第85話 模範演武


 有角タウロ族と別れたあと、まだ日も高い時間なので、ダンはそのまま東の獣人ライカンの郷を訪問することにした。


 アダム曰く、有角タウロ族の畑に使っている肥料は"カプラ"というヤギに似た動物の糞で、東の獣人ライカンの郷から譲り受けたものだという。


 カプラは肉としても食えるが、雌の乳をしぼって飲むことも出来るそうだ。


 それはつまり、東の獣人ライカンの郷にミルクの入手先があるということに他ならなかった。


 「急に来てすまないな、ジャガラール。どうやらここの郷に"カプラ"という家畜がいると聞いてな。それを見に来たんだ」


 「とんでもねえ。あんたはこの森で一番強い男だ。いつでもどこにでも自由に出入りする権利がある。入れろと言われりゃ俺らは従うだけだ」


 豹頭の獣人ライカン、ジャガラールはそう言って肩を竦める。


 「そこまでふんぞり返るつもりはないが……まあ自由にさせてもらえるなら好都合だ。ぜひ中を見させてもらうよ?」


 「ああ、好きにしてくれ」


 そう言って先導するジャガラールに従って、ダンは郷を視察する。


 東の郷はこれまで見てきた中でも最も人数が多く、栄えている場所であった。


 住人は数千人を超えて、絶え間なく人の話す声や剣を打ち付け合う音、そして戦闘訓練をしているのか、怒号のような声も響いている。


 住居はモンゴルにおける"ゲル"のようなテントが主で、それが立ち並ぶ横で、家畜を放牧するための大きな囲いが隣接している。


 まるで遊牧民のような暮らしだと感じた。


 「ほー……これは面白いな。移動式の家屋のように見えるが、君たち東の獣人ライカンは居住地を転々としながら暮らしているのか?」


 「ああ。つっても決まった三箇所くらいを一年ごとに巡ってるだけだ。ずっと同じとこばかりで狩りをしてると、獲物が警戒してそこに寄り付かなくなる。一度狩り尽くしたところは、何年か休ました・・・・方がいいんだ。そしたらまた、そこで狩りが出来るだろ?」


 「ふーむ、生きる知恵だな。君たちは優秀な狩人なようだ」


 「……世辞はいい。あんたが見たいって言ってた家畜の檻はあそこだ」


 ジャガラールに促されてダンは家畜を放牧している柵に向かう。


 するとそこには、百頭を超えるヤギのような動物――カプラが、柵の中でひしめき合いながら、モソモソと地面の草を食んでいる所であった。


 地球で見たヤギよりは幾分角が大きく、黒色の体毛をしていた。


 そしてその隣の囲いの中には、鶏らしき生き物も餌箱の中を啄んでいる。


 さながらそれは森の中の牧場であり、その数の多さにダンは素直に感心した。


 「なるほど、東の郷は随分と畜産に力を入れているんだな」


 「ああ、狩りで成果が出なかった時は潰して食ったりも出来るしな。雌は乳を搾って乳酒にしている。"コッケイ"の卵はそのまま焼くか、小麦に混ぜ込んでパンにして食ったりも出来る」


 「うむ、合理的だ。……ところで相談なんだが、このカプラの乳とそのコッケイとやらの卵、余所に卸す気はないか? 私は今この魔性の森に学校を作ろうと奔走していてね。子供たちに健全な食事を提供するために、この乳と卵があるとたいへん助かるんだが」


 「……またなんか妙なことをやってんだな。まあいいぜ。正直乳酒はもう余るくらいあるし、卵だってコッケイを増やせば問題はねえ。どんだけ必要なのかは知らねえが、餓鬼の食い扶持くらいはあるだろうよ」


 そうあっさり許可するジャガラールに、ダンは拍子抜けしながらも、まともな給食の目処が付いてほっとひと息つく。


 ――しかし、ジャガラールは続けてこう言った。


 「……だが、条件がある。うちの抱える問題を解決してくれたら、卵でも乳でも好きなだけ持っていけよ」


 「ほう? もちろん対価は払うつもりだが……問題とは何かな?」


 ダンの言葉に、ジャガラールは続けて答える。


 「頼みたいのはうちの若え戦士たちのことだ。奴ら、前回の戦いが初陣だったんだが……それなりに活躍したからか、のぼせ上がっちまってな。人間なんか怖くねえ、何人来てもぶっ殺してやるって息巻いてんだよ」


