第114話 貨幣鋳造


 「これは……!」


 イーラは天の館エアンナ内部の加工場にある、高くそびえ立つ、金色の壁を前に言葉を失っていた


 そこにはとんでもない量の黄金のインゴットが、見上げるほどに積み上げられていたからだ。


 120トンの金塊――単位だけを聞いても馴染みのないイーラにはどれほどのものか実感できなかったが、いざ見てみるとその威容に圧倒される。


 採掘技術の発達していないこの星においては、ここまでの金塊の量は大国しか保有しておらず、個人の保有する量としては断トツであった。


 しかし、産出どころか自分で黄金を生成できるダンにとってはさしたる感慨深さもない。


 そして金塊だけに飽き足らず、側には色とりどりの宝石類が乱雑に地面に転がっていた。


 人工のダイヤやエメラルドは、宇宙開発を行うダンからすればほとんどクズ石ではある。しかしこちらの星ではまだ価値があるだろうと作らせたものだった。


 「この内の半分を君たちにあげよう。あとの半分は私が都度色んなところに分散することになるが、それでもかなりの額になるだろう」


 「ほ、本当によろしいのですかっ!? こ、こんなの、国が買えるほどの大金じゃ……」


 イーラはそう顔を青くしながら尋ねる。


 ダンが飛ばされる前の地球では、金一グラムにつき二千円ほどのレートで取引されていた。


 それに換算するなら、60トンの金塊は十二億ドル、日本円にして千二百~三百億円に相当する。


 経済の発展していないこの星においては、中規模国家なら楽に買える金額ではあった。


 「私にはさして価値のあるものじゃないから構わない。……ただ、こんな一気に大金を持たせるのはあまり良いことにはならないからな。悪いが最初の方は私がお金の使い方を管理することになる。さしあたっては、金庫の方に細工をしておいた」


 「細工、ですか?」


 『—―説明しよう! この金庫は一年に一回、決まった量しか取り出せないようになってるよ! いわば使い過ぎ防止機能だね』


 二人の会話に急にアナがホログラムで割り込んで、そう説明し始める。


 「そ、その方が良いかもしれません。こんなにいっぺんに貰っても使い方が分かりませんから……」


 『大体20年で全部使い切る計算になるよ! 一年の決まった日に決まった量以外は絶対に取り出せないし、核ミサイルやビームで撃たれても壊れないくらい頑丈に作ってるから、計画的に使ってね〜』


 驚きつつもそう答えるイーラに、アナは自分の作ったものを誇らしげに紹介する。


 実際大した技術であるとダンも感心していた。これなら自分がわざわざ金を管理して渡す手間が省ける。


 ここからイーラたち黒妖ダークエルフ族には、この金を使って取引や交易を覚えていってもらわなければならない。


 その道筋を整えてやる金額としては十分である。


 「しかし……インゴットだと一つ一つが大きすぎて取引に使いづらいな。これらを全部金貨に加工出来ないか?」


 『出来るよ〜。どれくらいの大きさがいい?』


 アナは何でもないことのようにそう答える。


 どうやら金属加工に関しては本当に万能にこなせるらしく、ダンは遠慮なく要望を出した。


 「そうだな……金貨自体は7グラムぐらいが適当だが、純金となると強度に問題があるか。しかしそうなると銅や銀も必要になってくるが……」


 ダンはそうひとりブツブツと呟きながら、顎に手をやって考え込む。


 仮に銀や銅を用いて貨幣を作る場合は、その交換比率が問題となってくる。


 地球の相場においては、金は銀の二十倍以上の値が付いていた。


 金はその元々の価値だけではなく、半導体の素材としての需要もあって価格が跳ね上がっていたからだ。


 しかしそれはあくまで科学の発達した現代の話であって、過去には銀のほうが重宝されていた時代もあった。


 銀は砂金のように、鉱脈近くの川をザルで浚って簡単に採れるというようなことはないので、採掘にどうしても人的コストがかかる。


 それにマイクロチップのような工業的な需要も見込めない以上、この星ではそれほど金の価値は高くないのではないかと推測される。


 それらを加味して、銅銀金で1:100:1000くらいの交換比率が妥当ではないかとダンは予想した。


 銅を基準の一として、銀は同量の銅の百倍の価値があり、金は更にその同量の銀の十倍の価値がある。


 金を銅に換算したら千倍の価値になるということだ。


 これならそこまで極端に大外れすることはないだろう。それに、十倍、百倍とキリのいい数字で割り切れるのは、覚えやすいので貨幣として浸透しやすい部分もあった。


 「よし……それが終わったら、悪いが追加で銀を500トン、銅を1000トンほど生成しておいて欲しい。それで、金銀銅全てを7グラムを目安に硬貨を作っておいてくれ。合金の作成は出来るんだったか?」


