第88話 冥き者


 ロムールとダンの本拠地である白き館エバッバルを繋ぐ交易路を開通する。


 言ってしまえばこれだけのことである。


 通常ならば数年はかかるレベルの大事業だが、ダンのマルチプルワーカーと建築用ドローンを組み合わせれば、大した時間もかからずに終わる。


 チェンソー付きの建築用ドローンでロムールまでの直線上の木々を切り倒しながら、マルチプルワーカーで根っこの切り株を引っこ抜く。


 切断した木はビットアイで運んで紙にするか、それとも真っ直ぐで使いやすそうな木なら木材に加工する。


 その無駄のない陣容で、かれこれ半日で二〇キロは森の中を突き進んでいた。


 ロムール王国まで大体40キロメートルほど。


 あと十キロほど森を切り開けば、少なくとも平地に出られるはずである。


 そこから先はロムールの領土なので、お互い話し合ってから道を繋ぐ必要がある。


 だが少なくともそれまでは、この未開の森に道を切り開く必要があった。


 ダンはマルチプルワーカーを使って、木の根っこをブチブチと引き抜きながら、次々と道を作っていく。


 しかし、その時――


 「……なんだあれは?」


 前方に見える森の暗がりの奥に、何か人影のようなものを視認して、一旦作業を止める。


 その影は明らかに人の形をしており、木陰から顔の半分だけ出して、こちらをじっと伺っているように見えた。


 ――しかし、ダンの生体反応センサーには何も表示されていない。


 つまりそれは、体温や実体を持たない、生き物とは別の何かということを意味していた。


 「……おばけは子供の頃に卒業したと思っていたんだがな」


 ダンはそう言いつつも、マルチプルワーカーから降りて、ハンドガンに手を添えながら対象に近付いていく。


 こんな森の入り組んだ場所に誰かいるはずもないが、もしかしたらダンの作業の音に驚いて様子を見に来た住人の誰かかも知れない。


 工事に巻き込んでしまっては大事なので、その場合は穏便に避難してもらう必要があった。

 

 「何者だ? ゆっくり木陰から出てきてくれ。大丈夫、何もしない。少し話がしたいだけだ」


 「…………」


 ダンの言葉になんら答えることなく、その怪しい影は薄暗い森の奥からじっと様子を伺っている。


 その様は何とも言えず不気味で、視線はべっとりと粘つくような不快感を伴っていた。


 やがて痺れを切らしたのか、相手はゆっくりと木陰から姿を表して、よろよろとよろけるようにダンの方に近付いてきた。


 「子供、か……?」


 相手がまだ年端も行かない、町娘の服を着た人間の少女であることに気付いて、ダンは一瞬ハンドガンから指を外しそうになる。


 だが、やはりおかしい――そう思い踏み止まった。


 ここは東の果ての辺境であり、猛獣や毒蛇が蔓延る魔性の森である。


 そんなところに、獣人ライカンでもない人間の子供が、一人でいるのは明らかに不自然だった。


 『そこで止まりなさい。手荒なことはしたくない。それ以上近付くと敵対行動と見なし、警告射撃を行う。保護を求めるなら、その場でじっとしていたまえ。怪我をしているなら治療もしてあげよう』


 「見たことのない技術……見たことのない魔道具……そしてこの力……あなた危険、危険だわ……」


 すかさずヘルメットを装着し、東大陸語で勧告するダンに対して、少女はブツブツとうわ言のように呟きながら、構わず近付いていく。


 そして次の瞬間――


 ドン!


 という炸裂音と同時に、少女のすぐ傍の地面が弾け飛ぶ。


 ダンが発砲したのだ。


 『今のは警告だ。それ以上近付くなら次は足を撃つ。もう一度言う。保護を求めるならその場でじっとしていたまえ。私からそちらに向かう』


 「…………」


 すると少女はその場でピタリと動きを止める。


 常人ならば、銃の脅威を知らずとも慌てふためくか、音に驚いてその場に尻もちを付くのが普通である。


 しかし彼女は、そのどちらでもなく、ただその場に立ち尽くしたまま、ブツブツと何事かを呟いている。


 明らかに普通ではない。子供の姿だからと言って、容易く侮ってはならない不気味な雰囲気を感じていた。


 ダンは警戒しながらも、銃を構えたままジリジリと近付いていく。


 そして次の瞬間――


 「……あなたの体、私にちょうだぁぁぁぁいッ!」


 『――敵性個体と認定、直ちに攻撃を開始する』


 そう言って人間離れした跳躍力で飛び掛かってくる少女に、ダンは即座に発砲する。


 明らかに様子がおかしいことからも、ダンは一切躊躇しなかった。


 しかし見た目が人間の少女であることからも、最初は頭ではなくまずは足を撃って動きを止めようとした。


 ――しかし、当たらない。


 (外した……!? いや、"すり抜けた"のか!?)


