第51話 自分の意志で


 「ふう……」


 一息ついたあと、ダンはビットアイ経由で送られた映像のモニターを切る。


 実はまだ、ステルス機能で姿を隠しただけで、エーリカの部屋にビットアイは潜伏中である。


 ビットアイは浮いている最中は音はほとんどせず、風なども起こらないため、天井辺りに張り付いていれば見つかることはまずない。


 しかし、これ以上得たい情報もない上に、彼女がいきなり着替えでも始めたら大変なことになるので、後はノアのオートパイロットに任せて、ダンはさっさと監視の電源を切ることにしたのだ。


 「これで少しはこちらの力を評価してくれたかな?」


 ダンはコーヒーをすすりながらそう一人呟く。


 今回は、あのエーリカ姫にこちらの底知れなさと不気味さを演出するために、あえて開示する情報を少なめにしてコンタクトを取った。


 何故かというと、ロムール側に魔性の森の勢力を味方に引き込みたいと思わせるためでもある。


 ダンの今回の戦争における目標は、帝国の撃退はもちろんのこと、森の異種族たちの地位向上と生存圏の拡大も含まれている。


 ここから帝国を退けたところで、元通り異種族が軽んじられたままでは意味がない。


 『魔性の森の亜人たちは敵に回してはいけない』


 人間たちにそう思わせることが、今回の戦争の最大の目標であった。


 ――そしてそれを成すには、こちらに被害を出さず圧倒的に勝つ必要がある。


 「ノア、帝国側の戦力の規模はどれぐらいの数になるか分かるか? ビットアイで観測した映像を元に人数を算出してくれ」


 『了解しました』


 そう船内のスピーカーからノアの声が響いたあと、しばらく時間が経ってから、再び返答が返ってきた。


 『—―算出しました。敵要塞に駐在する総数はおよそ一万八千名。訓練の様子から、城壁外に打って出る戦力は一万五千名ほどに上ると予想されます。残りの三千名の内半数は非戦闘員で構成されています』


 「ならばロムール側の戦力としては三倍か。数としては多いが、ひっくり返せないほどでもないな」


 ダンはそう分析する。


 平地で普通に交戦すれば絶望的な戦力差ではあるが、今回はこちら側が不意を突けるということもあり、それほど悲観してもいなかった。


 今回はあくまでダンはサポートと指示役に徹し、異種族たちの力だけで勝たせるつもりだった。


 そうすることで、ダンの力がなくとも帝国に勝てるという自信に繋がり、何より異種族たちの地位向上も早まる。


 あの場でダンと名乗らず、″ゾディアック″という単語を使ったのは、その意思の現れでもあった。


 「なら、その数値を元に帝国とロムール軍が交戦した場合の結果をシミュレートしてみてくれ。その結果如何によって、我々がどのタイミングで参戦するのが最適か考える」


 『了解しました。……それと、一点報告があります』


 「? どうした?」


 ダンは不思議そうに尋ねる。


 『塔の方より、北の獣人ライカン代表者のロクジと、オーガ族の代表者カイラが船長キャプテンに面会を求めてこちらに接近してきています。お通ししてもよろしいですか?』


 「なんだ、まだ帰ってなかったのか? 構わない。ここまで案内してやってくれ」


 疑問に思いながらもそう指示を出す。


 既にあの宴から一日半は経過している。大半の族長は天候が再び崩れぬ内にさっさと自分の郷に戻って待機しているはずだが、何故か二人だけ豪雨になるのも構わず残っていたらしい。


 恐らく何かしらの相談事があるのだろう。


 しばらくすると、プシュン、とハッチが開く音とともに、二人の人影が船内に現れた。


 北の獣人ライカンの老練の長であるロクジと、その孫娘ほどの歳であろう、オーガ族の長カイラ。


 対照的な二人は、ここに来るまででも雨に打たれたのか、どちらもビショビショになっていた。


 「お忙しいところ申し訳ありません、首領様。少しご相談したいことがございまして……」


 「ああ、構わないよ。今ちょうど手が空いていたところだ。二人ともそこの椅子に掛けなさい。……ノア、二人にタオルと、暖かい飲み物でも出してやってくれ」


 『了解しました』


 ノアがそう答えると同時に、船内のマシンアームが動き、椅子に座る二人の前にバスタオルと暖かいお茶が供される。


 「やや、これはすみませんな。……おお! この不思議な布の、なんと柔らかく心地よいこと!」


 「ふかふか……」


 二人はバスタオルの虜になりながら、手で撫で付けたりして感触を楽しんでいる。


 「まあ、それは後でな。それで、私に相談したいこととはなんだ?」


 「おお、これはすみませぬ。……実は、皆が帰った後も、我らだけあの塔でカイラ殿と今後のことで話し合っておったのですが……。相談したいことはオーガ族の郷のことなのです」


