第55話 長の資質
胸糞展開注意です
――――
「クソッ! クソッ! クソが! あの野郎、殺してやるッ! 絶対に殺してやるぞ!」
食後の休憩時間、ほんの僅かに許された休息の一時にも、激昂しながら、
「おーい、もうやめようや。暴れても疲れるだけだろうがよ。どうせこの後もアホほど走らされるんだから、体力温存しとこうや」
その場にいたもう一人の
「てめえは腹が立たねえのか!? あの野郎、調子に乗りやがって! ぶっ殺してやりてえとは思わねえのか!?」
「そりゃ思うさ。だけど、実際どうやってブッ殺すんだよ……あの野郎、人間のくせにバケモンみてえに強えじゃねえか。一昨日、俺ら何人かで背後から闇討ち仕掛けただろ?」
「……おう、そうだな」
「ボッコボコにされただろ。それで全員晩飯抜きにされて、俺らまで皆の恨み買ったじゃねえか。あいつ、後ろに目でも着いてやがんだよ。まともにやり合って勝てるとはとても思えねえ」
「…………」
その言葉に、最初に激昂していた方の男は、憮然とした顔で黙り込む。
実際、
毎日毎日ダンに殴られているにも関わらず、未だに元気で反抗心を失っていない。
普通の人間相手なら、怪我人や病人が続出してもおかしくない異常な訓練をダンは課していた。
しかし
その回復力と頑強さが相まって、今のところ一人の脱落者もなく訓練は継続されていた。
「くそっ……なんか奴の弱味でも握れねえのかよ。いつまでもこんな事やってられねえぞ……」
そう
「――貴様ら! そのまま聞けッ!」
突如として恫喝じみた怒声が響き、その場にいた全員が座ったままビクン、と肩を震わせる。
そこには、今最も顔を見たくない男と、その隣で自分たちと同じ白装束を着込んで、小さく縮こまっているカイラの姿があった。
鬼族たちが何事かと身構えていると、ダンは全員に向かって言った。
「貴様らと共に、自ら地獄を見たいという命知らずの馬鹿が現れた。新入りだ、せいぜい可愛がってやれ!」
「あ、あの……よろしくお願いします……」
その言葉に鬼族の男たちは仰天した。
何故ならそこにいるのは、自分たちが傀儡として長に据えた、まだ十歳の少女だったからだ。
自分たちですら血反吐を吐くような毎日のシゴキに、まだ子供のカイラを放り込むような狂気じみた行為。
しかし、
(おい……一体どういうつもりだ? ありゃ)
(大方俺らの不満を和らげるための
ダンが次の訓練のことを話している横で、鬼族の男たちは、そうボソボソと小声で話し合う。
(なんだそんなことかよ……。くだらねえ。そんなので俺らが絆されるとでも思ってんのかねェ……)
(馬鹿にされてるみたいで腹立ってこねえか? そっちがその気なら、こっちにも考えがあるってなもんよ)
そう小声の密談が交わされる最中、ダンは声を張り上げた。
「――さあ、休息は終わりだ! 今から再び外を走って貰う! ダラダラせずにさっさと外に出ろ!」
その命令に、
そしてダンにケツを叩かれるまま、亀のようなノロノロとした足取りで外に出た。
* * *
「おい、あれ見ろよ」
「……ああ」
小声でそう囁き合いながら、鬼族の男たちは雨の中を走り続ける。
しかし、いつもなら真横から聞こえてくるダンの罵声が、今日は聞こえてこない。
代わりにかなり後方から怒声が追い掛けてきていた。
「貴様何をしているッ! 他の者から大分遅れているぞ!! 貴様は足を引っ張るためにこの訓練に志願したのか? この寄生虫が!」
「うっく……は、はい……申し訳、ありま、せん……!」
ダンは虚ろな顔でよろよろと走るカイラの横で、罵声を浴びせながら並走する。
その扱いは、他と同じか、むしろそれよりも酷いものであり、カイラに対して怒りを感じていた
「やべえな、あれ……。下手すりゃ死ぬんじゃないか? あんな餓鬼相手に、本気で狂ってんのかよ」
「いや、演技だろ流石に……。殺すはずがねえよ。だってあの餓鬼はあの男側の味方のはずだろ?」
「……邪魔になったのかもしれねえぞ? あの餓鬼は一応長の血筋だからな。鬼族の郷を手に入れるのに邪魔になって責め殺しちまおうって算段なのかも……」
罵声があまりに真に迫っていたのと、カイラの扱いが酷すぎたのもあり、
「無駄口を叩いて足の動きを落とすな! 貴様らも同じ目に会いたいのか?」
「ひえっ」
ほんの小さな呟きを地獄耳のように聞き付けたダンの恫喝に、
しかしどうしても後ろが気になるのか、チラチラと様子を伺っていた。
カイラも一応
故に体は人並み外れて頑丈ではあるが、体力は見た目通り子供ほどにしかない。
ほんの一キロ走っただけで息が上がり、今はダンに首根っこを捕まれ、引き摺られるように無理やり走らされている有り様であった。
「私の訓練で落伍者を出すことは許さんッ! 貴様のような無能な虫けらは、私が引きずってでも走らせてやる!!」
「は、はい……!」
無理やり引き摺られるようにしながらも、カイラは必死に喰らいつこうと、もはや棒のようになった足を動かす。
足の皮が剥け、爪から血が滲んでも、それでなお止まることは許されない。
――そして、そこにダンの容赦ない罵声が降り掛かる。
