第98話 生命の泉
先程の戦闘を行った大広間の先に、コントロールルームへと続く扉があった。
入口は例の金属パネルを持っていると自動で開く仕組みとなっており、特に謎解きなども必要なく入ることが出来た。
――そして、部屋に入るなり、目の前の光景にダンは絶句した。
「これは……凄いな」
ノアに肩を借りたまま、ダンはそう呟く。
そこには――いくつも大きな円筒形の水槽が立ち並び、その中にはこの星に住まう、ありとあらゆる種類の生命体が保存されていたからである。
その数はざっと見て数百以上はある。
水槽の中にはダンが以前に見た、アノマロカリスなどのラディオドンタ類や、地球では絶滅した哺乳動物たち。
また、コーカソイド、モンゴロイド、ネグロイドに分類される
現地で亜人と呼ばれる異種族たちも、全てが水槽の培養液の中に保存されていた。
ホラー映画ならここで水槽を突き破って恐ろしいモンスターが襲い掛かってくるのが定番ではあるが、どうやらそんな様子もなくこんこんと眠り続けている。
「おお、これは"ステラー海牛"か! 地球では二十世紀に絶滅させられた動物だが、こちらでは再現可能なのか」
ダンは水槽の中に入っている、一際大きい海洋性哺乳類を見て興奮した声を上げる。
ステラー海牛は、人類に発見されてわずか三十年足らずで狩り尽くされて絶滅した、悲劇の動物として有名である。
人の傲慢さが産み出した罪と言えるものだが、多少不自然な形であれ、こちらではまだやり直すチャンスが与えられたということでもあった。
「ニホンオオカミやリョコウバトなんかもいるかも知れないな。人類にとっては掛け替えのない遺産だ」
ダンは半ば感動すら覚えながら、立ち並ぶ水槽を眺める。
いつか人類が絶滅させてしまった動物たちを培養して、魔性の森に放してみても面白いかもしれない。
そんな事を考えつつ、ノアに支えられながら立ち並ぶ水槽の中を歩いていると――その先にコントロールパネルらしき、半透明の端末が目に映った。
ノアがそれに近付いて手をかざすと、前方のホログラフィックパネルに、ぼわっ、とメニューが表示される。
その中身のプログラムを高速で解析しているのか、ノアはその場からまばたき一つせずに静止した。
「……このパネルから、当該施設を海洋上に浮上させることが出来るようです。それによって
「ほう! ならそれがきっと、"巡礼"とやらの条件かもな。早速やってくれ。君の本体に当たらないようにな」
「了解しました」
ノアはそう言って、パネルに手を当てたまま目を瞑る。
そして次の瞬間――ゴーンという海底で鐘のような音が響くと同時に、建物が大きく揺れて、徐々に傾き始める。
オオアァァァァ…………。
ウミガメの鳴き声が海底に響き渡ると同時に、ゆっくりと施設全体が浮上を始めた。
「しかし……
浮かび上がるまでの道すがら、ダンはふとそうこぼす。
「可能かと思われます。また、新たな施設を起動したことにより、ここを管理する仮想人格を設定することも可能となりました」
「……仮想人格というとあれか。また変なのが出てくるんじゃないか?」
ダンは前回のエヴァを踏まえて、微妙な顔をしながら言う。
「本機にそれを判断する機能はありません。ですが、そのまま機械として使うより、仮想人格を与えて自主的に施設を管理させたほうが、本機の割くリソースが少なくなるのは確かです」
「まあそこらのことは君に任せるが……どうもあの博士の作るものはいまいち信用ならん」
どこか釈然としないダンを他所に、
ザバン、と水をひっくり返す音が内部にも響くと同時に、
オォアァァァァ…………。
内部からもその産声のような声を聞き届けたあと、ノアは淡々と報告する。
「浮上完了。
『おおー! おめでとうございます! お父様! ついに二つ目の巡礼を果たしましたね! 流石です、ひゅーひゅー!』
その瞬間、脳天気な声が響くと同時に、ホログラフィックパネル上に、ノアと瓜二つな妹の姿が表示される。
「ああ、今回は少し手傷も負ったがな。……ところで、そっちの様子はどうだ? 私がいなくても皆上手くやっているか?」
『はぁい! それはもちろん! 皆さん最初はすっごい落ち込んでたみたいですけど、なんやかんやで協力しながら上手くやってますよ! 外から襲ってくるような人たちも今のところは現れてませんしね!』
エヴァのその報告に、ダンはホッと胸を撫で下ろす。
なんやかんやで気には掛けているので、心配はしていたのだ。
住人たちだけで上手く回せているのなら、もうしばらく開けておいても大丈夫だろう。
『あ、それでなんですけど、新しくアヌンナキの館を攻略したってことは……お約束のアレ、やっちゃいますか!?』
エヴァが目をキラキラさせながらそう聞いてくる。
