第53話 地獄の更正プログラム


 「首領だァ? 舐めたこと言ってんじゃねえぞッ!」


 一方的な宣言を聞いて、にわかにいきり立ったオーガ族の男たちは、奥の座に座るダンに一斉に詰め寄る。


 「百鬼将代行とは大きく出やがったな、小僧」


 「オイ! 門番のガキは何してんだッ!? なんでこんな奴を通しやがった!」


 「今すぐそこから退かねえと殺すぞコラ」


 「ロクジ、カイラ殿を後ろに匿ってやってくれ」


 「承りましたぞ」


 強面揃いな上に全員が筋骨隆々なオーガに集団で囲まれ、間近で凄まれれば、まともな人間ならそれだけで気絶するほどの迫力である。


 しかしダンはそれを涼しい顔で受け流しながら言った。


 「なぜここを退く必要がある。ここは長の座だろう? 私が座るべきはここだ」


 「そこは百鬼将の座る席だっつってんだ。テメーごときが座っていい場所じゃねえんだよ!」


 ダンの胸ぐらを掴みながら、顔の前で唾気を飛ばさんばかりに、鬼族の男衆が吠える。


 「分からんやつだな。だから私がその百鬼将だと言っている――それと貴様、上官に対しての口の聞き方がなっとらんな」


 「あァ?」


 次の瞬間――ボグン、と鈍い音とともにダンに恫喝していた男が真横に吹き飛ぶ。


 座った状態からの裏拳を顔面に受けて、男は声もあげずに数メートル吹っ飛ばされ、襖を突き破って隣の部屋まで転がり込んだ。


 「なっ……!」


 「今何しやがった!?」


 「"鉄拳制裁"だ。言ったはずだな、私に逆らったものは厳罰を下すと。以後私に対してふざけた態度を取ったものは等しく同じ罰を与える」


 「てめえ、ふざけんじゃ――ぶぎゃッ!?」


 そう吠えて殴りかかって来ようとした男の顔面を、ダンの拳が真っ直ぐ打ち抜く。


 顔面に深く拳がめり込み、男は鼻血を吹き出しながら地面と平行に吹き飛んで、廊下の壁に頭をぶつけて昏倒した。


 「…………!?」


 剣を弾き返す天然の鎧と言われる頑強な体と、容易く鉄を捻じ曲げる腕力が売りであり、殴り合いならどの種族にも負けぬと自負するオーガ族が、たったの一発で倒されてしまう。


 そのあまりの光景に全員が騒然とする中で、ダンだけは平然とこう言い放った。


 「たった今言ったことすら守れんような脳味噌じゃ、叩いて覚え込ます他はない。貴様らのような理性のないケダモノにはこれが一番効果的だ」


 「てめえ……一体何モンだッ!?」


 ようやくダンがただ者ではないと気付き始めたのか、鬼族たちは警戒しながら距離をとる。


 「『あなた様は一体どういうお方なのですか?』だ。言い直せ」


 「てめえ、調子に――がああああッ!!」


 しかしダンは、ワンステップで即座に距離を詰めたあと、鬼族の尖った耳を毟り取らんばかりに強烈に引っ張り上げる。


 「いでででで!! 取れる! 取れるゥ!!」


 「もう一度言う。復唱しろ。『あなた様は一体どういうお方なのですか?』、だ。さもなくば貴様の耳をこの場で毟り取る。私にそんなことは出来ないとでも思っているのか?」


 そう言うと更にダンは引っ張る力を強める。


 既に耳の根本からは血が流れており、あとほんの少し力を入れただけで簡単に千切れてしまうことは確実だった。


 鬼族の男は耳が取れないよう必死に爪先立ちして、息を荒げながら言葉を紡ぐ。


 「あ、あな……『あなたは、一体、どういうお方、なのですか?』 言った! 言っただろうがッ! さっさと離せクソがぁッ!!」


 「……ふむ、あとの態度は気になるがまあいいだろう。今回は特別にギリギリ合格にしておいてやる」


 そう言ってダンは投げ捨てるように耳を手放す。


 倒れ込む男を尻目に、全員に向かって改めてこう宣言する。


 「もう一度言う。私は魔性の森の長、ダン・タカナシだ。今回、カイラ殿の求めに応じ百鬼将代行の任を仰せつかった。今このときより、私が貴様らの主人である。私に逆らったもの、無礼な態度を取ったものは今の通り厳罰に処す」


