第96話 エンキの試練②
「メ"エ"ェ"ェ"ェ"ーーーーッ!!」
耳をつんざくような独特の咆哮を上げながら、高さだけで30メートルを超える山羊の怪物は、蹄の前足をだんだんと床に打ち付ける。
『即効で終わらせてやる』
既にリニアガンを構えていたダンは、その頭に狙いを付けて即座に引き金を引く。
「!?」
――しかし、その動きは事前に読まれていたのか、怪物はダンが引き金を引くと同時に水路に潜り、弾頭は怪物の片腕だけを吹き飛ばして壁に激突する。
右腕を構成するパーツがバラバラと降り注ぎ、内部の機械構造が露わになる。
しかし多少のダメージは与えたようだが、怪物は左腕だけでも器用にすいすいと泳いでおり、機能にさほどの影響は見受けられなかった。
得られたのはリニアガンの弾頭でも貫けない、ここ
それだけで、次弾まで五分間のチャージ時間を要するリニアガンを一発消費したのは、あまりに少ない対価であった。
『……くそっ、外したか。水の中に隠れられるのは面倒だな』
「山羊頭の怪魚――"カプリコルヌス"を象った兵器であると思われます。下半身部分は魚で出来ており、水中でも自由に動き回れるよう設計されているようです」
『この水路の中は奴の独壇場という訳か……。水中で戦うのは無理だな』
ダンは自分たちの立つ足場をぐるりと囲う水路を見て言う。二十メートルほどの幅があり、あの怪物の巨体でも自由に動き回れそうな広さはあった。
「水中では爆弾の威力も半減します。陸上で現状の火器類を使用して対処する他ありません」
「ンメ"ェ"ェ"ェ"ェ"ェーーッ!!」
ノアがそう淡々と報告する合間にも、カプリコルヌスはダンたちの真後ろの水路から上半身を出して、威嚇するような咆哮を上げる。
『そこ!』
ダンは即座にニードルガンを撃ち込んで迎撃する。
――しかし、体を覆う硬い獣毛によって衝撃が減衰され、上手くダメージが通らない。
機械で出来た兵器であるにも関わらず、カプリコルヌスの表面は毛皮のような獣毛に覆われていた。
その毛は一本一本が鋼鉄のように硬いらしく、一発の弱い威力を数の力で威力を増幅させるニードルガンの構造とは非常に相性が悪かった。
そしてダンの攻撃に返答するかのように、カプリコルヌスは口を大きく開けて、喉奥から大口径の銃口のようなものを吐き出す。
そして、次の瞬間――
「!?」
プシュンッ、と音を立てて、青い光の筋のようなものを撃ち出す。
警戒してその場から退避するのと同時に、先程までダンの立っていた場所にその光の筋が通過する。
その向かった先を見ると、そこには――着弾した床が深く抉れて、周囲に水飛沫が散乱していた。
『これは……!』
「超高圧の"ウォータージェット"です。速度を計測した所、マッハ10を超えており、威力は瞬間的に一万気圧に達すると推測されます」
そう淡々とした声のノアの報告を聞きながら、ダンは戦慄する。
一万気圧といえば、ダンのSACスーツの耐久限界の十倍。水に研磨剤を混ぜればダイヤモンドでもあっさり切断できる威力である。
ウォータージェットなど、通常十メートル届けばいい方だが、これに関しては水に増粘剤か何かを混ぜて射程を異常に伸ばしているのだろう。
当たれば、当然ダンの体など容易く両断してしまうことは間違いなかった。
『弾は足元にある水で撃ち放題で、リロードもチャージ時間も必要ないってことか……! えげつない兵器を考えたもんだな!』
「メ"ェ"ェ"ェ"ェェーーッ!」
ダンがそう分析するのを他所に、カプリコルヌスは咆哮を上げながら、何度もウォータージェットを放ってくる。
瞬間的に水弾を飛ばしてくるだけでは飽き足らず、常に出しっぱなしで横に薙ぎ払うことも出来るらしく、二人はそれを転がるように身を低くしてくぐり抜ける。
『くそっ! 少しは大人しくしてろ!』
一瞬ウォータージェットが途切れた隙を見計らって、ダンがニードルガンを今度はカプリコルヌスの眼球に目掛けて放つ。
硬い獣毛に覆われた表面にはニードルガンの針が通り辛く、ほとんどダメージがない。
しかし剥き出しの眼球、もといアイ・カメラなら、威力が減衰することなく直でダメージが届くはずだった。
「メ"ェ"ェ"ェ"ェーーーーッ!!」
カプリコルヌス目を狙われることを嫌がって、ウォータージェットを止めて首を振り回す。
兵器のくせにその生き物のような動きに驚きつつも、ダンは即座に次の指示を出した。
『ノア! 対戦車ミサイルを打ち込め!』
「――既に装填しています。ターゲット捕捉。発射します」
ノアは最低限の問答で、2メートルはある砲筒から対戦車ミサイルを射出する。
蒸気の尾を引きながらまっすぐ向かってくる弾頭に、カプリコルヌスは即座に顔を向けて咆哮を上げる。
「メ"ェ"ェ"ェェーーーーッ!!」
途端、プシュッ、という水音と同時に、弾頭がウォータージェットで貫かれる。
狙いも極めて正確らしく、近付いてくる弾頭を容易く直撃させてはくれない。
