第106話 収穫
それから二ヶ月後――。
「イシュベール! もうこんな大きな実が付きました。どうぞお収め下さい!」
そう言って、イーラは収穫したばかりのマンゴーをダンに差し出してくる。
ダンの提供した種は成長速度を倍以上に強化した作物であり、当然その成果が出るのも早い。
多少外れた環境でもぐんぐん育ってくれるが、今回はダンが適切な環境を整えたことで、当初の予定より遥かに早く育ち切ってしまったのだ。
今日は初の収穫祭として、ダンに最初の収穫物を食べて欲しいと、皆が願い出てきた形だった。
「うむ、いただこうか」
ダンはそう言ってマンゴーを受け取ったあと、腰のナイフで半分に割く。
断面を見ると瑞々しく、果肉がしっかりと詰まって、実に美味そうなアップルマンゴーが実っていた。
ダンはそれを一口大に切り取って、ナイフの先端を突き刺して口に運ぶ。
咀嚼した瞬間――果実の芳醇な甘さと、フレッシュな瑞々しさが口の中に広がっていく。
収穫したてなので追熟は足りていないが、これでも十分に売り物になるレベルの美味しさであった。
「……うん、美味い! いい出来だ。これなら人間たちだって買いたくなるだろう」
「…………!」
ダンがそう言った瞬間――全員が一斉に手を叩いて喜び合い、歓声が上がる。
ほとんどダンとノアの力で畑を作ったとはいえ、普段から作物の手入れをしているのは彼女たち女性陣だ。喜ぶ権利はあるだろう。
「今日の仕事は一日休みにしよう! 皆で初めての収穫を分かち合う日にしようじゃないか」
「おおおお!」
ダンがそう言うと、
ここ最近は農業を安定させるために、皆働き詰めであった。あまり根を詰めすぎるのも事故の元なので、ここらで息抜きをさせた方が良いと判断したのだ。
それをきっかけに、
「……なんだこれ、すっげえ甘え!」
「瑞々しくて美味しいわね!」
「神々の果実とはまた違った甘さだな」
「あの骨どもからこんな美味いもんが出来るなんてな……」
マンゴーを運びながら、
皆、徐々にだが骨粉肥料の重要性を認識しつつあった。
ちなみに彼らの言う"神々の果実"とは、元々この地に自生していた
彼らはそれを神から賜った果実として、干したりそのまま食べたりして主食代わりに常食していたのだ。
また発酵させて酒にもしていたようで、
これからも農業に力を入れていけば、もう少し食卓も豊かになり、この過酷な環境を生き抜いていく活力が身に付くだろう。
それまでは、ある程度面倒を見てやるつもりであった。
「イシュベール! この果実はどう調理するのが良いのですか?」
イーラがマンゴーを片手にそう尋ねる。
「そのまま食べるのもいいし、保存を効かせたいなら、干して乾かすのもいいな。変わった食べ方では、皮付きのまま火で焼く"焼きマンゴー"なんてものもある」
「焼きマンゴー……少し試してきますね!」
イーラはそう言うと、女性陣を引き連れてかまどの方に向かっていく。
早速作物の有効活用法を研究しているようだ。
ダンはそれを他所に、畑の様子を見に行くことにした。
ほとんど砂だけだった円形の畑は、今や緑の草で生い茂り、早くもその成果を実らせつつあった。
マンゴーと同様に成長が早いのがソルガムである。
既に二メートルメートルほどの丈に育ち、いつでも収穫できる状態となっていた。
ソルガムは挽いて粉にすることで、パンやクッキー。またはお好み焼きにすることも出来る。
キャッサバと同様に主食を担う役割を期待出来る作物である。
そして、その円形の畑の中心には、まるで両腕のように伸ばした鉄の配管が手を広げている。
これがセンターピボットの軸となる"散水機"である。
両端に伸びたアームが、水圧の力でコンパスのように円形の畑の上を回りながら、スプリンクラーヘッドから霧状の水を吹き出して水やりをしていく。
これによって最小限の手間で全体の水やりが可能となり、使用する水も最小限で済むのだ。
やり過ぎると水資源が枯渇したり、塩害が発生したりというデメリットもあるが、規模を弁えてやる分にはそんな問題が起きることもないだろう。
水源はオアシスに設置した手押しポンプで汲み上げており、水を通すと水圧でアームが回る構造になっている。
本当は全部電気で自動化しようと考えていたが、現地人に再現不可能な技術をいきなり与えるのは余計な騒乱を起こしかねない。
手押しポンプくらいなら、現地人に多少技術供与すればすぐに再現できる。世情をガラリと変えるほどのインパクトはないだろうと判断した。
「まだまだだが、後は本人たち次第といったところだな」
ダンはそう一人呟く。
既に前に進むための道筋は立ててやった。
カナートもノアがぶっ通しで作業してくれたおかげでほとんどが掘り終わり、後は水を通す開通式を待つだけになっている。
壊れていた家屋の補修もなんとか終わったので、ひとまず
まだまだやりたいことはある。
しかし、あまりこの場に長居し過ぎて、本来の目的を忘れるべきではない。
あともう少しだけ肩入れしてから、本来の目的に戻ろうと考えていた。
* * *
更に十日後。
灌漑農業が本格化し始め、どんどん収穫出来るものが増え始めた頃――ダンは一旦南の砂漠地帯を離れ、
あらかじめ頼んでいたものが出来上がったという連絡が、ノアを介して来たからだ。
ダンが指定された海域に急行すると、そこには連絡通り巨大なウミガメが海上をたゆたっていた。