 「うん、聞くところによると随分と荒れているらしいな」


 まあそのことだろうなと思いつつ、ダンは特に驚くでもなくコーヒーを啜る。


 「は……実は先代の長、ゲンラ様の子であり、カイラ殿のお父上であらせられるゴウラ殿と、先代の弟君であらせられるカイレン殿が次代の長の座を争い、最終的に共倒れしてしまいました。それで今のオーガ族の郷は、完全に統制を失っているような状態なのです」


 「そこまでは聞いたな。それで、幼いながらも唯一生き残った先代の血筋であるカイラ殿に、長の座が巡ってきたのだろう?」


 ダンは改めてそう情報を纏める。


 「はい……。ですが、幼いカイラ殿の言葉に耳を傾ける者は中々おらず、郷では未だにゴウラ殿とカイレン殿の残党が派閥を作って勢力争いを繰り広げている有り様なのです。今の争いの題目はもっぱら、『幼いカイラ殿の後見人をどちらの派閥が勤めるのか』についてです」


 ロクジの説明に、ダンはうんざりしたようなため息をつく。


 地球でも中世の封建時代には良くあった話だ。


 後見人という名目で権力者の子供を好きに操り、組織の中の実権を握ろうという腹積もりなのだろう。


 「くだらんな。幼い子供を隅に追いやって、やることが大人同士の汚い権力抗争か」


 「ええ、とはいえ放置しておけないのも事実なのです。このままでは、次の戦にオーガ族から兵を供出することは叶わぬでしょう。恐らく首領様が新たな主だと命じても、誰一人従わぬことと存じます」


 「言わんとしていることはなんとなく分かった。まだ幼いカイラ殿に、権力に目が眩んだ大人たちを纏めろというのは酷な話だ。……私にその後見人になれと言うことだろう?」


 ダンの言葉に、ロクジは深く頷く。


 「ご明察にございます。なんなら、″百鬼将代行″として郷の統治もお願いしたいのです。あの者たちもさすがに首領様のお力を直接目にすれば、その膝を折らざるを得んでしょう」


 「それは構わんが……お前じゃダメなのか? 先代の長と関係が深く、カイラ殿にも信頼されているロクジが後見人をやる方が、ポッと出の私がやるより不満が少ないだろう?」


 ダンはそう尋ねる。


 実際、カイラは鬼族よりもロクジの方を信頼しているように見える。


 幼心にも、どちらかの派閥にも与するのが嫌なのかもしれない。


 「それがダメなのです……。カイラ殿やゲンラ様は例外ですが……基本、オーガ族は我ら獣人ライカンを下に見ております。尚武の気質が強く、自分より弱い種族には決して従おうとはしません」


 「そうなのか? 私から見れば獣人ライカンも十分に強力な種族に思えるがな」


 ダンは驚きながら言う。


 これまで戦ったラースやジャガラールを始め、どれもナチュラルの地球人類の平均を遥かに越える身体能力を有していた。


 それを指して弱いというのはあまりピンと来なかった。


 「さすがに先日見たガイウス殿ほどではありませんが……オーガ族はあれに近しい力を有しています。我ら亜人種と呼ばれる獣人ライカンと、魔人種であるオーガとの間には、大きな種族的な格差があるのです」


 「亜人種と魔人種……それと妖精種だったか? 見た目に多少の違いがあるとはいえ、そこまで力の差があるものなのか?」


 ダンは不思議そうに尋ねる。


 「ええ。我ら亜人種は、半分は人間の血が入っております故、そこまで大きく人間と差はありません。寿命もせいぜい五十年から八十年ほど。……しかし、魔人種や妖精種は違います。魔人種は平均五百年、妖精種の中には二千年を超えて生きる者もいます。特に魔人種は戦闘力に秀でており、平均的なオーガ一人につき、獣人ライカンの戦士五人分に匹敵する戦力を有しています」


