第50話 不気味な同盟者


 「ゾディアック……? 魔性の森の代弁者……!? さっぱり分からない! あなた一体、何を言ってるの!?」


 エーリカはベッドから降り、刃を突き出したままジリジリとその声の主に近付く。


 『我々は一にして十二の総体。魔性の森に住まう″亜人″と呼ばれる者たちの意思そのものです。この円盤は"ビットアイ"と言って、我らの声をそちらに届ける為の魔道具のようなもの。どうか武器を降ろして、森の言葉に耳を傾けてください』


 「……いいわ、聞きましょう。魔性の森の亜人たちが、一体私に何の用なの?」


 エーリカは警戒しながらも、ひとまず剣を降ろして改めて問い掛ける。


 『結論から言いますと、私は今回の戦で貴国に勝って頂きたい。その為に、我ら魔性の森の住人たちはあなたに協力する準備があります』


 「よく分からないわね。そんなことしてあなたたちに一体何の利があるの?」


 エーリカはもっともな疑問をぶつける。


 ロムールは亜人とは仲が悪いとは言わないまでも、危機に駆け付けて貰えるほど親しく付き合ってきた覚えもない。


 たまに城下町で毛皮を売って、小麦を買って帰る、森に住まう少数部族。


 エーリカからすれば、魔性の森の住人たちはその程度の認識であった。


 『あなた方もよく知る通り、帝国は我ら異種族を迫害し、奴隷として使役してきました。何人もの同胞が捕まり、命を落としている現状、帝国をこの東方の地から追い払うことは、ただそれだけで我らの安全にとって大きな利益となります』


 ゾディアックはそう前置きしたあと、更に続ける。


 『また、あなた方ロムール王国にはそもそも奴隷制度自体がなく、我ら異種族に対する表立った迫害も存在しません。帝国という共通の敵を持つ者同士、互いに協力できる余地があると判断し、声を掛けさせていただいたまでです』


 「なるほど……確かにそれは理解できるわ。でも、ならなんでお父様ではなく私に話したの? ロムール王国の王はお父様よ?」


 その言葉に、声の主――ゾディアックは若干迷う素振りを見せたあと口にする。


 『お父上に対して辛辣なことを言うようで恐縮ですが……ロムール王は弱腰で決断力がなく、日和見で優柔不断です。我々がどんな有利な交渉を持ち掛けようと、彼には何も決めることはできないでしょう。……それに引き換え、あなたの先ほどの啖呵はお見事でした。よってあなたの方が交渉相手にふさわしいと判断しました』


 「……ぐうの音も出ないわね。というかあなた、あの場にも居たの? ま、まさか……さっきまでの私の醜態も全部見てたってこと!?」


 エーリカは今さら気付いたのか、顔を赤くしながらそう叫ぶ。


 『……えー、実はあなたを交渉相手と見定めたときから、ずっと後方で様子を伺っていました。お一人になった時に話し掛けようと思ったのですが、侍女が出た直後に急に一人語りが始まったので……申し訳ない』


 「乙女の秘密を覗き見るだなんて……このっ!」


 エーリカは真っ赤になりながら円盤に向かって枕を投げ付ける。


 避けるのは容易いが、ゾディアックを名乗る者は甘んじてそれを受け入れる。


 その程度で落ちるビットアイではないが、監視側からのカメラからは画面が激しく揺れていた。


 『話し掛ける機を逸してしまったもので……申し訳ない。今後は一切無断で部屋の中に入らないとお約束しますので』


 「……はあ、もういいです。今はそんなこと言っている場合じゃないもの。それで? 私と何を交渉したいの?」


 王族ならではの切り替えの早さなのか、エーリカはそう答える。


 『我々からの要求はそう多いものではありません。貴国と帝国との戦いの際には、我らも帝国の不意を突くかたちで参戦します。その際に、我らに対して武器を向けるのを止めていただきたい。我々も、あなた方の兵に一切攻撃しないことをお約束します』


 「そんなことでいいの? もっとこう、金寄越せ、領地寄越せとか言ってくるのかと思ったけど」


 エーリカは意外そうに言う。


 『今回、我々は貴国の救援に来たのではなく、ロムール王国の戦いに便乗させて貰っている立場です。いわば利害の一致に過ぎませんので、報酬など不要です。それに目先の報酬に捕らわれるより、信頼関係を築くこと優先しようと考えています』


 その言葉に、エーリカは思わず、ふっ、と鼻を鳴らす。


 「信頼、ね。言葉にするのは簡単だけど、それを得るのは並大抵のことじゃないわ。信頼とお金を貰わないことが、一体どう繋がるのかしら?」


 その試すような問いかけに、声の主は答える。


 『金銭を受け取れば、それは金銭の額次第でどちらにでも転ぶ存在と認識されます。我々は雇用ではなく、利害ある対等な同盟者としての関係を希望します』


 「対等な同盟者……ですが世の中にはきっちり金を払った相手の方が信頼できるという者もいるわ」


 『それは通常の雇用関係の話です。今我らが行っているのは、生きるか死ぬか、滅亡か存続かの戦いです。そうなってくるともはや金など意味を成しません。いざその時になって、金で雇われただけの傭兵に背中を預けることができますか?』


