第108話 アクシデント


 次の日。


 ダンは宣言通り出発の準備を終えて、イナンナの館の前に立っていた。


 総勢数百人の黒妖ダークエルフ族が遺跡の前に集結し、ダンの見送りに立っていた。


 ――しかし、その中にイーラの姿はない。


 (仕方ないな……。どうしても彼女の気持ちを裏切ったような形になってしまうが……)


 ダンはイーラの気持ちに関してはある程度察してはいたが、気付かぬふりをして無視をしていた。


 彼女がダンの顔をじーっと見つめたり、目が合うと急に顔をそらしたり、はたまたどこにでもトテトテ後ろに付いてきて、妙に距離感が近かったり、心当たりは山ほどあった。


 だがそれだけだったら、あるいは思い込みや自意識過剰というだけで片付いたかも知れない。


 しかし、ダンは視界から相手の体温や心拍数の上昇、表情筋の変化などを察知し、ある程度の心理状態を解析する機能を有していた。


 結果として、99パーセント以上の確度で、イーラはダンに何かしらの特別な感情を抱いていることは読み取れたのだ。


 (まあ……吊り橋効果だろうな。今にも死にそうな絶望的な状況で私が現れたから、その感情を誤認しているだけだ)


 ダンはそう断じる。


 イーラは見た目には15、6歳の少女にしか見えず、その上、自分は機械の体である。


 そんな状態で思いを寄せられても、ダンとしては応じられようはずもなかった。


 『準備ができました』


 ダンがそう懊悩していると、ノアから突如通信がかかる。


 これから館を攻略するに従って、ノアを出動させると同時に、黒妖ダークエルフ族たちにお披露目する意味もあった。


 「分かった。装備を持って出て来てくれ」


 ダンがそう指示を出すと、しばらくして船のハッチが開き、大型の重火器を担いだノアが姿を表す。


 「うおお! すっげえ美人だぞおい……!」


 「あの人がイシュベールの部下の人?」


 「こら姫様勝ち目ねーんじゃ……」


 「うちの姫様の方が可愛いに決まってるでしょ!」


 ノアの姿を初めて見て、集まった黒妖ダークエルフたちは、そう好き勝手に感想を述べる。


 イーラは決して不美人な訳ではなく、むしろ細身な美男美女揃いの住人たちの中でも、頭一つ抜けて整った顔をしている。


 将来的に美人になるのは間違いない美少女なのだが、それでなお天才的な技術を持った変態が、究極の美少女ドールを目指して創ったノアには一歩及ばなかった。


 「皆に紹介しよう! これが私の相棒であり、最も信頼する部下であるノアだ! 私と彼女二人で、天の館エアンナを攻略する。皆もどうかここで無事を祈ってて欲しい」


 「お、おおー!」


 イーラがいないせいか、何故か返事にも歯切れが悪い。


 一族の者たちも何人か探しに出ているようだが、未だに見つかっていないようだ。


 だがもう良いだろう。


 見送りの言葉を交わせなかったのは残念だったが、わざわざ隠れているのを引きずり出してまで聞くものでもない。


 無事帰ってきて相手の気持が落ち着いたなら、また元通り話せるときも来るだろう。


 今はただ、本来の目的に向かって進むだけであった。


 『では、行ってくる』


 ダンはそう言うや否や、ヘルメットを展開して顔面を保護する。


 そして、黒妖ダークエルフ族たちの見送りを背に、遺跡の中に足を踏み入れた。



 * * *



 天の館エアンナ白き館エバッバルと同じピラミッド型の形をしていた。


 しかし唯一違うところは、鍵となる砂の台座は外にあるのではなく、中――大きく口を開けた横っ腹の出入り口から、更に奥に入り組んだところにあった。


 およそ半径百メートルにもなる大きなドーム型の建物の内部に、それはポツンと立っていた。


 もはや勝手知ったるなんとやらで、ダンはその台座に手を掛ける。


 しかしその時――


 『おかしいぞ、なんだこれは……』


 ダンは砂で満たされた台座を前にして困惑する。


 そこには――ダンが予想してなかった並びで、鉄柱が配列されていたからである。


 『これは、アルデバランにプレアデス星団? もう一度"牡牛座"だぞ。別に一度使った星座を使っちゃいけないなんて法則はなかったが……何かあるんじゃないか?』


 ダンはそう訝しむ。


 「ウトゥとイナンナは、神話上では"双子"の兄妹となっているそうです。……また、"牡牛座"は本来、イナンナに付き従う聖獣、"天の牡牛グガルアンナ"が元となっています。なので、むしろこちらが正当と言えるでしょう」


