第76話 ぶつかり合い



 次の日――


 ダンが船の外に出ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 海岸にうず高く積み上がった、金貨や銀貨、宝石や宝飾品の数々。


 重さにして一トン以上あろうかという金銀財宝の山。


 美術的価値も入れたら、一体どれほどの価値があるのかも想像が付かない。子々孫々の代まで悠々遊んで暮らせるほどの大金が海岸に積み上げられていた。


 宝石やそれを使った首飾り、惜しげもなく金を使って細かな細工が施された王冠。—―そして極めつけはその頂点にある、大人の握りこぶしほどもある巨大な天然真珠。


 しかしそれらの金貨や宝飾品の一つ一つが塩分で退色し、フジツボがついていたり、変形したりと、かなり年季が入っていた。


 「うわっ、なにこれ!」


 「お、お金……と、とんでもない額ですよこれ!」


 「何でこんなところに……?」


 唐突に海岸まで現れた金銀財宝に、外に出てきた子供たちも驚きで固まる。


 しかしそれの出所に、ダンは心当たりがあった。


 「これ、ダンへの御礼の品なんじゃ……」


 リラのぼそりとした呟きに、ダンも内心で同意した。


 (あの時見た数百隻の沈没船……出所はあそこか)


 そう結論付ける。


 あれだけの数がいたのなら、中には価値のあるものを多く積んだ船があってもおかしくはないのだろう。


 ダンの預かり知らぬことではあるが、この財宝は百年前のアスラ大戦時や、その後の帝国の侵略戦争によって、海路を通って別の大陸に逃げ出そうとした亡国の貴族や王族たちの財産が、怪物によって船が沈められて海底に遺失したものである。


 よって本来は帝国の懐に入るはずだった財貨が、数奇な運命を辿ってダンのもとにたどり着いた形となっていた。


 百年以上前から魔性の森の南西の海は、"悪魔の航路"と呼ばれており、この財宝はそれを知らずに開放したダンへの報酬とも言えるものであった。


 「皆触っちゃだめ、これは間違いなく、海精アプカルルからダンへの贈り物。こんな大きな真珠、陸地に住む者が見つけられるはずがない」


 「なるほど……しかしこれは貰い過ぎだな。少し返した方がいいんじゃないか?」


 「な、何いってんの! 誰から貰ったのか知らないけど、貰えるなら貰っときなさいよ! もったいない!」


 シャットが声を荒げる。


 ダンも一応口では遠慮しつつも、この支援は非常にありがたかった。


 見たところ海精アプカルルが持ってきたものの中には、大量の金のインゴットもある。


 これで船内の配線やマイクロチップに使う分の純金ゴールドが賄える。そればかりか、余分に使ってもまだまだ有り余るほどだ。


 宇宙航行能力を取り戻すための課題が一つ片付いたことになる。


 そして、もう一つの問題として頭を悩ませていた、魔性の森の外貨不足も一挙に解決した。


 とにかく魔性の森はひたすらに貧乏なので、ロムールから小麦や作物を輸入するにも先立つものがなかったのだ。


 これを現地の通貨に換金すれば相当な価値になるはずだ。


 突然大金持ちになったことで、これからの財政にだいぶ余裕が出来たことに安堵した。


 「そうだな……これは皆の為に使おう。ここはありがたく貰っておいて、後で彼らに何か別の形で報いることにしようか」


 「ん、それがいいと思う。どうせ海の中では金貨も使えないし」


 「あ、ははは! スゴイお金! 目がチカチカします〜」 


 「こ、これだけあれば、小麦が何年分買えるんだ? 十年分、いや百年でも!」


 カイラとフレキは余りに凄まじい財宝を見て頭が壊れたのか、目を回しながらへらへらと笑っていた。


 「落ち着け、二人とも! ……よし、皆! これを船に運び込むのを手伝ってくれるか? 重いものは私が持つから、皆は小さな金貨や飾り物などを持ってきてくれ」


 ダンがそう呼び掛けると、子供たちは声を上げて、手分けして金貨や宝飾品などを少しずつ運び始める。


 皆金に魅入られて目がゴールド色に輝いていたが、幸いなことにポケットにこっそり忍ばせようとするような悪い子は一人もいなかった。


 ダンは金のインゴットをごっそり運びながら、まずはこの財宝を一体どうやって換金するか考えることにした。


 * * *


 前日で既に十分な食料を集めきっていたので、ダンは二日目からは子供たちに自由に過ごすよう伝えた。


 ある程度海岸沿いの安全性も確保できた以上、海水浴も解禁かと思いきや、子供たちはそれほど泳ぐことに興味はないらしく、前日と同じように狩りと釣りに分かれて出掛けてしまった。


 どうやら泳ぐよりダンの道具を使うほうが興味があるらしい。


 泳いでいるのはリラとカイラの二人だけ。それも波打ち際で遊んでいるだけで、決して足の付かない場所に出ようとはしなかった。


 「沖に泳ぎに行ったりはしないのか?」


 ダンは、波打ち際でパシャパシャ水をかけあって遊ぶ二人に声を掛ける。


 「え、やだ……ここなんか変なのいっぱいいるし……。それに泳ぐと耳に水が入る」


 「えっと、あの、私も今まで泳いだことがなくて、どうしたら……」


 二人は困惑した様子で答える。


 言われて見ればその通りだった。


 リラやシャットなどの獣人ライカンは頭の上に耳があるため、下手に顔に水を付けて泳いだりするとそこにガバガバ海水が入ってくることになる。


 そして学校のプールの授業もないこの星において、泳ぎ方がわからないのも無理からぬ道理であった。


 前日に皆が海水浴を楽しめるよう見回ったのは、完全に無駄足となってしまったようだ。


 結果的にそれが多くの人を助けて、巨万の富を産み出すこととなったので、まあ結果オーライかとダンはさっさと切り替えた。


 「二人とも、よければ私が泳ぎを教えてやろうか?」


 「ホントですか!? ぜひお願いします!」


 「えっ……」


 ダンがそう提案すると、カイラは嬉しそうにする反面、リラは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


