第43話 殲滅


 それは一見して異様な集団であった。


 全身を真っ黒なローブで覆い、闇に溶け込むような姿をしているにも関わらず、目だけは赤く爛々と輝いている。


 月明かりに照らされたその肌は、まるで死体のように青白く透き通っていた。


 「すいません、先程の血……残っていたら、私に預けてはくれませんか!?」


 そんな中、ユリウスは隣のダンに必死に訴えかける。


 「それは構わないが……半分しか残っていませんよ?」


 「いえ、十分です! ありがとうございます!」


 ユリウスはダンから半分だけ万能血ユニバーサルブラッドの入ったカートリッジを受け取ったあと、その集団に向かって走っていく。


 そして、一団の先頭を歩く一際大きな男の前に立った。


 「兄さん!」


 「…………」


 ユリウスがそう声を掛けると、先頭の男はピタリと歩みを止める。


 どうやらユリウスの兄弟らしい。


 ダンが状況を把握すると同時に、ユリウスは口を開いた。


 「兄さん、もうこんなことをしなくていいんだ。僕たち吸血鬼ヴァンプは、あの忌まわしい呪いから解き放たれた」


 ユリウスはそう言うと、相手の目の前にカートリッジを突き出す。


 「この中に入っている血は、誰かから奪ったものじゃない! 新しき神であるダン様が、自分の手で作り出したものだ。これを飲めば、狂おしいほどの吸血衝動は抑えられる。僕たちはもう、誰も傷付けずとも生きていけるようになったんだ」


 「…………ユリウス」


 男が口を開く。


 ユリウスは、男にコクリと頷き返したあと、その手にカートリッジを握らせた。


 「試してみてくれ! 飲めばこれが本物だと分かるはず。僕たち吸血鬼ヴァンプは、あの衝動の苦しみから解き放たれたんだ!」


 そう熱く語りながら、ユリウスは男にその中身を勧める。


 男は、手の中にあるカートリッジを感情の籠もらない目でじっと見つめたあと、それを顔の前にかざす。


 ――そして、あろうことかユリウスの目の前でそれを握り潰した。


 「あっ、な、なんてことを!」


 「ユリウス……愚かで優しい我が弟よ」


 ユリウスは、べきりと粉々に砕かれたカートリッジを拾おうと思わず手を伸ばす。


 しかし次の瞬間――その男の爪が、ユリウスの腹を刺し貫いた。


 「ご、おっ!」


 「……!?」


 「なんてことを!」


 その場にいた全員が騒然とし、ダンは慌ててユリウスに駆け寄る。


 腹部に腕が貫通したユリウスの腹には大穴が空いており、まともな人間ならとても生き残ることは出来ない致命傷であった。


 「なぜこんな真似をする……! ユリウス殿は、お前の家族じゃないのか!?」


 ダンはユリウスの体を支えながらそう問い詰める。


 男は、無表情でユリウスの姿を見下ろしながら言った。


 「ユリウスは賢い……だが、それ以上に甘い男だ。我ら吸血鬼ヴァンプが、人間や他の弱小種族どもと、対等な友となれるなどという戯言をずっと捨てられなかった」


 「それの何が悪い……現にユリウス殿はこの宴で酒杯を掲げ、私やこの場にいる他種族の皆と、かけがえのない絆を得た。彼が目指したものは甘い戯言ではない。手が届く現実となろうとしていたのだ、お前が邪魔をしなければな」


 ダンはその男に詰め寄りながらも、冷静にSACスーツのリミッターを解除する。


 パワードギアをオンにし、いつでも打ち合える態勢が整った。


 「弱小種族と友など実に下らぬ! 奴らは表では媚びへつらっていても、いざとなればすぐに寝返るのは分かりきっている!」


 男は、怒りをあらわにしながら叫ぶ。


 「弱き者どもはいつもそうだ。我らを恐れて徒党を組み、仲間のようなふりをして影で裏切り、寝首を搔くために近付く! 弱き者は等しく卑しい。故に我ら、高貴なる血族ノーブル・ブラッドが家畜として管理せねばならん。その代価として、我らは奴らから血を搾取するのだ。それの何が悪い!」


 「仮にお前の過去がそうであったとしても、ユリウス殿が同じことになるとどうして言える! 彼なら、例え生き物としての力の差があれど、力なき者たちとも対等な関係を築けたはずだ!」


 ダンは踏み躙られたカートリッジの残骸を見ながら、更に続ける。 


 「……そしてこの血液があれば、吸血鬼ヴァンプの吸血衝動は抑えられ、ユリウス殿は誰からも恐れられることなく、皆の友となれた。それをお前が壊したのだ!」


 「バカバカしい……我ら吸血鬼ヴァンプに対等なる者など不要! ユリウスは呪いなどと言ったが、これは祝福よ! 吸血衝動に身を任せている限り、我らは誰よりも恐れられ、強くなれる! 生まれながらにして最強の種族でありながら、友が欲しいなどと……それを愚かと言わずしてなんと言う!」