 「うん、若さ故にってやつだな。……しかし、戦士を志すなら多少なりとも負けず嫌いや傲慢さは付き物じゃないか? 始めて実戦を経験した新兵なんて、皆多少は浮足立ってしまうものだ」


 ダンは自身の経験からそう語る。


 「ああ、俺も若い頃はそんなもんだったから、多少生意気なくらいなら可愛げがあったんだが……奴ら今度は俺や、首領であるあんたへの不満まで口にし始めてな。しまいにゃ若い戦士たちだけで抜けてどこかに独立しちまおう、みたいなことを言い出してんだ」


 「……それはまずいねえ。若者の意気は買ってやりたいところだが、そんな衝動的に飛び出して上手くいくとも思えない。一体何でそんなことになったんだ?」


 その問いに、ジャガラールはこう答える。


 「どうも人間であるあんたの下に付きたくないってことらしい。奴らそのせいで……あんたの下についた俺まで軟弱だどうとか抜かしやがってよ。このまま奴らが独立しても、大勢犠牲出してボロボロになって帰ってくるか、もしくは最悪全滅するまである。その前にあんた自らの手で奴らに身の程を分からせてやって欲しいんだよ」

 

 「なるほど、話は分かった。……随分と優しいじゃないか。ちゃんと反抗的な若者たちの先のことも心配してやってるんだな」


 それに、ジャガラールは「けっ」と喉を鳴らしながら言う。


 「抜かしやがれ! 奴らがどこぞで無様に骸晒して、東の獣人ライカンが侮られるのが我慢ならねえだけだ。……それより引き受けるのか、引き受けねえのか?」


 「無論引き受けよう。私は職業柄そういう跳ねっ返りを教育する機会が多くてね。その程度は容易いことだ」


 その自信に満ち溢れた言葉に、ジャガラールはへっ、と笑いながら頷く。


 「そうだろう、あんたは周りの自信をへし折るのは大得意だろうしな。……だが、今この状況なら頼もしいぜ。あの馬鹿な餓鬼どもに身の程を分からせてやってくれ」


 「なんとも引っ掛かる言い方だが任されよう。案内してくれたまえ」


 ダンがそう言うと、ジャガラールは「こっちだ」と言って郷の一角に案内する。


 そこは広場らしく、千を超える大勢の戦士たちが木剣を持って互いに打ち合い、激しい訓練に明け暮れていた。


 戦士たちの鋭い目線を受けながら、ダンはジャガラールと共にその中を進んでいく。


 その中でも最奥に位置する、通常の獣人ライカンではなく、ジャガラールと同じ獣の顔をした戦士たちの元にダンを案内した。


 そこには猫や犬、虎や狼といったメジャーなものから、熊やハイエナといったものまで、獣の顔をした総勢八人の戦士たちが佇んでいる。


 戦士たちは特に訓練に参加する訳でもなく、広場の柵にもたれ掛かって、不遜な態度で周りを睥睨している。


 「"獣面戦士団"だ。うちの中でも若手だが、実力は確かにある。だがこのままじゃ使い物にならねえ。こいつらを頼めるか?」


 「……族長、なんだいその人間は? まさかその弱っちそうなのが、あんたの言う首領って奴なのかい?」


 戦士たちの一人であり、ジャガラールと同じ豹頭の女戦士が、ダンを見て嘲るような口調で言う。


 ダンの力を知っているのは、実際にあの宴でガイウスとの戦いを直接見た族長たち他、ほんの僅かな参加者のみである。


 末端の戦士たちには、ダンは急に現れて偉そうにしている妙な人間、という認識しかなかった。


 「この身の程知らずの餓鬼め……! 俺はともかく首領への侮辱は許さんぞ。この男はお前らなんぞとは格が違う。態度を改めろ!」


 意外にもジャガラールは、獰猛に牙を剥いてダンを馬鹿にされたことに怒りを露わにする。


 少なくともジャガラールは、態度には出さないが、自身より強者と認めた者には忠義を尽くす戦士の魂は持ち合わせていた。


 「族長、あんた変わったよ……。前はあたいらと同じで、人間なんか虫けらみたいなモンだと見下してたのにさ。そんなあんたが急に人間なんかの下につくなんて一体どうしたんだい?」