「家族は全員死に、周りには貴様を利用しようとする敵ばかり! 血筋以外になんの価値もない貴様を心配するものなどいない! 貴様をどう扱おうと私の自由だ!!」
「ぐすっ……は、はいっ!」
「自分のケツも拭けない餓鬼が、立派な長になるなど笑わせるな! 貴様は永久に一人ぼっちだ! ここで誰にも愛されず、誰にも認められず、私にいたぶられて無惨に死ぬことになる! どうだ、嬉しいか!!」
「うう、わあぁぁぁ……!」
とうとう泣き出してしまったカイラにも、ダンは一切容赦なく引きずって罵声を浴びせ続ける。
その常軌を逸した光景に、カイラを敵視していた者たちすら顔を青ざめさせた。
「おい、嘘だろ……マジで殺すつもりだぞあいつ……!」
「あのイカレ野郎、楽しんでやがる……」
「じ、自業自得だ……。自分が呼んだんだからよ……」
「お、俺たちだってちょうどいい駒ぐらいにしか思ってなかっただろ……。関係ねえ、関係ねえよ……」
そのあまりに悲惨な姿に、鬼族の男たちはもはや見るのも嫌だとばかりに目を背け、俯いたまま黙々と走り続ける。
しかしカイラの泣き声が、ずっと後ろから着いてくる。
カイラが参入したことで、訓練は格段に楽になった。
まずダンの罵声が、一番遅れているカイラに集中し、それに合わせて全体のペースも落ちた。
いつもなら殴られ、ケツを蹴られて無理やり速度を上げられることもない。
しかし、気分は前日よりも遥かに重く、
布団に入って目を瞑った後も、いつまでも子供の泣き声が耳に残っていた。
* * *
「信じられませぬ! 首領様は、カイラ殿を殺す気ですか!?」
今日の訓練が終了し、カイラを連れ戻すや否や、ロクジは激昂した。
もはや主従であることすらも忘れ、ダンに食って掛かろうとする勢いである。
しかしダンは、あっさりとこう言い放った。
「カイラ殿にとってこれは必要な課程だからな。彼女自身が奴らと同じ扱いを求めた。故にその要望に応えたまでだ」
「それにしたってあんまりでございますぞ! わしはどれだけ途中で飛び出すのを我慢したことか……。明日からは絶対にさせれませぬ! このままではカイラ殿が死んでしまいます!」
ロクジは顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶ。
「それを決めるのはお前ではない。……だが、カイラ殿が言うならその限りではないな」
ダンはそう言うと、椅子に座って、ゼェゼェと必死に息を整えるカイラの前に片膝を付く。
「……カイラ殿、どうします? もうやめにしますか? もう十分頑張った姿は見せたでしょう。今日やめてしまったとしても、奴らは笑ったりはしませんよ。むしろホッとするはずです」
「…………」
ダンの問い掛けに、カイラは息も絶え絶えながらも、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「い、いえ……あ、明日も、よろしく、おねがい、します……」
「なんと!? 正気ですか! 本当に死んでしまいますぞ!?」
ロクジはそのあり得ない返答に驚愕の声を上げる。
「もう……もう少しで……なにか見えてきそうな気がするんです……もう少しで……」
「それはきっと見えてはいけないものですぞ! 絶対にやめましょう! それ以上続けては本当に壊れてしまいます!」
そうロクジが必死に説得するも、カイラはふるふると首を横に振る。
「大丈夫です……。まだやれますから、ロクジ様、お願いですから邪魔しないでください……」
「…………!」
カイラの言葉に、ロクジはショックを受けたように後ずさる。
その背後から、ダンがロクジの肩を叩いて下がらせた。
「そういうことだ。カイラ殿の決意は固いらしい。心配するのもそうだが……子供の意を汲んでやるのも大人の努めだ。カイラ殿は自らの殻を破ろうとしている。それを阻んではいけない」
「なんというか……わしには分かりませぬ。そこまでして一体何を得ようというのか……。ですが、そうですな。今はわしが、成長の邪魔となっているのでしょう。爺は大人しく見守ることにしましょうかの」
ガックリと肩を落としながらも、ロクジは頷く。
「安心しろ。カイラ殿を壊したりはしない。そのギリギリを見極めるのも私の仕事だ」
「これ以上安心できない"安心しろ"もありますまい……。どうかお頼み致します。カイラ殿が死んだりしたら一生お恨み致しますぞ」
ロクジの言葉を、ダンは手を振って適当にあしらう。
実際ダンも、カイラの意志の強さは想定外であった。
本当なら一日で音を上げて、トラウマになるぐらいの強度で訓練を行ったつもりだった。
あそこまでやれば、鬼族の男たちもカイラに対する敵意が和らいで、和解する道も見えてくるかと考えていた。
しかし、カイラはそれだけに留まらず、自らの意思で皆と苦しみを共にして、それを継続することを選んだ。
普段は気弱で頼りなくとも、いざという時になれば芯が強い彼女に、ダンは幼いながらも人の上に立つ者の片鱗を見た気がした。
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