第99話 巡礼
コントロールルームを抜けて、先程戦闘を繰り広げた広間に戻ると、そこにはいつの間にか
どうやら海面に浮上したと同時に、ウミガメの甲羅の横の部分が窓のように開いて、外から自由に入れるようにっていたらしい。
今は人魚の少女たちが好きに水路の中を泳ぎ回り、足を持つ海の種族たちは、中央の足場の上で集まって、何事かを話し合っているようであった。
――そして、そのうちの一人がダンの姿を認めて声を上げる。
「イシュベール!」
そう言って、ゾロゾロと
その足はひれが生えており、ペタペタと音を鳴らして走り辛そうにしていた。
そして近付くや否や――ダンの前で片膝をついて頭を垂れた。
「この度は……我らが聖地、
「そんな必要はない。私は私の都合でこの施設を手に入れただけだ。……ところで、君の名は何と言うんだ? 最初に会ったときから結構時間が経っているが、未だに私は君の名を知らんぞ」
ダンはそう尋ねる。
この目の前の
これから接する機会も増えるだろうに、名前も知らないのはいささか不都合であった。
「これは失礼した。我が名は"アダパ"。卑しくも海の一族を束ねる長の役割を果たしている」
「私はダン・タカナシだ。よろしく頼むぞ。……ところで、他の皆は何をやっているんだ? 何やら珊瑚や貝殻などを持って水路の奥に潜って行っているようだが」
ダンは、こちらを他所にこぞって水路の中に入っていく人魚たちを見ながら、そう尋ねる。
「ああ、あれは我らが父祖エンキの亡骸を参っておるのだ。この下に眠っておられる。……しかし今やこの神殿は御身のもの。勝手なことはやめさせたほうがよろしいか?」
「いや、好きにしてくれて構わない。皆も喜んでいるだろうし、水を差すのも悪い。……しかし、この水路の中にそんなものがあったとは知らなかったよ。正直さっき来た時は、そこまで調べる余裕などなかったからな」
ダンはそう答える。
確かに
同じアヌンナキの館なら、エンキにしても同じものがあると考えるのが自然であった。
「ふむ、どうせなら私もその亡骸とやらを見に行こうか。偉大な先達に挨拶もせねばならんからな」
「おお! それはさぞや皆も喜ぶことだろう。……しかし、負傷をされているようだが、そちらは大丈夫か?」
アダパは、ノアに肩を支えてもらって立っているダンを見てそう気遣う。
先ほどの戦闘で負傷はしたものの、痛みは特になく、ただ足の感覚が鈍くなっているだけであった。
しかしそろそろ、ナノマシンの修復が終わる頃合いである。
ダンはノアから一旦離れて、一人で地面に立ったあと、ぐっ、と右足を踏みしめて感触を確かめる。
「……うん、どうやらナノマシンが馴染んでくれたらしい。激しい戦闘はまだ無理だが、日常生活を送るくらいなら問題はないだろう」
そう言ったあと、ダンはヘルメットを展開して、水に入る態勢を整える。
今回はそれほど深い海に潜るわけではないので、空気を抜いて内部を真空にまでする必要はないだろう。
そう判断してダンはこう言った。
『では行こう。案内してくれ』
「承った。……ところで、そちらの麗しい女性の方は、イシュベールの奥方様か?」
隣で楚々として佇むノアを見て、アダパはそう尋ねる。
『いや、彼女は私の相棒で、最も信のおける部下でもある。私の力はほとんどが彼女の存在なくして成り立たないものだ』
「初めまして、アダパ様。本機はノアと申します。以後よろしくお願い致します」
そう卒なく一礼するノアに、アダパは一瞬キョトンとしたあと、こう答えた。
「ふむ、イシュベールがそこまで信を置かれている方なら、我らより上のお立場であろう。以降はノア様と呼ばせて頂く」
「いえ、本機は人に仕える道具に過ぎません。敬称は不要です」
「む……ではノア殿とお呼びしよう」
アダパはそれでも呼び捨ては咎められたのか、そう言って礼を返す。
そうして話がまとまった所で、その場に居た一行は水路の中に潜り、エンキの元へと向かって行った。
* * *
水路の中は思った以上に広く、五十メートルほどの深さがあった。
真ん中のダンが乗って戦っていた足場は、下ではいくつもの柱に支えられたパルテノン神殿のような作りとなっており、柱の間から自由に中に出入り出来るようになっていた。
そして、その建物内には大勢の海の異種族たちが詰め掛けており、中心に座する人物に向かって、珊瑚や貝殻、祈りや舞いを捧げていた。
"エンキ"だ。
ウトゥと同じく二十メートル近くの巨躯を持ち、玉座に座り堂々たる威風で周囲を
そしてやはりこれは彫像などではなく、所々付いた傷や材質から、れっきとした使い込んだ宇宙服であることが分かる。
エンキの宇宙服のヘルメットは、魚の意匠を施しており、海の一族が崇めるに相応しい形をしているとも言えた。
「キュイイィィーー!」
ダンがそんなことを考えながら、遠くからその様子を眺めていると、隣のアダパが甲高い声を上げる。
どうやら海の異種族たちは、海中では喋れないが故に、こうしたイルカのようなエコーロケーションを使って会話するのが常であるらしい。
ダンも何度か聞いているうちに徐々に意味が聴き取れるようになってきていた。
今のは少し否定的なニュアンスの音だ。恐らくダンに道を開けろと命令しているのだろう。
「…………!」
案の定、それを聞き届けた海の異種族たちが、まるでモーセの海割りのようにさっと道を開ける。
ダンはその真ん中を、ジェットパックを使って悠々通り抜ける。
—―そして、エンキの前にたどり着いた。
『あなたの言う通り、ここまで来てやったぞ』
「…………」
ダンはエンキを前にして、同じ目線でそう言い放つ。
当然のことながら、エンキは何も答えない。
ダンにとってアヌンナキは、敬意を払うに値する偉大な文明の先達であると同時に、急にこんなところに連れてきた厄介な元凶でもある。
その感情は複雑で、確かに彼らの持つ叡智には尊敬の念を抱く。しかしだからといって恭しく敬礼するような間柄でもなかった。
これは既にただの抜け殻であり、本人たちは恐らく、アダパ曰く無限の知恵の源とやらに行ってしまったのだろう。
エンキが夢枕に語り掛けてきた、「宇宙に隔てる距離など無かった」という趣旨の文言。
もしあれが本当だとしたら、ダンが地球に帰還するというのも夢物語ではなくなるのだろう。
全ての答えを握るのはアヌンナキである。
しかしその謎を解くにはまだまだ鍵が足りなかった。
『……もし私があなた達のいる場所にたどり着いたら、これまでのことを話そう。そして、出来れば一発ずつ殴らせてくれ』
ダンはそう冗談混じりにふっ、と口元を緩めながら、物言わぬ置物に対して語り掛ける。
その光景を海の異種族たちは、全員敬意をもって目礼し、じっと静かに見守っていた。
――—―
本日はちょっとまったりめ
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