第75話 定番はスパイスの香り
チン、という音同時に、船内の自動調理器を介して料理が出来上がる。
出てきたのは"カレー"であった。
やはり臨海学校といったらこれだろう、ということで船内のバイオプラントから玉葱や人参、そしてスパイス類を持ち出してカレーを作ることにしたのだ。
材料が混沌としていたにも関わらず、スパイスの力は偉大ということか、全てごった煮でも普通に美味しそうなカレーになっていた。
ちなみに貝類は砂抜きの為に一日置いてある。明日食べる予定にしていた。
魚はスズキのようなクセのない白身魚ばかりだったので、フィッシュフライにしてカレーの上に乗せることにした。
故にこれは正確には"フィッシュフライカレー"であった。
……しかし、意気込むダンを他所に、カレーを見た子供たちの顔はいまいち冴えない。
「ね、ねえダン、これって一体なんの料理? 本当に食べられるの?」
シャットは目の前で盛り付けられて、刺激臭を放つ料理を見ながら顔を引きつらせた。
「もちろん! これはカレーという煮込み料理で、美味いし体にもいいしで私の故郷では一番人気の料理なんだ」
「だ、だってこれ、どう見ても……」
「シャット、それ以上口にしたら噛み付くから」
禁忌の一言を口にしようとしたシャットを、リラがジロリと睨みつけて黙らせる。
しかし、目の前の料理に手を付ける気にはならないのか、スプーンを手にしたまま呆然と固まっている。
やはり現地人に、いきなり刺激臭を放つ正体不明の料理を食べさせるのはなかなかハードルが高かったかも知れない。
そう判断したダンが、まずは自分が食べて見せるか、とスプーンを口に運ぼうとした、その時――
「え、えいっ!」
カイラが掛け声とともに、先陣を切って一気にカレーを口に運ぶ。
どうやらカイラは、郷の問題が片づいて以降は謎の勇気が備わったらしく、何事にもガンガン果敢に挑戦していく積極的な子に変わっていた。
「!?」
「行った!?」
全員の視線が自身に集中する中で、カイラは一人目を閉じてモクモクと咀嚼する。
――そして次の瞬間、
「あ、おいしいですっ!」
パッ、と顔をほころばせるカイラに、皆が驚きの表情を浮かべる。
今回は初めてカレーを食べる現地人の舌にあわせて、りんごをすり下ろしたり、ハチミツをたっぷり入れてかなり甘めに味付けをしてある。
それが功を奏したのか、カイラの舌にはかなり合ったらしく、パクパクと口に運んでいく。
「ほ、ホントに美味しいの……?」
「はい! 皆さんは食べないんですか?」
カイラはスプーンを持ったまま、キョトンとして首を傾げる。
「よ、よし……!」
それに続いて、最年長のラージャも意を決して口に運ぶ。
一人が続けばもう一人と、全員が覚悟を決めるまでそう長い時間は掛からなかった。
そして――
「おいしいっ!」
「……意外とおいしい」
「辛いけど案外イケるな」
口々に感想を述べながら、子供たちは美味しいものと知るやパクパクとカレーを口に運んでいく。
当初の忌避感は既に消え失せて、徐々にカレーの魔力の虜となりつつあった。
「カレーもさることながらこの横の"ササホの実"も凄くおいしいです! うちの郷で作ったものはどうもボソボソしてて……なにかコツがあるんですか?」
カイラはスプーンで白米だけを掬い上げ、その白い輝きにため息をつく。
「そのササホ……私たちは米と呼ぶが、それは何世代も前から美味しく食べられるよう少しずつ種を改良していったものだ。一朝一夕で真似できる味ではないよ」
「そうなんですか……残念です。なにか育て方のコツがあるなら教えて頂こうかと」
そうガックリと俯く。
「いや、よければ帰るときに船内で育ててある苗や精製前の種なんかをいくつか譲ろう。君たちの郷の作物が美味しくなるのは私にとっても利益になるからね」
「……! 本当ですか!? ありがとうございます! このササホが毎日お家で食べられるようになるなんて、夢のようです!」
