第61話 戦士としてあるべきこと


 新たに西の獣人ライカンの族長となったロンゾは焦っていた。


 自分たちは出遅れている。


 最も早くにダンに出会った魔性の森の住人でありながら、今は他の郷の連中に出し抜かれている。


 主力としての信頼を勝ち得ていないのだ。


 仕方のない部分もある。前任の族長であるラースが帝国の卑怯な手によって命を落とし、郷の戦士の大半が負傷してその治療を行っている。


 こんな再建中の状態で自分たちも戦いに出たいと言っても、ダンが許可してくれるはずもなかった。


 ダンもその辺りは気を使って、ロンゾに「焦らなくていい」と何度も言ってきているが、その気遣いが逆に痛かった。


 故にロンゾは、ダンに頼み込んで獣人ライカンの戦士を五百ほど借りて、比較的敵の少ない北岸側に参戦することを許可してもらったのだ。


 (犠牲も厭わず手柄を立てる……いや、違うな。まず兄貴から借りた戦士を出来るだけ無事に帰すことだ。敵将を討ち取っても味方が全滅したら、間違いなく兄貴は嫌な顔をする)


 閑散とした戦場を歩きながら、ロンゾはダンが本当に望む答えを探り出す。


 「隊長さんよぉ。これから一体どうするってんだ?」


 そう意気込むロンゾを他所に、借りた戦士たちの代表者らしき若者がそう尋ねる。


 この戦士たちは北の獣人ライカンの者たちであった。


 北の獣人ライカンの中でも未熟で、まだ実戦に出せるほどではないと留守番を命じられた者たちである。


 しかし、ロンゾが出撃を嘆願してきたこともあり、戦力を遊ばせておくのももったいないということで、今回特別に出撃を許可された。


 「おう、悪い悪い。こっちの北岸側にもまだ敵兵が残っているはずだ。俺たちで、そいつらを叩く!」


 「ふぅん、俺たちで、ねえ?」


 その若者は、ロンゾの言葉を聞いて他の戦士たちとニヤニヤとしながら顔を見合わせる。


 見ると今回集まった戦士たちのほとんどがまだ成人したばかりの十代の若者揃いだった。


 そして、この一番生意気そうな若者が、この場のリーダーであることは見て取れた。


 「……お前、名前なんて言うんだ? 見たところ、この群れで一番発言力があるのはお前だろ」


 「ああ、俺っすか? 俺は"ジュウザ"ってんですよ。あんたロンゾさんでしょ? 郷を追われた西の長の」


 「…………!」


 そのジュウザと名乗った若者の挑発的な言葉に、ロンゾは怒りで全身の毛が逆立たせる。


 ジュウザ、という名前には聞き覚えがあった。確かロクジの孫で、北の郷で若者を引き連れて悪さばっかりしている悪たれ小僧として有名であった。


 触れられたくないところを若造に無遠慮に踏み込まれて、ロンゾは思わずその胸ぐらを掴んで怒鳴りそうになる。


 しかし、普段のダンの姿を思い出して、ぐっと堪えた。


 (そうだ……本当に強い男は簡単に声を荒げたりしねえ)


 ロンゾはそう思い直したあと、怒りを抑えて落ち着いた声で言った。


 「……そうだ。だからこそ、ここで実績を上げて戦力として認められなきゃならねえ。お前らだって、北の獣人ライカンの中じゃあぼんくら・・・・扱いだろ? そうじゃなきゃ、こんな重要な戦いで留守番を命じられるはずがねえからな」


 「…………!」


 ロンゾの言葉に、ジュウザたちは悔しそうに歯噛みする。


 実際にジュウザたちは、実力はあれど性格的な面や日頃の行いで郷の上層部から煙たがられており、一人前として扱われないことに若干気持ちを腐らせていた。


 「だから……ここらで手柄を立てて年寄りどもを見返してやりたくねえか? 俺は手柄を上げて兄貴に褒められるし、お前らも周りにデカい顔が出来る。協力する利害は一致してると思うが」


