第112話 ドッキング
「ノア、この設備を"起動"させてくれ」
「了解しました」
ダンがそう指示を出すと、ノアは平坦な声で答えて信号を設備全体に送る。
次の瞬間――ゴゴン……と重い音と同時に、地響きを上げながら設備が浮上し始めた。
「なっ……なんですか! まだ敵が……!?」
「大丈夫、ただ地上に戻っていっているだけだ。安心してくれ」
焦るイーラの肩を支えながら、そう声を掛ける。
それを他所に、施設は鈍い駆動音を立てながらどんどん上に向かっていく。
いい加減地上までたどり着いた当たりで、ゴン、と鈍い音を立てて静止した。
「と、止まった……?」
「着いたな。よし、外に出よう」
ダンはそう言うと、二人を伴って出口に向かっていく。
中に入っていたのはたった一時間足らずだが、外の光はかなり懐かしく感じられた。
まだ日差しは中天を指しており、出口の周りには、急に変形し始めた遺跡に、なんだなんだと
「う、おおお! イシュベールだ!」
「お供の方もいらっしゃるぞ!」
「姫様? なんで中から??」
顔を見せるや否や、集まった
その声に応えるように、ダンは手を上げながら、そして全員に向かってこう宣言した。
「聞いてくれ! 皆がこれまで遺跡を守ってきてくれたおかげで、私は無事巡礼を終えることが出来た。
「お、おお……!」
ダンのその言葉に、全員が噛み締めるように声を上げる。
「ここに住まうもよし。別のところに移住するもよし。これから君たちは自由だ。使命を与えた者に代わり、私から礼を言いたい」
「う、うう……」
ダンの言葉に、集まった者たちは涙ぐむ。
特に老人は長い間ここで苦しい生活をしてきて、感慨深いものがあるのか泣き崩れていた。
「もちろん、ここで暮らすなら私がそれなりに生活を支援する。それがここを守ってくれた君たちに対する恩返しだ。今まで長い間本当にご苦労だった」
「おおおおッ!」
ダンがそう締めくくると、
皆でダンの名前を称えながら拳を突き上げる中で、その内の一人が空を指して大声を上げた。
「なんだあれは!?」
そう言われ皆が一斉に視線を向けると――そこには天から太いロープのようなものがシュルシュルと降りてきて、浮上した遺跡の方に向かっていく所であった。
ダンはそれが何か一目で理解した。
それはケーブルであった。
静止軌道上にある"ブラックホール炉"と地面にあるコントロール部と加工場を繋ぐためのものである。
互いにケーブルで繋いで、リフトを行き来させて生成した金属を地面に運ぶ"軌道エレベーター"である。
地球でも実用化されているさして珍しくもない技術だが、天から蜘蛛の糸のようにケーブルを垂らしてドッキングする様は、現地人の度肝を抜くのに十分な光景であった。
「安心してくれ! あれは危険なものじゃない。これこそが皆が守り続けて来たものの真の姿だ」
ダンがそう宣言すると、
そして、ダンは続けて言った。
「今から私たちは、改めてこの中を調べる。皆はこのまま元の生活に戻ってくれ。昼になるまでには戻ってくる」
それを聞いて、集まった住人たちはぞろぞろと解散して元の生活に戻っていく。
「あ、あの、私も皆と一緒に戻ったほうがいいですか?」
「いや、君も一緒にくるといい。共に戦った仲だし、君はここの族長の血筋だろう? 内部がどうなっているか知る権利はあるはずだ」
所在なさげに尋ねるイーラに、ダンはそう答える。
イーラはそれに嬉しそうに頷いたあと、改めて再び遺跡の中へと足を踏み入れた。
* * *
浮上した地下の遺跡は、ローマのパンテオンのようなドーム型の形状をしており、中心部の尖塔からケーブルを伸ばして、静止軌道上にあるブラックホール炉と繋がっていた。
どうやらここはこの星における赤道上に位置するらしく、軌道エレベーターを使用するのに最適な土地であるらしい。