 「首領は人間だが、帝国やそこらのボンクラとは格が違う! 俺が認めた比類なき戦士だ! 今日はお前ら馬鹿な餓鬼どもの教育のために来てもらった」


 「ハッ! あんたもヤキが回ったもんだねえ。あたいら若い戦士たちをまとめ上げられず、よそ者を頼るどころか人間を連れてくるだなんて。こりゃ本格的にあたいらだけで出てって新しい郷を作ることも考えなきゃねえ」


 「まだ分からねえのか!」


 ジャガラールが剣の柄に手をかけ、本格的に戦闘態勢に入ろうとしたその時――ダンがすかさず間に割って入る。


 「まあ落ち着け。この為に私を呼んだんだろう? あとはこちらに任せたまえ」


 「……ああ、そうだったな」


 そう言って、ジャガラールは大人しく引き下がる。


 ダンはそれと入れ替わるように女戦士の前に出て、ずい、と覗き込むように顔を近付ける。


 「……なによ」


 「ふーむ……揃いも揃って半人前の子猫ちゃん子犬ちゃんといったところだな。身の程知らずにキャンキャン吠えるだけだったら可愛いものだが、主人の手を噛もうとするのはいただけないな」


 「……!? 誰が子猫だっ……うぐっ!!」


 すかさず女戦士が腰の木剣を抜こうとした瞬間――ドスンとダンの拳が腹に突き入れられ、その先の口を塞ぐ。


 「……誰が口を開いていいと言った? お前は私が直々に躾けてやる。こっちに来い」

 

 そう耳元で言うや否や、ダンは豹頭の女戦士の首根っこを掴んで、文字通り子猫を運ぶように地面に引きずって連れて行く。


 「や、やめろッ! 離せ! 何すんだコラァ!」


 「お、おい、ゾバイダが!」


 「人間! さっさとその手を離しやがれ!」


 獣面戦士団の仲間たちが慌てて引き剥がそうとするも、ダンはそれを無理やり腕力で振り払い、構わず女戦士を中央まで引き摺り回す。


 ――そして、その首元を抑えて乱暴に地べたに押し付けたあと、郷中に響き渡るような大声で叫んだ。


 「全員、訓練を止めてこちらに集まれッ!!」


 「!?」


 一瞬命令を理解出来ずに全員ビクッと固まるも、続くジャガラールの言葉にようやく状況を理解する。


 「てめえら、首領の命令だ! さっさと剣を置いてこっちに来い!」


 その言葉に、困惑していた戦士たちは慌ててダンの元に集う。


 その下で抑え付けられている女戦士――ゾバイダの姿を見て、何事かとざわつくも、ダンは構わず先を続けた。


 「ただいまより、剣対素手の状況下においての模範演武を始める! 貴様らの腑抜けた訓練に活を入れるため、私が直々に戦いの手本を見せる!」


 「離せコラァッ! 死にたいのかあんた!?」


 そうダンが宣言するのを他所に、ゾバイダは足元でジタバタと暴れながらヒステリックに叫ぶ。


 しかし重機のような腕力に抗うことは出来ないようで、ただ土埃を巻き上げて無様な姿を晒すだけであった。


 「威勢がいいな。だが、それぐらいの元気があったほうが相手としては都合がいい。お前には私の相手役を務めて貰おう」


 ダンはそう言ったあと、ゾバイダの首根っこを掴んで無造作に投げ飛ばす。


 しかしそこは猫科の獣人ライカンのなのか、投げられても咄嗟に空中で反転したあと、スタッと音もなく華麗に着地する。


 「ゾバイダ、だ、大丈夫か!?」


 「……あんたらは手出すんじゃない! あれはあたいの獲物だッ!」


 ゾバイダは怒りに目を血走らせて、もはや殺意すら抱きながら腰の剣を抜く。


 その歯を剥くさまは猛獣そのものであり、ジャガラールと纏う雰囲気がよく似ていた。


 「族長ッ! 先に仕掛けてきたのはあっちの方だ! 仮に殺しちまってもあたいのせいじゃないよなァ!?」


 「好きにしろ。お前ごときに殺せるような相手じゃない。もし仮に殺せたら族長の座でも何でも譲ってやるよ」


 「言ったね!? 後から無しって言っても聞かないよ!」


 ゾバイダはその言葉にいきり立ちながら、地べたを這うような姿勢で剣を低く構える。


 「人を勝手に賭けの対象にしないで欲しいものだが……まあいいだろう。—―今から斬り掛かってくる敵への有効な制圧術を実演する! 自分だったらどう対処するか、各自よく考えながら動きに取り入れるように!」


