第101話 絶望の熱砂
その後、
ダンの要望した、自分の細胞を使った肉体とノアの新しいボディに関しては、出来上がるまでしばらくかかるということなので、その間に他の用事を済ませることにしたのだ。
「イシュベール、もう行ってしまわれるのか? ここに居る者たちも、もう少し御身と話したそうにしているぞ」
そう言うアダパの後ろでは、海の異種族たちが勢揃いして、ダンの見送りのために海上に集まっていた。
「それは嬉しいが……私がここにいてももうすることがないからね。いつかすべき事を終えた暁には、ゆっくり話す時間もあるだろう。それまで皆、どうか怪我なく健やかに過ごしてくれ」
「うむ、イシュベールは大きな定めを持つ身故に仕方あるまい。もし御身が我らの力を必要とすることがあれば、ここ
そう宣言するアダパに、他の異種族たちも深く頷く。
彼らにとって、ここ
全ての生命の創造主たるエンキが眠る場所であり、自分たちの種そのものの故郷でもある
しかしそんな特別な場所をおぞましい
彼らにとっては、ダンは仕えるに足る主としての器量を示した事になっていた。
「ありがとう。その時は是非皆の力を借りよう。君たちと共に戦えたことを私は生涯の誇りにするだろう」
「それはこちらの台詞だ。――イシュベールに永遠の勝利を!」
アダパがそう言って槍を掲げると同時に、他の海の異種族たちも盛大に声を合わせる。
それはイルカのような甲高い音であったり、戦士のような勇ましい声であったり、種族によって様々であった。
この広大な海の中には、まだ見ぬ種族が多く住んでいるのかもしれない。
それらに全て会うことは出来ないが、少なくとも、この場にいる者たちとは心を通じ合うことは出来ただろう。
ダンは、その歓声を背に受けながら船に乗り込み、そしてこの世の果ての海を立ち去った。
* * *
次に目指すのはイナンナの館、"
海を通って向かう最中、ダンはアヌンナキであるイナンナについて軽く調べていた。
ウトゥの双子の妹であり、金星の化身であり、美と愛欲、豊穣、そして戦争を司る神でもある。
その権能と関わりのある仕掛けがあるのかは不明だが、少なくとも知らないよりは知っている方が、いざという時の対策も立てやすいだろう。
そもそもアヌンナキとは謎の多い神々でもある。
地球でも、創作めいた神話は多くあるが、存在が古すぎて実際はどういう存在だったのかという確実性の見られる文献は残存していない。
伝説から、その存在のおぼろげな輪郭を掴むしかなかったのだ。
「まったくなんでそんな大昔の連中が私に目を付けたのやら……」
ダンのその独り言に答えるものはおらず、船は一万メートル以上の超高高度をマッハ20で駆け抜けていく。
眼下の船外カメラには、
そしてその中心に、イナンナの館、
『
「まさに地上における地獄と言った風情だな。危険な魔性の森にある
淡々と報告するノアの分析結果を元に、ダンはそう結論付ける。
人を遠ざけたいのか、それともそれも試練の一部としているのか不明だが、どうせ次の
ダンがコーヒーをすすりながら、次の戦いを想定していた、その時――
『
「旅人だと? こんな砂漠のど真ん中に?」
ダンは驚いてモニターを確認すると、そこには確かに、点でしか見えないが、人の集まりらしきフードを被った一団が、数百人列を成して砂漠を渡っているところであった。
千倍にズームして見ると、中には子供を抱えた母親らしき者もおり、相当追い詰められているのが目に見えた。
「……しかたあるまい。人命救助だな。すぐに彼らの傍に着陸してやってくれ」
『了解しました』
ノアのその返答と同時に機体が減速し、高度が下がり始める。
ダンは意図せず予定外の着地点ながらも、この星で始めて別の大陸に足を踏み入れることになった。
* * *
イーラは絶望を胸に、広大な砂漠の真ん中を歩いていた。
いずれ降臨する新しき神――イシュベールに七柱の神々の遺産を引き継ぐ為に、彼女たちは代々砂漠の守り人を務める
しかし、その使命の傍らで、それらを放棄せざるを得ない、未曾有の危機に見舞われていたのだ。
(
イーラは姿すら分からぬ神々に怒りをぶつけながら、40℃を超える暑さの中、一族を率いて絶望的な行軍を続けていた。
彼女たちがこのような自殺じみた大移動を敢行している理由は、簡単だった。
水場が干上がってしまったのだ。
しかしここ最近になって、オアシスの水位が急激に下がり始め、イーラたちの住まう環境が急激に悪化し始めたのだ。
たったコップ一杯の水を必死に倹約しながら生活する中でも、夜には
そんな状況が長く続く中で、もはやこの地で滅びを受け入れるか、一か八か北の人間の住まう領域を目指して、部族ごと移動を敢行するか、二つに一つとなっていたのだ。
そして後者を選んだ
(もっと早くこうすべきだった……! あんな古臭い遺跡に縛られて、私たち一族はずっと苦しい生活を強いられてきた。神々は私たちのことなんて気にも留めていない! 我が一族の献身は、全て無駄だったんだ……!)
悔しさと無力感に苛まれながらも、イーラは鉛のように重い足を引きずるように移動する。
今のところまだ一族の者たちに死者や脱落者は出ていないが、いつ限界を迎えるものが出てもおかしくなかった。
本来なら涼しい夜のうちに移動するのが常だが、夜は夜で
無茶を承知の上で、イーラたちは灼け付く日差しの中を、少しでも移動する他なかったのだ。
「神よ――なぜあなたは私たちを見捨てたんだッ!!」
イーラは頭上でジリジリと灼け付く日差しを、忌々しげに見上げながらそう叫ぶ。
もはや喉はカラカラに乾き、唾液すらまともに出ない。
暑さで意識が朦朧とする中で、唯一彼女の歩く意思を繋ぎ止めているのが、姿すら分からぬ神への怒りであった。
――しかし次の瞬間、太陽に何か影のようなものが覆い重なる。
「……なんだあれは?」
全員がそれを見て足を止めると同時に、空を見上げる。
その影はどんどん大きくなり、イーラたちの元に近付いてくる。
やがて彼女たちが立っている場所が、完全なる日陰に覆われると同時に――その姿を認めることが出来た。
(あれは、船……!? 銀色で、空を飛ぶ船……)
その正体に気付くと同時に、イーラの中で、ある予言の一説が思い起こされる。
"暗黒の海を渡る船"
その正体に気付くと同時に、イーラはその場に力なくへたり込む。
率いていた一族の者たちも、ようやく状況を理解したのか、一斉に歓声を上げる。
「ああ……イシュベールだ! 予言の主が来てくれた!」
「我らが救い主様……」
「神々は我らを見捨てていなかった……!」
その讃える声を背後に聞きながら、イーラは理由も分からず溢れてくる涙に、唇を噛みしめる。
「なんで、今になって……!」
そうぐちゃぐちゃの感情のまま吐き捨てた言葉は、同胞の歓声と熱砂の砂漠に吸い込まれて消えていった。
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