うむ……少し熟成が足りない気がするが、こんなものだろう」


 ダンはお好み焼きを口にしながら呟く。


 ちなみにお好み焼き自体は、挽いたソルガム粉とキャベツ、そこにイカや貝などを入れた少し豪勢な海鮮類お好み焼きである。


 トマトや玉ねぎなどは、砂漠のど真ん中では熱すぎて育てづらかったが、この海沿いに関しては昼25℃、夜10℃とそれほど過酷ではない。


 恐らく温暖な南風と海水が保温して気温が安定しているのだろう。地中海性気候に近いと言える。


 なのでトマトや玉ねぎ、ぶどうなどもどんどん育てられる。


 これからこの地は、食文化の中心となるかも知れない。


 ダンがそんな事を考えながら、お好み焼きを食べているのを他所に、ふとこちらに近付いてくる一団が見えた。


 その集団は全員の視線を一身に引き受けながら、ダンに向かって真っ直ぐ向かってきていた。


 「おや? アダパくんじゃないか! 陸に上がって大丈夫なのか?」


 「うむ、我らとて体が乾かぬ内なら多少は陸に上がっても問題はないのだ。下半身が魚の者はそれも無理だがな」


 アダパはダンと軽く抱擁を交わしたあとこう続けた。


 「今日は酒と例の果実を購入しに来たのだ。魚を売って纏まった金も手に入ったのでな。どうも若い奴らはあの分けてもらった酒が気に入ったようだ」


 そう呆れたように言うアダパの後ろでは、他の海精アプカルルたちが無表情でうんうん、と頷いていた。


 「我らの場合は、直接飲むのではなくて海の中で水に溶かしながら飲んだほうが良いようだ。そうすることで、飲みやすくなって気持ちよく"酔う"という感覚を味わえたよ」


 「ほう! なるほど、それは盲点だったな」


 ダンは感心して声を上げる。


 確かに水の中に住まう彼らにとっては、海水とは即ち大気のようなものだ。


 空気中で直接飲むより、海水を介して飲んだほうが接種しやすいのだろう。


 「今後は若い奴らを使ってここに酒の買い出しに来ることになるだろう。今日はその案内だ。……ところで、そのやけに刺激的な匂いがするものはなんだ?」


 アダパは、ダンが持っているたっぷりとソースの掛かったお好み焼きを指差す。


 「ああ、これか? お好み焼きと言うんだ。今後ここで売り出すようになる新しい料理だ。食べてみるか?」


 ダンがそう言って自身の皿を差し出すと、アダパは「うむ」と頷いてお好み焼きを一切れ手に取る。


 「良ければ君たちもどうだ? 私はもう味見したからな。あとは君たちで食べると良い」


 「…………!」


 その言葉に、海精アプカルルの若者たちは、動揺しながら無言で顔を見合わせる。


 しかし、アダパの「イシュベールの思し召しだ。遠慮せずに貰っておけ」という言葉に、意を決して手を伸ばした。


 アダパの連れてきた若者たちは四人。ダンのお好み焼きもちょうど残り四切れなので、綺麗に売り切れた。


 「む……!? これは、美味いな! 特にこの黒いドロっとした汁が不思議な味だ。果実のように甘くて酸っぱい中に、ほんのり海の恵みの味もするような……」


 「お、鋭いな。それには君たちが取ってきた貝や海藻がふんだんに使われている。陸の恵みと海の恵みを両方合わせたのがそのソースだ。今後はここの特産にしようと思っている」


