第113話 恵み
『どぅるるるるるる……』
下手くそなドラムロールを口で再現しながら、エヴァは期待が籠もった眼差しをダンに向ける。
「はあ……ノア、悪いが例のやつを頼む」
「了解しました」
ダンの言葉に淡々と答えたあと、ノアはコントロールパネルの上に手をかざす。
もはや三度目なので見慣れたものだが、イーラだけは今から何をするのか、興味深そうに見守っていた。
「情報共有開始……言語データを原シュメール語から地球公用語に変更……本機の一部権限を委譲……仮想人格構築……」
ボソボソと呟くノアを余所に、コントロールルーム内の壁に青白い光が走り、ぼんやりと部屋の中を照らし始める。
ホログラフィックパネルが激しく点灯し、ノアの周りにザッピングのような文字の羅列がいくつも浮かび上がっては消えて行く。
「仮想人格構築完了――おはようございます。起きて下さい、"アナ"」
ノアのその言葉と同時に、ホログラフィックパネルに新たに三つ目の光が宿る。
そして、それに小さな光が集まって一人の少女の姿を象った。
『――やあ、皆、はじめまして! ボクの名前はアナ! 機械いじりが得意だよ! よろしくね!』
そう言ってノアにそっくりの少女が、額にゴーグルを付けたまま、大きなスパナを片手に油の付いた顔をニカっ、と快活に綻ばせる。
服装はつなぎを着崩した姿をしており、中着には油染みの付いたタンクトップを着込んだ、いかにも現場気質の技術者という風貌をしていた。
「……ふむ、これまでと違って割とまともそうだな。この子は一体どういう人格なんだ?」
「"ボクっ娘メカニック少女系妹"とフォルダ名には書かれています。アナには機械や金属加工を担当してもらう上で、それに適した人格を付与しました」
「余計な属性がいっぱい付いているのが気になるが……まあ今までで一番普通に会話ができそうではあるな」
その説明に、ダンは納得したように頷く。
『あなたがボクのお父様? よろしくね!』
「ああ、よろしく頼む。君は一体何が出来るんだ? 詳しく教えてくれ」
ダンはそう尋ねる。
『金属関連なら大抵のことは出来るよ! 弾薬やパーツの補給。故障したメカの修理や整備、あとブラックホール炉で合金とか新物質とかも作れるよ! 作って欲しいものがあったらいつでも言ってね。設計図さえあれば大抵のものは作れると思うから!』
「ほう! 素晴らしいな。ならこいつは直せるか? 先程の戦いで銃身が折れてしまってな」
ダンはそう言って、ポキリと真ん中にへし折れてしまった、リニアガンを差し出す。
グガルアンナの突進を受け止めた時に銃身の真ん中が無惨に折れており、とても船では直せそうになかった。
『もちろん! 加工場に入れておいてよ! 後でお姉様から設計図貰って、元通りにしといてあげる』
「そうか、助かるよ」
その言葉にダンは満足げに頷く。
どうやらアナはかなり話の分かる娘のようだ。
エヴァのように騒がし過ぎる訳でもなく、エアのように変なクセもない、比較的接しやすい普通の少女のような印象を受けてダンも安心していた。
しかし、その時――
『あっ、ところでさあ、お父様って体の半分以上が機械なんだよね?』
「ああ、そうだが」
突如そう尋ねられて、ダンはどことなく不穏な空気を感じながらも答える。
アナは更にこう続けた。
『じゃあさ、じゃあさ! お父様は右手にドリルってどう思う?』
「……はあ?」
キラキラとした目で妙なことを聞かれ、ダンは思わず気の抜けた返事をする。
『も〜! 『はあ?』 じゃなくってさあ。ドリルだよドリル! 要るでしょ? パワーアップパーツ!』
アナはやれやれ、と言わんばかりに、ため息交じりに首を振る。
一体何を言っているのかさっぱり分からないがアナにとっては常識的な問い掛けらしい。
『おおー! 分かる! 分かりますよぉ! ドリルは男のロマンですからね!』
『でも……目からビームも捨てがたい……』
しかし、ダンより先に先程まで黙っていたエヴァとエアの二人が同調し始める。
