第44話 杭を穿つ


 (何故だ……何故届かん?)


 激しく打ち合いをする中でも、ガイウスはどこか冷静に思考する。


 今の自分は吸血鬼ヴァンプとして最高の状態。


 満月の下で力、スピード、回復力、魔力も桁違いに上がっている。


 実際最強の種族というのも決して思い上がりではなく、今の自分たちに勝てる者など、地上のどこを探してもいないはずなのだ。


 ――だというのに届かない。


 弱い人間たちのように、吸血鬼ヴァンプの苦手な昼間の寝込みを襲ったり、銀の装備で身を固めたりということもない。


 真っ向から正々堂々と、圧倒的な実力差をもって捻じ伏せにきているのだ。


 (なんなのだ、こいつは?)


 今や押され気味の状況でありながら、ガイウスの思考に疑問符が尽きない。


 先ほどからこちらの攻撃が当たらない。いや、こちらが攻撃する前に・・・・・・・・・・避けられている気がするのだ。


 未来予知でもしているのか、爪を振り回してもそこには既に誰も居らず、代わりに向かおうとした先から拳が槍衾のごとく飛んでくる。


 その拳の威力も、ただ事ではない。


 元々吸血鬼ヴァンプは皮膚が異常に硬く、再生力も桁外れである。故に打撃などなんの脅威でもないと侮っていた。


 ――だが、それは間違いだったようだ。


 いくらなんでも、こんな破城鎚のような威力の拳を間断なく受け続けたら、吸血鬼ヴァンプといえどただでは済まない。


 人間が受けたら半身が吹き飛ぶようなパンチが、急所を狙って正確無比に、おまけに連続で飛んでくる。


 ここまでされると自己再生も追い付かない。


 今やガイウスは、身を固めたまま嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。


 (どうしてこうなった? 何故こんな奴が……急に現れたのだ!)


 ガードの隙間をねじ込んで入ってくる、アッパーに顔を弾き飛ばされながらも、ガイウスはそう思考する。


 ――そして、ある一つの答えに辿り着く。


 "新しき神"。


 古代の神々の承認を得て、暗黒の海の彼方よりこの地に降り立つという。


 特に獣人の年寄たちが熱心に信仰しているのを見て、寄る辺のない弱者がすがる、ただのお伽噺だと思っていた。


 だが、今目の前にいるのは間違いなく超常の存在。


 あるいは神と言われたら、納得できるほどの相手でもあった。


 「だからといって……!」


 『?』


 攻撃を受けながらも、ガイウスは体内で魔力を練り上げていた。


 「認められるかッ!」


 ――そして、一気にそれを体外に放出して、爆炎とともに周囲のものを吹き飛ばした。


 『むっ!?』


 「うおっ!」


 「きゃあ!」


 すかさずダンは防御の体勢を固めて距離を取る。


 招待客から驚きの声が上がるが、距離を取っている故か、なんの被害も出ていなかった。


 何もない場所から、急に現れた不自然な熱源反応。


 ガイウスの足元には小クレーターのようなものが出来ており、その中心にはコポコポとマグマが沸き立っていた。


 (爆発物を使った形跡はなかったが……。そもそも、あの規模の爆発を受けて、奴だけなんの被害を受けていないというのはどういうことだ? これはやはり……"魔法"というやつか?)


 ダンは考えた末、非常に非科学的な結論に落ち着く。


 馬鹿馬鹿しいようだが、実際にこの世界には魔法が存在し、それが生業や学問の一部として受け入れられている。


 ここは全くの異世界であり、地球と同じ物差しで考えてはいけないということは、ダンもよく理解していた。


 「……ふ、はははは! やはり駄目か! 曲がりなりにも、今のは切り札だったのだがな!」


 ガイウスはもはや楽しんでいる様子を見せながらそう言う。


 人間たちの中では失伝した無詠唱魔を、吸血鬼ヴァンプであるガイウスはまるで呼吸をするように使いこなすことが出来る。


 先程の爆発も、瞬間的な温度は1500度にもなり、生身の人間が受ければ黒焦げになって即死していただろう。


 しかし、宇宙空間での作業を想定したダンのSACスーツの耐熱限界は3000度を超えており、それほどの高温であっても表面が少し煤けただけであった。


 『なんだ? 切り札を使い切ったならもう終わりということか?』


 「とんでもない! ここからだ。貴様がもし本当に神だと言うのなら……俺が全てをかけて滅ぼすに足る相手だ。もはや後戻りはできん! 貴様に勝って、吸血鬼ヴァンプが神よりも優れた種族であることを証明してやる!」


 そう言うや否や、ガイウスはその鋭い爪を自らの喉に突き入れた。


 「ごっ……! が、ごぉ……!」


 『……!? なにをするつもりだ!』


 「兄さん! それだけはやっちゃダメだ!」


 ガイウスの突然の奇行に、ユリウスはロクジたちに体を支えてもらいながら、必死に声を荒げる。


 『いったい彼は何をしようとしているんですか?』


 ダンはユリウスに尋ねる。


 「あれは、わざと″吸血衝動″の暴走を起こそうとしているんです! 僕たち吸血鬼ヴァンプは、長い間血を吸わないでいるか、もしくは体から一定の量の血が失われると、正気を失って見境なく暴れまわります。ですがその間だけ、普段の何倍も力が出せるんです。ダン様に勝ちたいがためだけに、こんなめちゃくちゃをするなんて……」