 「森の長だと……!? 一体何の権利があって……」


 「えー……お聞きください。この方は、我ら北の獣人ライカンのみならず、他三方の獣人ライカン族、有角タウロ族や吸血鬼ヴァンプ耳長エルフ族や鉱人ドワーフ族など、森の主要な種族全てから支持を受けて、我らの長へと据えられたお方です。このお方に対し侮った態度を取ることは、我ら他の種族に対しても侮辱をしたも同然と捉えていただきたい」


 いきり立つオーガたちに対して、ロクジが代わりに説明する。


 「馬鹿な、耳長エルフ吸血鬼ヴァンプどもが認めただと……!? あの気位の塊のような連中が……」


 「事実でございます。なんなら耳長エルフの郷にまで使いをやって確認すれば良いでしょう。そして、他ならぬオーガ族も、その傘下に入ることが決定しております」


 その言葉に、更に怒号に近い声が響き渡る。


 「そんなことは我らは何も聞いておらんぞッ!」


 「子供が勝手に決めたことなど無効だ!」


 「他ならぬ子供の使いを寄越したのは貴様らだろう。……それに、カイラ殿は幼いとはいえ、自分の意志で郷の未来をしっかり見据えて結論を導き出している。こんなところで管を巻いて何も決められぬ貴様ら害虫と違ってな」


 「我らが害虫だとォ!?」


 ダンの言葉にオーガ族の男衆は途端にいきり立つ。


 カイラはロクジの後ろで、ダンの挑発的な言動にあわあわとしていた。


 「貴様らはまだ幼いカイラ殿を長に据え、操り人形にしようとしてあれこれと画策してお互いの派閥で争い合っていたらしいな。それで真っ昼間から酒をかっ喰らって、会議にかこつけた宴会三昧……。これを害虫と呼ばずしてなんという。寄生虫か? それとも道端に落ちた犬の糞とでも呼んでやろうか」


 「おのれ馬鹿にしおってぇ……ッ!」


 オーガ族の男たちは、その言葉に今にも飛び掛からんばかりに激昂する。


 しかし、その矛先はダンでは無かった。


 「……おい、お前! なんという勝手なことをしてくれたのだッ!」


 「そうだ! 卑しい女中の血筋ながらも、ゴウラ様の子だというから長に据えてやったのに! その恩を仇で返したか!?」


 「ひっ」


 唐突に怒りを向けられて、ロクジの後ろに隠れていたカイラは、怯えて身を竦ませる。


 「――おい、子供に凄むことしか出来んのか」


 しかし次の瞬間――ダンは即座にその二人に近付いて、顔面を殴り抜ける。


 「がぁぁっ!?」


 「ぐぎゃっ!」


 今日一番強い一撃を食らった二人は、襖を突き破って外に飛び出し、雨の中地べたを数十メートル転がっていく。


 その凄まじい威力には、力自慢のオーガたちですら戦慄して、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 「……恩着せがましいことをほざくな、クズが。カイラ殿が一言でも長になりたいと言ったのか? 仮に言ったとして、この子を長に据えたのは貴様らの都合だろう。自分たちの思い通りに動かなかったからと言って、子供に八つ当たりなど見苦しいにも程がある!」