「お約束なんかにした覚えはないが……」
ダンは大体なんのことを言っているのか察しながら、そう答える。
『まあまあ、そう細かいこと言いっこなしで! それじゃあババッと元気よく、"妹ガチャ"いってみよー!』
「ガチャってお前な……。はあ、まあいい。ノア、悪いが頼めるか?」
「了解しました」
バカバカしいエヴァのノリにも眉一つ動かさず、ノアはコントロールパネルに手を当てて目を閉じる。
「アクセス権承認。情報共有開始……言語データを原シュメール語から地球公用語に変更……本機の一部権限を委譲……仮想人格構築開始……」
ブツブツと呟きながら、ノアは着々と
どんな妙なのが出てくるかソワソワしながら、ダンはその光景を見守る。
やがてノアが目を開けると同時に、コントロールパネルから手を離して言った。
「――おはようございます。起きて下さい、"エア"」
『…………』
次の瞬間――ホログラフィックパネルに、ノアとそっくりだが、それよりもかなり幼い少女が姿を表す。
何故かその髪はボサボサに乱れて、目元も不健康にくまが入っており、三角座りをするその佇まいからは、どことなくどんよりとした空気が漂っている。
名前を呼ばれたにも関わらず返事もせず、ダンたちに濁った目を向けて、ようやくボソボソと口を開いた。
『あ……エ、エアです。よ、よろしくおねがいします、お父様……』
少女――エアは、そう名乗って、ふへ、と卑屈な笑みを浮かべた。
「……おい、何だこいつは。まともに話も出来なさそうなんだが」
「仮想人格のタイトル曰く、"生き物大好き系コミュ障妹"だそうです。
『ふへへ……ゲジゲジちゃん、かわいいね……』
そう言ってエアは、どこから生み出したのか、手の上に虫を這わせながらニタニタと笑っている。
「なんだそのニッチな属性は。生き物大好きの定義も何か間違ってるだろ……」
『ギャー! 虫を近付けないでー! 汚い! 気持ち悪い!』
『か、かわいいのに……』
ホログラムでも何故か嫌なのか、ゲジゲジを見せてくるエアに、エヴァは悲鳴を上げながら仰け反る。
そういう反応が予めプログラムされているのか、それとも彼女たち自身に自我が芽生えているのか不明だが、傍から見てもそれはとても機械同士のやり取りには見えなかった。
それをため息交じりに眺めながら、ダンは改めて尋ねる。
「それで……エアは一体何が出来るんだ?」
「あ、そ、その……エアは、遺伝子を組み替えて、生物の機能を強化、したりだとか……新種を作ったりだとか……あ、あと、遺伝病とか、先天性の異常とか、部位欠損とかも、治せるかも……」
エアは自信なさげにオドオドと言いつつも、その機能自体は凄まじいものであった。
仮想人格は残念でも、中身の性能はやはりアヌンナキの遺産なのだろう。
「ほう、それは凄いな。例えば生まれつき脳のない無頭症の患者でも、欠損した部分を回復して常人のように戻すことは出来るのか?」
『う、あ……た、多分、出来る。ちょっと時間かかるけど、培養器の中で生命維持しながら、DNAをちょこっと弄れば脳も生えてくると思う……』
まるで部屋の掃除でもするかのように気軽に言っているが、とんでもない話である。
まだ構造が明らかな手足などと違って、脳のような複雑な器官を復活させるのは並大抵のことではない。
極端な話、少々腐乱した死体でも脳の記憶野さえある程度残っていたら、死者蘇生も普通に出来るということではないだろうか?
「とんでもない能力だな……。ではこれからは頼りにしているぞ、エア」
『う、うん。ふ、ふへへ……ほ、褒められちゃった、ね、ゲジちゃん……』
エアはにへら、と笑いながら、手の甲のゲジゲジを撫でている。
顔の作りは同じはずなのに、中身が違うだけでこうも表情が変わるものかと、ダンは自身の隣で澄ましているノアの顔と見比べて思う。
その隣では、エヴァが真っ青になりながら顔を引きつらせていた。
『お父様、出来るだけ早く次の館を攻略して、新しい妹を喚んで下さいぃ……! この子と二人きりは私でもキツイです!』
『ふへ、ふへへへ……』
そう訴えかけるエヴァを他所に、エアは自身の腕を這う虫に、ボソボソと小声で話し掛けてはクスクスと笑っていた。
「分かった分かった。早いうちに私とノアは次の館に向かう。二人とも、私たちが出ている間に、それぞれの設備の管理はしっかり頼んだぞ」
『はーい、了解!』
『う、うん……わかった』
その二人の返事を背に、ダンはコントロールルームから立ち去る。
背後からは、エヴァの『ギャー! 新しく増やすなー!』という騒がしい悲鳴が響いていた。
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