 「……ちっ、分かったよ。だが、あんま俺らに偉そうにすんじゃねえぞ、おっさん。あんたなんかいなくても俺らだけで十分戦えるんだからよ」


 「俺はまだ二十代だ! おっさんじゃねえ! ……ったく。まあいい。お前らの態度については今更何も言わねえから、戦いのときには必ず俺の指示に従え。いいな?」


 ロンゾがそう言い聞かせると、ジュウザは渋々ながらも頷く。


 その大人を舐め腐った態度に、そう言えば自分も十代の頃はこんなもんだったか、とラースによく殴られていた頃を思い出して、少し懐かしくなった。



 * * *



 「馬鹿野郎! 一人だけ突っ込み過ぎだ! さっさと戻れ!」


 ロンゾは、血気盛んな若造たちの手綱を握るのに四苦八苦しながらも、なんだかんだと散り散りになった敵兵を撃破していく。


 ジュウザは特に怖いもの知らずであるらしく、仲間すらも振り切って敵群の中に突っ込み、手当たり次第に剣を振り回して敵兵を討ち取っている。


 若気の至りというべきか、一番危険なことをやって生き延びた者が、彼らの集団の中で最も勇敢で尊敬される戦士という価値観があるらしい。


 まさにチキンレースそのものであり、その戦い方を見ていると、指揮官を任せられたロンゾは到底生きた心地がしなかった。


 「あんなとこに一人で突っ込むなんて流石だな、ジュウザ! お前一人で二十人くらいブッ殺したんじゃねえの?」


 「へっ、まあな。俺に掛かりゃ人間なんてこんなもんよ」


 ジュウザは取り巻きにそう煽てられて、返り血を拭いながら得意げに胸を張る。


 「この……馬鹿が! 今のはたまたま敵が雑魚ばかりだったから奇策が上手く行っただけだ! あの中に一人でも手練れがいたら、今頃お前があの死体の中に混じってるところだったんだぞ!」