『そうだよね! そうだよね! 分かってくれる人が居てボクも嬉しいよ! 考えたんだけどさ、お父様に変形機能を付けると最高に格好いいと思うんだよね! トランスフォーマーお父様って言うのかな!』
その会話を横で聞きながら、ダンはやはりアナも、『あの男』が作った仮想人格なのだと言うことを嫌と言うほど理解した。
「……そうか、よく分かった。お前には絶対に私の体はいじらせん。銃の修理に関しても色々考え直す必要がありそうだ。少しでもまともだと期待した私が馬鹿だった」
そうハイタッチしながら意気投合するAI少女たちを他所に、ダンは呆れたように言い放つ。
『わー! 待って待って、冗談だって! ちゃんと設計図通りにやるから! 銃の修理くらいはボクにやらせてよ!』
アナは慌てて引き止める。
冗談ということにしたいようだが、半分くらい本気のニュアンスが含まれていたことはダンも何となく察していた。
どうもマッドエンジニアのケがあるようなので、警戒して付き合っていく必要があった。
「……まあいい。そこまで言うなら任せるが……くれぐれも余計なことはするなよ。設計図通りにやれ。もし何かしらの手を加える時は、私かノアの許可を必ず取るように」
ダンはそう言って、銃身の折れ曲がったリニアガンを加工場の隅に置く。
『もっちろん! 完璧に直して調整もしてあげる! 大船に乗ったつもりで居てよ!』
アナはドンと自らの胸を叩いて誇らしげに言うも、ダンとしては全く安心は出来なかった。
しかし背に腹は代えられない。ダンの船の設備で銃の修理から弾薬の補給までやるとなると、かなり無駄な時間がかかる。
やや不安だが、アナを使って武器の開発や弾薬の量産体制を整えたほうが効率がいいのは確かだ。
ノアに監視と検品を任せておけば、少なくとも武装が謎のドリル兵器に改造されることもないだろう。
その辺りも加味しつつ、監視しながらもアナに兵器関連は任せることにした。
「今後はノアの指示に従い、他の妹たちと連携してことに当たれ。……あと、少し作って欲しい物がある」
『作って欲しいもの?』
ダンの言葉に、アナはオウムのようにそのまま聞き返す。
「ああ。ひとまず金塊を120トンと宝石類。あとはそれを保管する大きな金庫をいくつか作ってくれ。一部をここに残し、
『はーい、了解!』
「だ、ダン様、よろしいのですか……? 金なんて高価なものを私たちのために……」
横で話を聞いていたイーラはそう不安げに尋ねる。
120トンという単位がどれほどのものか理解は出来ていないが、金の価値は把握しているらしい。
「構わない。これは今までこの地を守ってきた君たちの正当な取り分だ。……ただ、いっぺんに使うと近隣の金の相場がめちゃくちゃになるからな。最初の方は私が管理しながら少しずつ渡していくことになる」
「わ、分かりました」
言われるがまま、イーラはコクコクと頷く。
地球においても、黄金王と言われた古代マリ王国のマンサ・ムーサ王が、エジプトで金のばらまきをやったおかげで、相場が暴落して十年以上のインフレーションが続いたと言われている。
そういう余計な騒ぎを起こして現地の環境を破壊したくないので、金の取り扱いには慎重にならざるを得なかった。
『とりあえず、銃の修理も含めて、三日もあれば用意出来ると思うよ! 終わったら連絡するからまた取りに来てね』
「うむ、分かった。後は頼んだぞ。……他の二人もな。ビットアイの増産について三人でよく相談しておいてくれ」
『アイアイサー!』
『うん、分かった……』
そう背中に騒がしい返事を聞きながら、ダンたちはその場を後にする。
少女たちは互いに意気投合しながら、ホログラムの中でまるで友達同士のようにキャッキャと騒ぐ。
その光景を見ていると、ダンは彼女たちの動きがただのよく出来たプログラムなのか、それとも別の何かなのか、判断が付かなくなって来ていた。
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