 どうやら耳に水云々関係なく普通に泳ぐのが嫌いらしい。


 カイラはいつも通り、新しいことに挑戦するのが楽しいのか、やる気満々で頷いている。


 「耳に水が入らない泳ぎ方を教えてやるから。覚えておいたほうがいいぞ。不意に川に落ちたりしたときに、溺れてもっと酷いことになるのは嫌だろ?」


 「リラちゃん……一緒にがんばろ? せっかくダン様が教えてくれるんだし……」


 「う、わ、分かった……。でも水が入ったら、すぐやめるから……」


 リラは心底嫌そうにしながらも、諦めてダンのもとに寄ってくる。


 そんな時であった――。


 「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ! 何度あたしの邪魔をすれば気が済むの!?」


 「そっちこそ、こっちに向かって糸を放り投げてるじゃないか! 邪魔してるのはどっちだよ!」


 突如、海岸に子供同士が喧嘩する声が響き渡る。


 シャットとバトゥの二人であった。


 今日はお互いパートナーを交代して、ラージャとバズの二人が森に出て、シャットとバトゥの二人が釣りをする組み合わせになっていた。


 どうやら、お互いの釣り糸が絡まってしまったのが喧嘩の発端らしい。


 前日はラージャが年長者であることも相まって、お互い譲り合って上手くやれていたらしいが、シャットとバトゥほぼ同じくらいの歳だ。


 しかも、どちらも気性が荒く喧嘩っ早いところがある。こうなるのは必然と言えた。


 「……すまん、二人とも。教えてやれるのは後からになりそうだ」


 「は、はい、私は別に大丈夫ですけど……」


 「わたしたちはここにいるから。早く行ってあげて」


 そう二人に背中を押されて、ダンは即座に喧嘩をしている二人のところに仲裁に向かう。


 側ではフレキが、なんとも頼りなさげに喧嘩を止めていた。


 「ふ、二人とも喧嘩をやめなさい! やめないと怒るぞ!」


 「大体前から気に入らなかったのよ! ラージャ兄とばっか話して、他の子とは関わろうともしないで、いつも不貞腐れてムスッとした顔して! なんなのあんた? お高く止まってるつもり!?」


 「うるさい! だから他のやつとなんか話したくないんだ! 特にお前は嫌だった! いつも馬鹿みたいに騒がしいし、図々しく人のことズケズケ聞いてくるし! 俺はお前みたいな無神経な奴は嫌いなんだ!」


 「なんですって……!」


 フレキを完全に無視して、二人の喧嘩は更にヒートアップする。


 「あんたがそんなふうに周りと壁作ってるから、緑鬼オークの郷でも孤立してるんでしょ! あんたが自分から勝手に一人ぼっちになってるくせに、半緑鬼ハーフオークがどうとか言い訳して拗ねてるんじゃないわよッ!」

 

 「――シャット!」


 そう言い放った瞬間、ダンが怒声を上げて続きを遮る。


 シャットはビクン、と全身を強張らせたあと、怯えた表情でダンのほうを見やる。


 バトゥは怒りにプルプルと肩を震わせたまま、その場で俯いていた。


 「言い過ぎだぞ。ただの言い争いくらいなら構わないが……種族的な血筋のことを持ち出してどうこう言うのはやめろ。それは喧嘩とは関係ないことだろう?」


 「だ、だってこいつが……!」


 「……!」


 そうシャットが弁明しようとした瞬間――いたたまれなくなったのか、バトゥはそこから走り去る。


 「バトゥくん!?」


 フレキが慌てて追い掛けようとするも、ダンがそれを片手で制止する。


 「後で私が行こう。君はここで子供たちを見ていてくれ」


 「は、はい、分かりました」


 ダンは改めてシャットに向き直る。


 「いいか、シャット。お前が言ったことはある意味で正論かも知れない。だからといって、それを振りかざして何になる? 無駄に相手を傷つけるだけじゃないか」


 「でも……事実じゃない!」


 「半緑鬼ハーフオークなのは事実としても、それはバトゥにとっては触れられたくないことなのは分かっていたはずだ。お前だって虫の居所が悪いときに、お父さんがいないことを持ち出されてああだこうだと指摘されたら腹が立つだろ?」


 「そ、それは……! そうだけど……」


 言い返そうとするも、シャットはモゴモゴと言い淀む。


 「誰にでも他人に触れられたくない部分がある。バトゥも不貞腐れて悪いところがあったが、お前も相手を気遣う優しさを持て。シャットは賢い子だから分かるよな?」


 「……」


 無言のままコクリと頷くシャットの頭を、ダンはくしゃくしゃと撫でる。


 「よし良い子だ。お前のその誰にでも物怖じせずにグイグイ行けるのはいい所だ。後は距離感を上手く掴んで、相手を気遣うことを忘れるな。後で謝れるか?」


 「うん……」


 「よし、じゃあバトゥは私が何とかしてやる。ここで皆と待っていなさい」


 そう言ってもう一度頭を撫でたあと、ダンは逃げたバトゥの方を追い掛けた。

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