第80話 抄紙機作り


 更にその翌日――


 ダンは休む暇もなく鉱人ドワーフの郷を訪れていた。


 早朝から長であるガンドールを呼び出して、あるものを作らせていたのだ。


 その傍らで、ブランデーと交換する約束していた鉄鉱石と銅鉱石を船に積み込み、ノアにエンジン部の修理も急がせている。


 何もかも急ピッチの突貫工事であった。


 「……ここの長さが合わん。この部品は打ち直して貰う」


 「なんじゃとォ!? また面倒臭いことを言いおるのう! ちょっとぐらいはみ出ても別に構わんじゃろうが!」


 そうダメ出しを食らって、ガンドールは不満気に声を荒げる。


 朝っぱらから叩き起こされて、訳の分からない丸い筒のようなものを幾つも作らされて、ガンドールたちもいい加減我慢の限界を迎えつつあった。


 「ダメだ。機械は部品の長さ一つ違うだけですべてが噛み合わなくなる。……蒸留酒の作り方が知りたいんだろう? その分しっかり働いて貰わなければな」


 「うぐっ……」


 しかしダンがそう言い放つと、ガンドールはブツクサと文句を垂れながらも、弟子たちを引き連れて渋々作業に戻る。


 酒のことをちらつかせれば、多少強引な命令でも従うだろうというダンの予想は当たっていたようだ。


 作らせているのは、"抄紙機"であった。


 紙を大量生産するための工業機械。


 一度は紙を作るのに手漉きも考えたが、それではコストも手間もかかり過ぎる。


 ダンの目指す学校は、子供たちの創造性を養うために現地では高価な紙を使い放題にするという目的があった。


 手漉きではそれが到底叶わない。


 一度は地上最高の学園を作ると決めた以上は、多少現地の文明の先取りをしてでもそれを叶えるつもりであった。


 工業における製紙の工程はざっくり分けて三つ。ワイヤーパート、プレスパート、ドライヤーパートに分けられる。


 まず最初に、水酸化ナトリウムで植物をドロドロに溶かしたもの、即ち"パルプ"を水を透過するろ布の上に落として、余計な水分を落とすワイヤーパート。


 ちなみにこのろ布は、船内で植物繊維から作り出せる"カーボンナノファイバー"を使用する予定である。


 そして、ろ布の上のドロドロのパルプを柔らかなフェルト生地で水分を絞り取り、圧縮するプレスパート。


 そして最後に、薄く押し伸ばされた紙を高温に熱したシリンダーで乾燥させるドライヤーパートである。


 この三段階の工程を終了させるのにいくつもローラーが必要であり、まともな金属加工工場も無い以上は、鉱人ドワーフの手作業に頼る他なかった。


 ボルトやベアリングなどの小さな核心部品は、ダンの船内で作ることが出来るので、あくまで枠組みやローラーなどの大型部品を頼ることにした。


 「……これでどうじゃい! 出来たぞ!」


 「よし、見せてみろ」


 そう先程までカンカン鉄を打ち付けていたガンドールが、ダンの前に部品を差し出す。


 ダンはそれを巻き尺やレーザー計を使いながら、詳細なパーツごとの大きさを計測していく。


 そして――


 「……よし! パーツの誤差5ミリ以下。これならあとはこちらで微調整すれば使えるようになるだろう。ご苦労だった」


 二十にもわたる全大型ローラーの作製を終えて、ガンドールは疲労から大きくため息をつく。


 そして、ダンに指を突きつけながら言った。


 「ようやく終わったわい……さあ、首領よ! 約束通りワシに蒸留酒の作り方を教えるんじゃ!」


 そうガンドールは要求する。


 「よかろう。ならば私の学校に、鉱人ドワーフの子供たちを入学させなさい。そこで全員に教育を施し、それを通じて鉱人ドワーフ族の郷に酒造りと蒸留技術を伝授する」


 「な、なんじゃと!? ワシを騙したのか!? すぐに教えるという話だったじゃろうが!」


 ガンドールは怒りながら抗議する。


 「すぐに教えるなどと一言も言ってないし、すぐに教えて出来るようなものじゃない! そもそもお前たちは酒造りすらも、運任せにそこらの果実を腐らせているだけで、まともにやってないだろう? そんな体たらくで蒸留器だけ作った所で、不味い酒しか出来ないのが関の山だ」


 「うぐっ……」


 痛い所を突かれ、ガンドールは口をつぐむ。


 実際鉱人ドワーフたちは酒は好きだが飲む方の専門で、酒造りに関してはそれほど精通している訳ではなかった。


 そもそもこんな土埃の舞い散る、熱くて乾燥した鉱山で酒を造るよりも、岩塩と引き換えに森の住人たちに貢物として酒を持ってこさせるのが一番楽だったからだ。


 しかし、ダンのブランデーを呑んでから、ガンドールはこれまでの不味い酒では我慢できず、自分で美味い酒を造って飲みたいという欲求を持つようになっていた。


 「だから私が酒造りの基礎も含め、蒸留器の設計図なども書き記したものを渡してやるから、子供たちを預けろと言ってるんだ。文字も数字も読めない、長さも時間も正確に測れないような状態では、旨い酒なんか作れるはずがないからな」


