第89話 始まり
一通りの下準備は済んで、後は建物を作るのみとなった。
それ自体はすぐに終わらせる自信があった。
設計図はノアのビッグデータの中に存在しており、それを元に資材を集めて加工し、組み立てるだけであった。
組立工程には西の
しかし、箱ができても中身が伴わず、中々大変であった。
消しゴム作りの為に
それも全ては子供たちが勉強して豊かになるため、という建前ではあったが、後半はもはやダンの徹底的なこだわりと、未開発な現地で一から物を作るその苦労を楽しんでいる部分があって時間が掛かったことも否めなかった。
――そして、それらの苦難を乗り越えて、ようやく自分の満足がいく"学校"を作り上げるまで、丸二年の月日を費やしたのだ。
「それでは、ただいまより学園の新校舎の落成式を執り行います!」
「おおおおおおおッ!」
そうフレキが宣言すると同時に、その場にいた全員から盛大な歓声と拍手が湧き上がる。
木造の仮校舎を建てて、既に学校としては機能していたものの、今回ようやくメインの本校舎が出来上がったことで、保護者や各族長たちも集めて大々的な落成式を行う運びとなった。
ちなみに名前はまだなく、"学園"とだけ呼称している。この魔性の森に学び舎はここしかなく、わざわざ他と区別する必要がないからだ。
なのであえて名付けるなら"魔性の森学園"となるのだろう。
建物は基礎をルネッサンス建築にして、イギリスの名門校をモデルに色々なところをローカライズして作っている。
オックスフォード大学やケンブリッジ大学などのキャンパスを参考にして作っており、まるでヨーロッパの宮殿のような見た目になっていた。
石工としての技術を持つ
「これは歴史に残る建造物が出来たな……」
ダンは感無量で見上げる。
大理石を組み上げて作られた、二階建ての雄大な建築物で、中には三十人が二十クラス入るように作られている。
その他は、研究棟、体育館、学生寮などに分かれており、全部で四つの建物で中庭の
現状ではほとんどが空き教室だが、後々人口が増えてくることを考えると、すぐにそれも埋まることだろう。
「ねえねえ、ダン! 私たちのことも見てよ!」
ダンがようやく組み上がった校舎を万感の思いで見上げていると、そう背後から声を掛けられる。
振り向くとそこには――新しい純白の制服に身を包んで、褒めて欲しそうにウズウズとしているシャットの姿があった。
本校舎を落成したのと同時に、生徒たちにも"エルフシルク"を使った新制服に切り替わった。
制服はダンの持っている儀礼用の白の軍服をモデルに作られており、洗練されたデザインとなっていた。
実際スラッとしたデザインの制服は細身のシャットによく似合っており、2割増くらいで賢そうに見えた。
「うむ、将来シャットは凄い美人さんになるぞ。どこかの貴族のご令嬢かと見違えたほどだ」
「ご、ご令嬢だなんて、それは少し言い過ぎよ……。べ、別に見た目なんか褒められてもそんなに嬉しくないんだから」
あまりストレートに褒められ慣れていないのか、シャットは自分で感想を聞きにきた割にはもじもじと言い淀む。
シャットは栄養状態が劇的に良くなったこの二年で、ぐいぐい身長が伸びて、今は150センチ後半にまでなった。
母親譲りの美人でスタイルもよく、他の
「……そう、言い過ぎ。服だけ盛ってもせいぜい成金の娘くらいだと思う」
「なんですって!?」
そうシャットに割り込むようにぐいっ、と入ってきたのは、同じく白い制服に身を包んだリラと、そしてカイラの二人であった。
「あ、あの……ダン様、似合いますか?」
カイラはもじもじとしながらそう尋ねる。
リラは歳をとっても相変わらず小さいままだが、カイラはすくすく伸びて、今は150センチ台に乗っている。
この感じだと、二人は凸凹コンビのようになりそうであった。
「ああ、二人ともお姫様みたいだぞ! そう言えば、カイラに至っては本当に
「そ、そんなお姫様だなんて……そんなこと、郷の皆にも言われたことありません」
ダンがそう褒めそやすと、カイラは恥ずかしそうにはにかみながらも頬を赤らめる。
「そう言えば、リラは前の小テストでまた満点を取ったんだろう? よく頑張ってるな。やはりお前は賢い子だ」
「…………」
ダンがそう言って頭を撫でると、リラはどことなく誇らしげな顔でそれを受け入れる。
既に語学と算数に関しては本格的な勉強を始めており、成績優秀者はほとんどが
「……でもシャットの成績は下から数えた方が早い。姉がこれなのは妹として恥ずかしい」
「い、いいでしょ別に! 勉強なんか出来なくったって生きていけるんだから!」
「そう開き直られるのも困るが……まあ誰にも向き不向きがある。シャットは人気者で体育の成績も抜群に良い。真面目に勉強をすることを諦めてほしくはないが、得意なことを伸ばすやり方でも良いと思うよ」
ダンはそう答える。
実際、種族間による知能的格差というものも確かに存在しており、
逆に
そんな状態で数字だけで十把一絡げに成績を判断していては、差別や格差を生み出す元になる。
点数よりむしろ、提出物や授業態度の方を重視して欲しい旨を教師陣には伝えてある。
その上で、抜群な成績優秀者には、飛び級や授業免除などの特権を与えても良いと思うのだ。
「三人とも、学校は楽しいかい?」
「うん」
「はい! 毎日がすごく楽しいです!」
「まあね! 他の郷の子の友達もいっぱい出来たし、結構楽しいわよ?」
ダンのその問いに、少女たちはそれぞれの答えを返す。どうやら皆、それなりに学校生活を楽しんでいるようだ。
今のところイジメや仲間はずれなども見受けられず、大きな問題も発生していない。
――その彼女たちの一言だけで、これまで奔走してきたかいがあったとダンは思う。
将来的にここの子供たちが同じ学校に通って、同じ制服に身を包み、同じ寮に入って勉強したという事実は、間違いなく魔性の森にとって大きな財産となる。
人間という圧倒的多数の種族に対して、少数の異種族たちが対抗するには"団結"という手段しかないのだ。
少なくとも、後々の歴史に続くその為の大きな布石は打てたはずである。
「首領様! 族長たちがお待ちになってます!」
フレキが慌ててダンを呼びに駆け付けてくる。
この後、族長たちを連れて学園の中を案内してやる予定であった。
全ての種族の協力がなければ完成しなかったこの学園において、彼らにもその完成型を共有する権利がある。
感謝を伝えるためにもダン自らが施設の一つ一つを説明してやるつもりだったのだ。
「分かった、すぐに向かう」
ダンはそう答えたあと、三人と別れて族長たちの元に向かう。
大人は大人の、子供は子供同士の付き合いがある。いつまでも遊び盛りの子供たちを縛り付けておくつもりもなかった。
その後少女たちは、学校で新たに出来た友達たちと合流して、ワイワイと制服姿を見せ合って盛り上がっている。
そのあらゆる種族が入り混じった光景を遠目に見ながら、ダンは自身の目指したものの始まりにようやくたどり着いたことを知った。
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