 ユリウスは絶望的な表情で答える。


 「う、ぐ、ぐうお゛あ゛ァ゛ァ゛ァァッ!!」


 ガイウスは、既に正気を失いつつあるのか、首元から血を吹き出しながら絶叫する。


 『……今からでも止める方法はないんですか?』


 「ああなってしまったらもう……数十人分の血を飲まない限り、元の姿には戻れません。おぞましい化け物になり、目に付くものすべてを壊しつくします」


 ユリウスの言葉通り、その形相は徐々に人間離れし始め、皮膚は黒ずみ、全身から獣毛のようなものが生えて体を覆い始める。


 ベキベキと音を立てて体の骨格が変わり、身長は2メートルを超えて、真っ黒な人狼のような姿に変わり果ててしまった。



 『そうですか。……残念ですがもう、お兄さんはもう殺すしかないと思って下さい。流石に私の船でも、数十人分の人工血液をいっぺんに用意するのは時間が足りない。他に被害が出る前に止める必要があります』


 そのダンからの死刑宣告に等しい言葉に、ユリウスはがっくりとその場に崩れ落ちる。


 ダンとしても殺すまではしたくなかったが、既に他の吸血鬼にも死者が出ている。


 あくまで最優先は招待客の安全である。乱入して殺戮を試みた侵入者の命を守るために、他の者の命を危険に晒すつもりはなかった。


 『バカなことしたな。そんな状態でも私に勝てば嬉しいのか? もはや誰と戦っているのかすら分かっていないだろうに』


 「ごおあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ァァァッ!!」


 その言葉にも、ガイウスはもはや人語すら介さず獣の咆哮を上げる。


 ダンはため息をつきながら、″パワーリミッター″を解除して構えをとった。


 

 * * *



 「ぐるあァァァァァァッ!」


 獣のような姿となり果てたガイウスは、力任せに両腕を振り回す。


 ――だが、たったそれだけのことで周りの被害は甚大である。


 体が変形したことで攻撃範囲が大幅に広がり、なおかつ爪も1メートル近くにまで伸びたことで、間合いはおよそ半径4メートル以上にもなっていた。


 爪の切れ味も健在であり、重厚な鉈のようでありながらも、剃刀のように鋭利であり、先端が触れただけで周りの木々が斬り倒されてしまう。


 速度とパワーも先程までとは桁違いであり、鋼鉄ですらその爪で叩き斬れそうなほどであった。


 『ずいぶんと変わり果てたな! そこまでして私を倒したいのか?』


 「シャアァァァァァァァッ!」


 その問いに応えるかのように、ガイウスは咆哮を上げる。


 『いいだろう。相手をしてやる!』


 ダンはそう言うと相手の振り回す腕の合間を掻い潜り、ガイウスのボディに拳を突きいれる。


 しかし――


 『なに!?』


 ガキィ、ととても生身を殴ったとは思えない硬い音を鳴らして、ダンの拳は完全に弾かれる。


 「グルァァァァァッ!!」


 『ぐっ!』


 力任せに腕を振り回すガイウスに弾かれ、ダンは即座に距離を取って体勢を立て直す。


 『硬さは装甲車並みか! 生き物が持っていい硬さじゃないな』


 「シャアァァァァッ!!」


 ガイウスは再び吠えると、今度は誰もいない場所に向かって、虚空を凪払うように爪を交差させる。


 その瞬間――


 「危ないッ! 風の刃が飛んできますよ!」


 『!?』


 ユリウスからの言葉を聞いた瞬間、ダンは咄嗟にしゃがんで、ガイウスの爪の直線上を避けた。


 すると次の瞬間、チッ、と頭の上を見えない何かが掠めたのと同時に、ズズン、と背後で何か重いものが倒れる音が響く。


 振り向くとそこには、今の見えない一撃によって薙ぎ倒されたのか、森の木々がいくつも倒れていた。


 「風の魔法を爪先に載せて飛ばしてきています! 当たれば鉄の鎧を付けていてもただでは済みません」


 『不可視の範囲攻撃か。状況を限定すれば現代兵器としても通用しそうだな。……ノア!』


 「はい、どうなさいましたか? 船長キャプテン


 ダンがそう呼び掛けると、今や完全に制圧を済ませたのか、取り巻きの吸血鬼ヴァンプたちをぐるぐる巻きに拘束しながら、ノアが返事をする。


 『今大丈夫か? 戦況を報告してくれ』


 「はい。こちら敵性の吸血鬼ヴァンプ十八体の内、十二体を殲滅。残りの六体は戦意を喪失し、投降の意思を示しましたので、タングステンワイヤーによる拘束を実施しております」