 男は哄笑しながら、嘲るように言う。


 「お前は自分こそがこの世で最も強く尊い存在だと驕り高ぶっている。それ以外の全てを下郎と切り捨て、小さな世界に閉じこもっている。……お前の目の前に立っている私が誰だか分かるか?」


 「なんだと?」


 ダンの言葉に、男は不可解そうに眉をひそめる。


 「私はどうやらこの世界では"神"と呼ばれているらしいぞ。殺してみるか? お前がどれだけ小さな世界で粋がっているか、宇宙から来た私が教えてやろう」


 「貴様……!」


 男が怒りで顔を歪めた瞬間――ダンは相手の反応を超えた速度で腹に拳を突き入れる。


 「ふっ!」


 「ごッ!?」


 自分が何をされたかまだ理解が追いついていないのか、男は目を見開いたまま、体をくの字に折って地面から浮き上がる。


 その場で崩れ落ちる男を余所に、ダンは後ろを振り返って言った。


 「この男は主催者である私が取り押さえます! 皆さんはどうか巻き込まれないよう、後ろに下がっていてください!」


 「おのれ! ガイウス様になんということをッ!」


 「八つ裂きにしてくれるッ!」


 主がやられて激昂したのか、その男――ガイウスが引き連れてきた部下たちが激昂してダンに襲い掛かる。


 「――護衛対象への敵対行動を確認。強制排除を実施します」


 しかしその時、無感情な声と共に飛び掛かろうとした部下たちは、ノアの強制介入により鎧袖一触に弾き飛ばされる。


 ノアが行ったのはただのジェット噴射を使用した近接戦闘だが、ただそれだけで相手の戦力を五人ほどを一息に戦闘不能に陥れた。


 「おお……! さすがは塔の主殿が相棒と認められただけはある」


 「これは……我々の出る幕はないな。かえって邪魔になってしまいそうだ」


 代表者たちからそんな声が上がるのを尻目に、ダンはノアに軽く目配せする。


 「周りの取り巻きは頼んだぞ。私はこの男をなんとかしよう」


 「了解しました」


 「くっ、ははははは! 随分と舐めてくれたものだな! この西大陸ネウストリア最強の種族である我らを! ……その罪、万死に値するッ!!」


 そう叫ぶやいなや、ガイウスは弾かれるように立ち上がり、ダンに爪を振り下ろす。


 その爪はまるで刀剣のように鋭く尖っており、人の肉などマシュマロのように簡単に切り裂いてしまう。


 しかしダンは、その一撃が顔に届く寸前で手首を掴んで受け止め、腕の力だけで押し返した。


 「西大陸ネウストリアには私がいなかった。ただそれだけのことで、自分たちは最強であると思い上がっていたのか? そういうのを私の故郷では"井の中の蛙"というのだ」


 「小癪なッ!」


 ダンの言葉に激昂しながら、ガイウスはみしり、と地面を踏みしめてダンを無理やり力で押し切ろうとする。


 その力は確かに凄まじく、人であるなら容易く押し潰し、ヒグマとも渡り合えるような膂力であった。


 ――しかし、ダンのSACスーツの"パワードギア"は起動した素の状態で一万馬力、パワーリミッターを解除して背中のジェットパックを併用すれば、ジェット機並みの出力が可能。


 とても生身の生物に渡り合えるような力ではなかった。


 「……どうした、押されているぞ? 吸血鬼ヴァンプはこの世で最強の種族なのだろう? それとも小さな世界で粋がっていただけか?」

 