 ノアはそう淡々と冷静に分析する。


 『だとしたらまだ何か白き館エバッバルに隠されてそうだが……まあいい。今は眼の前のことに集中しよう』


 ダンはそうさっさと割り切ったあと、砂の台座の上に線を描いていく。


 鉄柱同士を星座になぞらえて線を繋ぎ合わせたあと、ダンは台座から手を離す。


 そして次の瞬間――ガタン、と何かが外れる音と同時に、砂の台座が床に飲み込まれていく。


 それと同時に、ゆっくり床自体が真下に下がり始めた。


 『決戦は地下か。どこまで下がるのか知らんが――』


 「イシュベールっ!!」


 ダンがそう言い終わる寸前に、突如として頭上から声が掛かる。


 そして小さな黒い影が飛び込んでくると同時に、足場の上にスタッ、と5メートルほどの高さから降り立った。


 『なっ……!? 何をやってるんだ、君は!』


 「ど、どうか私も巡礼に同道させて下さいッ! 危険なのは承知しています! 決して足手まといにはなりません!」


 そう言って、イーラはダンの前に深く頭を垂れる。


 『何をバカなことを……そんな短刀や弓ごときでは話にならん! 死にに来たようなものだ!』


 ダンはイーラの粗末な装備を見てそう声を荒げる。


 「だったら、私を囮として使って下さい! 戦いにお役に立てずとも、せめて御身の盾ぐらいには……!」


 『そんなこと出来るはずがないだろう! 来なさい!』


 「きゃっ!」


 ダンは急いでイーラを横抱きに担いだあと、ジェットパックで真上に飛び上がる。


 足場はどんどん下がって行っているが、高さはまだ五十メートルほど。


 飛び上がって上に戻せないこともなかった。


 しかし――


 『クソッ!』


 バン!


 と激しく音を立てて地上への扉が閉まる。


 未だ下り続ける足場に自由落下しながら、ダンはジェットパックをふかして軟着陸を果たした。


 そして、腕の中でぐすぐすと泣き始めるイーラを見て、うんざりしたように天を仰いだ。


 『なんてことを……! 君は自分が何をしたか分かっているのか!?』


 「も、もうしわけ、ありませっ……わ、わだし、イシュベールと一緒にいたくて……! ごべんなさいっ……!」


 『まともに向き合おうとしなかった私のせいでもあるか……』


 ダンはそう言って深く溜息をついたあと、イーラをその場に座らせる。


 そして、声を荒げるでもなく、言い聞かせるように言った。


 『……いいか? ここに来てしまった以上、もはや後戻りはできん。天井は塞がれ、恐らく突き破ることも出来んだろう。この先には、骨兵スケルトンなどとは比べ物にならない、とてつもなく強大な敵が待ち受けている。君は危険な死地に自ら足を踏み入れたことを理解してくれ』


 「……! は、はい……!」


 その言葉にイーラは涙を無理やり振り払って、覚悟を決めた表情で頷く。


 『正直、私たちも君を守りながら戦う余裕などない。自分の身は自分で守ってもらう必要がある。……だから、これを君に貸し出そう』


 ダンはそう言うと、自身の武装の中から、高周波振動ナイフヴァイブロブレードと、プラズマグレネードを手渡した。


 訓練も受けていない人間がいきなり銃火器を使うのは、同士討ちを誘発する元になる。


 だが、使い慣れたナイフと投げるだけのグレネードなら、まだ何とか扱えるだろう。


 『使い方は後で説明する。……だが、ここに来た以上、君も一端の戦力として数えられる! つまらん泣き言も、安易に死を選ぶことも私は一切許可しない! 私の気を引きたいのなら、なんとしても生き伸びて戦士としての価値を示せ!』


 「……は、はいっ!」


 そうダンに発破をかけられ、イーラは目に炎を宿らせんばかりの勢いで頷く。


 先程のジャンプを見た感じでは、身体能力はかなり高そうに見えた。


 彼女自身剣を取って骨兵スケルトンと戦ったこともあるらしいので、それなりの戦闘の心得もあるのだろう。


 しかし、出てくるのはどんな凶悪な武装を持っているかも分からない兵器である。


 そんな相手にあんなナイフ一本では、慰めにしかならないはずだ。


 まるで怪物が大口を開けているように見える、広大なドーム型の室内の中を、ダンは重苦しい足取りで試練へと挑むのであった。

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