第42話 宴にて② ユリウスの苦悩


 「楽しんで頂けてますか?」


 ダンはそう言って、一人喧騒を外れて料理を楽しむユリウスに話しかける。


 宴を主催したホストである以上、ダンは参加者皆に楽しんでもらえているか、目を配る必要があった。


 ユリウスは先程から料理を食べている様子はあるものの、思い詰めた顔で一人佇み、誰かと話している様子もなかった。


 「あっ……申し訳ない。楽しんでおりますよ。特にこの肉料理は……絶品ですね。このソースと、血が滴っている所が素晴らしい」


 そう言ってユリウスが出したのは、ローストビーフであった。


 熱は通ってはいるが中身は赤く、タンパク質が凝固していない、もっとも柔らかい最適な温度で火入れされていた。


 「それはよかった。……いえ、何やら心配事がありそうな様子でしたので、主催者側としてはつい気になってしまいまして」


 「それは、その……申し訳ありません」


 「もしよければ…て年誰かに話してみたらあっさり解決するかも知れませんよ? ここには各種族の長たちが集っているのです。皆の知恵を出し合えば、大抵の問題には立ち向かえると思います」


 そう隣に座るダンの言葉に、ユリウスは真剣な顔で考え込む。


 しかしやがて、意を決したのか、ユリウスはダンに向かって口を開く。


 「実は……考えていたのは我が種族のことなのです」


 「吸血鬼ヴァンプの方々の?」


 「ええ……。自分で言うのもなんですが、我々吸血鬼ヴァンプは、非常に強力な種族です。かつて我々は西大陸ネウストリアに住んでいたのですが、実際そこでは敵なしでした。名実ともに大陸最強の種族、それが吸血鬼ヴァンプなのですが……その分、我々には弱点も多いのです」


 「ほう、弱点……というと、昼間は日光が苦手という話でしたな?」


 ダンの言葉に、ユリウスはコクリと頷く。


 今はもう日が落ちてからは素顔を見せているが、昼間は目深にフードを被って、顔を隠すように日光から逃げていた。


 「そうです。我々は日光の下だと力が抜けて、肌が焼け付くように熱くなります。他にもいろいろ不便な点はあるのですが……その一つに、"吸血衝動"というものもあります」


 ユリウスはそう告げたあと、更に続けた。


 「我々は定期的に誰かから血を接種しないと、気が狂う程の破壊衝動に襲われ、手当たり次第に人を襲ってはその血を吸い殺す、完全な化け物になってしまうのです。その衝動は激しく……無理して我慢しようとすると、自分の体を掻きむしって自傷するようになります」


 「ふむ……正気を保てるぐらいに血を飲まねばならない頻度は、どれくらいの期間で、どれくらいの分量が必要になるのですか?」


 ダンはそう尋ねる。


 「そうですね……三日にこのグラス一杯分ほどの血があれば、どうにか衝動は抑えられると思います」


 ユリウスはそう言うと、自らの手をじっと見下ろす。


 それが吸血衝動の初期症状なのか、手がブルブルと震えていた。


 「我々が西大陸ネウストリアに住んでいたときは、自らを"高貴なる血族ノーブル・ブラッド"と称して、近くの村々から若い娘の生贄を供出させていました。……ですが、それが為に人間たちの恨みを買い、私の両親は白日の下で磔にされました。生き残った我らは、命からがらここまで逃げ延びてきたのです。……もう、こんなことを繰り返すべきではない」


 「なるほど……共存、というのは難しいのでしょうね、やはり」


 「ええ。我々は強靭であると同時に脆弱な生き物です。誰かの血に依存しなければ生きていけない。……だからこそ、もう力で訴えるようなことは止めて、理解と協力を得られるよう努めるべきなのです。孤高を目指すより共存、支配を目指すよりも融和をしていかなければ、いずれ我らは追い立てられ、滅ぼされるでしょう」

 

 そのユリウスの言葉に、ダンは大いに頷く。


 非常に思慮深い若者だ、と思った。先のことを見据え、皆が生き残るにはどうすればいいか常に考えている。


 例え敵性種族でも、この青年となら付き合っていけるだろう。


 ――そしてふと、ダンの中にある考えが浮かんだ。


 「そう言えば……」


 SACスーツのポシェット部分を探る。


 腰のポシェットの中には医療パックがあり、中にはカートリッジ型の注射器が二本。


 一つは銀色の液体がなみなみと注がれた"シルバーブラッド"。


 ダンの体に流れているものと同じ、ナノマシンが配合された人工血液である。


 そしてもう一本は、シルバーブラッドからナノマシンを抜いた、人工血液、万能血ユニバーサルブラッドである。

 