 『出来るよ〜。材料と比率さえ指定してくれたらいくらでも』


 「そうか……なら銀貨にはシルバー925を。銅貨には青銅、金貨にはその青銅を混ぜて22金にしておいてくれ。これなら耐食性と強度とともに問題ないだろう」


 ダンの言葉に、『了解〜!』とアナからの気の抜ける返事が返ってきたあと、インゴットの山にロボットハンドが伸びて、レーザーで金塊を細かく刻んでいく。


 シルバー925とは名前の通り、92.5パーセントを純銀で作り、後の7.5パーセントは銅やアルミなどを混ぜた合金のことである。

 

 22金も91.7パーセントの純金と、あとの8.3パーセントは別の金属を混ぜて作った合金のことである。


 純金や純銀などは金属としては非常に脆いために、持ち運ぶ最中に硬貨が破損したりしないよう、合金で補強するのが基本なのだ。


 銅貨も然りで、合金にすることでさびにくく頑丈にする効果がある。


 (これで本格的に経済圏を作る目途が立ったな……)


 ダンは硬貨がどんどん作られていく光景を眺めながら、そんなことを考える。


 天の館エアンナのこの鉱物生成と金属加工の機能を、貨幣鋳造に使わぬ手はなかった。


 通貨の強さはその国の経済の強さに匹敵する。


 自由に鉱物を作れることで、金や銀の採掘量に左右されない、安定した強い通貨を作ることが出来るのだ。


 魔性の森やここ砂漠おいても、異種族の者たちは未だに物々交換を行っている者たちが主流である。


 最近はロムールとの取引でちょくちょく貨幣経済を理解する者たちも現れ始めたが、同胞同士のやり取りでは未だに物々交換が主流なのだ。


 ダンはこれを機に、物々交換は一切廃止して金銭取引のみに統一させようと考えていた。


 「……本当に私たちなどが交易で稼ぐことが出来るようになるんでしょうか? これまでずっと砂漠に引き篭もって、ろくに外の情報も仕入れてこなかったもので……上手くいく自信がなくて」


 イーラは不安そうに尋ねる。


 「大丈夫、少々失敗しても大丈夫なくらいの予算はある。……それに、最初は私の指定した者たちとだけ取引してもらう。それなら騙されずに済むし、言葉も通じる。それに徐々に慣れてきた頃に人間との取引を覚えればいいさ」


 ダンは安心させるように答える。


 イーラたち黒妖ダークエルフ族が使う言語は、魔性の森の住人たちが使う言語とほぼ同じであった。


 同じアヌンナキの遺跡の傍で暮らす者同士、恐らくどこかで歴史的な繋がりがあるのだろう。


 いきなり人間の国に出るより、魔性の森の住人達と海を隔てて交易するのが、最初は一番安心できるはずである。


 そして問題は海を超える方法だが――交易の件とは別件で、魔性の森との定期的に船が行き交うようになっていた。


 「アナ、エヴァとエアに連絡を取っておいてくれないか? こちらに向かう水の館エアブズに、商売に慣れた南の獣人ライカンと、各種族から体力のある若い働き手を募って連れてきてくれ。もちろん報酬はしっかり払う」


 ダンはそう指示を出す。


 ビットアイの増産の件で、水の館エアブズは魔性の森とこの砂漠の土地を行き来することは既に前から決まっていた。


 ならそのついでに人と品物を乗せて、交易を開始してしまえばいいとダンは考えたのだ。


 『オッケー、いいよ。他に何か伝言はある?』


 「あとは木材を積めるだけ持ってきてくれ。私が道を開通させた時に伐採した大量の木があっただろ? それを載せておいてくれ。高値で買い取ってやると言ったら、商売っ気のある奴が誰かしら来るだろう」


 そう指示を出すダンの横顔を見ながら、イーラは不思議そうに首を傾げる。


 ダンは聞かれる前に視線を受けてこう答えた。


 「大陸の南端に港を作ろうと思ってな。今後どこと交易をするにあたっても、きちんと港町を持っていたほうが良い。それにここはとにかく木材が少ないからな。周りに伐採するような高い木もない以上は、近くの魔性の森から持ってくるのが一番だ。あそこなら高くて丈夫な木はいくらでも手に入る」


 「なるほど……!」


 ダンのその言葉に、イーラは得心が言ったのか何度も頷く。


 それだけではなく、ダンはこの砂漠の地と魔性の森で経済を循環させる狙いもあった。


 魔性の森の住人たちを労働力として雇うことで、あちら側に貨幣を流通させ経済力が向上し、こちらにはインフラやまともな住宅が増える。両方を発展させることが出来るはずだ。


 ゆくゆくは互いに最大の貿易相手国となればいい。


 そんな構想を頭の中で描きつつ、ダンはイーラを連れて貨幣が鋳造されていく、天の館エアンナの加工場を後にした。


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