第68話 出立
「それじゃ、皆出発の準備は出来たかな?」
「「はーい」」
「…………っす」
ダンの問い掛けに、子供たちは声を揃えて返事をする。
一人だけ暗い返事の子供がいるが、それは嫌がっているわけではなく、ダンに対して緊張しているに他ならなかった。
今回臨海学校に参加するのは西の郷の
シャットとバズは同じ歳の十二歳、リラはその二つ下だが、ラージャだけは他と違って十五歳の年長組である。
リラより下の年齢の子供は皆五歳や六歳ばかりであり、親元から離すには少し怖い年齢だったので、今回は遠慮してもらう形となった。
ラージャはダンに対してかなり萎縮しているようであり、終始硬い表情で固まっていた。
「ぷっ……あはは! ラージャ兄、すっごい怖い顔してるじゃん!」
「もしかして……ダンに緊張、してる?」
そんなラージャを姉妹二人は遠慮なくイジり倒す。
「バカ……お前ら大人しくしとけよ。首領様の前だぞ。それに呼び捨てって……どんだけ偉い人か分かってんのか?」
「ラージャくん、そんな固くならなくてもいいぞ。今日は皆で気楽に楽しもう。それに子供が首領様などと呼ばなくてもいいさ。大人になったら公の場ではそういう分別も必要だが、今はダンと呼んでくれて構わないよ」
「……いえ、自分はこいつらと違いますから、首領様って呼びます」
子供扱いされたことが不満だったのか、ラージャは少しムッとした顔で言う。
どうやら少し背伸びをしたい微妙な年頃らしい。
「えっと、あの……本当に僕も行くんですか?」
その隣では、全く大人っぽさとは無縁なフレキが、オドオドとしながら尋ねる。
「当たり前だ。君の教師としての実習も兼ねてるんだから。向こうでは皆の引率は任せるよ? フレキ"先生"」
「先生はやめてくださいよ! まだ何にも教えてないんですから!」
先生という呼ばれ方に恐縮して、フレキは何度も首を横に振る。
その自信の欠片もない様子にいささか不安を覚えるも、代わる人材もいない以上、頑張って育てるしかないなとダンはため息を付いた。
「二人とも、首領様の言うことを聞いてちゃんとしてなきゃ駄目よ? 特にシャットはすぐに無茶する癖があるから……」
見送りに来ていたエリヤが、二人に心配そうな顔で話し掛ける。
「なんでよお母さん! あたしだってちゃんとしてる時はしてるでしょ!」
「してない……シャットと一緒にされてわたしも迷惑……」
そうサラッと毒を吐くリラに、シャットが再び怒り出して喧嘩が始まった。
「わっはっは! 相変わらず元気だなお前ら! 始まる前からこんな調子じゃ連れてく兄貴も苦労しそうだぜ」
「うるさいわね! 大体なんでロンゾさんが見送りに来てるのよ! 関係ないじゃない!」
「そう……関係ない。さり気なくお母さんの横に立つのやめて」
「い、いや俺は族長としてだな……」
何故か見送りに来ていたロンゾが、二人から一斉攻撃を受けることで喧嘩が収まる。
その様子をエリヤは横でクスクスと微笑ましく見つめていた。
「……おいロンゾ、お前ちょっとこっちに来い」
「お、おう、なんだい兄貴?」
ダンはちょいちょい、と軽く手招きで呼び寄せる。
ノコノコと寄ってくるロンゾの首に腕を回しながら、無理やり引きずるように木陰に連れ込む。
「……お前、分かってるよな?」
「え……な、何が?」
「エリヤさんのことだ。私は今から二日間、シャットとリラの二人を連れて出掛けてくる。その間、エリヤさんは家に一人だ。……お前、その間に何とかして彼女と一晩過ごしてこい」
そのダンの言葉に、ロンゾは意味を理解したのか、顔をみるみる赤くする。
「い、いや、でも俺らはまだ、そういうのは早いっていうか……!」