 「何故だ! なぜ押し込めんッ!? こんなことがあり得るはずが……ッ!」


 「ふん!」


 「ぐおッ!?」


 ダンはガイウスの両腕をねじりあげてへし折る。


 べきべきと音を立てて軟体動物のようになった自身の両腕を、ガイウスは呆然と見つめている。


 そしてダンは、動揺して態勢を崩す相手の顔面を掴み、そのまま地面に垂直に叩き落とした。


 「ぎゃッ!」


 ズシン、と地響きのような低い音と同時に、ガイウスの頭部は中身を撒き散らしながら、地面にクレーターを付けて沈み込む。


 少しやり過ぎたか――そんな事を考えながら、ダンはブリッジのような体勢のまま痙攣するガイウスの側から離れる。


 その後ろでは二十人近くいたガイウスの部下たちが、ノア一人によってほぼ壊滅状態となっていた。


 手加減されているらしく、顎への一撃だけで容易く意識を刈り取られていた。


 「お美事にございますな。塔の主殿のお力は知っておりましたが……まさかあのお嬢さんもあそこまで強いとは」


 「ええ、ありがとうございます。ですが……私がもっと早くに動いていれば、ユリウス殿がこんなことには……」


 ダンは、血を吐いて事切れているユリウスを前にそう悔やむ。


 最初にあの一団を見たときは多少身構えたが、ユリウスが先頭の男を「兄さん」と呼んだのを聞いて、警戒を解いてしまった。


 身内がまさか、出会うなり弟を殺害するような凶行に走るとは予想がつかなかったのだ。


 ダンは心のなかで、守れなかったことをユリウスに詫びる。


 しかしその時――


 「うっ……ごほ! ぐっ……!」


 「ユリウス殿!?」


 死んだと思っていたユリウスが、血を吐きながらも突如目を覚ました。


 腹の穴は、みぞおちから心臓の大動脈にかけて貫かれている。


 明らかに致命傷――にも関わらず、ユリウスは辛うじてながらも生きていた。


 「生きていたのか……大丈夫か!?」


 「吸血鬼ヴァンプには……再生能力があります……。特に今晩は月夜……滅多なことでは死にません。でもそれは、兄も同じです……!」


 「!?」


 その言葉にダンが振り向くと――今まさに目前まで、相手の鋭い爪が迫ってくる所であった。


 「ちっ!」


 すかさずダンは顔を傾けて躱す。


 ――しかし完全には躱しきれなかったのか、その爪は頬を掠め、その開いた傷口から銀色の血が流れ出した。


 「いい気になるなよ、家畜風情が……! あの程度のことで、我ら高貴なる血族ノーブル・ブラッドを仕留められると思ったか?」


 そう言うや否や、ガイウスのへし折れた腕がべきべきと音を立てて変形し、前よりも更に太く、体に不釣り合いなほどの剛腕へと変形した。


 「――船長キャプテン


 そんな中、後ろで取り巻きを相手にしていたノアからも声がかかる。


 「どうした?」


 「標的の戦闘能力と回復力が急上昇しています。また、頭部への打撃も効果が薄く、昏倒させてもすぐに意識を回復し、戦闘に復帰してくる状況です」


 「はははは! さあ立て、我が血族たちよ! 今宵は月が満ちている! 我ら闇の子らの力を縛る枷はもうないッ!」


 ガイウスは満月を背にしながら、そう叫ぶ。


 後ろには、先程ノアが倒したはずの取り巻きたちが、赤い目を光らせながら、ゆらりと立ち上がって来ていた。


 「殲滅戦の許可を願います」


 ノアはそう要求する。


 普段ノアは、人型の生命体相手には、極力命を奪わない制圧行動を取るようプログラムされている。


 ロボットの自己判断による虐殺を防ぐためであり、全てのロボット、アンドロイドには、無闇に人間を傷付けぬようその機能を制限されているのだ。


 ――しかし、直属の上官であるダンが緊急事態であると認めた場合のみ、その枷が外れ、ノアは全ての戦闘における殺傷行動が可能となっていた。


 「……やむを得ん。招待客の安全を最優先に――殲滅戦を許可する」


 「承認しました。本機を通常戦闘ノーマルコンバットから、殲滅エクスターミネートへと状態を移行します」

 

 そう応えた瞬間――ノアの目が青から赤へと変わり、機能を制限していた外部拘束具が離脱パージされる。


 背中からはプシュっ、とガスが抜ける音とともに、まるで翼のような形をしたロケットブースターが構成されていく。


 やがて翼が全て完成すると、ノアはゆっくりと顔を上げて、周囲の敵の見回していく。


 そのいっそ神々しさすらある姿は、行動目的と相まって、"破壊天使"と呼ぶに相応しい見た目をしていた。


 「形態変化完了――戦闘行動開始します」


 「くたば……ぶぎャっ!?」


 そう間抜けな声を上げて、ノアに襲い掛かった吸血鬼ヴァンプの一人は、衝撃波で水風船のように弾け飛ぶ。


 背中に展開したロケットブースターの急加速により、ノアは初速だけで音の壁を遥かに超える。


 そんな速度とノア自身の質量も相まってか、ただパンチを放っただけにも関わらず、ロケット砲のような威力になっていた。


 「な……なんなのだ、あの化け物はッ!?」


 「バカが……あのまま寝ていれば死ぬことはなかったものを。あの形態のノアには私ですら手が出せん。原型を留めぬぐらい吹き飛ばされて、再生能力などがどれほど役に立つのか見ものだな」


 「き、貴様ァァァッ!!」


 ダンの煽るような言葉に、ガイウスは激昂し襲い掛かる。


 しかしダンは冷静に頬の傷を指でなぞったあと、あっさりとナノマシンで修復する。


 そしてヘルメットを展開して防御を固めると、ガイウスの爪を指先で挟んで押し止めた。


 「なっ……!?」


 ガイウスは必死に爪を突き入れようと力を込めるが、ダンの指先の力に阻まれてビクリとも動かなかった。


 そうこうしている間に、真後ろではノアの手によって、また一人吹き飛ばされて、自己治癒力を発揮する間もなく絶命していた。


 「ぐっ、よくも我が血族を……! 貴様らの骸はバラバラに刻んで、薄汚い蛆の苗床にしてくれるッ!」


 『この状況で出来もしない強がりを言えるのは大したものだな。……だが、所詮はそれまでだ。これまで散々家畜と蔑んで、弱い者たちを食い散らかしてきたんだろう? 今度はお前に順番が回ってきただけのことだ。大人しく受け入れるがいい』


 ダンはスピーカー越しに冷徹に突き付ける。


 「黙れェ!!」


 そう叫ぶと同時に――ガイウスはもう一本の手でダンの喉笛目掛けて爪を突き入れた。



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