 戦闘が一段落したあと、ロンゾは折り重なった帝国兵の死体を指さしながらジュウザを叱責する。


 ――こいつらは若い。怖いものを知らなさすぎる。


 きっとこの世に自分たちより強いものなんて居ないとすら思っているのだろう。


 ロンゾはまさに昔の自分を見ているようだった。


 ラースに負けて、そしてそれよりも桁違いに強いダンに出会うまでの。


 なまじ、ジュウザには才能があった。剣の扱いに長けており、身体能力も戦闘のセンスも他の者より頭ひとつ抜けていた。


 それ故に、今まで壁にぶつかって来なかったとも言える。


 自分はラースに負けて以降、それなりに身の程を弁え出してから、無茶することをやめて戦いで生き残る術を覚えた。


 ならば今度は、自分がこの若造を導いてやらなければと、そう思ったのだ。


 「おっさん、あんたみたいに味方の後ろに隠れてコソコソ戦ってるような奴にあれこれ言われたくねえな。戦士ってのは前に出て戦ってこそだろ?」


 「違う! 本当に良い戦士ってのは――」


 ロンゾが反論しようとした、その時――


 「!?」


 「うぐっ!」


 突如として上空から矢が降り注ぎ、それを受けた何人かが倒れ込む。


 幸いながら致命傷を受けた者はいないが、腕や足に矢を受けて、戦闘不能になったものは数多く居た。


 「まずい、伏兵だ! 総員、怪我したものを担いで森の方まで下がれ!」


 「へっ」


 ロンゾがそう指示を出すも、ジュウザだけはそれを無視して、矢が飛んできた方へと走り出す。


 「馬鹿、何やってんだ! ……おい! お前らは怪我人を連れてさっさと退却しろ! 俺はあの馬鹿を連れ戻す!」


 そう言って、ロンゾは勝手に離脱したジュウザの後を追う。


 矢が飛んできた方向は小高い丘となって隠れており、伏兵の全容も見えないのに突っ込むのは狂気の沙汰としか思えなかった。


 ロンゾが必死に声を掛けながらジュウザに追い付くとそこには――二百以上の帝国の騎士が、丘の上に駆け上がってくる所であった。


 ジュウザはその数に驚き圧倒されたのか動けず、直線上の位置でぼーっと突っ立っている。


 ロンゾは咄嗟に覆い被さり、ジュウザを横に突き飛ばした。


 「危ねえっ! ぐはっ……!」


 「…………!」


 その通り過ぎざまに、ロンゾは馬に跳ね飛ばされ、代わりにジュウザは無傷でその場を切り抜けた。


 「……!? おい、おっさん!」


 「くっそ、痛てててて……!」


 そう軽い感じで痛がるも、ダメージは深刻であり、ロンゾは口元から血を流しながらヨロヨロと立ち上がる。


 内臓が傷付いているのか、胃の奥から鉄の味がせり上がり、口の中のものを一気に吐き戻した。


 「……あんた、何やってんだよ! 俺は死ぬことなんざ別に怖くねえ! 真の戦士は戦いの中で死ぬことを恐れたりはしねえんだ! 勝手に俺を庇って、それで恩でも着せたつもりかよ!」


 「このクソ餓鬼が……! お前なんぞに戦士の何が分かる……!」


 そう言ったあと、ロンゾは再び反転してこちらに戻ってくる騎士たちに剣を向ける。


 逃げ出した若い戦士たちを追うより先に、こちらを先に潰しておくつもりなのだろう。


 まさに絶体絶命と言える状況だった。


 そんな中でもロンゾは、諦めることはせず、血反吐を吐いて獰猛な笑みを浮かべた。


 「この死にたがりのクソ馬鹿野郎! いいか、よく聞け! 真の戦士ってのはなあ――」


 ロンゾはそう叫びながら、最初に突進してきた一人目の騎士に飛び付いて、無理やり馬から引きずり落とす。


 そしてそのまま馬を乗っ取り、後ろに敵の騎士を大量に引き連れながら駆け出した。


 「死を恐れないんじゃなく、死の恐怖を乗り越えて、仲間や家族を守る為に命を張れる奴のことだ! ちくしょう! 死にたくねえぇぇ! エリヤさーーんっ!!」


 そうヤケクソになりながら馬を駆って逃げ回るロンゾは、決して格好良いとは言えない有り様だったが、少なくとも逃げていく戦士たちから騎士の目を逸らす役割は果たしていた。