「何が早いんだ? もう二人も分別が付いてくる歳だし、お前は族長としての甲斐性も手に入れた。前回の戦いでそれなりの指揮能力も見せたのは私も認めている。いつまでこんな宙ぶらりんな状態を続けるつもりだ?」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけどよ、でも……うぐっ!」
そうなおももごもごと言い淀むロンゾに、ダンは活を入れる意味で腹に肘を軽く突き入れる。
「……いいか? この二日の間にしっかりキメてくるんだ。彼女は明らかにお前からの誘いを待っている」
ダンはそう言うと、懐から高級なブランデーの瓶を取り出して、ロンゾに差し出す。
今回のために用意した、ガンドールに渡したものより更にもう一段階高級な秘蔵の品であった。
「私の船に取り置きしていた最後の一本だ。前回の戦いの報酬としてこれをくれてやる。これを口実に彼女を酒に誘っていい感じになってこい。……言っておくが、拒否されたらくれぐれも無理矢理はするなよ」
「…………!」
ダンの言葉に呆然としながらも、ロンゾは差し出された酒の瓶を受け取る。
「もし私が帰ってくるまでになんの進展も見られないようなら……二度と私を兄貴などと気安く呼ぶことは許さん。好きな女に自分の気持ちも伝えられんような臆病者は私の傍には要らんからな」
「……! わ、分かった、兄貴にそこまで言われちゃあ、俺も後には引けねえ。この二日でなんとか、決めてみせる……!」
発破をかけるようなダンの言葉に、ロンゾは決然とした顔で拳を固く握りしめる。
それに軽く頷き返しながら、ダンはさっさと船の方に戻っていく。
「……なんの話してたの?」
勘の鋭いリラがジトッとした目でそう質問してくるも、ダンは肩をすくめながら答えを適当にはぐらかした。
「ま、ちょっとした相談事さ。……さあ、そろそろ見送りは良いだろう。皆出発だ! 早く船に乗ってくれ」
そう言ってダンが追い立てるように手を叩くと、子供たちは親と別れて、ゾロゾロと船の中に乗り込んでいく。
最後の一人が乗り込んだあと、ダンは「じゃあ、留守の間しっかりやれよ」とロンゾに言い残し、そのままピシャンとハッチを閉める。
そして子供たちを乗せたまま、ダンの船は空高く旅立っていった。
* * *
「す、すげえ……本当に浮いてる!」
コックピットで立ち尽くしながら、ラージャは驚きの声を上げる。
初めてダンの船に入る男性陣は、コックピット内のゴチャゴチャしたボタンの配列に少年心をくすぐられるのか、キラキラした目で周囲を眺めていた。
「これから
そうダンが後ろを指差すとそこには――
「じゃ、あたしが上の段を使うわ! お姉ちゃんなんだから当然よね?」
「……ダメ、シャットは寝相が悪すぎてうるさい。わたしが上の段を使う。世の中年齢より実力で立ち位置を決めるべき」
「あたしがあんたより下って言いたいの!?」
勝手知ったる船の中と言わんばかりに、姉妹二人が居住区画に向かいながら、二段ベッドの上の段を取り合っている所であった。
「お、おいお前ら! 首領様の許可もなく勝手なことすんなよ!」
見兼ねたラージャが声を上げるも、二人はキョトンとした顔で首を傾げる。
「何言ってるのラージャ兄? あたしたちいつもこんな感じだけど?」
「皆急いだほうがいい。今のうちに確保しないとシャットにベッドのいい位置を取られる」
「ははは! いいよ、ラージャくん。あの二人はいつもこうだからね。それに君たちも自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ。一応男子の部屋と女子の部屋は区切ってあるから、別の部屋で各々の寝床を自由に確保してくれて構わないよ」
「首領様がそうおっしゃるなら……」
ダンの言葉に、ラージャは渋々引き下がる。
『目的地到達まで残り三十秒を切りました。着陸態勢に移行します』
「……と、思ったがそろそろ
「え、も、もうですか!?」
ノアの業務的な報告に、フレキが驚きの余り聞き返す。
