第95話 エンキの試練


 およそ10ノットでゆっくり海底を潜航する巨大ウミガメの甲羅に乗り込んだはいいものの、中に入る方法に関しては心当たりがなかった。


 唯一あるとすれば、前回白き館エバッバルを攻略したときのように、砂の台座で星座を描いて、入口を出現させる方法だろう。


 今回も同じやり方で入口が出現するとは限らないが、少なくとも探す当てはそれしかなかった。


 —―そしてそれはあった。


 滑走路くらいはある広さの甲羅の真ん中に、ポツンと鎮座する見覚えのある台座。


 海底であるにも関わらず、その台座の砂は磁力か何かで固定されているのか、波一つ立たず平らにならされて・・・・・いた。


 砂で満たされた台座の真ん中から、不規則に生えている鉄柱。


 これらは星座の星々を表しており、それらを線で繋ぐことで、この台座の謎を解くことが出来た。


 一度解いた以上は悩むことすらなく、次からはあっさりとその鉄柱の配列から法則性を見出した。


 (この柱はアルゲディ、ダビー、ナシラ、デネブ・アルゲディ、アルシャト……。この並びは、"山羊座"だな)


 山羊座を構成する星々を心の中で読み上げながら、ダンは砂上に線を描いていく。


 山羊座の元となった怪物は、上半身が山羊の姿をして、下半身は魚の姿をしている合成獣キメラである。


 これのモチーフとなったのが、他ならぬ山羊と魚両方のシンボルを持つ"エンキ"であると言われている。


 ダンは元々、宇宙航行のために星座の形と配列、そしてそれぞれの距離は覚えていたが、その由来までは調べていなかった。


 しかし、アヌンナキが星座に何かしら関わる存在であると知った以上、くまなく情報を調べておくべきだと判断したのだ。


 当然、正解であったのか、ダンの引いた砂上のラインをなぞるように鉄柱同士がレーザー光で繋がれ、ガコン、と音を立てて砂の中に沈んでいく。


 そしてそれに続くように、二人の立っている甲羅の模様に沿った六角形の足場が、エレベーターのように沈み始め、ウミガメの内部へとあっさり潜入を果たした。


 そして、全身が収納された次の瞬間――


 (……!?)


 ダンたちが入ってきた穴が、バン、とシャッターによって荒々しく閉ざされる。


 真っ暗闇で水で満たされた室内にダンたちはただ閉じ込められる。


 しかし次の瞬間、ガコン、とどこからともなく音が響いたあと、一斉に水が引いていく。


 どうやら密室の下に水の出口があり、それが開いた音らしい。


 急激に水位が下がり、渦巻く海水に飲み込まれながら、ダンは部屋の外に押し流される。


 どうやら先程の部屋は除圧室らしく、押し流された先はウォータースライダーのように滑らかに傾斜がついていた。


 そしていきなりだだっ広い部屋に放り出されたあと、ダンは慌ててジェットパックをふかして着地態勢を取る。


 危うく持ち込んだ小型武器庫に押し潰されそうになりながらも、ダンは寸でのところでそれを受け止めて、体勢を立て直す。


 そして、ヘルメットを開放しながら言った。


 「……! 随分と荒っぽい歓迎だな。危うくエンキとは関係のないところで無駄なダメージを負うところだぞ!」


 ダンは苦情を言ってため息をついたあと、ジェットスクリューを外し、小型武器庫の中身がちゃんと保護されていることを確認してホッと胸を撫で下ろす。


 安堵するダンを他所に、ノアはずぶ濡れの体を急速乾燥させながら、センサーを巡らせて周囲の地形を確認した。


 「……高さ、幅ともに100メートル。奥行きは480メートルの長方形の形状をした、広大な空間となっております」


 「うむ、室内とは思えん広さだな。……しかし、周囲が水に取り囲まれているのはどういうことだ?」


 ダンは、自身の立っている足場を取り囲むように流れている、水路を見て考える。


 海中故に水があるのは不自然ではないが、その豊かな水を湛えた水路には、何かしらの意図があるように思えてならなかった。


 しかしダンは、それを結論付けるより先に、武器庫を開いて武装に身を固める。


 ここは敵地のど真ん中である。


 アヌンナキはダンと同等以上の文明を持つ相手。それらがもたらす兵器に、ほとんど丸腰で対峙するのは何とも心許なかった。


 ダンは前回と同じ"リニアガン"と"ニードルガン"を装備として選択する。


 リニアガンは長さ1.5メートルにもなる大型銃器だが、初速でマッハ10を弾き出し、戦艦の土手っ腹にも大孔を開けるほどの威力を持つ。


 当たりさえすればどんな分厚い装甲を持っていようと吹き飛ばすくらいの威力はある。


 ノアの方はと言うと――


 「対戦車砲と……それは爆弾か?」


 2メートルを超す超大型兵器を平然と片手で担ぎ上げながら、更にもう反対側の手で、アタッシュケースのような形をした重い爆弾を、まるで買い物かごのように軽々持っていた。


 「はい。遠隔操作で任意のタイミングで起動できる爆弾です。今回の戦いで必要になるかと予想されます」


 「うむ、装甲を持っている相手だろうし備えておいて損はないな。そんなものを潜艦内で使って大丈夫なのかは気になるが……」


 ダンはそう不安に思いつつも、手加減出来る相手でもないし、その時はその時だと多少のリスクは割り切ることにした。


 前回と同じように、部屋の真ん中には小さな石碑が立っており、ぼんやりと青白い光を放っていた。


 前回はそれに近付いて文字を読むと、すぐさま戦闘が始まった。


 今回もそれと同じようなことになると予想される以上、二人は最大限の警戒をもって近付いていく。


 「本機が文章を読み上げます。船長キャプテンは周囲の警戒をお願い致します」


 「分かった」


 頼れる相棒に戦闘開始のタイミングを委ねたあと、ダンはヘルメットを装着し、リニアガンの安全装置を外して、チャージを開始する。


 ノアはそれを背に、淡々とした機械的な声で石碑の内容を読み上げた。



――――――――――――――――



 彼の者の名はエンキ


 知性の主であり、地を知悉ちしつする者。


 最も多くの恵みをもたらしたる者。


 最も賢き者。


 地の王にして


 水の家の主。


 あなたがその器を求めるなら。


 あなたがその叡智を求めるなら。


 エンキの前にその価値を示せ。



―――――――――――――――――



 『来るぞ!』


 ダンが叫ぶと同時に、どこかでゴーン、と鐘のような音がする。


 それと同時に水路の水が激しく吹き上がり、二人の眼の前には――白い獣毛に水を滴らせた巨大な山羊の頭が現れた。


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