しかし次の瞬間――破壊された弾頭は、直撃はせずとも相手の直ぐ側で爆発し、カプリコルヌスまで衝撃波を届ける。
「ぐっ!」
「ン"メ"ェ"ェ"ェェーーーーッ!!」
外殻の毛皮のような装甲が剥がれ、全身を爆炎に包まれたカプリコルヌスは、絶叫をあげながら水路の中に避難する。
『効いているぞ! だが……』
「――仕留め切るには至りませんでした。想定以上に装甲が硬く、内部機能には影響は無いようです。今ので対戦車ミサイルの残弾はなくなり、他に有効な高火力兵器は爆弾か、
『私のリニアガンにはまだリチャージに一分ほど時間が掛かる。それまでニードルガンだけで時間を稼ぐしかないな』
ダンがそう言っている間もなく、遠く離れた水路にカプリコルヌスが機械のむき出しの顔を出して、ダンたちに向かってウォータージェットを薙ぎ払う。
「ふっ!」
ダンはそれをジェットパックで飛び上がって躱したあと、カプリコルヌスの今度は毛皮が剥がれて剥き出しになった顔面をニードルガンで貫く。
「……!? メ"ェ"ェ"ェ"ェェーーッ!」
今度は獣毛に阻まれずにちゃんとダメージが入ったのか、顔の装甲から火花を散らして、カプリコルヌスは絶叫を上げる。
しかし、次の瞬間――
「ン"メ"ェ"ェ"ェェーーーーッ!」
顔面の装甲に大穴を開けられ、大ダメージを負ったカプリコルヌスは、今度は怒りに任せてめちゃくちゃにウォータージェットを振り回しながら暴れ狂う。
『!?』
ダンは咄嗟に躱そうとするも、そのランダムな動きを読みきることが出来ず、まともに体の一部分に直撃してしまう。
チュン、と音を立てて水が体の直ぐ側を通り抜けたあと、右足からの信号が途絶える。
――見るとそこには、銀色の液体、"シルバーブラッド"を散らしながら、下に落下していくダンの右足があった。
『……くそっ!』
重大な手傷を負わされてダンは一瞬顔を歪めるも、ほんの0.1秒にも満たぬ間に思考を冷静に引き戻し、ノアに続けて指示を出す。
『ノア、奴に爆弾を投げ付けて起動しろ!』
「よろしいのですか? 当該爆弾には反物質が使われており、その爆発力はTNT五トン分に匹敵します。
『こちらはこちらで何とかする! 構わずやってくれ!』
ダンはそう言うや否や、左手の甲から20メートル近くのワイヤーショットを放って、天井についた照明に綺麗に引っ掛ける。
ワイヤーショットとは、SACスーツに本来付いている機能の一つで、宇宙空間で宇宙船や小惑星に鈎付きワイヤーを引っ掛けて、その場に取り付いたり、手繰り寄せるための機能である。
しかしまさか、怪物との戦いの際に、空中での方向転換に使うことになるとは想定していなかった。
そして急速にワイヤーを巻き上げながら、室内の天井にがっちり取り付いて固定した。
『今だ!』
「――了解しました。投擲を開始します」
そう言うとノアは、五百キロ近くもあるアタッシュケース型の爆弾を、まるで小石のように相手に向かってぽい、と片手で投げ付けた。
「ン"メ"ェ"ェ"ェーーーーッ!」
しかしその時――爆弾と入れ替わるようにノアに向かって水弾が放たれる。
「つっ……!」
ノアは投擲直後の静止動作故に咄嗟に動くことも出来ず、狙い澄ましたように左胸の心臓がある位置に水弾が突き抜ける。
『ノア!?』
「……作戦行動に支障はありません。対象の殲滅を優先してください」
ノアはそう淡々と告げたあと、投げた爆弾に起爆信号を発する。
そして次の瞬間――
ドン!!
と空気が振動するような爆音と同時に、周囲が眩い光に包まれる。
反水素原子をほんの1マイクログラム反応させただけの爆弾に過ぎないにもかかわらず、その威力は大型艦艇を圧し折るほどである。
当然、そんなものを至近距離で食らってただで済むはずもなく、カプリコルヌスはビシャリと壁に貼り付けられて、飛び散った破片に切り刻まれる。
「メ"ェ"ェ"ェェーーーー!」
爆風に飛ばされないよう必死にしがみつくダンを他所に、カプリコルヌスはボロボロになりながらも、どうにか体を起こして体勢を立て直す。
――その時、ダンのリニアガンから、ガチャッ、というチャージ完了を知らせる電子音が響く。
それを聞いてすぐさまリニアガンを構えたあと、カプリコルヌスに向かって引き金を引く。
『随分と好き勝手やってくれたな化け物め……消え失せろ!』
そう言い放った瞬間、バチン! という破裂音と共に銃身に蒼雷が走り、マッハ3の速さで弾頭が放たれる。
今やほとんど毛皮が剥がれきって、機械部位が剥き出しになった山羊頭の怪魚は、まともに弾頭を受けて衝撃波で粉々に粉砕される。
頭が吹き飛び、スクラップと化したカプリコルヌスは、最後に大きくギギギ、と水路のふちにしがみついて頭を動かしたあと、そのままガシャン、と力なく崩れ落ちる。
『ノア!』
あとにはようやく静寂が残り、ダンは天井からワイヤーを取り外し、まっすぐ先ほど攻撃を受けた相棒のもとに向かった。
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