 「そんなにか!?」


 あまりの種族としての力の差に、ダンは驚きの声を上げる。


 それを考えるとラースやジャガラールなどは、相当な上澄みだったのだろう。


 獣人の戦士のなかでも、あの二人は魔人種に引けを取らない格別の強さを持っていたように感じる。


 「首領様の元で皆一律に平等という扱いを受けてはおりますが……本来は我らと魔人種たちは生き物としての格が違うのです。彼らは種族的に劣るわしの下には決して降ろうとはせんでしょう」


 (ガイウスと同じ選民思想みたいなものか。まったく、人間の差別に一丸で対抗しようというときに……)


 ダンは内心でうんざりしながらため息をつく。


 今回の場合は実際に大きな力の開きがあるだけに、ただ言って説くだけでは到底解消しなさそうな溝であった。


 「……カイラ殿はそれでよろしいのですか? もちろん、あなたが大人になれば統治を引き継ぐつもりではあります。ですが、それまでは部外者の私に郷を好き勝手に弄くられるようになりますよ?」


 ダンは先程からずっと黙りこくっているカイラに、最終的な意思確認をする。


 「は、はい……。私ではまだ、力不足ゆえに郷を纏めきることが出来ません。それに首領様なら、きっと郷にとって良いことをなさってくれると思いますので……」


 「ふむ、具体的にどうしてそう思いました? もしかしたら私は、オーガ族を奴隷として、好き勝手に使い潰すかもしれませんよ? 私にとってオーガ族の郷はなんの思い入れもない他人の土地です。そう言う人物に郷の全てを明け渡すことを、カイラ殿はなんとも思いませんか?」


 「えっ、えっ……!?」


 あえてそう少し意地悪な質問をぶつけるダンに、カイラはあわあわと慌てふためく。


 カイラはこれまで、年長のロクジの言うことに従って、自分の意思で率先して物事を決めてこなかった節がある。


 親と死別した幼い子供だから仕方ない部分があるが、彼女はそこらの普通の子ではなく、将来的に鬼族の郷を導く立場にある。


 人の言うことに素直に従う従順な″良い子″ではなく、自分の意思で物事を決めることを覚えて欲しかったのだ。


 「…………」


 ロクジもその意図を察したのか、何も言わずに口を閉ざす。


 しかしその拳は、ぐっ、と固く握られ、何かを堪えているようにも見えた。


 カイラはおろおろと心細そうにロクジの顔を見るも、やがて助け舟はないと理解したのか、うつむいてボソボソと話し始める。


 「わ、かりません……私にはまだ、なんの力もない。ただ、長の家に産まれたってだけで、皆から、尊敬されている訳でもないんです……」


 カイラは、着物風の民族衣裳の裾をギュッ、と握りながら、ポツポツと絞り出すように言葉を紡ぐ。


 「で、でも……頑張りますから。一杯勉強して、戦って強くなって、首領様や、皆からも認められるような立派な長になりますから……だ、だから今は、私に、成長する時間をください……」


 そう言ってカイラは、ポロポロと涙を流しながら深々と頭を下げる。


 「……すいません、意地悪しすぎましたね。普段から子供を泣かせる者は許せんと言っておきながら……。私はカイラ殿自身の意思を聞きたかったのです。その気持ちがあるなら、きっと素晴らしい長になられることでしょう」


 ダンはそう言うと、カイラの涙を指先で拭う。


 「成長を急かすつもりはありません。面倒なことは大人に任せて、ゆっくり大人になって色んなことを学んで、楽しいことをたくさん経験して下さい。そして今の気持ちを決して忘れないでくださいね」

 

 「カイラ殿、首領様は仁を弁えた御方です。心配せずともそんなことはいたしませんよ」


 ぐすぐすと鼻をならすカイラに、ロクジが優しい声色で語り掛ける。


 「す、すいません……分かってるんです。でも、とっさに何も出てこなかった自分が情けなくて……。私、何も考えてなかったんだなあって……」

 