 「グルアァァァァッ!!」


 そうダンが呼びかけた瞬間――ゾバイダは後ろ足で地面を蹴り、凄まじい勢いで突きを放つ。


 精鋭である獣面戦士団でもリーダーを務めるゾバイダは、東の獣人ライカンの中でも屈指の実力者でもある。


 そんな彼女の放った突きは、郷の者たちの間では決して止めることの出来ない、必殺の一撃として認識されていた。


 当たれば喉元を貫かれることは必至――そんな急所を狙った突きを、ダンはあえて棒立ちのまま、首を傾けるだけで剣を肩の上を滑らせて簡単に躱す。


 「!?」


 そしてその腹に膝を突き入れ、よろめくゾバイダの首筋に肘を落として、あっさり地べたに転がした。


 「うぐぐ……!」


 「……相手が首から上の急所を狙ってきたら、バタバタ大袈裟に動かず、最小限の動きで躱せ! 顔や首などの的の小さい部位にそうそう剣など完璧に当てられるものじゃない。恐れず剣先から決して目を離さずいれば、首を少し傾けるだけで簡単に相手の懐に入ることが出来る」


 後頭部を抑えながら呻くゾバイダを他所に、ダンはそう解説する。


 その場に居た戦士たちは愕然としながらそれを見守る。


 ――それはまさに"模範演武"であった。


 殺意剥き出しのゾバイダの攻撃を、ダンが適切に処理して皆の前にやり方を示す。


 その一連の流れは、まるで事前に打ち合わせをしているかのようですらあった。


 「次だ、早くしろ」


 「がっ、ゲホ、ゲホっ……!」


 ダンに再び首根っこを掴まれて放り投げられ、ゾバイダは土まみれになりながらもどうにか立ち上がる。


 その顔に大したダメージは見られないが、代わりに恥辱を受けたことによる怒りと殺意で牙を剥き出しにしていた。


 「舐めやがって……殺すッ! 絶対に殺してやるッ!!」


 「次に……攻撃してきた相手の先手を取り、体勢を崩すやり方を見せる。このやり取りは一瞬だ。全員目を離さずしっかり見ておくように」


 「があああぁぁぁッ!!」


 ダンの前説をかき消すように、ゾバイダは咆哮を上げながら、大上段から袈裟にかけて剣を振りかざす。


 しかし次の瞬間――


 「シッ」


 「うっ!」


 すかさず前に飛び込んできたダンの、ペチン、という軽いジャブが鼻先に入り、相手は一瞬怯む。


 時間にしてほんの0.5秒足らずだが、ダンに対してはあまりに大きな隙だった。


 その隙に軸足を払われ、ゾバイダは地面に叩きつけられる。


 何をされたのかすら分からず混乱する彼女の喉を踏み付け、ほんの一合足らずのやり取りで完全に制圧を果たした。


 「う、ぐ……!」


 「……今のように激昂して大振りで襲ってきた相手には、後ろよりむしろ前に出たほうが生存率が高い! 一歩前に出て小さく有効打を与えるだけで、簡単に相手の体勢を崩すことが出来る。戦闘中に挑発なども取り入れて使えば、より立ち回りを有利に進めることが出来るだろう」


 「お、おおおお……!」


 ダンのまさにお手本通りの戦い方に、見ていた戦士たちから歓声が上がる。


 そしてもはやその実力を疑う余地はなく、その場に居た全員が食い入るようにダンの戦い方を見て学ぼうとしていた。


 「……では、今の説明を踏まえたうえで、これから多対一での乱取りを行う! 獣面戦士団、剣を持って前に出ろ!」


 「なに命令してんだあの野郎……!」


 「大人しくしてりゃ調子に乗りやがって!」


 「大丈夫か、ゾバイダ!」


 指名された獣面戦士団の面々は、口々に不満や怒りを露わにしながらも、指定された通り前に出る。


 「返してやる。さっさと連れて行け」


 「うぐっ!」


 ダンはゾバイダを仲間の方に蹴り転がしたあと、改めて言う。


 「貴様ら尻に殻の付いたひよっ子が、戦争を少々知ったくらいで一端の戦士気取りは百年早い。その程度の実力では、郷を出たところでそこらの虫けらの餌になるのが関の山だ。私が現実を教えてやる」


