第41話 宴にて①
「ほう! これはなんとも豪華ですな」
エレベーターから降りるや否や、ロクジがそう喜びの声を上げた。
何故なら塔の目の前では、串にさされた
豊かな人間の国でもそうは使えない大量のスパイスで味付けをして、バチバチと油を滴らせる様は、単純に焼いただけでも極上のご馳走と言えた。
内陸の帝国では同量の金と同じ額で取引されるとも言われているスパイスが、これほどまでに贅沢に使えるのは、ひとえにダンの船に大量の備蓄があったからである。
普段は節制して使っているが、いざというときには惜しげもなく大盤振る舞いするのがダンのスタイルであった。
「野趣溢れる風情ではありますが、飛竜肉ともなるとそれなりに希少なのではないでしょうか? 今回、私が仕留めたものを、西の郷の皆さんの協力を経て、宴に供させていただきました」
「なんとこれは……塔の主殿手ずから仕留めた獲物なのですか!? 先程のことといい、流石のお力でございますな」
ロクジは滅多に仕留められない飛竜の肉ということで、感心しながら頷く。
「洗練されている、とは言い難い料理ですな。暗黒の海を渡りし神の提供する宴、もっと見たこともない美食を期待しておったのですが」
エランケルはそう偏屈な感想を述べる。
「はっはっは! もちろん、これはあくまでも主菜の一つです。私が特別に用意した料理もございますので、ご期待下さい」
「……ねえ、ダン」
「持ってきたわよ!」
そう会話していると、すぐ隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
そこには、リラとシャットが、両手に大きなトレーを持って、ダンの元に給仕しに来てくれたところであった。
リラの持つトレーの上には氷の入ったグラスが並び、シャットの方のトレーには、琥珀色の液体が入ったボトルが何本か並んでいた。
「お、ありがとう。……皆さん、乾杯の準備が整いました! どうかお一人ずつこのグラスをお持ち下さい」
ダンがそう呼び掛けると、二人のもとに、招待した族長たちが集まってくる。
「これは……?」
「なんと美しい! このような透き通った器の工芸品があるとは……」
「この冷たさ、やはり雪……いや氷か!?」
族長たちは、リラのトレーの上に乗っている、クリスタルカットされたグラスと氷を見ながら、驚きの声を上げる。
「……私の故郷では、飲み物を入れたグラスを軽くぶつけ合って、互いの健康と友情を祈る"乾杯"という儀式があります。どうか皆さん、一人一つずつこのグラスをお手に持って下さい」
「なんて綺麗な……使うのがもったいない。飾っておきたいほどだ」
グラスを受け取ったフィリヤは、うっとりとしながらその輝きに魅せられている。
そこはあの三人娘と同じなのか、鳥類らしく光り物に弱いらしい。
「よければそのグラスは記念品に差し上げますよ。まだ船内にはたくさんありますから」
「ほ、本当か!?」
ダンの申し出に、フィリヤの冷静沈着さは鳴りを潜め、子供のように喜ぶ。
「こ、この匂いは、酒ではないか! それも、わしにはわかるぞ! 相当酒精の強い酒じゃあ!」
そう言って、嫌がるシャットの持つトレーに顔を近づけて、クンクンと鼻を動かすのは、
「ええ。各種族代表の皆さんには、特別に、私の故郷の酒を提供させて頂きます。……あ、カイラ殿にはまた別の甘い飲み物を用意していますので、どうかご安心下さい」
「あっ、ご配慮痛み入ります」
ダンの言葉に、カイラはグラスを抱いて恥ずかしそうに頷く。
「ほう! 神々の世界の酒、ということですな。それは興味ありますが……」
エランケルも若干前のめりになりながら言う。
「そのような大層なものではありませんが……私はこの"ブランデー"の味が好きでね。体質上酒に酔えないのですが、たまに飲むんですよ。今回はその備蓄を皆さんと共有しようかと」
ダンはそう言うと、ガンドールがかじりつくトレーの上からブランデーを一本取り、その蓋を開く。
中からはむわりと濃厚な酒精が立ち込め、ほんのりと果実の香りがふわりと漂わせる。
「どうぞ」
そう言うと、ダンは手ずから族長たちのグラスに酒を注いでいく。
トクトクと氷に絡みついてグラスに満たされるブランデーの琥珀色は、まるでそれ自体が一つの宝飾品のように輝いていた。
「ほおお……! これはなんと見事な……はよう! 早く飲ませてくれ!」