 「…………!」


 無様に泥まみれになりながらも、仲間のために体を張るその姿に、ジュウザは少なからず衝撃を受ける。


 力で分からせるとはまた別のやり方で、ロンゾはジュウザに新たな道を示した。


 ――そして、ロンゾのその声を聞き付けたのか、味方側の援軍も駆け付ける。


 「……叫び声を聞いて駆け付けてみりゃ、なんだいあの愉快な奴は? 敵と追いかけっこして遊んでるのか?」


 「違うわよ、あれは敵に追い掛けられてるの! 早く助けてあげないと!」


 そう言って、慌てて駆け付けてきたのは、オーガ族の双子の姉妹、アヤメとカエデであった。


 二人はカイラに代わってオーガ族の男衆二百人を率いて参戦しており、ちょうどロンゾたちと鉢合わせする位置に向かっていた。


 「人間の騎士がひぃ、ふぅ、みぃ……かなり居るわね。皆、相手できる?」


 「問題ねえ!」


 「たかが人間が馬に乗ったくらいでオーガに勝てるかよ!」


 そう自信満々に言う男衆にアヤメは頷いたあと、必死に逃げるロンゾに向かって声を掛ける。


 「そこのあなた! こっちに向かって走りなさい! 後ろの連中は私たちがなんとかしてあげるから!」


 「……! オーガ族!? ありがてえ、恩に着る!」


 ロンゾは二人の姿を見ると、一切迷いなくそちらに向かって馬を走らせる。


 オーガ族は強力な魔人種であるだけに、この絶体絶命な状況でもどうにかしてくれるという安心感があった。


 「すまねえ! 後は任せた!」


 「任されたわ――はっ!」


 ロンゾがそう通り過ぎるや否や、アヤメは懐から鉄扇を取り出し、すぐ後ろで剣を振りかざしていた騎士の首を、スパッと簡単に払い落とす。


 「…………!?」


 それを見て騎士たちは動揺するも、そのまま止まることもできずに、オーガ族の戦列に向かって正面から突っ込んでいく。


 「よっしゃあ! いくよお前たちっ! お嬢にいいとこ見せてやるんだ!」


 「おうさァ!」


 カエデがそう号令をかけると同時に、鬼族の男衆たちは威勢のいい掛け声を上げて、丸太のように太い棍棒を掲げて、騎士たちに向かって振りかぶる。


 ――そして、突進してくる騎士たちを、まるで野球でもするかのように横薙ぎで弾き返した。


 「ぐああっ!!」


 「な、なんだこの化け物どもはっ!」


 「どうだい、これがオーガ族の力だよ!」


 そう言うカエデ自身も、身長ほどもある大太刀を振るって、横に逸れてきた騎士を馬ごと真っ二つに叩き斬る。


 その威力は衝撃が地面を抉るほどであり、太刀を振るった直線上に炎が筋のように通っていた。


 「そうだよな? 俺らって結構強え方だよな? あの地獄の日々以来そのことをすっかり忘れそうになっちまって……」


 「やめろ、せっかくいい気分だったのに思い出させるんじゃねえ!」


 「あれは悪い夢だったんだ……。でなきゃ、素手でオーガ族を何人もまとめてぶっ飛ばす人間なんているはずがねえよ……」


 そう若干トラウマを刺激されながらも、オーガ族たちは一人も欠けずに鼻歌交じりに騎士たちを殲滅していく。


 「なんなんだよ、あいつらは……」


 それを横目で見ながら、ジュウザはその圧倒的な実力差に絶句した。


 自分たちなら、あの人間の騎士一騎にも手間取るはずだ。


 それを棒を振り回しただけで簡単に弾き飛ばしてしまうオーガ族の剛腕が、なんとも羨ましく妬ましかった。


 「ハァ、なんとか生き延びた。……凄えだろ? あいつら、あんな棒切れを力任せにぶん回すだけでめちゃくちゃ強えんだもんよ。ズルいよなあ」


 そう言って、ぜえぜえと息を荒げながらジュウザの横にへたり込むのは、先程まで騎士たちと派手な逃走劇を繰り広げていたロンゾだった。


 「おっさん、あんた……」


 「もう面倒くせえからおっさんでいいよ……。俺もこれまで色々無茶もやってきたが、今回のはとびきりだ。本気で死ぬかと思ったぞ」


 「……礼は言わねえぞ。別に助けてくれなんて頼んでねえからな」


 そう不貞腐れたようにそっぽを向くジュウザに、ロンゾは苦笑を零す。


 「要らねえよ。お前はただ、昔の俺に似てたからな。死なねえよう勝手に助けただけだ」


 ロンゾはそう言うと、「痛てて……」と跳ねられた背中を擦りながら立ち上がる。


 跳ねられた瞬間に身を捩ったことで、どうにか致命傷は避けられたらしい。


 魔人種のような圧倒的な攻撃力はないが、俊敏さと受け身の柔軟性に関しては、獣人ライカンが他のどの種族よりも優れている部分でもあった。


 既に襲ってきた騎士たちもあらかた片付いたらしく、ロンゾはオーガ族たちに手を振りながら、背中越しに言った。


 「お前の戦いかたには中身がねえ。確かに戦いの才能はある。だが……今のままじゃ、何者にもなれねえまま、つまらねえ所でドジってくたばるのがオチだな」


 「んだと、この野郎……!」


 そういきり立つジュウザに、ロンゾは面倒くさそうに手を払いながら言った。


 「もう何言ってもおっさん臭い説教になるから短めに言うけどよ……。お前もっとこう、戦う理由とか見つけたほうがいいぞ? 女の為とか、家族の為とか、夢の為とか、誰かへの忠義とかなんでもいいよ。何か譲れないものを一つでも持ってねえ奴は、いざという時に踏ん張れねえ。ダメだったときは死ねばいいなんて簡単に考えてる奴は、やっぱ真の戦士とは言えねえやなあ」


 ロンゾは最後自分に対するボヤキのように言いながら、よろよろとその場を立ち去る。


 「なんだってんだ、畜生……」


 その場に一人取り残されたジュウザは、くだらないと吐き捨てながらも、ロンゾの言葉が妙にモヤモヤと心に引っ掛かる。


 盛大な勝鬨を上げている味方のオーガ族の横を、ジュウザはまるで敗者のような気分で通り過ぎて、森の中に無傷で帰還を果たしたのだった。


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