 「お、お願い……私たちはもう戦う意思はないの……。だから許して……」


 何でもないことのように報告するノアの横で、女性の吸血鬼ヴァンプが怯えきった表情で命乞いをしていた。


 満月の夜ともなれば、一人一人が兵士十数人ほどの力にも匹敵する吸血鬼ヴァンプであっても、制限を外したノアの前では子犬にも劣る有り様であった。


 『うん、良くやった。では、誤って流れ弾が飛んでいかないよう、招待した代表者の方たちの護衛を頼めるか?』


 「了解しました。船長キャプテンの援護は必要ありませんか?」


 ノアは拘束した吸血鬼ヴァンプたちを引きずりながらそう尋ねる。


 『ああ、必要ない。ガイウスは……どうやら人間性を捨ててまでも私に勝ちたいらしい。そこまでしたんだったら、せめて一対一で相手をしてやるのが礼儀と言うものだ』


 ダンはそう告げると、指の装甲部をパキパキとならしながらガイウスに近づいていく。


 『……生き物相手にスーツのこの出力を使用するのは始めてだ。伊達に最強種族を名乗ってる訳じゃないんだな』


 ダンはそう相手を称えると同時に、かちり、と首筋にある突起を押し込む。


 すると、プシュン、と音を立ててダンのSAC スーツの間接の外装が外れ、ビキリとスーツ表面の人工筋肉が膨れ上がる。


 スーツはまるで生きているかのように表面が波打ち、表面に青白い閃光が走った。


 『――ここから先、私は″兵器″として君のお相手をしよう。どこまで抗えるか見せてくれ』


 「ぎぃやあああァァァァァッ!!」


 ダンの言葉など聞こえていないかのように、ガイウスは咆哮を上げると同時に飛びかかる。


 しかしダンは、それを掻い潜ったあと、ズシンと地面を固く踏みしめて、再び先ほどと同じ位置にボディブローを突き込む。


 すると――さっきまでは異常に硬い体皮に阻まれていたダンの拳が、ズブリ、ととまるで水袋を叩くかのように深々と沈み込んだ。


 「ぐぎゃああああああッ!?」


 突如予想外の激痛に教われたガイウスは、体をくの字に折りながら慌てて後ろに下がる。


 先ほどまでのパンチから、二段階ほど出力を上げた拳は、戦車の鋼鈑にも穴を空けるほどに強化されており、例え鉄のように硬い皮膚であっても簡単に突き破ってしまう。


 事実として今ガイウスの腹部には、ダンの拳状にねじ込まれた跡が痛々しく刻み込まれていた。


 「ぐ、ガアアアァァァァッ!!」


 しかしガイウスももはや痛み程度では止まらない。深手を得たにも構わず、無理やり体を起こして爪を振るって反撃してくる。


 ダンはそれを両手を交差して受け止めたあと、


 『まさかあれを受けてまだ動けるとはな……面白い! だったら私も、足を止めての打ち合いに付き合ってやろう!』


 「ゴア゛ア゛ア゛ァァァァァッ!!」


 その意図が伝わってか知らずか、ガイウスも同じく、その場に根が張り付いたように動かぬまま、互いにノーガードで殴り続ける。


 一発一発が土煙を巻き上げる、砲弾のような威力を持つ攻撃で応酬するそのさまは、さながら

怪物同士の食らい合いのようであり、そばで見ていた族長たちも言葉すら忘れて見守る。


 ――しかしやがて、元の威力の違いか、持っている装甲の違いか、明らかに二人の間に差が現れ始める。


 ダンは未だにほとんどダメージを受けていないのに対して、ガイウスの方は所々に体に拳がめり込んだ跡が残っており、再生も追い付かないほどに内部がぐちゃぐちゃに破壊され尽くしていた。


 だがそれでも膝を折らない相手に対して、ダンは血への渇望以上の何かを感じ取った。


 恐らくまだどこかでガイウスの意識のようなものが残っているのだろう。ただの動物ではあり得ない、底知れない意地のようなものが感じ取れた。


 『最強の種族というだけのことはあるな。今までで一番強かった。……だからこそ、敬意を払った一撃で送り出してやる』


 「ぐう……がア゛ア゛ア゛ァァァァァッ!!」


 この期に及んでなおも反撃を試みようとするガイウスに、ダンは更なる敬意を覚えつつも、一切の容赦なくその腕を手刀で払い落としてへし折る。


 ――そして、プシュン、と蒸気を吹き出して脈動する人工筋肉とともに、大きく一歩を踏み出した。


 『″杭打ちパイルバンカー″……!』


 そう小さく呟くと同時に、ダンはガイウスの心臓目掛けて素早く拳を突き入れる。


 「がッ……!?」


 その瞬間――ブツン、と何かが潰れたような感触がダンの拳に伝わる。


 何か重要な器官を潰したのか、ガイウスは噴水のように大量の血液を吐き出す。


 『″インパクト″!』


 そこから更に容赦なく、ダンは加速と腰の回転を加えて、心臓の位置を深く抉りように殴り抜けた。


 「兄さん!」


 心配して駆け寄るユリウスを余所に、大量に血を吐いて倒れたガイウスは、もう二度と立ち上がることは出来なかった。


 そして、獣のように変化した姿が、死に瀕して再び元の姿へと戻りはじめた。



 

 

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