 普段からいざというときの輸血用に持ち歩いているが、万が一これが適合するなら、彼の悩みは一挙に解決するかも知れない。


 何故なら万能血ユニバーサルブラッドなら、ダンの船で普通に生産が可能だからだ。


 ナノマシンを配合したシルバーブラッドは貴重だが、普通の人工血液でいいならいくらでも手に入れることができる。


 「ユリウス殿、これを試してみるつもりはありませんか?」


 「これは……?」


 ダンの手にある注射器を見て、ユリウスは怪訝な顔をする。


 「私たちが作り出した、人工血液。人類の叡智の結晶です。これは誰かから搾取した血ではなく、誰の命も奪わず作り出したもの。もしこれで吸血衝動が収まれば……吸血鬼ヴァンプはもう、誰かの脅威ではなくなるかも知れません」


 「……!? 頂いても!?」


 身を乗り出してグラスを差し出すユリウスに、ダンはコクリと頷いたあと、カートリッジ型注射器の蓋を外す。


 そしてユリウスのグラスに、半分ほど注ぐ。


 「ブラッディ・マリーというトマトジュースを血に見立てた酒はあるんですがね……。ブランデーの血液割は、ちょっと私も聞いたことがありません」


 「ですが、もしこれが効けば……我ら吸血鬼ヴァンプは争う必要がなくなる。他の種族と同じように、皆と共存ができる……!」


 ユリウスはそう意気込んでグラスの中の赤い液体を見やったあと、ゴクリと息を呑む。


 やがて意を決してそれを一口飲み込んだあと、しばらくしてから、ユリウスは恐る恐る自身の手を見下ろした。


 「手の震えが……止まっている!?」


 ユリウスはわなわなと肩を震わせながら、今や震えが止まった手を見下ろしてそう叫ぶ。


 「ま、まさか、効きました! 先程までの吸血衝動が嘘のように……! なんということだ! 吸血鬼ヴァンプの生まれ持った業が、こんな形で解消されるなんて!」


 涙すら浮かべながら叫ぶユリウスの声に、他の代表者たちも興味を惹かれ集まってくる。


 「それは良かった……! この人工血液は、私の船なら安定して生産することが出来ます。多少のご不便はおかけするかも知れませんが、少なくとも以前のように衝動に苦しむことはなくなるはずです」


 「…………!」


 ダンがそう言うと、あろうことかユリウスは、その目の前に片膝を付いて頭を垂れる。


 「どうやら言い伝えの通り……あなた様が我らまつろわぬ者たちにとっての光であることは間違いないようだ。少なくとも、我ら吸血鬼ヴァンプにとっては救い主であらせられる。どうかこの忠誠を末永くお受け取り下さいますよう」


 「……そのような礼は不要ですよ。私はたまたまこの場に居合わせて、それを解決する力があっただけです。あなたが決して諦めず、長年解決策を模索し続けた結果です」


 そう言って、ダンはユリウスの手を取って立たせ、そのまま握手の姿勢を取る。


 「こうして同じ目線で話しましょう。お互いの目を見なければ、伝わらないことだってたくさんありますよ」


 「なんと……あなたのような偉大な賢者に出会えたこと、私は生涯の誇りに致します! この招待を受けた時、無視せず出席して良かったと心から思いますよ」


 ユリウスはなんの憂いもない笑顔で、ダンの手を固く握る。


 二人が互いに見合い、笑顔で頷き合っていた、その時――


 「ねえねえー! かき氷のおじさーん! そろそろアレ食べたいよー!」


 鳥人ハーピィの三人娘の一人、カーラの場の空気に全くそぐわない、脳天気な声が響いた。


 「ばっ……馬鹿者! 今大事な場面だったのが見て分からんのか!? なんという状況で口を挟んできているのだ!」


 それを聞いたフィリヤは、恥ずかしさから顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


 「え〜? でも……そろそろお腹いっぱいだし〜」


 「さっぱりしたもの食べたい!」


 「お口直し……」


 女王の言葉をも無視して、鳥人ハーピィの少女たちはダンの周りで「キラキラ!」「サクサクした冷たいの!」と好き勝手に騒ぎ始める。


 「あっはっは! 分かった分かった。そんなに言うなら、そろそろデザートにしようか。……皆さんも、宴の油の多い料理には胃ももたれてきたころではないでしょうか? 今から食後の口直しを持って参りますので、そのまましばらくお待ち下さい」


