第97話 神の創造器

 「大丈夫か!?」


 ダンはヘルメットを収納し、リニアガンを投げ捨てて、半ば片足跳びをするような形でノアに近づいて行く。


 ノアは胸を撃ち抜かれたことと、爆風に巻き込まれたことでしばらく片膝をついていたものの、ダンの声を受けて立ち上がる。


 そして、ダンの体を支えるように抱きしめて受け止めた。


 「問題ありません、船長キャプテン。本機の本体は今は海洋上に待機しており、こちらのアンドロイド体は遠隔操作しているに過ぎません。また、撃たれた部分も機能的に重要な部位ではなく、直ちに復旧が可能です」


 そう言って、ノアは一旦ダンから離れたあと、自身の射抜かれた部位を見せる。


 そこには――確かにボディスーツの胸の部分に3センチほどの穴は空いていたものの、既にナノマシンによって修復済みなのか、下には肌色を覗かせていた。


 「そうか……いや、確かに冷静に考えるとそうなんだがな。撃たれたのを見たときは正直肝を冷やしたぞ」


 「……本機などよりも、船長キャプテンの方がよほど重要です。右足のみとはいえ、人工筋肉の修復にはそれ相応の時間がかかります。ナノマシンによる応急処置は可能ですが、しばらく右足の出力は40パーセント以下にまで落ちることが予測されます」


 「それは仕方ないな。何にせよ、君が無事で良かった。私の右足に関しては、しばらくドック入りして治す他ないだろう」


 ダンはそう答えると、ノアに肩を借りながら、自分の切断された右足の方に向かう。


 既に切り口はナノマシンが止血して固まっているが、切られた足の方は、ドロリと銀色の液体を垂れ流して、切断された人工筋肉の断面図が剥き出しになっていた。


 「カーボンナノチューブ製の人工筋肉があっさり両断されるとはな。だが、切り口がきれいなだけにまだ繋いだら使えそうだが……」


 「応急処置としてレーザー接合します」


 ノアはそう言うと、ダンの前に跪いて甲斐甲斐しく右足を取り付ける。


 そして、指先からレーザーを出して、その切り口を焼き付けた。


 「ありがとう。ひとまず切り口さえ何とか塞いでくれたら、あとはナノマシンが最低限の機能回復はしてくれるはずだ。それまでしばらくは肩を貸してくれ」


 「了解しました」


 ノアはそう言うと、再びダンの体を支える。


 そして、これだけの戦闘を繰り広げたにも関わらず未だに最初のまま佇んでいる、部屋の中心にある石碑に向かっていった。


 二人が石碑に近付くと、そこには――最初の文章から変わって、短い一行の文でこう書かれていた。


 "知恵を求めよ"