 「う、わ、分かったわい! 好きにすればええじゃろ!」


 ダンに詰められて、ガンドールはヤケクソ気味に手を振る。


 鉱人ドワーフは金属加工の腕は良いのだが、そのサイズに関してはかなり大雑把であった。


 鉄釘などを打つときは型に合わせて作るからまだマシだが、剣や武具などは依頼人の腕っぷしや体に合わせて感覚的に作るため、正確なサイズなど測ったことが無いらしい。


 しかしやはり鉱物に愛された種族と言うべきか、手打ちで作ったローラーの湾曲部には凹みや傷一つ着いておらず、極まった職人の技を感じ取ることが出来た。


 これなら引っ掛からずに正確に動くだろう。紙の工業生産に目処が付き、ダンはほっと一息ついた。そんな時であった――


 『報告します。本機のエンジン部の修復、並びに冷却配管の復旧が完了しました。以後、重力圏内の活動制限時間は撤廃されます』


 「お、そうか。意外に早かったな」


 突如飛んできたノアからの通信に、小声で答える。


 ずっと悩まされていたメインエンジンの損傷が復旧されたことで、ダンはようやく肩の荷が降りたような気になった。


 今後はこの星の中になら、燃料が続く限りどこにでも飛んでいけることになる。あるいは別の大陸に視察に出ても良いのだろう。


 そして、ノアから更に追加の通信が飛んでくる。


 『……続けて報告があります。修復に使用した銅鉱石を精製中、余剰の鉱滓スラグから高純度のコバルトを検出しました。銅鉱脈と同箇所に、コバルト鉱脈が存在しているようです』


 「……なに?」


 ダンは思わず声を上げる。


 コバルトは宇宙航行能力を取り戻すために、ずっと探していた資源の一つであった。


 元々コバルトは銅やニッケルと同箇所の鉱脈に存在していることが多い。


 しかし、こちらではさほど重要な資源として捉えられていないのか、雑に銅鉱石と一緒に打ち捨てられていたらしい。


 「すまん、ガンドール。ちょっと外を見せて貰ってもいいか?」


 「ん? ああ、そりゃ構わねえけど……」


 ダンは一端作業場から出て、外の様子を伺う。


 鉱人ドワーフ族の郷は鉱山と隣接しており、そこら中から炉の煙が上がり、絶え間なく鎚の音が響いている。


 建築も如何にも質実剛健とばかりに、山の斜面をそのまま掘り返して作った洞穴のような家ばかりで、まさに鉄を打つことと酒を飲むこと意外には微塵も興味がないのが見て取れた。


 そんな中、鉱人ドワーフ族の郷の端に積み上がった、大量の鉱滓スラグの山が目に入る。


 「……これは?」


 「おお、それは銅を精製した時に出来た残り滓の山じゃ。捨てたいんじゃが……水に触れると毒が染み出るんじゃよ。捨てるに捨てられんので、とりあえず端の邪魔にならん所に置いてあるのよ」


 ダンはそう説明を受けてから、その鉱滓スラグを一つ手に取る。


 基本的に鉱滓スラグには、カドミウムや鉛、水銀といった水溶性の鉱毒が含まれていることが多い。


 日本でも過去に足尾鉱毒事件という公害は起きたが、そこは鉱人ドワーフの種族的な経験則なのか、垂れ流しては駄目なものはきっちり止めているらしい。


 どうやらダンは異世界の田中正造にならなくて済みそうでほっとした。


 そして鉱滓スラグの表面を見てみると、ところどころに青みがかった鉱物――明らかにコバルトらしきものが付着していた。


 コバルトは太陽電池などに使用する重要な資源物質であり、ダンの船内のバッテリー機能の一部に使用されていた。


 「ガンドール、ならこの残り滓については私が処分してやろう。今回の仕事の礼も含めてな」


 「おお、本当か!? それは助かるのう! どうやって処分するか頭を悩ませておったところじゃ」


 ガンドールは素直にそう喜ぶ。


 実際にコバルトがあったところで現地人たちにはそれを活かす技術がない。


 この星の文明レベルでは精々ガラスを着色する程度の存在なので、黙って貰ってしまっても構わないだろう。


 「気にするな。その代わりまた仕事があれば頼むぞ! やっぱり金属加工をやらせたら鉱人ドワーフの右に出る者はいないからな!」


 「お、おお、分かっとるじゃないか! まあワシも暇ではないが、また気が向いたら何か作ってやってもよいぞ!」


 そう言ってガハハ、と上機嫌で見送るガンドールにほのかな罪悪感を抱きながら、ダンは抄紙機のパーツと、鉱滓スラグを回収して飛び立った。


 (……まあガンドールには今度酒の差し入れでもしてやればいいか)


 そんなことを考えつつ、ダンは船内の電気炉を使ってコバルトの精製を開始する。


 あと宇宙空間に出るために必要なのはウランだけだが、それだけは埋蔵されている場所の見当もつかなかった。


 しかし行動範囲が大幅に広がったことで、この星ならどこにでも飛んでいけるようになった。


 物見がてらゆっくり探すか、とダンは気長に構えるのであった。

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