それに近付くと背中の甲羅がパカリと開いて、まるで招き入れるように、真下に着地できる足場が現れた。
エンキの館、
「なんともおあつらえ向きな場所だな」
『着地致します』
ノアのその言葉とともに、徐々に船が降下を始めて、甲羅の中へと無事降り立った。
久々に見た
ハッチを開いて足場に降り立つと、突如として館内に声が響き渡る。
『フヒ……お父様、お姉様……いらっしゃい』
その声と同時に――エアの姿が、
「……お前、そんな事ができたのか」
『えへへ……悪の総帥ごっこ。船内の補修するときについでに改造した。海に住んでる子たちに連絡する時に使ってるの』
エアは大画面で、ニタリと卑屈な笑みを浮かべながら言う。
「それで、出来たんだって? 私の体が」
『うん……。お姉様の体は元がないからまだ時間がかかるけど、お父様の体はできた。私の部屋に取りに来て』
「うむ、分かった」
ダンはそう答えると、コントロールルームの扉を開いて中に足を踏み入れる。
相変わらず大量に立ち並ぶアクリルの培養器を横目に、ダンはホログラフィックパネルの前に立ち止まる。
そこには、最初に会ったときと同じように、三角座りをしながら、エアがにへらと笑みを浮かべていた。
『出来たのは三つ……。人間の子供と、
「お前に子供時代はないだろ……。そんなことの為に創らせたんじゃない。今回は別件で必要だからだ」
ダンはそう言いながら、すぐ傍のアクリルケースで培養されている、自分の細胞から作った体を眺める。
そこには、まさにダンの少年時代と瓜二つの子供が培養液の中に眠っていた。
この体は、
あえて敵と思われる相手の懐に飛び込むことで、"魔法"というものの正体を掴む狙いがあった。
『自律呼吸は出来るけど頭の中身はほとんど空っぽ……。でも、遠隔操作は出来るよう中枢神経と接続したコントロールセンサーが入ってる。多分違和感なく感覚共有出来るはず……』
「分かった、ありがとう。ところで、
『そこは周りに馴染めるよう調整した。森の
「お前にそんな悲しい過去はないだろ……。記憶を捏造するんじゃない。……まあともかく助かったよ。ではこの三体は船内のコールドスリープ装置で保存しておこう」
ダンの返事に頷いたあと、エアは更に続けた。
『あと、ロバさん、ラクダさん、いっぱい出来た。この子たちも持って帰って』
そうエアが言うと、コントロールルームの奥から、まるで示し合わせたようにパカパカと音を立てて、子供のロバとラクダが出てきた。
「お、そうか。早かったな」
ダンはそう答える。
ロバとラクダは、砂漠に住まう
『動物は、人型と違って簡単……。三日もあれば創れる。一応、雄と雌を半分ずつ。クローンだけど近親交配にならないよう、遺伝子は遠ざけてある』
「改めて考えるとすごい機能だな……生命が創れるとは」
「フンス、フンス!」
「プエェェェ!」
ダンは、奇声を上げながら足元に突進してくる子ロバをあやしながら言う。
見たところ、奇形やおかしな遺伝子異常を持っている様子もない。健康なロバそのものであった。
『うう……皆行っちゃうのね。また私は一人ぼっち……。うんちやおしっこの片付けをしなくて良いのは助かるけど……』
そう言われて、改めて部屋の中の匂いを嗅ぐと、どこからともなく獣臭い匂いが漂ってくるような気がする。
どうやらこのコントロールルームでしばらく世話をしていたせいか、臭いが移ってしまったらしい。
「なんというか……面倒をかけたようですまん。だがこれで砂漠に住む者たちも荷役に困ることはないだろう」
『大事にして、あげてね……』
そう寂しそうに言うエアに頷いたあと、ダンはロバやラクダの子供たちを引き連れて、船の格納庫に連れて行く。
ロバとラクダは、酷暑で乾燥した土地に適応した家畜である。荷役としての適性も高いので、行商をするにしてもかなり役立つはずだ。
家畜なら最悪潰して食べることも出来るので、無駄のない陣容と言えた。
その後は、自分用の体も船内に運んで、
* * *
「イシュベール! これは……!」
「プエェェェ……」
集落に帰還すると同時に、ダンは格納庫を開けて、中の家畜たちを外に放つ。
「これはラクダとロバという動物だ。荷物運びをさせることもできるし、乳をしぼって飲むこともできる。潰して肉にすることも出来るぞ」
「か、かわいい……!」
ダンがそう説明するのを他所に、イーラたち女性陣は、コロンと寝転んでつぶらな瞳で見上げる子ロバやラクダたちに、すっかり夢中になっていた。
「えー……とりあえず、餌にはソルガムの収穫後のワラを食べさせてやればいい。まだ子供だが、大きくなればきっと皆の役に立つ家畜になるだろう」
「この子たちに名前はあるんですか?」
イーラは目を輝かせながらそう尋ねる。
もはや役立つ家畜と言うより、愛玩用のペットとして可愛がる気満々のであった。
ロバたちも、ダンや他の男性陣にはやたらと反抗的だが、女性陣には従順に愛嬌を振りまいていることから、相手を見て媚を売っているようである。
「どの子にも決まった名前はないな。良ければ君たちで付けてやるといいんじゃないか?」
「よろしいのですかっ!?」
イーラはそう言うと、女性陣で家畜たちを取り囲みながらキャッキャと盛り上がる。
最初の予定とは微妙に違ったが、まあ喜んでもらえて良かったと、ダンははしゃぐイーラたちを見て微笑むのであった。
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