 「ほっほ! 流石の塔の主殿も、泣く子供には叶わぬと見えますな」


 「我が郷の者が面目ない……後できつく言い聞かせておきますので……」


 愉快そうなロクジの後ろで、フィリヤは恥じ入るあまり消え入りそうな声で言う。


 「いえいえ! ちょうど食後の甘味でもと思っていたところですから、気になさらないで下さい。彼女たちもこの宴の功労者ですから、こんなことで叱らないでやってください」


 「ご厚情に感謝いたします……」


 「……あの鳥人の娘たちが欲しがる甘味、というと、例の"カキゴオリ"なるもののことですかな?」


 二人が会話する後ろから、エランケルがそう尋ねる。


 「おや、あの子たちから聞きましたか? その通りです。今回はそのかき氷に加えて、更に良いものを準備しております。楽しんで頂ければ幸いですね」


 「冷蔵設備を使って作り上げた菓子……実に興味深い。期待外れでなければよいのですが」


 エランケルはどことなく含みのある言い方をしながら、その場を立ち去る。


 ダンがそれを苦笑しながら見送っていると、ノアから通信が飛んでくる。


 『船長キャプテン、最後の料理が仕上がりました。ただちにそちらにお持ちします』


 「うん、ご苦労。君もこちらに来るといい。皆に紹介しようと思う」


 『了解しました。ただちに護衛用アンドロイド艤装を起動し、そちらに向かいます』


 そう通信が切れると同時に、ダンは皆に向き合って言った。


 「さあ! 皆さん大変長らくお待たせいたしました。最後の品を提供いたしましょう。……その前に、今回の宴の立役者でもある、私の相棒パートナーを皆さんに紹介いたします!」


 「ほう……ダン殿の相棒とな」


 その紹介に、その場にいた全員がダンの指し示した方に視線を向ける。


 そこには――デザート類を載せたビットアイを大勢引き連れて、船の中から姿を表した、護衛用アンドロイド、ノアの姿があった。


 「おお、これはなんとも……」


 「綺麗な人……」


 族長たちは、ノアの完璧とも言うべき造形に息を呑む。


 吸い込まれるような瞳に、傷一つない肌。月の光をそのまま落とし込んだかのような銀色の髪。


 あどけなさが残るその少女の横顔は、月明かりに照らされていっそ幻想的な美を持っていた。


 これが天才日本人技術者によるフェチの集大成であるという事前情報さえ知らなければ、ダンもその美しさに魅了されていたことだろう。


 「ま、まさか我ら耳長エルフ族よりも……!? い、いや、認めぬ! もっとも美しき種族は我らのはずだ……!」


 知らぬ間にアイデンティティの崩壊を起こしつつあるエランケルを余所に、ノアは涼やかな声を響かせる。


 「本機は地球連邦軍所属宇宙航行機兼、ダン・高梨大尉の護衛用アンドロイド、ノアと申します。以後お見知りおきを」


 そう洗練された所作で敬礼するノアに、列席した代表者たちから拍手が上がる。


 「今回の宴の料理は、主菜の飛竜肉以外は、すべてこのノアによって作られたものです。……そしてこれから、皆さんに最後の料理を彼女の手ずから提供させて頂きます!」


 「おおおお!」


 ダンの言葉に、列席した代表者たちから歓声が盛れる。


 「どうぞ」


 ノアが小皿に盛り付けたデザートを、先頭にいた者から手渡していく。


 「これは……?」


 ロクジは、その真っ白い冷たい半円形の塊をスプーンで突っつく。


 それほど硬くはないのか、するりとスプーンが入り込むと、その塊をすくい上げて口へと運ぶ。


 そして次の瞬間――


 「こ、これは、乳か! なんと濃厚な!」


 ロクジはその得も言われぬ贅沢な風味に、思わず声を上げる。


 このような熱い場所では到底手に入らない冷たい食べ物に、極上のまろやかさをもった獣の乳。


 これ以上に豪華な食べ物は存在しないのではないかとすら思えた。


 「"アイスクリーム"です。氷を使った菓子の中では最高のものの一つですね。濃厚な牛の乳をボウルの中で氷で冷やしながら、ゆっくりとかき混ぜることで、このように滑らかな舌触りになるんです」


