第45話 森の大首領
「兄さん!」
人の姿に戻って崩れ落ちるガイウスに、ユリウスは慌てて駆け寄る。
既に意識はないのか、ガイウスは死んだように眠っている。しかしユリウスが何度も呼び掛け続ける内に、どうにか意識を取り戻したのか瞼を空けた。
「ユリウスか……」
「兄さん!」
「驚いたな。確かに心臓を叩き潰したはずなんだが……まだ意識があるのか?」
ダンは、辛うじてながらも生きているガイウスに驚きを隠せず言う。
「……
ユリウスはそう言ったあと、ダンに向かって祈るような姿勢をとる。
「ですがもう兄はまともに戦えません。心臓を一つでも失った兄は、もはや体を維持するだけで精一杯のはず。だからダン様、どうかこれ以上は……!」
「よせ、ユリウス……! 敗者の命乞いほど無様なものはない。我らは種の誇りをかけて殺し合いを挑んだのだ。敗れた以上、その結果を受け入れるのみ」
その二人のやり取りに、ダンはため息混じりに応える。
「……何か勘違いされているようですが、私は快楽殺人者ではありませんよ? 既に戦闘意欲を失っている者たちを無闇に処刑したりはしません」
「で、では……!?」
ユリウスは期待の籠った眼差しをダンに向ける。
「ええ、ですが……彼らが他の族長たちに対して狼藉を働いたのも事実。よって、その罪は問わねばなりません」
「それは……一体どのようなものなのでしょうか?」
ダンの言葉に、ユリウスは緊張した面持ちで尋ねる。
「それなんですがね、ガイウス殿。文字の読み書きなどは出来ますか?」
「……馬鹿にしているのか? 我ら
ガイウスはムッとしながらも答える。
何気ないことのように言っているが、それはきっと努力の賜物なのだろう。
人間に追いたてられて数十年前に
「素晴らしい! ……思った以上にあなたは失うには惜しい人材だ。私たちは今知識を必要としています。あなたが以後私の手足となって働くと約束してくれるなら、今回のことは不問とし、水に流しましょう」
「……なんだと、正気か? 我々はお前たちを殺して、この森を手中に収めようとしていたのだぞ?」
ガイウスは信じられないと言わんばかりにそう聞き返す。
逆らったものは皆殺し――これまで
「幸いながらこちらに死傷者はいませんし、失ったものに関してもそちらの方が多い。唯一の負傷者であるユリウス殿も、あなた方を処刑することは望まないでしょう。……ならば、共に手を取り合うことを考えるのが合理的というものではないでしょうか?」
「…………!」
これまで常に強者の側に立ち、例え敗北しても駆逐され、追い立てられ続けたガイウスたちにとって、対等以上の立場の者から手を差しのべられるというのは、始めてのことであった。
故に戸惑いを覚えつつも、ガイウスはその差し伸べられた手をとった。
「……分かった。俺の残り二つの心臓はあなたのものだ。その指示に従おう」
「よろしい。ではこれからあなたは私の部下だ。……ひとまずは、その体を治してからの話だがね」
「――ダン様!」
そう言葉を交わしていると、突如として背後から名を呼ばれ振り返る。
するとそこには――ロクジを始めとした、全ての種族の代表者たちが整列し、ダンの前に深々と頭を垂れていた。
「あなたが戦っている最中、我ら各種族の長で話し合って決めました。――我々はダン・タカナシ様を、力、知恵、そして器量全てにおいて我々の完全上位者と認め、御身に絶対的な忠誠を誓うことをお約束します」
「……突然のことで驚きましたが、本当に皆納得されているのですか? 何名かあまり良い感情を持たれていないように感じましたが」
ダンはそう言うと、他の族長たちと同じく頭を垂れる、プライドの高いエランケルや反抗的なジャガラールの方を身やる。
相手もその視線に気付いたのか、頭を下げたまま答える。
「……あんたの今の戦いを見て、張り合おうなんて考えるほど身の程知らずじゃねえつもりだ。俺があんな中に割り込んだら、数秒も経たずにズタズタにされるだろうよ。だがあんたはそれを力でねじ伏せた。東の
「我らも同様である。あなた様の持つ技術と知恵は、我ら
「我々
前二人に続いて、ユリウスもその場に膝をついて頭を垂れる。
他の者たちも同様なのか、誰一人としてその決定に口を挟むものはいない。
「ダン様、どうか我らを統べる″大首領″となっていただきたい。以後は我ら部下に対する敬称やへりくだった物言いなどは不要です。どうかご命令を」
「分かった……。ならばロクジ、お前を私の補佐官に任命する。私が不在のときはお前が代わりに皆をまとめあげて指揮を取れ」
「御意に」
ロクジは堂々たる態度で役職を受け入れる。
「そしてフィリヤは情報局長として、私のもとに定期的に帝国とロムール王国の情勢を届けよ。本人ではなく代理を使っても構わん。戦の兆しがあったらすぐに知らせるように」
「はは! この命に代えましても!」
フィリヤはまるで騎士のような堂に入った所作で礼をする。
「エランケル、お前は参謀に任命する。
「……承りましてございます」
エランケルは洗練された所作で恭しく頭を下げる。
「他の者に関してはまた能力に応じた役職を与える。帝国がロムールに侵攻するのはもう間近だ。それまで郷に帰還し、私が呼び出すまで待機せよ!」
「「ははっ!」」
「この東の地から帝国の脅威を取り除くため、我らは一丸となってことに当たる。それを果たすまでは爪を研ぎ続け、各自戦への備えを怠るな!」
「「ははーっ!」」
ダンの号令により、各種族の代表者たちは深々と平伏した。
実際にこれらの仕事は、いちいち命令せずともダンとノアだけでも十分にこなすことが出来る。
しかしあえて現地人たちの能力を活かすことで、ダンが指示を下さずとも、自分たちだけで連携を取れる軍隊を作ろうとしていた。
――後にこの時が、世界最初の近代軍隊、
迷い込んだこの地において、ダンは確固たる自身の勢力を持つに至ったのである。
――――
これにて一旦十二支族編は完結です
代理戦争編はまた後日
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