 ダンは転がって飛び掛かってくる少女の突進を避けながら、そう判断する。


 自分の射撃は確実に少女の太ももを捉えていたはずである。


 電子頭脳による自動照準オートエイム機能を持つダンが、例え相手が動き回っていようとこの距離で狙いを外すことはあり得なかった。


 「あはははははッ!」


 少女はなおも、狂ったように笑いながら木々の間を飛び回り、人としてあり得ない動きを見せる。


 何度もそれに命中させるも、弾丸は体をすり抜け――やがて、咄嗟に迎撃したダンの拳すらも顔面を透過して、少女はスーツの外殻にべったりと貼り付いた。


 『なんなんだ貴様は!?』


 「強い体、欲しい! ちょうだい! あなたの力も記憶も全部全部!」


 そう言って、ズブズブとダンの体の中に少女は沈み込んでいく。


 ダンはそれを見て何か奇妙な感覚に陥る。


 まるでひんやりとした冷たい水が、スポンジのように自分の体に浸透していくような。


 痛みもないがズブズブと何かが体に入ってくる気色の悪い感覚に、感情抑制されたダンですらゾワリと怖気立つ。


 ――しかし次の瞬間、


 「ぎぃ!!」


 バチン、という電気の弾ける音と同時に、少女は突如悲鳴を上げてその場から飛び退る。


 そして、逆にダンの方を怯えたような目で見ながら言った。


 「回路がない! 魔力が通らない鉄の体!? 何なんだよ……何なんだよお前ェ!」


 『外部からの不正アクセスを検出。当該ウィルスを強制排除しました』


 そうヒステリックに叫ぶ少女を余所に、ダンの視界の端にメッセージが表示される。


 体内のナノマシンが、少女の侵入を外部からのハッキングと誤認して阻止したようであった。


 こちらの攻撃も当たらないが、向こうの攻撃もこちらには効かない。


 お互い手詰まりのようであったが、ダンにはまだ手が残されていた。


 『ノア! ビットアイを使って奴をレーザーで焼き払え!』


 ダンは実弾では駄目なら、高温で焼いてみてはどうかと思い至る。


 『――了解しました。直ちに攻撃開始します』


 「!?」


 そう返答が来るや否や、周囲を哨戒していたビットアイが、その少女に向かって一斉にレーザーを放つ。


 少女は咄嗟に逃げようとするも、光の速さで飛んでくるレーザーから逃げられるはずもなく、何本もその体を光の筋が透過する。


 「いぎぃ!」


 猿のような身軽さで飛び回った少女は、ビットアイのレーザーに撃ち落とされて、地べたに転がる。


 そして次の瞬間――


 「あ、あああ……! 熱い! 熱いィぃッ!!」


 腹や顔、足など貫かれた部位から、少女はドロリと溶け出して、グズグズとその体が崩壊し始める。


 とうやら熱には弱いらしく、体からプスプスと煙を出して、今やまともな人の形すら残していなかった。


 「消えたくない……暗くて冷たいのはもう嫌……」


 『……お前は一体なんなんだ?』


 ドロドロと地面に溶け出していく、もはや人の形を成していないそれ・・を見下ろしながら、ダンはそう尋ねる。


 「…………」


 しかしそれは、ダンに何かを訴えかけるようにパクパクと口を動かしたあと、そのまま地中に溶け出して完全に消えていった。


 もはやその場所には何もなく、まるで最初から誰もいなかったかのようにしんと静まり返っていた。


 「……何だったんだ今のは?」


 ダンはヘルメットを収納したあと、一人呟く。


 あまりにも意味不明な存在。だが、ただの森の獣や危険生物たちとはまた違う、無視できない不気味な異質さを秘めていた。


 『解析不能です。……しかし、その物理的振る舞いから、ガスと液体両方の性質を持つ不安定な存在であったと推測されます』


 「つまりは"ガス生命体"か……まさかそんなものが本当に存在するのか?」


 『存在は示唆されています。サンプル数が少なく断定は出来ませんが、引き続き解析を続行します』


 「……ああ、頼んだぞ」


 ダンは何とも後味の悪い思いを抱えながらも、ノアに引き続き先程の存在の解析を進めることを指示し、ひとまず今は眼の前の仕事に集中することにした。


 それからは特にトラブルが起きることなく、生い茂る森の中を切り開き、その日の内に無事ロムールに繋がる街道が開通したのであった。


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