 「……!」


 その挑発的な言葉に、獣面戦士団の面々はにわかに殺気立つ。


 しかしダンは、顔色一つ変えず平然と続けた。


 「私が直々に実力を試してやると言っているんだ。貴様ら全員で掛かって私に一撃でも入れられたら、独立でもなんでも好きにするがいい。それともなんだ? たった一人の素手の私が怖いのか?」


 「舐めてんじゃねえぞコラァッ!!」


 「ぶっ殺してやるッ!」


 そう言い放つや否や、獣面の戦士たちは咆哮を上げて一斉にダンに斬り掛かる。


 得物はそれぞれ斧や槍、剣などと様々だったが、ダンはそれらを捌きながら、先ほど披露した戦法に則って次々と戦士を沈めていく。


 既に獣人ライカンの戦士たちの身体能力のデータはある程度揃っているので、電子頭脳による軌道予測で難なく攻撃を躱すことが出来た。


 それらを駆使してカウンターを取りながら戦うことで、最小限の力で確実に仕留めていく。


 「ぐ、かァ…………!」


 最後まで粘っていた狼頭の獣人ライカンの男を、ギリギリと裸絞で絞め上げたあと、ガクンと力が抜けたのを見計らってその場に投げ落とす。


 総勢八名、獣面戦士団の面々を、ダンは宣言通り一撃も受けることなく完封した。


 ――そして、静まり返った東の戦士たちに向かってダンは言った。


 「……いいか! 私は今の戦いで、桁外れの腕力や速さ、そして魔法じみた強化などは一切使っていない! 常に最善を導き出せる頭脳と、毎日の努力の積み重ねさえあれば、非力な人間でも今のような戦い方が出来るようになる」


 「お、おお……!」


 ダンの言葉に希望を見出したのか、東の獣人ライカンたちから微かな歓声が上がる。


 「お前たちはまだまだ強くなれる! 漫然と剣を振るのではなく、どうすればより効率的に相手を倒せるか、常に頭を働かせながら訓練に励むように! 以上だ」


 「うおおおおッ!!」


 その言葉に、獣人ライカンの戦士たちは盛大に歓声を上げる。


今の戦い方は、伸び悩む獣人ライカンの戦士たちに大いに希望を与えるものとなった。


 ダンの電子頭脳は、確かに生身を遥かに超えた演算能力を持つが、それはあくまでも人間の思考回路の延長線上のものに過ぎない。


 戦いの中で不意にひらめく直感や予感めいたものを、データや数値で算出して、より正確にしているだけなのだ。


 戦闘経験を積んで訓練すれば、ここまでの精度ではないにせよ、近い戦い方は出来るようになる。


 少なくともその可能性は示すことが出来たのである。


 「……すまねえな、首領。身内の不始末に付き合わせちまって」


 歓声に応える最中、ジャガラールがそう話し掛けてくる。


 「構わないよ。私もいい息抜きになった。……しかし、あのゾバイダという少女は、やはり君の?」


 ダンはゾバイダの口調や仕草の節々から、ジャガラールと似たものを見出してそう推測する。


 「ああ、皆の前では族長と呼ぶように躾けてはいるが……娘だ。女だてらに剣の才能があったからな。せっかくだから本格的に仕込んでやったら、とんでもないじゃじゃ馬に育っちまいやがった。今回のことで少しはしおらしくなってくれたら良いんだが……」


 そうジャガラールは疲れたようなため息を吐く。


 その様は子育てに疲れた父親そのものであり、普段の傲岸不遜な雰囲気とはまるで違っていた。


 どうやら娘の反抗期の躾に使われたようだが、それで問題が解決してくれたならいいか、と肩を竦める。


 「続きの教育をして欲しいなら、あの娘も含めてこの郷の子供たちを私の学校に入学させなさい。私が一端の戦士に育ててやろう」


 「ああ……少しは親元から離したほうが、奴にもいい薬になるだろう。どうかよろしく頼んだ」


 そう言ってジャガラールは、悔し泣きして仲間に慰められているゾバイダを見て、再度ため息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る