そう目を輝かせて喜ぶ。
ちなみにダンの船に乗っている農作物は、全て成長速度が1.5倍から2倍に遺伝子強化されている。
その辺りのことも考え、適切な管理法の伝授や米を使った加工品の提案も行う。
「そう言えば……君たちの郷にササホを使った酒はあるようだが、どれも濁り酒で度数も低そうだったな。透明な清酒は作ってないのか?」
「は、はい。あの……お酒は皆が自分で飲むように蔵で勝手に作ってるみたいです。透明なお酒というのはあまり見たことが……」
カイラは記憶を探りながらそう答える。
恐らくどぶろくのような自家醸造酒を好き勝手に作って飲んでいるのだろう。
どぶろくは度数はそこそこあるが、不純物が多く味の劣化が早いため、冷蔵技術が発達していないこの星では長期保存には向いていない。
「なるほど……。なら透明で度数の高い清酒の作り方を教えよう。清酒なら、長期保存もきくし見た目にも美しいから、他国との交易品にも使える。
「ほ、本当ですか!? ぜ、是非お願いいたします!」
その言葉に、カイラは目の色を変えてテーブルの上に身を乗り出す。
郷の利益になることに貪欲な辺り、この歳で既に将来の長となる自覚は十分に育ってきているようだった。
「むっ……カイラちゃん、羨ましい……。わたしだってまだ、ダンにそんな大人の世界の話には入れてもらってない」
横で聞いていたリラが若干むくれたように言う。
「カイラは将来的に一種族を背負って立つ立場だからな。今のうちから準備しておいて損はないだろう?」
「ご、ごめんね、リラちゃん……私ばっかり」
「……ううん、いいの。わたしもカイラちゃんが立派な長になってるところ見たいから」
「リラちゃん!」
そう言うや否や、二人は食事中にも関わらずキャッキャとイチャつき始める。
それを他所に、ダンは皆に向かって問い掛ける。
「ところで魚の方はどうだ? 結構美味しく出来ていると思うんだが」
「すっげえ美味いです! これ、本当に俺らが釣った奴なんですか……? 信じられないんですけど」
そう言って、ラージャはフィッシュフライに魅入られたように、熱々のままいっぺんに口に運ぶ。
自動調理器では血抜きや小骨を抜くなどの下処理もちゃんとしてくれる。
そのまま焼いてバリバリ骨ごと食べていた現地人からすれば、魚がここまで美味いものというのは衝撃的なことだったのだろう。
「この茶色い周りのがサクサクして美味しい……」
「不思議です。なんでこんな食感になるんでしょう?」
サクサクとフライを楽しみながらも、少女たちは不思議そうに首を傾げる。
「あっつ……あ、これ俺が獲ったカジリネズミだ! やっぱ柔らかくて美味いよなあ」
「何いってんの! あたしの獲ったイボシシ肉の方が何倍も美味しいわよ!」
シャットとバズは、お互いに獲った獲物のどちらが美味しいかという不毛な争いを始める。
「……俺、おかわり欲しい」
そんな中で、唯一皿を空にしていたバトゥが、恥ずかしそうな口調で言う。
「ああ、もちろんいいぞ! 今日はいっぱい作ってあるんだ。好きなだけ食べるといい」
「あ、お、俺も頂きます!」
「ちょっと、あたしの分も残しといてよね!」
そう言って、皆は慌てて皿の上の分を平らげて、カレー鍋に群がる。
最初はどうなることかと思ったが、どうやら異星においてもカレーはガッチリ子供の心を掴んでくれたらしい。
惜しむらくはスパイスに限りがあることで、流石に船内のバイオプラントにもターメリックなどは栽培していない。
しかし、ここは高温多湿の熱帯雨林であり、スパイスを栽培するのに適した気候をしている。
船内のバイオプラントに各スパイスの種子はあるので、胡椒の栽培と同時進行で試してみる価値はありそうだった。
ダンは、現地でカレーを再現する計画を内に秘めながら、自身の皿に盛られた分をようやく一口運ぶことが出来た。
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