第103話 オアシス


 「よし、どうやら着いたようだぞ」


 「えっ、も、もうですか?」


 黒妖ダークエルフ族を乗せてから、ほんの二十分ほどで、天の館エアンナにたどり着く。


 そのあまりの速さに、イーラは水で満たされたコップを持ったまま、キョトンとする。


 「あの……私たち、二日かけてあそこまで歩いていたのですが……」


 「それに関してはすまんとは思うが……大した距離ではなかったものでな。人の足ならかなりのものだが、この船ならまあそんなものだろう」


 それを聞いて、イーラはテーブルの上に突伏する。


 「私たちの苦労は一体……」


 「まあその……気にするな。結局は助かったんだから」


 ダンがどう声を掛けたものか戸惑っている内に、船は着陸態勢を取る。


 反重力装置のおかげでほとんど振動もなく降り立ったあと、ノアのアナウンスが響く。


 『天の館エアンナに到着致しました。外気温は摂氏38℃。風速三メートル。天候は"晴れ"です』


 「随分と暑いな。到底人が住める環境とは思えんが……まあいい。降りようか」


 「……! はい!」


 ダンがそう言うと、イーラは慌ててテーブルから起き上がって、その後ろに従う。


 ハッチを開けて外に出ると、そこには――半分砂に埋もれたような崩れかけの集落と、その中心にウトゥの白き館エバッバルで見たのと同じような、古びた砂岩の遺跡が建っていた。


 恐らくあれが天の館エアンナの入口なのだろうが、名前とは裏腹にそれほど高い建物ではない。


 しかし、どうせ本体は地下にあるのだろう。今はそれを調べるよりも、優先することがあった。


 「こんなところに住んでいたのか……? 悪いがまともに生活できるとも思えんぞ」


 ダンはもはや廃墟と化した集落を見てそう感想を漏らす。


 「いえ……私たちが去ったあとに、どうやら幽魔アスラの襲撃があったようです。酷い……こんなに壊すなんて……」


 イーラはもはや原型を留めない故郷に、膝から崩れ落ちそうになるも、何とか気を持ち直して言った。


 「……ですけど、オアシスさえ戻ればまだやり直せます! まだ、この場所は終わってはいません!」


 「その意気だ。それじゃあ、水場まで案内を頼むぞ」


 ダンがそう言うと、イーラは「こちらです」と言って、集落から外れた場所に誘導する。


 見るとそこには――ほんの数日前まで水で満たされていたであろう、水場の痕跡が残されていた。


 今はすっかり干上がった砂の窪みだけが残されており、その中心には、かなり深くまで掘り返した跡があった。


 「一族総出で掘り返したのですが……どこまで行っても水は出ず、それどころか硬い岩盤に突き当たってこれ以上進めなくなりまして……」


 「うむ、分かった。――ノア、採掘用のドローンを使って、地面をスキャンして、付近の水場とその規模を算出してくれ」


 『了解しました』


 そう返答がきた次の瞬間、突如船の方から、パタパタと回転羽ローターを回転させながら、一機のドローンが近付いてくる。


 「!? な、なんだこの虫は! イシュベールに近付くな!」


 「あー、待った待った。それは私の道具みたいなものだ。危ないものではないから気にしないでいい」


 腰の短刀を抜いて斬りかかろうとするイーラを、ダンはそう言って引き止める。


 それを他所に、ドローンは黒妖ダークエルフたちの掘った穴の中に入り、地面をスキャンし始めた。


 ミュオグラフィと呼ばれるその技術は、ミューオン粒子という宇宙線を地下に照射して、組成情報を画像化する、いわば地球のCTスキャンである。

 

 これによって、地下1キロメートルの深さまで透視することが出来た。


 『報告します。当該位置から東方向に二百メートルほど進んだ先に、幅六百メートルを超える巨大な地下水路を発見しました。このオアシスは、その水路の支流が地上に露出して水が湧き出ていたようです』