施設の中心には、さきほど天から垂らされてきたケーブルが繋がっており、これを辿ってリフトが上下する仕組みとなっている。
「これがコントロールパネルか」
ダンは、ドームの端の別室にある、小さな端末を前にそう呟く。
そこにはこれまでと同じように、アクリル板の操作端末と、ホログラムを表示させるパネルが青白い光を放っていた。
「これは……なんて不思議な……」
イーラは人工的な光が形作る幻想的な光景に、キョロキョロと興味深そうに室内を見回していた。
「この施設の中枢だ。……多分ちょっとうるさいのがくるぞ。あまりびっくりしないでくれ」
「はい?」
その言葉の意味がよく理解できず、イーラはそう聞き返す。
しかしそれを他所に、ダンはパネルに手をかざした。
次の瞬間――
『いえーーいっ! どんどこどんどんどん! 三つ目の巡礼成功、おめでとうございまーす!』
『わー……パチパチ……』
大音量で大騒ぎするエヴァと、三角座りしながらやる気なさそうに手を叩くエアが、ホログラフィックパネルに表示される。
突如現れた二人の少女に、イーラは目を白黒とさせながら言葉を失う。
「あ、あれ!? ノアさん?? でもちょっと違うような……」
『おやおやおや〜? 誰だいこの可愛子ちゃんは! ニューヒロイン誕生って奴ですかい? 旦那も隅に置けやせんなあ』
『わかる……無双……チート……ハーレム要素……とても大事……』
「なに訳の分からんことを言っているんだ……。イーラ、こいつらの言うことは気にしないでいいからな。ノアとは似てるだけで全く別の生き物だ」
「は、はあ……」
ダンのその言葉に、イーラは釈然としないながらも頷く。
『あー! AI差別はんたーい! お姉様だけ優遇するのはやめろー!』
「やかましい。……そんなことはどうでもいい。それよりお前に頼みたいことがある」
『お父様が私に?』
ダンの言葉に、エヴァは自身を指差しながらそう聞き返す。
「ここにビットアイを連れてきて、彼女たちの住まう集落を防衛してやることは出来るか? この付近ではレーザーが有効な化け物が辺りをウロウロしていてな。何機が護衛がいるとありがたいんだが」
『あー、多分出来るよ?
「人工衛星か……。確か
『うんにゃ、今のままだと素材が足りないから無理だねえ。アルミが必要だし、そこで作ったら良いんじゃない? あと、ビットアイ自体も増産できるよ〜。最大一万機までおっけーだから、
「…………」
エヴァのその提案に、ダンは考え込む。
ビットアイの増産は、確かに最初の段階で機能としては紹介されていた。
しかしその時は探索するのが魔性の森周辺だけで、台数も現状で足りていたので、増産しようという考えが浮かばなかった。
だが、これからは事情が違う。
自分が目を配らせなければならない拠点が、海を隔てて二つに増えたのだ。
今後また別の館を巡礼した際に増える可能性を考えると、現状の台数と索敵範囲では少々心許なかった。
「――
黙って熟考していたノアが、そう新たな案を口にする。
『おおー! さすがはお姉様! そう言うことなら、多分二月もあれば、
「ふむ、それは確かに助かるな……」
ダンがそう言うも、エヴァは更にこう続ける。
『で〜も〜? その輸送経路を確立するには、そっちの
「はあ……やっぱりあれはやらんといかんのか」
エヴァの言いたいことを察して、ダンは深くため息を付く。
この流れも三回目なので、いい加減慣れてきたものである。
『まあまあ、そう嫌そうな顔しないで! 美少女が増える分には誰も損しないでしょ? それでは元気よく、"妹ガチャ"いってみよ〜!』
そう騒がしい声を響かせると同時に、エヴァはビシッと天を指差した。
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