第110話 イナンナの試練②


 「ブオオオオォォォーーッ!!」


 互いに膠着した空気を打ち破るように、グガルアンナは天を突く角を振り回しながらダンに向かって暴れ狂う。


 その様はまるで闘牛だが、重量にして1000トンは下らぬであろう巨体が高速で角を振り回すさまは、離れていても圧倒されるほどの迫力を有していた。


 恐らく角の先端にでも当たれば体が真っ二つになるだろう。


 ダンは十分に距離を取ったあと、背中に担いでいたリニアガンを構えて、グガルアンナの顔面に照準を合わせる。


 『生憎だが闘牛士マタドールになるつもりはない! これて吹き飛べッ!』


 そして、そう言い放った瞬間――ダンは引き金を引いた。


 キィィィン


 と金属が擦れるような音とともにリニアガンの弾頭が放たれる。


 空気の壁を破る音を響かせながら、弾頭は真っ直ぐ金属の猛牛の額に突き刺さる。


 弾頭は高温で瞬時に気化し、爆音とともに周囲に蒸気が噴き上がる。


 流石にやったか? そう思いつつ、じっと様子を伺っていると――


 「モ゛オ゛ォォォォォーーッ!!」


 蒸気の雲を突き破って、あろうことかグガルアンナはダンの居る真上に向かって突進してくる。


 『なっ!?』


 まさかその巨体で飛び跳ねるような真似ができるとは思わず、ダンは一瞬反応が遅れる。


 ――そしてそのせいで、相手がやみくもに振り回す角に薙ぎ払われて、ダンは強かに壁に打ち付けられた。


 『ぐっ!』


 「船長キャプテン!」


 ノアが珍しく声を上げながらダンの身を案じる。


 咄嗟に体の前にリニアガンを挟んで防御したことで、どうにか右手と頚椎が軽い損傷を受けるだけで済んだ。


 それがなければ体が真っ二つになっていただろう。


 しかし、しばらく運動機能を復旧させるまでまともに動けない上に、ダンの携行兵器の中で最も火力のあるリニアガンまで壊れてしまった。


 にも関わらず、グガルアンナは未だに健在である。


 先程ダンに撃たれた顔面は装甲が剥げて損傷は受けているものの、機能自体に全く影響は受けていなかった。


 「ブモオオォォォォォーーッ!!」


 地響きを起こしながら着地したあと、グガルアンナはぶるりと身を震わせる。


 その動きはまるで生き物のようであった。


 「モオォォォォォーッ!!」


 そして立て続けに咆哮を上げると、再び腹の下からいくつも小型のミサイルを撃ち出す。


 その数は数百を超え、未だ体勢を立て直せぬダンに向かって一斉に襲いかかる。


 「…………!」


 しかし、ダンのそばでノアがその体を支えながら、ニードルガンでミサイルを次々と撃ち落としていく。


 それでもミサイルの射出は延々と止まらず、このままではいつか捉えられると、


 「も、申し訳ありません、ダン様! ご命令に背きますッ!!」


 完全にその存在を無視されていたイーラが、グガルアンナの下に潜り込んで、その腹に目掛けてグレネードを投げ込んだ。


 腹の下にはミサイルの射出口があり、そこは装甲に守られていない、剥き出しの機械部位が覗かせていた。


 そこに、野球ボールほどのプラズマグレネード弾が放物線を描いて近付いていく。


 そして次の瞬間――


 バチィッ!


 と激しく放電しながら、青白い閃光を放ってグレネード弾が炸裂する。


 通常のグレネード弾と違って、プラズマグレネード弾は高密度な電気エネルギーを放出する。


 いわば"人工的な落雷"である。


 本来なら地面に向かって落ちる落雷ではあるが、対象に向かって強烈なパルスレーザーを当てて、雷の通り道となるプラズマを発生させる。


 その技術によって、任意の場所に雷を落とすことが可能なのだ。


 金属や電子機器の前で炸裂させれば、一撃でその電線や電気回路が過電流によって弾け飛び、その機能を失う。


 逆に生身に対しては安全装置が働くようになっているので、イーラが扱っても安全な兵器であった。


 「モ゙オオォォォォォーーーーッ!?」


 1万メガジュールを超えるエネルギーが一気に体の中を駆け巡り、グガルアンナは絶叫を上げる。


 ボンッ!!


 導電した腹部のミサイルも誘爆して、体の内部から大爆発を起こす。


 如何に堅牢な装甲を誇ろうとも、内部から爆発してはなんの意味もなく、グガルアンナの機械構造はぐちゃぐちゃに崩壊していく。


 「きゃあ!」


 その爆風の余波に吹き飛ばされて、イーラは地面を転がって気絶する。


 しかし、その直前に後ろに飛び退っていたお陰か、少し額を切ったくらいの負傷で済んだ。


 「ジ…………ジジ…………」


 もはやほとんど電子機能は働いていないのか、グガルアンナはノイズ音を発しながらも、ぎこちない動きでよろめく。


 それを見たノアは、装甲が剥げてむき出しになった相手の頭部に取り付いて、鋼鉄製の内部パネルを指の力で無理やり引っ剥がし始める。


 「……内部から"コントロール・コア"らしき信号を検知。直ちに摘出します」


 「ブモオオォォォォーーッ!!」


 機械であるにも関わらず、グガルアンナは生き物のように悲鳴を発しながらノアを振り落とそうと必死に頭を振る。


 しかしノアはガッチリと装甲を掴んで一切離れようともせずに、無表情のままグガルアンナの頭部をまさぐり続ける。


 ――やがて、幾重にもケーブルが張り巡らされた中枢に目的のものを発見したのか、手を突っ込んでケーブルをブチブチと無理やり引っ張り出していく。


 「ギィィィィィーーッ!?」


 それが決め手となったのか、グガルアンナは奇妙な甲高いノイズ音を発しながら、急速に抵抗する力を失っていく。


 最後は壊れたゼンマイ人形のようにギギギ、とぎこちなく体を動かしたあと、中途半端な位置に足を上げたまま、その動作を永久に停止した。


 「……対象の沈黙を確認。戦闘終了。負傷者の保護を優先します」


 ノアはそう言うと、ケーブルの纏わりついた金属製の球体をポイっ、と地面に投げ捨てる。


 コントロール・コアとおぼしき球状は、バチバチと放電しながら、しきりに緊急を示す赤色のランプを点灯させる。


 しかしそれに応える体は既になく、今はただ抜け殻のようにぼんやりとその光を見下ろしていた。

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