 「ほう、ならなぜ今は水が止まっているんだ?」


 ダンはそう尋ねる。


 『なんらかの障害物が水路を塞ぎ、支流をせき止めているようです。掘り返して、障害物を取り除きますか?』


 「ああ、頼む。ひとまず黒妖ダークエルフたちには一旦格納庫から出てもらって、その間にマルチプルワーカーを出動させてくれ」


 「?」


 急にブツブツと独り言を始めるダンに、イーラは首を傾げる。


 しかしそれを他所に、ダンはノアとの通信を終えると、イーラに向かって笑いかける。


 「いい知らせだ。どうやらまだオアシスは生きているらしいぞ」


 「ほ、本当ですか!?」


 「ああ、だがその為にはもう少し掘る必要がある。一旦船から君たちの一族に出て貰わなければならない。協力してくれるか?」


 「もちろんです! すぐに皆を招集します!」


 イーラはそう言うやいなや、すぐさま船へと駆け出す。


 ダンがそれに続いて船にまで戻ると、ノアはハッチを開けて、黒妖ダークエルフ族の避難民たちは、外に出て驚いた顔で周囲を見回していた。


 「ここは……!?」


 「も、元の集落じゃないか! なんでこんなところに……」


 「みんな、聞いて! 私たちのオアシスはまだ死んではいない! ここにおわすイシュベールが、私たちの水場を見つけてくれたの!」


 そうイーラが声を上げると、黒妖ダークエルフたちはにわかにざわつく。


 彼女は、それにも構わず続けて言った。


 「だから……後もう少しだけオアシスを掘るのを手伝って! 水場を蘇らせて、私たちの故郷を取り戻しましょう!」


 イーラがそう訴えかけると、彼女の同族たちは一斉に声を合わせる。


 「そ、そうだ……姫様の言う通りだ!」


 「みんな、諦めずにもう少しだけ頑張ろう!」


 「おう! 休んだ分、体力も戻ってきたぞ!」


 「いやちょっと待った! 言葉足らずで私も悪かったが……君たちは別に何もする必要はないぞ?」


 「えっ?」


 盛り上がる黒妖ダークエルフたちを他所に、ダンが済まなそうにそう声を掛ける。


 「で、では、我が一族の者たちを外に出したのは……?」


 「単純にマルチプルワーカーを外に出したかっただけなんだ。すまん」


 そう何故か謝るダンを他所に、格納庫の奥からギャリギャリと無限軌道の音を立てて、マルチプルワーカーが姿を表す。


 「こ、これは……銀色の、大きなサソリ??」


 アームが両側に二本付いた、蟹のような見た目をしたマルチプルワーカーを、イーラはそう表す。


 「まあ見ていなさい。……ノア、水路を掘り起こしてやってくれ」


 『了解しました』


 そうノアから返事が返って来るや否や、マルチプルワーカーは人混みをかき分けて、砂煙を巻き上げながらオアシスの中心に移動する。


 ――そして、ガシャンガシャン、と全身を躍動させながら、十秒間に一立方メートルというとんでもない速度で大地を掘り始めた。


 人間ならとてもこなせそうもないマルチタスクを、ノアは人工知能の僅か5パーセントほどの容量でこなしながら、大きな地下水路のある東側に掘り進めていく。


 やがて、ジャリ、とショベルの先に湿った砂が当たり、マルチプルワーカーはその先の水路をこじ開けるように、アームをねじ込ませた。


 そして次の瞬間――


 ドパン!


 と音を立てて水が吹き出すと同時に、急激にオアシスの水位が上がってくる。


 「うおおお!」


 「水だ! 水が出たぞッ!」


 その勢いたるや、地上から見て水柱が立つほどで、その様子を見守っていた黒妖ダークエルフたちから盛大な歓声が上がる。


 しかしその時――吹き出した水に乗じて、何者かが地上に現れる。


 それは襤褸切れを纏った人間の骨が、カタカタと音を鳴らして、こちらに走ってくるところであった。


 「なんだあの妙なものは?」


 「幽魔アスラです! こいつらがオアシスの底に潜んでいたせいで……!」


 イーラはそう忌々しげに言うと、腰の短刀を抜いて戦いの構えを取る。


 その数は二十体を超えており、一体一体が剣や弓などで武装している。


 彼女一人で相手にするには、いささか荷が重いように思えた。


 しかし次の瞬間――


 『敵性個体を感知。ただちに排除します』


 そう通信が入ると同時に、マルチプルワーカーのアームが骨人形たちを一発で全て薙ぎ払う。


 バキャッ、と乾いた音と同時に、粉々に砕けた骨が高く宙を舞い、イーラはそれをキョトンとした顔で見守る。


 それでもなお、骨たちはバラバラのまましばらくカタカタ動き続けたあと、やがてそれすら無くなり完全に沈黙する。


 『排除完了しました』


 「終わったそうだぞ」 


 「はい……」


 何故かガッカリしたようにイーラは短刀を仕舞う。


 だが、目の前で以前にも増して、滾々と水を湛えるオアシスを前にして、再び笑顔を取り戻した。


 「オアシスが蘇った……!」


 「我らの命の源だ!」


 そう言うや否や、黒妖ダークエルフ族たちはオアシスに殺到して、中に飛び込む。


 ずっと砂の上を歩き続けてきたからか、水浴びをしたい欲求が抑えきれなかったのだろう。


 正直、まだ水路を広げる作業が残っているので後にして欲しいところではあったが、


 「まあ、いいか」


 その涙ながらに喜んでいる姿を見ると、水を差すような気も薄れる。


 どうせなら自分も入るかと思い、ダンは軍服のままその輪の中に混じっていった。

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