 「…………」


 その言葉に、その場にいたオーガ族の男たちは、バツが悪そうに顔を伏せる。


 それらを見回しながら、ダンは言った。


 「どうやら貴様らはその腐った性根から叩き直す必要があるな。よかろう、最初の命令を下す。――走れ」


 「えっ?」


 言葉の意味をよく理解出来なかったのか、オーガ族の男たちは怪訝な顔で聞き返す。


 「聞き取れなかったのか? 私は"走れ"と言ったんだ。全員今から外に出て走ってこい。貴様らのそのたるみ切った体と根性を叩き直してやる」


 「えっ、でも今雨だろ……」


 ダンの命令に、男衆からそうボソリと反論が聞こえてくる。


 威勢のいい者から殴り飛ばされて昏倒したことで、既にダンに対して直接物申す勇気はなくなっているものの、それでもなお不満と反感が募っていた。


 「おい、今何か聞こえたな? 言ったのは誰だ? 貴様か?」


 「い、いや……」


 手近な者の顔を覗き込みながら、ダンは詰問していく。


 「それとも貴様か?」


 「違え……」


 そう順々に尋ねていくも、ダンは最初から誰が言ったかは特定していた。


 「貴様だな?」


 「…………」


 そう目的の人物の前に立ち止まると、その者の肩がビクンと震えた。


 「先程なんと言ったか? もう一度私の顔を見て言ってみろ」


 「…………」


 「命令だ。復唱しろ」


 「……あ、雨だろって……ぐぼあっ!?」


 そう全部言い終わらぬ内に、ダンのボディブローが深々と突き刺さり、膝から崩れ落ちる。


 「貴様は敵が攻め込んできた時に、『今日は天気が悪いから明日にしよう』などとほざくつもりか!? 戦場は時と場所を選んではくれんぞ!」


 ダンはうずくまる男の耳元でそう叫んだあと、全員の顔を見回して言った。


 「雨だろうと嵐だろうと、矢が降っていようと関係ない! 走れと言われたら私が良いというまで走れ! 返事は『はい』か『了解』以外は必要ない。分かったらさっさと行け!」


 「…………!」


 そう命じられても動こうとしない男たちに、ダンは拳銃を抜いて相手の足元に何発か発砲する。


 「行けーッ!!」 


 「ひえっ!」


 急に足元が爆ぜたことに驚くあまり、何人かはコケそうになりながらも、ほうほうの体で外に飛び出していく。


 あとに残されたのは、ダンとその供として二人だけになり、部屋の中はシンと静まりかえっていた。


 「……すいません。集会所をかなり壊してしまいました。今度また直しに来ますので」


 「あっ、だだだ、大丈夫でしゅ! 首領様のお手を煩わせるわけには……」


 ダンの迫力にすっかり委縮してしまったのか、カイラは真っ青な顔で首をぶんぶんと横に振る。


 「いやあ、泣く子も黙る無頼のオーガの郷が、まるで子供の集まりでございましたな……。あるいは本物の"鬼"とは首領様のことかもしれません」


 そうしみじみと感想を述べるロクジに、ダンはため息交じりに言った。


 「好き勝手なことを言うな。私だってこれは疲れるからあまりやりたくないんだ。……ただ、奴らの根性は腐りきってるからな。一度精神を徹底的に破壊して作り直すぐらいのことをしないと、まともには戻れんだろう?」


 「なんとまあ……カイラ殿のこれまでの扱いを見て、腹に据えかねておったのですが、今のを見ると思わず奴らに同情してしまいそうになりますわい」


 ロクジは身震いしながら言った。


 その後はダンの監視下の元、オーガ族の男たちは豪雨の中を走り続けた。


 オーガは腕力や耐久力は優れていても、持久力はいまいちだったらしく、長い不摂生も祟ってかすぐに音を上げる者もいた。


 しかしサボろうとしたり、逃げようとした者にはすぐさまダンが捕縛し、容赦なく体罰が与えられ、罵倒され、徹底的に尊厳を破壊される。


 そしてまた走らされる。


 その有様は他の者たちに恐怖を与え、反抗心を縛り付けた。


 そんな悪夢のような過程を六時間ほど経て、オーガ族たちはようやく解放され、土間で折り重なって泥のように眠りについた。




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