第60話 ティグリス川の戦い 心優しき巨人
一方、ロムール側の南岸とは反対の北岸側では、魔性の森勢力の別動隊が動いていた。
北岸側は
そんな閑散とした戦場の中を、ドスドスと音を立てて巨大な人影が歩いていく。
「うわぁ、やっぱ戦は怖いべえ……。兵隊さん、すんごい殺気立ってるし、オラァ、殺されねえか心配だべよ……」
そう言って、戦場をおっかなびっくり横切っていくのは、
しかし
それでもここを訪れることになったのは、他ならぬダンからの指示があったからである。
「首領様のご命令だから仕方ねえけんども……オラァ、あんまりここに長居したくはねえかなあ」
「ム、大丈夫……アダム、守ル。神様、命令。オーク、絶対ヤリ遂ゲル」
そう言って重装鎧をつけたままアダムと共に歩くのは、
一人の
「そりゃあドルゴスさんは頼もしいけんども、オラァ戦の臭い自体が好きでねぇんだ。なんか生臭えし、畑耕してる方がずっと性に合ってるべ」
「ム、アダム……凄ク強イ、勿体ナイ」
ドルゴスは本心から言う。
そんなドルゴスは、アダムの力をよく知っている。
魔人種と呼ばれる魔性の森の住人の中でも、
しかし一度怒らせると、素手で大木を引っこ抜き、張り手で地面を割るほどの桁外れの怪力を発揮する。
その戦闘力は、あるいは魔性の森の種族の中でも最強と言っても良かった。
「オラァ、そんな戦いの力よりうめえ野菜作る才能が欲しかっただよ。最近天気悪いから、作物の実付きも悪くてなぁ……あ、これだこれだ」
「うわあああ! こっちに近付いて来たぞぉ!!」
橋車を守っていた帝国兵たちは、アダムが近付いて来るのを見ただけで戦意を失い、その場から逃げ出す。
「失礼な人たちだべなあ、オラの顔見て、おっとろしいバケモンみてえに逃げちまって……ん?」
「お、おい、あんた!
そうアダムの足元で叫ぶのは、帝国側に捕らえられた者たちで、
橋車を運ぶ労役として連れてこられたのだろう。その姿はボロボロで、首には鎖が繋がれていた。
「頼む、この鎖が車と繋がれて逃げられないんだ! その辺の兵士から鍵を……」
「可哀想なごどすんなあ。大丈夫だ、すーぐに外してやっから」
アダムはそうのんびりした口調で言うと、橋車と奴隷たちを繋ぐ太く頑丈な鎖に手を掛ける。
――そして次の瞬間、まるで小枝でもへし折るようにバキッ、と簡単に引き千切ってしまった。
「て、手で……!?」
「森の方に逃げれば首領様がなんとかしてくれるべ。捕まらんようにあっちに逃げなあ」
「す、すまん! 恩に着る!」
獣人の奴隷たちは、口々に礼を述べながら、森の方に向かって走っていく。
それを手を振って見送っていると、突如として後方から土煙を上げて接近してくる一団が現れた。
「おのれ化け物どもめ! 我らの橋に何か細工でもするつもりか!?」
そう馬を駆って突進してくるのは、帝国側の重装騎兵の一軍であった。
その数は五十と少数だが、陣形の一糸乱れぬ統率は相当に練度が高いことが見て取れた。
「我ら蒼鉄騎士団の渾身の
「うわわぁ! 怖え顔の騎士様が襲ってくるべ!」
「――ム、大丈夫……! オーク、アダム、守ル……!」
そう言うとドルゴスたち
そして、盾にその肉厚の体を寄せるようにしてその足を踏ん張った。
その姿は、傍から見ればまるで壁のようですらあり、半端な突破力では到底突き崩すことは不可能であった。
「おのれ小癪な……突き破れェーー!」
「ヤアァァァァァーーッ!!」
帝国側の精鋭である蒼鉄騎士団は、ドルゴスたちの陣形にも構わず突進してくる。
――そして、接触した瞬間、
「ムンッ!!」
「ぐおっ!?」
ドキャッ! と激しくぶつかって鉄がひしゃげる音と同時に、激しく火花が散らされる。
馬はいななきを上げながらその場に倒れ、
その上に乗っていた騎士たちは、馬から振り落とされて、そのまま真上に吹き飛んで顔から地面に落下した。
最も衝撃の強い中心に居たドルゴスは、鉄板の盾は真っ二つに折れてひしゃげるも、騎士団の突撃をその肉体で受け止めて、大地に足を踏みしめてしっかりと生き残っていた。
「ム……! オーク、防御、破レナイ! 押シ合イ、誰ニモ負ケナイ!!」
「ドルゴスさん流石だべ! ……そんならオラも、ちょっとは頑張んねえと、な!」
アダムはそう言うと、「ふんぬ!」と掛け声を上げて、橋車の下に手をやる。
太い丸太で組み上げられ、その長さが二十メートルを超える橋車は、ただそれだけですさまじい重量を誇る。
しかしアダムは、どっしりと足を地べたに踏ん張って、橋車を持ち上げようと全身に力を籠める。
その瞬間――
「ぬおぉぉぉぉぉ……!」
重さ十トンはあろうかという橋車を、アダムはなんと腕の力だけで徐々に持ち上げ始める。
橋の上にはまだ帝国の兵士が乗っており、急に傾いてくる足場に、怯えて必死にしがみついていた。
「なんだなんだ!?」
「傾いてるぞ!?」
「あいつだ! あの化け物をなんとかしろっ!」
しかしアダムはそのまま、ぐっと膝に膝に力を入れて、力任せに橋車をひっくり返してしまった。
「ふんぬらっ!」
「うわあああああああッ!?」
真っ逆さまに振り落とされて増水していた川に落ちた帝国兵は、悲鳴を上げながらそのまま濁流に飲み込まれていく。
「……なーんつか、ちょっと可哀想だったがなあ?」
「ム、問題ナイ! アダム、敵倒シタ!」
少し罪悪感にかられるアダムに、ドルゴスは自信を持って頷く。
他に対岸に繋がっている橋車も、アダム以外の
捕らわれていた獣人たちも三百名以上に上り、全員解放されて無事魔性の森の中に逃げ込んだ。
見事任務をやり遂げるも、
—――――
本日は少し短めです。
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