ガンドールは食い入るようにグラスを眺めながらそう主張する。
「ええ、待たせて申し訳ありません。――皆さん、グラスを掲げ、私のあとに続いて声を合わせて下さい!」
「……」
ダンの号令と同時に、その場に集まった代表者たちはグラスを持ったまま傾聴する。
そして、コホン、と軽く咳払いしたあと、ダンはグラスを掲げてこう言った。
「……では、『この素晴らしき出会いに!』」
「「この素晴らしき出会いに!」」
無言の者も中には居るが、ダンは構わずそのまま続行する。
「『変わらぬ友情に!』」
「「変わらぬ友情に!」」
「『乾杯!』」
「「カンパイ!」」
その号令と同時に、ダンはフィリヤやロクジといった、比較的温厚な代表者たちとグラスを合わせたあと、一口ブランデーを口に含む。
ロックアイスによって角が取れたブランデーは、喉に焼き付くことなくスルリと入って腑を冷やし、腹の奥を温める。
アルコールは体内のナノマシンに分解されてしまうが、この感覚が好きでダンはたまにブランデーを嗜んでいた。
「こ、これは……! ぐっ、強い酒じゃあ! ……だが、奥深い味わいに喉に抜けるような果実の爽やかさ……美味い! もう一杯くれ!」
早くも飲んでしまったのか、ガンドールは空になったグラスを差し出してくる。
「ちょっとペースが早すぎでは? 一気飲みするような酒ではないんですが……」
「仕方がないじゃろう! お主がこんな美味い酒を隠し持っとるのが悪い! これに比べればエールなど酒精が薄過ぎて水同然じゃわい!」
そう言って、引く気のないガンドールに、ダンはため息をつく。
そして、もう一杯だけ追加で注いでやる。
「仕方がないですね……。一応これ、貴重品なのでそう何杯も差し上げられるものではないのですが……。しかし、ガンドール殿が個人的に私のお願いを聞いていただけるのなら、特別に何本かお譲りしても構いませんよ?」
「なぬ!? この酒を持って帰れるのなら、多少の無茶は聞いてやっても構わんぞ!」
ダンの提案に、ガンドールは身を乗り出して全力で頷く。
「実は……現在私の船は所々故障しておりまして、修理のための金属資源が足りてない状況なのです。具体的には鉄と銅をかなりの量必要としています。
「おおおお! そんなことでいいのか!? 鉄と銅なら精製前のがわしらの鉱山にまだ腐るほどあるぞい! あんなものでよいなら好きなだけ持って帰るがよいわ!」
そう上機嫌にガンドールは答える。
ダンとしても、船が今のままというのはいささか問題があった。
現在ノアの船はあらゆる機能が制限されており、動かせはしたもののすぐにエラーが起きて動作が停止してしまう。
少なくとも鉄と銅があれば、エンジン部の修理が出来て、この星の重力圏内なら自由に連続飛行が可能になる。
ロケットブースターの修理にはウランや
「交渉成立です。ならばガンドール殿にお支払いするブランデーを持ってきますので、少々お待ち下さい」
「おう! 早く頼むぞ!」
「……ちょっとダン! あたしが取ってくるわよ。あの船の中にあるんでしょ? 今日の給仕はあたしたちなんだから、あんたがここを離れちゃ駄目でしょっ!」
シャットはそう言って頬を膨らませて怒る。
「しかし……船の中だぞ? 君たちに保管場所が分かるのか?」
ダンはその申し出を嬉しく思いながらも、心配で思わず聞き返す。
「もう何回も入ってるしだいたい物の配置は覚えちゃったわよ。それに、分からなければノアさんに聞けば教えてくれるでしょ?」
シャットは何でもないことのように言う。
どうやらダンの知らない間に、船内機能の使い方まで学習したらしい。
「分かった。じゃあこの瓶と同じ酒を五本を持ってきてくれるかい?」
「任せて!」
ダンに仕事を任せられて嬉しいのか、シャットは意気揚々と船の方に走っていく。
その背中を見送りながら、ガンドールは愉快そうに笑う。
「わっはっは! 随分懐かれているではないか! 他種族に警戒心の強い亜人の子を、人間があそこまで手懐けるとは大したものだのう!」
「いえいえ……ただあの子が素直でいい子なだけですよ。この星に来て、初めて会った子たちなんですが、私も最初は警戒されていましたが、今ではこうして手伝いまでしてくれるようになりました。どちらもとても気の利く子で助かっていますよ」
ダンは、すぐ傍でトレーを持ったまま、佇むリラの頭をくしゃりと撫でる。