 それと同時に、バコン、と何かが壊れるような音が響き、石碑の一部が欠けて中から一つの黄金色の金属板が転がり出てくる。


 「万が一に備え、先に本機が接触します」


 「分かった」


 前回いきなり脳内をハッキングされたことを踏まえて、今回はノアが金属板を拾う。


 そして次の瞬間――


 「…………!」


 ノアは一瞬だけビクン、と体を震わせたあと、金属板を手に持った姿勢のままピクリとも動かなくなる。


 しばらくそのまま見守っていると、ノアはゆっくりと顔を上げて言った。


 「……なるほど、害意のあるプログラムは検出されませんでした。この水の館エアブズの目的と、運用方法の情報が送られてきました」


 「うむ、では私にもその金属板を貸してくれ」


 ダンがそう言って手を差し出すも、ノアはそれを手渡さずに首を横に振る。


 「いえ、安全確保のため、これは本機のみで管理することを提案いたします。本機を経由して使用出来る、操作方法を簡略化したプログラムを船長キャプテンに共有します」


 「うん? それはまあ構わんが……それだと君を介してでしか私はこの施設を操作出来なくなるんだが」


 「何か問題でも?」


 そう改めて聞かれて、ダンは本当に詰まる。


 確かに問題はない。アヌンナキの設備を利用する時、大抵ダンはノアを介して命令することがほとんどである。


 しかもノアが言っていることは安全を考えるのなら正論ではあるが、彼女はここまで押しの強い性格だっただろうかと首を傾げる。


 「……まあ、そうだな。特に問題はない。なら、私に情報を共有してくれるか?」


 「了解しました」


 ノアはそう言うと、ダンに近付いて額を合わせて目を閉じる。


 彼女から放たれる電波を介して、この遺産の情報が一気に流れ込んでくる。


 ここは巨大な"培養器"だったのだ。


 生物の遺伝子ゲノム情報を解析して、地下にある巨大水槽でアミノ酸を合成して、生命を創り出す。


 その名も"エンキの地底湖"である。


 淡水アプス海水ティアマトが一定割合で混じり合ったそれは、淡水棲と海棲の両方の生物を生み出すのに適した環境が保たれている。


 まだ"胚"の状態でウミガメの産道を通って海へと流れ出て、特殊な保護膜に守られながら、海流に乗って全世界に散らばっていく仕組みであった。


 「この機能は"バイオポッド"と呼ぶことにしよう。まさに命そのものを創り出す人工子宮だ。正直スケールが大き過ぎて今のところ使い道は思い浮かばんがな……」


 「提案ですが、これなら船長キャプテンのゲノム情報から、かつて人間であった頃の肉体を創り出すことが出来るのではないでしょうか? 細胞片の一部でもあれば、再現は容易であると考えますが」


 思ってもみないことを提案されて、ダンは思わず驚きから目を見開く。


 強化人間になる前の普通の人間であった頃というのは、ダンにとってはかなり前のことで今更思い出すこともなかった。


 最初の頃は人間を捨てたことを激しく後悔したりもしたが、今は圧倒的な性能を持つこの肉体を気に入っている。


 今更戻りたいとも大して思わないが、出来るというのなら、試してみるのも面白そうではあった。


 「ふむ、確かに私の体にも脳幹と扁桃体の一部分には未だに生身の部位を使っているところもある。そこから細胞片を採取すれば不可能ではないだろうな。だが……ただそのまま私の同一体クローンを創るというのも面白くないな。どうせならこちらの種族に合わせて私の体を作ってみて貰ってもいいか?」


 「こちらの種族……ですか?」


 ダンの言葉に、ノアはそう聞き返す。


 「ああ。海精アプカルルたちが言ってただろう? 我らは混ぜ合わされし者ウンサンギガだと。こういう言い方はあれだが……恐らく彼らは、人類の遺伝子をベースに、既存の生物の特徴を組み合わせて創られた合成獣キメラだ。私の遺伝子がサンプルとしてあるなら、それをベースに彼らと同じ存在を作ることが出来るはずだ」


 「……なるほど。了解しました。ならば後ほど、コントロールルームに入った際、そのように致します」


 そう返事をするノアに、ダンは更に続ける。


 「うむ。あとな、その際に君の体も作ってみないか?」


 「本機のですか?」


 その意図の分からない提案に、ノアは聞き返す。


 「ああ、単純に全くの無の状態から、新たな人間を創れるのか、という知的好奇心もあるが、何より私は君と色んな感情を分かち合いたいんだよ」


 「分かち合いたいとは?」


 ノアはキョトンとした顔で聞き返す。


 「例えばとても美味しい料理を口にしたり、気持ちのいい風呂に入ったりしても、君はそれに対して何ら感ずることはないだろう? 恐らくだが、料理の成分と食材の種類、または湯の温度などの客観的情報が表示されるだけだ」


 「そう考えます。機能的にそれで問題はありますか?」


 「ないさ。君はとてもよくやってくれている。……だが、それだと私が寂しい。君は誰よりも私の力になってくれているにも関わらず、その成果を一切分かち合うことが出来ないのだからね。もし私が美味しいものを食べたりした時に、相棒である君と同じ喜びを共有したいと思うのは、ただの私のわがままなんだろうか?」


 「…………」


 その答えのない問いに、ノアは言葉を返すことが出来ずに黙り込む。


 その様子にダンは、「いや、やはり忘れてくれ」と自己完結して、話を打ち切ろうとする。


 しかしノアは少し遅れてこう答えた。


 「いえ――そういうことでしたら、本機の体も生成しましょう。先程得た施設の情報によると、生成後の見た目や身体情報を視覚化して、種族ごとに遺伝子操作した生物を産み出す創造器キャラクリエイターが存在します。それを使用すれば、指定した種族や歳、見た目の生命体を創り出すことは出来るでしょう」


 「うーむ……まさに神の力だな。私が敬虔なクリスチャンなら生命への冒涜だと激怒している所だが、生憎宇宙に神はいない。好きに活用させてもらおう」


 ダンはそう言ったあと、ノアの肩を借りたまま歩き出す。


 「では、コントロールルームに向かおう。エンキの設備がどれほどのものか見せてもらおうじゃないか」


 「了解しました」


 そう短く言葉を交わしつつ、二人は水の館エアブズの中枢へと向かった。


 

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