 「……」


 その言葉に、エーリカは何も言えずに黙り込む。


 確かに戦場においては、傭兵ほど信頼できない者もいなかった。


 常に矢面に立たせ、味方の軍の後方に配置しないのは傭兵の運用の鉄則でもある。


 『ことこの期に及んでは我らの行動によって信じていただく他ありません。帝国との因縁に関しては、貴国と同様にこちらも相当に根深い。かの国が奴隷制度と異種族への迫害を止めない限り、我々が帝国に与することはないでしょう』


 その言葉に、エーリカは納得したのか小さく頷く。


 帝国での異種族の扱いが壮絶なものだということは、近隣諸国の人間なら誰でも知っていることであった。


 この謎の声の主がなりすましでもない限り、帝国を嫌悪していると言うのは嘘ではなさそうだった。


 「しかし……魔性の森は辺境の未開の地と思っていたのですが、まさかこのような優れた技術をもっているとは驚きました」


 エーリカは、ひとまず相手を対等な交渉相手と認め、丁寧語で接する。


 『これは最近になって耳長エルフが開発した最新鋭の魔道具です。それまで長きに渡り互いにバラバラだった我らが、皆で団結して帝国に対抗するために知恵を出し合いました。これはその成果の一つです』


 「耳長エルフの……道理で」

 

 感心したように頷く。


 人間たちの社会においても、耳長エルフ族の名は絶大であり、彼らが開発した高度な技術が使われた魔道具は、好事家の間に大枚を叩いて取引される。


 また耳長エルフ族自体も、他者との関わりを拒絶して閉鎖的な暮らしを営んでいたため、今でも幻の種族とされている。


 その謎多き耳長エルフ族の生態から、エーリカは彼らならこれほどのものを作り上げてもおかしくないと考えた。


 「そういえば……最近になって森に突然現れた、あのとてつもなく高い白い塔、あれもあなたたちの仕業なのですか?」


 エーリカはそう尋ねる。


 あの宴の日以来、白き館エバッバルはもはや隠されることもなく、森の奥地にそびえ立って堂々とその存在感を誇示していた。


 『それに関しては明確な回答を控えさせていただきます。……ですが、我々も決して無関係ではないとだけ』


 「そう……それだけ聞ければ十分だわ」


 その言葉に、エーリカはそれ以上深掘りせず引き下がる。


 あれに関しても、耳長エルフたちの超技術が絡んでいるのだろうと勝手に解釈した。


 話せないのは恐らく、知られたくない技術があそこに詰まっており、帝国を倒すため、着々と準備していたに違いないと、エーリカは姿の見えない幻影を過大に評価した。


 「……正直、まだ胡散臭いことこの上ないのだけれど、あなたを信じることにします。あなたの言葉に納得できる部分もあったのと、なにより今、私たちに他に頼れる味方などありませんから」


 『ご賢察感謝致します』


 「それで? 共同戦線を張るにあたって、他に何か事前に決めておくべきことはありますか? いつどこで戦うか、どのように動いて欲しいかなど、場合によってはこちらも検討出来る余地はあります」


 味方となれば連携を取るべきと考えたのか、エーリカはそう尋ねる。


 『いえ、今回に関しては、偶発的に生じた共闘というかたちで行きたいと思います。下手に連携を取って動きかたを合わせると、帝国側に察知されて余計な警戒心を与える可能性もあります。そちらは自然体で、私たちは居ないものとして普通に戦ってください。こちらはこちらで勝手にやりますので』


 「分かりました。……言っておきますが、我が国が倒れたら次に帝国の矛先が向くのは魔性の森そちらです。私たちは一蓮托生だということをゆめお忘れなきよう」


 エーリカは釘を刺すように言う。


 ことこの期に及んで裏切られだとしたら、ロムールの滅亡は決定的なものとなってしまう。


 愛すべき祖国を守るため、エーリカはどんなか細い希望にも縋る覚悟であった。


 『無論です。手を組んであなたに損はさせないことをお約束します。我々は影に潜んで戦いまで機を伺います。エーリカ姫はその時まで、我らのことは忘れ、どうか心健やかにお過ごしください』


 相手はそう言い終えたあと、そのまま再びすう、と空気に溶け込むように消えていく。


 「………!?」


 その瞬間、エーリカは慌てて駆け寄り、その円盤が浮いていた位置に手をやる。


 ――しかし、そこにはもう何もおらず、虚しく空を切った。


 その後どこを探しても例の円盤は見つからず、既にどこかへ消えてしまったものと捜索を諦めた。


 「ゾディアック……一体何者なの?」


 そう呟きながら、エーリカはベッドの上に身を預けて天蓋を仰ぎ見る。


 耳長エルフ族の技術を使った魔道具を使いこなす謎の人物。声しか分からなかったが、きっと彼自信も耳長エルフなのだろう。


 あの突如現れた巨大な塔といい、こちらの知らぬ凄まじい技術を持っていることは明らかだった。

 

 警戒すべき人物ではあるが、味方にすればこれ以上なく頼もしい存在でもあった。


 エーリカは先の見えない帝国との戦いに、ほんの少し光明が差し込んできたような気がした。

 

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