 「ば、馬鹿な! ただでさえ希少な氷を、ただ冷やすだけに使った挙げ句、牛の乳だと……!? 一体こんな一皿のためにどれだけの手間と費用を……!」


 そう言いながら、エランケルはそれを調理したという、ノアという少女に恐れを抱く。


 一体どれほどの技術と知識、そして調理の腕があればこんな事ができるのか。


 これは、今の耳長エルフ族に再現するのは絶対に不可能――。


 そう理解すると同時に、極上のミルクの味わいは、エランケルにとっては敗北の味となった。


 「ああ……なんという美味だ。日頃の疲れもこの一皿で溶けていくようだな」


 「サクサクじゃない!」


 「でも美味しい! トロトロ!」


 「満足かも〜」


 鳥人ハーピィたちも、普段の厳しい顔が蕩けたようになっているフィリヤを筆頭に、アイスクリームの美味に舌鼓を打つ。


 「私は……こちらの料理を大変に気に入りましたわ。これはなんという品なのですか?」


 アヴィニアは、もう一品小皿に出された料理に、はふう、と熱っぽい吐息を吐きながら舌鼓を打つ。


 その仕草には妙な色っぽさすらあった。


 「それはプリンですよ。牛乳と卵を合わせて蒸して、冷やし固めたものです。そちらも自信作ですよ」


 「素晴らしいですわ……このような……。ああ、もう脱皮してしまいそう!」


 そう言いながら、ただでさえ薄い上着を脱ごうとするアヴィニアを、ダンは慌てて押し留めた。


 ようやく落ち着かせてから、ダンは宴の中心から少し外れた場所を見やる。


 そこには、カイラを間に挟んで、子供たちが肩を寄せ合ってデザートを食べながら、仲が良さそうに話している所であった。


 「なんていうか……良いんでしょうか。私だけこんなおいしいもの食べて。郷の皆が大変なときなのに……」


 「何いってんのよ! 食べられるときにしっかり食べておかないと、いざというときに動けないでしょ! あんた子供ながらに皆のこと背負って頑張ってるんだから、ちょっとぐらい贅沢したって罰は当たらないわよ」


 「シャットの言うことに同意するのは癪だけど……言うとおりだと思う。ずっとそんなに思い詰めてたら心が潰れちゃう。適度に力抜くのがすごい大切」


 「いちいち一言余計なのよ、あんたは!」


 カイラを挟んで、シャットとリラの二人がギャーギャーと喧嘩を始める。


 その様子を見て、カイラも少しだけ気が晴れたのか、くすりと笑っていた。


 「なんと素晴らしい……こんなに憂いなく、ただ楽しいと思えたのはいつぶりでしょうか。あなたが根を下ろす場所には、きっといつまでもこんな光景が続いているのでしょうね」


 ユリウスは宴の喧騒を遠目に見ながら、眩しいものでも見るかのように目を細める。


 その様は、まるで手の届かない憧れを見ているかのようであった。


 「私はただの非才な凡人ですよ。このような光景が成り立っているのは、皆さんの協力のおかげでもあります。……ですがいずれは、この地に誰もが種族や身分の垣根を超えて、笑顔で暮らせるような楽園を築きたいと、そう思っています」


 「種族や身分の垣根を超えた楽園……素晴らしいですね。途方もない願いですが、あなたならきっと容易く成し遂げてしまうのでしょう」


 そう言うと、ユリウスは一口小皿のアイスクリームを口に運ぶ。


 口の中に広がる、甘くて蕩けるようなその舌触りは、まるでこの先の森に住まう者たちの豊かな未来を暗示しているように思えた。


 そんな時であった――。


 「—―失礼、宴をお楽しみの諸君。そろそろ夜の帳が下りる頃だ。我ら闇の使徒より、陽の光の下に住む諸君らに心よりご挨拶申し上げる」


 森の木々の合間から、まるで夜の闇がそのまま溶け出したかのような、真っ黒な一団がぬるりと姿を表した。

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