 「……まったく、若い奴らに買い出しは任せようと思っていたが、私自身がここに来る理由が出来てしまったな」


 アダパはよほど気に入ったのか、もぐもぐと一切れ平らげて、更に追加で一枚頼んでいた。


 「…………!」


 そして他の若者たちも、お好み焼きを口に含んだまま、コクコクとお互いに頷き合っていた。


 「よければ足が魚で陸に上がれない者たちにも、いくつか土産として買っていってやってくれ。料金は私が出す代わりに、後で感想を教えてくれるとありがたいな」


 「ふむ、我らのことまで気遣って頂いてすまぬな。では、お言葉に甘えていくつか持ち帰らせてもらうとしよう」


 アダパはそう言うと、いくつも皿の上にお好み焼きを重ねて、海の方へと向かっていった。


 ――そして、気が付けば屋台の周りには、お好み焼きに興味を惹かれて、大勢の人集りが出来ていた。


 ダンはそれを見たあと、料理を作るイーラたちに言う。


 「どうだ? まだ何枚か焼けそうか?」


 「は、はい! 材料はたくさん持ってきてるので……それに、何枚が作って慣れてきたので、一枚作る時間もそれほど掛からないと思います」


 「よし……なら今日は全員分の払いを私が持とう。材料が続くだけ皆に一枚ずつ試食で食べさせてやってくれ」


 「は、はい!」


 イーラはそう返事をしたあと、慌てて追加で焼き始める。


 「皆、今日この屋台の料金は全て私が持つ! 一人一枚ずつ試食していってくれ!」


 「おおおお!」


 ダンの言葉に、男たちは歓声を上げながら屋台に殺到する。


 その後は、目が回るような忙しさの中で、イーラたちは必死に屋台を回していく。


 ソルガム粉のお好み焼きは概ね好評で皆に受け入れられ、以後はこの地の名物料理となった。



 * * *


 

 「次なる巡礼へと行ってしまわれるか、イシュベールよ」


 ダンの見送りに来たアダパは、名残惜しそうに言う。


 しかしダンからすればアダパとの別れはこれで二度目である。


 前回の別れからさほど期間が空いてないことからも、そう言われても苦笑しか浮かばなかった。


 「まあな。君とはさほど遠くない内にまた会いそうな気がするが……」

 

 「……それもそうだな。海あるところに我らはどこにでも繋がっている。また、父なる水の館エアブズを御身が尋ねることもあるだろうしな」


 アダパはあっさりそれを認めたあと、他の者に挨拶を譲った。


 「ム……神サマ!」


 「ドルゴス君、今回は本当に助かった。また今度君の力を借りることがあるかも知れない。その時は頼んでも構わないか?」


 「当タリ前! 神サマ、役ニ立ツ!」


 ドルゴスはそう言って、まるで体当りするようにダンと軽く抱擁を交わす。


 「サンゾウくんも今回は助かったよ。また来てもらっても構わないか?」


 「もちろんです。俺らも、いつもと違うもん作れて楽しかったですぜ。あと、そろそろ温泉も完成する頃です。落ち着いたらまたいらして下さい」


 「お、そうか。楽しみにしているよ」


 ダンはドルゴスの後ろに佇むサンゾウと握手を交わす。


 緑鬼オーク族の温泉建設もそろそろ大詰めを迎えつつあるらしい。


 今のところはまだ外の客を呼べていないが、やがてロムールと国交を開設すれば、異種族と人間がともに同じ湯に浸かる光景が見られるようになるかも知れない。


 「それと……君たちはこれから魔性の森に向かい、そこで学校に通うことになる。そこの先生方の言う事を聞いて、しっかり色んなことを学んできてくれ。私ではない。君たちこそが、この不毛な砂漠の地を栄えさせる希望なんだ」


 「……! うす!」


 ダンの言葉に、黒妖ダークエルフ族の若者たちは威勢の良い返事をする。


 彼らも自分の未来に希望が持てたのだろう。


 ここに来たときと違って目に力が戻り、全身がやる気に漲っていた。


 「皆……私がいない間、この地のことをよろしく頼みますよ」


 「姫様ぁ!」


 「なるべく早くお帰りくだせぇ!」


 イーラの言葉に、黒妖ダークエルフ族の者たちは揃って別れを惜しむ。


 ひとまず後のことはアナに託してあるから問題はないだろう。


 金銀などの貴金属や宝石はダメだが、動力を必要としない道具や、剣やナイフなどの原始的な武器程度なら、作ってやっても構わないと許可を出してある。


 それにこの周囲は魔性の森から連れてきたビットアイが、百機以上護衛についている。


 白き館エバッバルでは既に一万機のビットアイの増産が進められており、その一部がここに送られてきていたのだ。


 滅多なことでは、幽魔アスラにも攻め入られることもないだろう。


 「……では、行こうか」


 「はい!」


 ダンの言葉に、イーラは強く頷くと、その背に付き従う。


 そしてハッチを閉める前に皆に軽く手を振ったあと、そのまま浮上していく船とともに、生まれ育った砂漠の地から初めて外へと旅立ったのである。




――――

明日はお休みです

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