心なしか、その眠たげな瞳が若干誇らしげに引き締められた気がした。
「あらあら、うちの子たちにそんなに目をかけて頂けるなんて……。ダン様のご迷惑になっていなければよいのですが」
そう言って、新たにトレーを持って料理を運びに来たのは、二人の母親であるエリヤであった。
かなり体力が戻ってきたようで、その顔には生気が戻り、今は支えなしでも普通に日常生活が送れるようになっていた。
「え、エリヤさん!? そんな重いもの持って大丈夫なのか!?」
ロンゾが慌てた様子で駆け寄る。
エリヤの持つトレーには、丁寧に切り分けた飛竜の塊肉が、大量に積み上げられている。
大の男でも圧倒されるようなその分量を、エリヤはその細腕で危なげなく支えていた。
「ええ、ロンゾくん。ダン様のおかげで、今は以前よりも調子がいいくらいなの。これまで休んでいた分働かないと体がなまっちゃうわ」
「そ、それならいいんだけどよ……」
ニコリと血色の良い顔で微笑むエリヤに、ロンゾは未だに心配そうにしながらも引き下がる。
「とはいえ、ずっとその量の料理を持っているのは大変でしょう。どうぞこの上に置いてください」
そう言ってダンは、近くのビットアイを呼び寄せて、エリヤの前に配置する。
「まあ! この子たち、食卓にも使えるだなんてお利口さんですわね」
エリヤはそうおっとりした口調で言う。
「これは本来の用途とは違いますがね。上が平らなのでこういう使い方も出来ます。……それではすみませんが、代表者の皆さんにお皿の配膳をお願いできますか?」
「はい、お任せください!」
ダンの言葉に、エリヤは元気よく返事をする。
「それでは皆さん! 今から皿をお配りしますので、どうぞご自由に料理をお取り下さい! この宴ではブッフェスタイルを取り入れております!」
「ぶっふぇすたいる? とは何ですかな? 塔の主殿」
ダンの言葉に、ロクジは首を傾げてそう聞き返す。
「自分の欲しい料理を好きなだけ取っていく様式のことです。今回は肩肘張らずに、皆さんと胸襟を開いて食事を楽しむために宴を開催しておりますから。今はこれだけですが、どんどん他の料理も届く手筈になっていますよ!」
「ダン! お酒持ってきたわよ。あと、ノアさんが他の料理も出来たって!」
ブランデーの瓶を持ってくるシャットの後ろから、料理を載せたビットアイがいくつも並んで追いかけて来る。
ダンの船の内部には作物を栽培するバイオ・プランテーションの他に、自動調理器も搭載されている。
故に特にダン自ら作らずとも、事前に登録されたレシピなら、食材の続く限り料理は全自動で供給されるようになっていた。
「おお! 待っておったぞ! 早くわしのもとに酒を持って来んか!」
酒瓶を見て、ガンドールはにわかに興奮しながら叫ぶ。
「む……これは生野菜ですか。しかしこのような野菜は見たことがない……。一体どこで採れたものなのですか?」
ビットアイの持ってきた料理の一つであるサラダを見つけ、エランケルは興味を惹かれたのかそう尋ねる。
サラダはごく一般的な野菜である、レタスや千切りキャベツ、ブロッコリーやトマトなどが鮮やかに盛り付けられていた。
だがそれらの野菜はこの地では見られないものなのだろう。星が違えば植生も違う。ここにはここの独特な野菜があるのかも知れない。
「その野菜は、私の船の中で厳正な品質管理の下で栽培された、私の故郷のものです。新鮮で寄生虫も何もいませんので、火を通さなくても美味しく食べられますよ」
「ふむ……いただきましょう」
そう言って、エランケルは少しだけサラダを取り分けて、それを口に運ぶ。
そして、パリッと新鮮な音を立てて咀嚼した、次の瞬間――
「こ、これは……! この瑞々しい野菜の上にかかった、このまろやかで酸味の効いた、白いソースは何だ!?」
エランケルは目を見開いてそう声を上げる。
「シーザードレッシングですよ。塩と油と卵で作った単純なものですが、美味しいでしょう? 私の故郷でも人気のサラダなんですよ」
「…………!」
ダンの言葉に、エランケルは目を見張る。
(単純だと……!? そんな訳あるか! 塩と油と卵……それにこの上に乗っているのは、粉末状の
エランケルはその何気なく使われた食材の豪華さに驚き、そしてこの宴でこれが最も価値のある料理だと見定めた。
元々
「おお、麺だあ! オラ、麺料理好きだなあ」