 「カイラ殿はまだ十歳です。今の答えは、年の割には誠実でとてもご立派でしたよ。オーガ族の郷の未来はきっと明るいものとなるでしょう」


 「あ、ありがとうございます……」


 ダンの言葉にようやく元気を取り戻したのか、カイラはにこりと微かに笑いながら言った。


 「これは……ロクジがやたらと肩入れするのも分かるな。無限に甘やかしたくなる」


 「そうでございましょう? 健気で放っておけんのです。わしにも言うことを聞かんバカな孫がおるのですが、奴よりもカイラ殿の方が可愛いくらいです」


 ロクジは好々爺然とした顔で言った。


 「だったらお前にオーガ族の郷の実務は任せることにしよう。可愛い孫のためだ。じぃじも体の張りがいがあるだろう」


 「殺生ですなあ……首領様は年寄りを労ることを覚えたほうが良うございますぞ」


 その二人のやり取りを横で聞きながら、カイラはくすくすと可憐に笑う。


 「—―よし、では早速今からオーガ族の郷に行くか!」


 「えっ!?」


 「今からでございますか?」


 ダンの唐突な提案に、カイラのみならずロクジも驚いて聞き返す。


 「善は急げというだろう? このままカイラ殿が郷に戻って居心地悪い思いをするのも可哀想だし、厄介事はさっさと片付けておくに限る。……それに、そのまま行ける足もあるしな」


 そう言うと、ダンは「ノア」と、船に向かって呼び掛ける。


 『はい、どうなさいましたか?』


 「以前に撮影した、魔性の森全体図の衛星画像を表示出来るか?」


 『可能です』


 短いやり取りの直後に、モニター上の映像がパッと切り替わる。


 そこには、白き館エバッバルを中心に、魔性の森全体を衛星軌道から撮影した画像が高解像度で表示されていた。


 「おお! これはなんと……」


 「魔性の森全体を空から俯瞰した光景だ。位置関係を把握するために、晴れた日に撮影しておいて正解だったな」


 「これはまさに……"神の目"です。我らは皆、人間からの余計な干渉を受けぬよう、それぞれが隠れ郷に住んでおるのですが……こんなものがあったらそれも出来なくなりますな」


 ロクジは経験からその軍事的有用性を理解したのか、戦慄したように言う。


 「大丈夫だ。仮に帝国がこの技術を再現するにしても、千年近く先の話になるだろう。……ところで、オーガの郷は、北の獣人ライカンの郷のすぐ近くにあるという話だったな?」


 「ええ、その通りです。どちらもここから半日ほど歩いた先にあります」


 ロクジはそう説明する。


 「ふむ、ならこの辺りか……」


 ダンが、モニター上に指を滑らせて画像を動かして、目的の場所を捜索する。


 しばらく北側を探していると、少し森の木々が開けた場所に、いくつか建物の並んだ小さな集落のようなものを見つけ出す。


 そこをトントン、と指先で叩くと、画像が数十倍に拡大され、日本家屋のようなものが数十戸立ち並ぶ、なんとも懐かしくなるような光景が映し出された。


 「随分と趣がある集落だな。ここで良かったか?」


 「おお、そこです! そこで合っております! なんと、顔まで見えてしまうとは……」


 ロクジが指差したそこには、井戸から水を汲み上げている、オーガ族の女の姿があった。


 「この方は……使用人のアヤメさんです! すごい……こんなにはっきり見えるなんて……」


 カイラは拡大した画像の中に、知り合いを見つけて興奮した声を上げる。


 「うん、大体の位置は分かった。……ノア、ここまではエンジンを動かせそうか?」

 

 『問題ありません。現在の本機の飛行限界時間は三十分。当該目的地なら、三◯◯秒以内に到達可能です』

 

 その答えに、ダンは大きく頷いて言った。


 「――よし、なら目的地をオーガ族の郷に設定。補修後のテスト飛行も兼ねて、倍の時間をかけてゆっくり向かってくれ」

 

 『了解しました』


 その返答と同時に、エンジンが甲高い音を立てて機体が浮上を開始する。


 その耳慣れない音と、へそが持ち上がるような浮遊感に、不慣れな現地人の二人は悲鳴を上げていた。

 

 



――――

尚武……武や軍事を尊ぶこと

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