出発からまだ三分ほどしか経っていない。
「…………!」
歩いて半日はかかる距離を、本当に一息の間に縮めてしまう宇宙船の圧倒的な移動力に、ラージャはもはや言葉を失った。
「この船は初速でマッハ10は出るからね。ほんの二十キロしか離れていない
ダンは現地人に伝わらない単位でそう答えながら、さっさと着陸態勢を整える。
宇宙船は地面と垂直に降り立ったあと、地面に支脚を立てて体勢を固定する。
ハッチを開けるとそこには、事前に
「カイラちゃん!」
「リラちゃん!」
顔を合わせた瞬間、リラは船から駆け下りてカイラと両手を合わせる。
仲のいいお友達と再会できたのがよほど嬉しいのか、キャッキャとはしゃいでいる。
「「――お勤め御苦労様です、代行!!」」
そんな麗しい光景の後ろで、厳つい男衆が一斉に頭を下げてダンに挨拶する。
「ああ、少しカイラ殿を借りていく。その間の留守を頼んだぞ」
「へい!」
ダンの言葉に、
「首領様、どうかお嬢様のことをよろしくお願い致します」
アヤメが上品に礼をする。
「お嬢と同じ年頃の子供なんて郷にはいねえからよ、昨日からずっと楽しみで寝れなかったみたいだぜ? しっかり楽しませてやってくれよな」
「カ、カエデさん、余計なこと言わないで下さい!」
双子の片割れであるカエデの暴露に、カイラは真っ赤になりながら抗議する。
以前に来たときより
今は水が張られた上に綺麗に苗が植え付けられて、旧日本国出身者のダンは、まるで故郷の風景を見ているような不思議な気分にさせられた。
「……あの時と比べると見違えるようですね。本来の
「まあ! 首領様からそこまで褒めて頂けるなら、みんなで頑張ったかいがありました。郷の復興の為に、男衆の皆も生まれ変わったように働いてくれましたしね」
そうアヤメは柔らかく微笑む。
見れば
どうやら生まれ変わったように働いているというのは本当らしい。
彼女自身も、散々苦労させられたであろう相手にそう言えるのは素晴らしい人格者と言えた。
「どうなることかと心配しておりましたが……
「ありがとうございます! このようになれたのも皆首領様のお陰です。今後ともお役に立ちますので、何卒ご指導のほどよろしくお願い致します」
「「よろしくお願いします!」」
丁寧に礼をするアヤメに続いて、男衆も声を合わせる。
どうやらかなり教育が行き届いているようだ。
アヤメにブートキャンプを任せたら、質の良い兵が仕上がるのではないかと感心しつつ、ダンは頷き返す。
「カイラ殿ももうお見送りは結構ですか? よろしければもう出発いたしますが」
「は、はい! 大丈夫です! ……そ、それと、少し首領様にお願いがあるのですが……」
ダンがそう尋ねると、カイラはもごもごと言い淀んだあと、意を決したように言った。
「あ、あの首領様、ずっと思っていたんですが……私に対して、その対等に接するのはもうやめてくれませんか? ロクジ様もですが、首領様ほどの方が私みたいな子供をそこまで丁重に扱ってくれるのはおかしいです。自信がない私にずっと気を使って下さっていたのは分かりますけど……」
カイラのその申し出に、ダンは驚く。
確かにダンはカイラに最大限気を使っていた。
立場ある大人たちの中に、一人だけ混じってビクビクしている可哀想な子供を、出来るだけ傷付けたり怖がらせたりしないよう丁寧に扱っていたのだ。
しかし、カイラ自身がその特別扱いは不要と言ったということは、彼女に自信がついたことの裏返しでもあった。
「分かった。じゃあこれからは他の子供と同じように扱うぞ、カイラ。私のこともダンと呼ぶといい」
「……はいっ! これからよろしくお願いします、ダン様!」
その言葉とともに、ダンに頭を撫でられてカイラは嬉しそうにはにかんだ。
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