アダムは、ダンの用意した山のように大量のスパゲティナポリタンに、フラフラと吸い寄せられるように近付いていく。
ナポリタンといえば本場イタリアでは邪道扱いの料理ではあるが、保存の効くピーマンや玉ねぎ、燻製肉とケチャップだけで簡単に作れるが故に、物資不足の時には最適な軍隊食でもあった。
アダムはその体格に見合った量をゴソッと自分の皿に盛り付けたあと、フォークを手にとって、口に運ぶ。
しばらく黙々と口いっぱいに麺を頬張ったあと、アダムはのけぞらんばかりの勢いで叫ぶ。
「……! うんめぇ〜! なんだぁ、これ! しっかり味が絡んで、甘酸っぱくて、ピリッと辛くて、こんな美味い麺を食ったのは初めでだぁ!」
感激すらしながら、アダムは口の周りがケチャップで汚れるのも構わず、猛烈な勢いでナポリタンを平らげていく。
この勢いだとあの量でもすぐになくなることだろう。ダンは体内通信でノアに、スパゲティの追加を依頼しておいた。
「どうです? お気に召していただけましたか?」
代表者たちの反応を伺いながら、ダンはある大皿の前に陣取っている、アヴィニアとカイラに話しかけた。
そこには、オムレツやスクランブルエッグ、エッグベネディクトなどの、卵料理が主として並んでいた。
ダンの船内には鶏はいない。だが、その胎細胞から作り出した人工卵巣によって、卵を培養する技術が確立していた。
つまりは今皆が口にしている卵は培養器で作られたクローン卵であるが、生産が安定している上に、食べる分にはそれで特に問題が生ずることはなかった。
「ええ……我が暗黒の主。これほどまでの美味に触れたのは初めてのことですわ。我ら
アヴィニアはオランデーズソースの掛かったエッグベネディクトを上品に口に運ぶ。
この森にすむ限りテーブルマナーなど勉強する機会もなかったはずだが、その動きはどこかの貴族令嬢のように美しく洗練されていた。
「こ、この、卵で包まれた赤い"ササホ"の料理はすごく美味しいですっ! 特にこの赤いタレが好きです!」
そう興奮気味のカイラが食べているのはオムライスであった。
ケチャップライスを卵で包んだだけのごく普通のものだが、地球でも子供に人気の料理だっただけに、こちらでもしっかり子供の心を掴んでいるらしい。
「気に入って頂けて何よりです。……ところで、今"ササホ"とおっしゃいましたか? カイラ殿はこの作物が何かご存知なのですか?」
「? は、はい、私たち
カイラは怒られるとでも思ったのか、ビクビクとしながらそう聞き返す。
「おお、それは素晴らしい! 実は、そのササホ……我々は米と呼びますが、それについてはこちらの備蓄が切れそうなので、補充できる先が欲しかったところなのです。いつか
「そ、そういうことでしたら、是非に! あっ、で、でも……今は郷で作物を育てられるような状況にはないので……」
一瞬だけ顔がパッ、と明るくなるも、カイラは郷の現状を思い出したのか、またズン、と暗い顔に戻る。
ダンがどうしたものか、と困惑していると、突如横から甲高い声が響く。
「ちょっとダン! あたしたちもお腹空いたんだけど!」
「皆が食べてる横で給仕だけするの……つらい」
ある程度仕事が一段落ついたのか、リラとシャットの二人が、空きっ腹を抱えながら不満の声を上げた。
ダンはそれを見て、ピンと閃く。
「おっと、すまない! 一息ついたなら君たちも食べるといい。……それと、ついでに彼女のことも頼んでいいか?」
「彼女?」
シャットはダンのすぐ隣で、オムライス片手に俯いているカイラを見やる。
「ああ、
「ふーん、そういうことね……。しょうがないわね! そういうことなら、このシャット姉さんに任せなさい! ……ほら、あなた行くわよ!」
「えっ!?」
急に話を振られて、カイラはキョトンとした顔で固まる。
「いきなりすぎ……しかも相手はよその郷のえらい人。少しは考えて」
リラが諫めるのもどこ吹く風で、シャットはカイラの腕を取ってずんずん進んでいく。
「え、ええ……!? あ、あの!」
いきなりのことで何がなんだか分からぬまま、カイラはオムライス片手にシャットに引き摺られていった。
「……人選ミスだったかな?」
ダンはポツンとその場に取り残されながら、宴の喧騒に紛れて後の祭りのようなことを呟いた。
—―――
長いので前後に分けます
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